「えっと、秀麗……どう、かな?」
「うーん――この場合、『似合う』も『似合わない』も嬉しくないと思うけど……」
それもそうか、とは苦笑した。
今の自分は所謂男装をしているのだから、「似合う」と言われれば女として非常に複雑だし、逆に「似合わない」と言われてもあまりいい気はしない。
しげしげとの格好を眺めていた秀麗だったが、やがてにっこりと微笑んだ。
「まぁ不自然じゃないわ。大丈夫よ」
それもどうなんだろう、とは思った。
◇
「おい新入り! 茶をあと五つだ!」
「あ、はい、ただいまっ」
「新入り! 料紙が足らないぞ!」
「はい〜っ」
「終わったらこっちの棚を片づけてくれー」
「分かりましたー」
あちらこちらで怒声が響き、一部間延びした声が響き、机案の上は料紙が散乱し、時折誰かが奇妙な叫び声と共に硯をぶん投げる。
何という仕事場だ、とはこれで何度目か分からないため息を吐いた。
正直怖い、が、これも日頃お世話になっている邵可さんや秀麗、静蘭のため、
と心の中でガッツポーズをとる。
新手のアトラクションだと思えばいい。お化け屋敷もビックリな。
「おいこら新入り! 息つく暇があったら仕事しやがれっ! これを片づけろ!」
「わっ、す、すみませんっ!」
中年の官吏に鬼の形相で一喝され、は慌てて彼の机案まで飛んでいった。
「息つく暇もないって、正にこのことか……」
「――や、やっとお昼……疲れたぁ〜」
流石の「悪鬼巣窟の吏部」(秀麗に聞いた)も、他の部署と比べれば圧倒的に短いながらも一応お昼休みなるものが存在する。
は強張った筋肉を揉みほぐしながら、官吏達の昼食を取りに行っていた。
「これをまだ半日も――続ける自信がないなぁ」
情けない顔で肩を落とすが、しかしすぐに「何をっ! これも邵可さんと秀麗と静蘭のためっ」と復活する。
もはやこの半日で口癖のようになってしまった台詞だ。
それに、仕事の忙しさならば他の部署もそう変わらない(はずだ)。
みんな頑張っているのだから、とは自分で自分を励ました。
教えてもらった道順を何度も確認しながら進んでいくと、背後から声を掛けられた。
「やぁ、お疲れ様殿」
「楸瑛様」
振り返ると、甘い微笑みを浮かべた藍楸瑛が立っていた。
確か王の近衛、左羽林軍の将軍――つまりは武官のはずだが、見たところ着ている服は先日の私服とそう変わった様子はない。
(まぁ……すごく素敵だけど)
「頑張ってるみたいだね。お昼はもう済ませたのかい?」
まばゆい微笑みを見せる楸瑛に、ついこちらも笑顔になる。
「いえ、これから皆さんの分を持って行って、それからです」
「皆さんの分って……結構な量になるんじゃないのかな」
言われて、は吏部官吏の面々を思い出した。
頭に浮かぶのはあの鬼気迫る表情ばかりだが、よく考えなくとも数十人いる。
何回かに分けて持って行くにしても、多い。
「……そういえば。……あ、いえ、大丈夫です。多分」
吏部官吏なるもの、例え手伝いであろうとこのくらいは一人でこなさなければならないのだろう。
一人で行かされたのは、多分そういうことだ。
忘れてたわけではない……はずだ。
不安そうに顔をしかめたを見て、楸瑛は苦笑した。
「手伝うよ」
「えっ! そ、そんな、将軍様にお手伝いなんてさせられませんよっ」
「いいからいいから。私が手伝いたいんだ」
と行って、楸瑛は先に行ってしまう。
有無も言えないまま、仕方なくその後を追う。
「……後で何か無茶なこと要求されそう」
失礼なことを言いつつ、は楸瑛の親切に心から感謝した。
「もう大丈夫です楸瑛様。ありがとうございました」
「構わないよ。君と一緒にいれて楽しかったからね」
「いえ、本当に助かりました。今度お礼しますね」
「それじゃあ、今度一緒にお茶でもどうだい? 私の家に招待するよ」
あ、やっぱそう来るか。
とは内心苦笑しながら微笑んだ。
「考えておきますね」
最後のお昼を運びつつ、は少し焦っていた。
もう少しでお昼休みが終わってしまう。
ご飯も食べずにあのハードな仕事を午後いっぱい続けるだなんて、絶対に不可能だ。
小走りで回廊を進んでいると、曲がり角でばったり出くわした誰かとぶつかってしまった。体格差があるためかその人は僅かにたたらを踏んだだけだったが、は尻餅をついた。
「い、たい……あっ! す、すみませんっ!」
何とかお昼ご飯は死守したは上を見上げて、固まった。
――何、この人。
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*後書き...
大変遅くなってしまって、申し訳ありません・・(滝汗
ヒロインさん、吏部のお手伝いをするということで、楽しく書かせて頂きました 。
私の文はちょっと硬めなので、柔らかくなるよう心がけたのですが……イマイチ です ねぇ^^;
最後に出会った謎の人物……次の林檎さんにお任せ致します。
→ 「出会いはお約束に」 Written by 麻妃