No.2... 「仕方ないから・・・あげるよ」



「こんにちは、伊勢副隊長。京楽隊長は…………って言わなくてもよかったみたいですね」

 現世で調達してきた義理チョコを渡そうと、八番隊隊首室へと足を運んだ私だったが。
何やら隊首室の中が騒がしいので、失礼とは思いつつも部屋の障子をガバッと開けてみた。

すると。

 鼻の下を伸ばしきった京楽隊長が力いっぱいに伸ばす両腕の呪縛を、手に持った分厚い本でしっかりとガードする伊勢副隊長の姿があった。

 私が来た事に気付いたのか、伊勢副隊長は首だけをこちらへと向けてくる。

「……何か御用ですか? 」
 やや吊り上がった目元は、なんともシャープ。長い漆黒の髪は、後れ毛までもきっちりと結い上げられている。かすかにずれた眼鏡を繊細な指で押し上げる様が妙に似合うが、瞳を覆う眼鏡の奥の双眸には、理知的な光が鮮やかに灯っている。
彼女の名は伊勢七緒。ここ八番隊の副隊長を務める美貌の才媛だ。
そして常々仕事をさぼりがちな隊長を懸命に支える、実質的な八番隊の大黒柱でもある。

「ちょっと渡したい物があるだけですので、すぐに済みますよ。ご心配なく」
 彼女が最も嫌がるのは、仕事の邪魔をされること。
そのことを重々承知していた私は、あらかじめ先に手間をかけさせないで済む用事である事を宣言するが。

 なぜか伊勢副隊長は、そんな私の言葉に困惑の溜息をついた。
「出来ればすぐに済ませないで欲しいところですが」

「へ? 」
 まさか、伊勢副隊長の口からそんな言葉が聞けるとは夢にも思わなかった。
なにせあまりの驚きに、私は身体の動きを硬直させてしまったくらいである。

「なんだか知りませんが、さっきから無駄にしつこくて。ロクに仕事にもならないんです」
 キッパリとそこまで言いのけると、伊勢副隊長はひょいと器用に身体を抜き出した。
彼女が身体を抜いた反動で、京楽隊長はものの見事に頭から畳の上にダイブすることになったが………まあこの人なら大丈夫だろう。どうせいつものことなんだろうし。

「しばらくお守りをお願いします、さん」
 そして当の伊勢副隊長は、畳に頭から突っ込んだ隊長の事など全く見向きもしないままで、さっさと隊首室を後にしてしまう。

「え…、あの、伊勢副隊長…」
 一瞬呆然としてしまった私は、一拍後すぐに我に返ったが。
それよりも先に、伊勢副隊長はピシャリと障子を閉めて去っていってしまった。

「あ〜あ、行っちゃった。京楽隊長、今日は一体何をやらかしたんです? 」
 私はその場にしゃがみ込むと、未だ畳に顔を突っ伏したままの京楽隊長を指先でツンツンと突いてみた。

 すると。

「つれないなぁ、七緒ちゃん。七緒ちゃん? なーなーおーちゅわーーーん」
 器用に首だけを上げて、伊勢副隊長の名前を呼ぶ京楽隊長。
しかしかぶっている傘が目深になっているので、多分周りの様子が見えていないんだろう。

「伊勢副隊長なら、ここにはいませんよ? 」

 そこで私が今の現実を教えてあげると、京楽隊長はムクッと身体を起こした。

「あれ? ちゃんじゃない。僕のところに来るなんて、珍しいじゃないか。
……はは〜ん、さては浮竹と喧嘩でもしたのかな? 」

「おあいにくさま。相変わらず浮竹隊長とはラブラブですよ〜だ」

「じゃあなんでここに? 」

「まるでよほどの理由がないと、私は京楽隊長のところに来ちゃ行けないみたいな物言いですね」
 いささかムッとして言い返せば、京楽隊長は大仰に手を振って私の言葉を否定する。

「そんなことないよ。可愛い女の子が訪ねてきてくれるのは、いつだって大歓迎さ」

(…いつもこういうノリで誰彼構わず言ってるんだよね、この人は……)

「………ったく、本当に相変わらず見境なしの節操なし……。まあ、いいですけど。
今日はこれを渡しに来ただけですから、はい、どうぞ」
 私が懐に忍ばせていた箱を差し出すと、京楽隊長は一瞬目を瞬かせるが。

「これってもしかして、例のあれ? 現世で流行ってるっていう、愛の告白……」
 すぐにいつもの調子を取り戻してくれるのだから、全く反応がつまらない。

「いっときますけど、それ義理チョコですからね。いろいろとお世話になってるから、今回は特別に持ってきたんですよ、感謝して下さいよ、感謝? 」
 京楽隊長の戯れ言を途中で遮って、私は持っていた箱を相手に押しつけた。

「わざわざ言わなくても、義理で渡してくれてることはわかってるさ。
ちゃんの本命は、僕じゃなくて浮竹だしね。だけど、義理でももらえて嬉しいよ。
ありがとう、ちゃん」
 箱を押しつけたその腕ごと引き寄せられて、気付けば私は京楽隊長の腕の中にすっぽりとはまっていた。だけど私は、そのままされるがままにしておいた。


 優しく頭を撫でる大きな手。
 あたたかくて、優しくて、私はこの人に頭を撫でられるのが嫌いではない。
 むしろ好きな部類に入るだろう。

 女の子を見境なく追いかける駄目男として名を馳せる人だけれど、それが“能ある鷹は爪を隠す”行為である事は知っている。物事の本質を見抜き、人の心の機微に聡い彼は、私にとって人生の先達とも言うべき思慮的な一面も持ち合わせている。
 そして何より“親友の恋人”として私の存在を認識してくれている彼は、“年の離れた妹”のような感覚で私を可愛がってくれる。年上のきょうだいがいなかった私にしてみれば、頼れるお兄ちゃんみたいで、結構嬉しかったりするのだ。


「……どういたしまして」
 私はぶっきらぼうに答えを返す。
相変わらず相手の抱擁に身を委ねたそのままで。



 京楽隊長は、私にとって頼れるお兄ちゃんみたいな存在だ。

 だけど、そんなこと。絶対に口にはしない。
 口にしたら最後、ことあるごとに「お兄ちゃん」風を吹かせるだろうから。

 何より、口に出さなくても。

 きっと聡い彼ならば、気付いているだろうから。





「ところでさっき、伊勢副隊長に何してたんですか?
いつものセクハラにしては随分と執拗だったみたいですけど」

「いつものセクハラ……って心外だなぁ…。いや、今日はこういう日だし、七緒ちゃんも僕に何かくれないかなぁと思ってねだってみたんだけど……、やっぱりくれないみたいだね。残念だなぁ」

「………(このおやじは全くもぉ………)」


*後書き…
・バレンタイン第二弾は、京楽隊長でした。
こちらは友情と言うよりも、義兄妹夢という方が近いか?
おちゃらけてるときも真面目なときもどちらも好きですけどね〜。
なんと言っても、その両極端なギャップが良いのですよ。渋いし。
ひそかに京楽隊長のような叔父様が身内に欲しいと思う、今日この頃。

(06.02.09up)
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