No.3... 「なーんか挙動不審だよね、今日は。」



 そわそわ。そわそわ。そわそわ。

 文字にするとしたら、彼女の行動はまさに“そわそわ”の一文字に集約されるだろう。
今立つその場を行ったり来たり、挙動不審にしている姿は、空の上から見ていると非常に目立つ。目立ちすぎるくらいに目立つ。

 行きつけの和菓子屋さんで、バレンタイン限定・チョコ鯛焼きを売り出すという情報を事前に店のおばちゃんから仕入れていた私は、こっそりと現世へやって来ていた。
そのついでとばかりに、現世の友人である織姫とたつきに会っていこうと思い、空座第一高校へとやって来たのだが。やって来た私が見たのは、挙動不審な織姫とそんな彼女を半ば呆れたような表情で見守るたつきの姿だった。

 織姫が不思議な行動を取るのは今に始まった事ではないが……、それにしては割合普通の行動に見えなくもないような……。

 恋次への賄賂兼バレンタインのプレゼントであるチョコ鯛焼きの入った袋を胸に、私はぐにぐにと頭をひねれるだけひねってみたが、一向に織姫の様子が何なのか。わからない。

 ……仕方ない、直接聞きますか。

 最終的にそういう結論に至った私は、着ている服を死神特有の死覇装から記憶にある母校の制服のそれへと変える。そうして見た目もなんら現世の人々と変わらない格好にした後、周りに誰もいない事を確認して、電信柱のてっぺんから地上に降り立った。


「なーんか挙動不審だよね、今日は」

「わあぁーーーーーーっ!! 」

 私は気配を消したつもりなど全くなかったのだが、よほど自分の思考世界へと入っていたのだろう。私が声をかけるやいなや、織姫は端から見てもわかるほどに肩をビクンと震わせた。

「あれ、じゃん。ひっさしぶり〜」
 一方のたつきは、片手を挙げて返事を返してくれた。

「やっほー、たつき、織姫。ご無沙汰してました〜! 」
 私はひらひらと手を左右に振りながら、彼女たちの方へと近づいていく。
胸に鯛焼きのたくさん詰まった袋を持ったまま、他校の制服を着て校庭に現れた女子高生の姿は、端から見ていると一体どんな風に見えているのだろう。

「あ、ちゃんだぁ。もぉ、脅かさないでよ〜」

「別に驚かしたつもりはなかったんだけど、驚いた?
ところで織姫、さっきから挙動不審だけど、一体どうしたの? 」

「そんなに私、変な動きしてたかなぁ? 」

 大きな目をパチクリと瞬かせて真顔で聞いてくる織姫の様子に、私とたつきちゃんが揃って溜息を吐いた事は言うまでない。

「それはもう……」
「さっきから周りが妙な目でこっちを見てるのに、全然気付いてなかったんだね」

「え、えへへっ♥」
 織姫は持っていた箱を背に隠しながら、場をごまかすように笑う。

「全くそんなとこでそわそわしてないで、さっさと渡してくればいいじゃない」
 たつきは片手の指で頬を掻きながら、溜息混じりに織姫に意見する。

「渡すって、バレンタインチョコ? 」

「あっ、でも、義理だよ? うん、義理だから」
 私の問いに織姫は、この上なく挙動不審な様子でもって返事をしてくれた。

 ………なるほど、織姫が何をしたいのか。読めたわ。

「………一護にチョコをあげるんだね、織姫」

 私がズバリ指摘すると、織姫は悪戯を発見された子供のように盛大に驚いた。

「ええっ?! なんでわかっちゃったの? 」

「ふっふっふ、女の勘を甘く見てはいけないよ〜」

「ねえ、。あんたからも言ってやってよ。早く渡さないと、一護帰っちゃうよ? 」
 私たちのやりとりを耳だけで聞きつつ、視線は学校の校舎に取り付けられた時計へと向けていたたつきは、実に現実的な問題を指摘してくる。

「そうだよね、どうしよう……」
 たつきの指摘に、織姫はムムムッと考え込んでしまう。

「スパッと渡してくればいいじゃん」

 ズバリと私が指摘すれば、織姫は頬をふくらませる。

ちゃんまで、もぉ〜! だって渡すにも、なんて渡せば……」

「『私、ずっと前から貴方のことが好きです。どうかコレ、受け取って下さい!』でいいと思うけど」

「そんな事言えないよぉ〜」

 珍しく弱音を吐く織姫を、私は必死で励ます。

「織姫、そんなことじゃ駄目よ! 女は度胸! 当たって砕けろ! 」

、砕けたら意味ないから。…大丈夫だって、織姫!
あんたなら乳揉ませてやれば、それで万事OK! 」
 さっくりと私の言葉に鋭い突っ込みを入れたたつきだが、彼女の言葉もいまいち励ましになってしなかった。励ましになる云々以前に、それはもはや犯罪だろう。

「……たつき。それは健全な高校生としてどうかと思うよ……」

 てか、その先のフォローはどうするおつもりで…?




 そんなこんなで私たちがじゃれ合っていると(端から見ればそうとしか見えまい)、ふと馴染みのある霊圧が近づいてくるのがわかった。ちらりと織姫の顔を見てみれば、「はわわっ」と言わんばかりの表情を浮かべている。

 どうやら、噂をすれば影。
 噂の彼・黒崎一護がやって来たようだ。


「よぉ、久しぶりだな」
 ポフッと頭に手を置かれて、私は後ろを振り返った。
振り返れば、見覚えのあるオレンジ頭の男子高校生がすぐそばに立っている。

「あ、黒崎医院長男もといオレンジ頭! 」
 そこで私は、相手に向かって人差し指を突き出して言ってみるが。

「てめぇ、俺に喧嘩売ってんのか? 」
 突き出した指を手ごと一護に掴まれて、逆に突き返されてしまった。

「冗談だって。久しぶりだね、一護。君の可愛い妹さんたちはお元気? 」

「ああ、変わりねえよ。そっちこそ、お前の旦那さんの具合はどうなんだ? 」

 旦那?

 一瞬考え込む私だが、すぐにそれが誰の事を指すのか見当がついた。
というよりも、いくら嘘でも自分の旦那だと私が紹介出来る人と言えば、浮竹隊長しかいないんだから考える事もなかったのだけれど。

「変わりなし。時々発作は起こすけど、本人は至って元気よ」

「そっか」
 私の答えに、一護はどこか安堵したような色を瞳に浮かべた。
花梨ちゃんといい、一護といい、黒崎家の家族は揃いも揃って……本当に良い人ばかりだ。

「なんだ、と一護、知り合いだったんだ」
 私たちの話の切れ目を見逃すことなく、たつきが会話の中に入ってくる。

「前に、花梨が具合の悪くなったこいつの旦那さんをうちに連れてきたことがあってな。そんときに知り合いになった」
 実は他にもいろいろと突っ込むところはたくさんあったのだが、一護はそれをしないままで、最低限の情報だけをたつきに分かり易く伝えてくれた。

 ちなみに、私は前に一度だけ浮竹隊長と一緒に虚退治に来た事がある。その際、虚を倒した帰り間際に隊長が発作を起こしてしまったのだ。とりあえず大事には至らなかったものの、しばらく休んでから尸魂界へ戻ろうという話になったところで、花梨ちゃんに声をかけられたのだ。
 本来なら義骸に入っていない限り、死神の姿が生きている人間に見えるはずもないのだが、私には死神に通用する常識が全く通用しない。霊圧を一定以上に上げているときは、他の死神同様に現世の人間の目に映る事はないのだが、霊圧を一定以上に落とすと誰にでも姿が見えるようになってしまうらしいのだ。

 …あのときは、隊長が発作起こしたことで慌てふためいてたからなぁ。
 そのせいで、霊圧が一定以上に下がっていたのだろう。

 そこをたまたま通りかがった花梨ちゃんに見とがめられたというわけだ。ちなみにそのときは、私の姿だけでなく浮竹隊長の姿もも見えていたらしい。
 あとでわかったことだが、私の姿が常人に見えるようになったときに、私の周り一定範囲内にいる死神もまた常人に姿が見えるようになってしまうようなのだ。
姿が見えるということで、私たちは咄嗟に夫婦だとごまかし、あたかも普通の人間であるように振る舞った。そのおかげで、彼らに私たちの正体がばれることはなかった。
こうして一護が、私に声をかけてくるのも、あの当時の演技が生きているがゆえだ。


「そーそー。大丈夫だっていうのに、花梨ちゃんてばすっごく心配してくれてねえ。
親切をむげに断るのも何だから、十四郎さんと一緒にちょっとだけお世話になったのだよ」
 ここで“浮竹隊長”と呼ぶわけにもいかないので、今でも滅多に呼ばないーー何せ当人に面と向かって呼ぶなんて、恥ずかしくて出来ないーー隊長の名前を口にする。
はっきり言って当人の前で名前を呼ぶことが出来るのは、雰囲気に流されてるときくらいしかない。あるいは……………、まあそれは言わないでおこう。

「なるほど、そういう関係でね。だってよ、織姫。良かったね」

 たつきに話を振られて、織姫は慌てふためいた。

「えっ、なっ、何言ってるのたつきちゃん。私、別に気にしてなんて……」

「織姫。それじゃあ、その格好は何? 」
 私は苦笑いを浮かべながら、織姫の姿勢を指摘する。
よほど気になったのか。彼女はいつの間にやら私たちのすぐそばまで来ていた。
その上、彼女の上半身は微妙にこちら側へと傾いているし、つい先ほどまで織姫は耳の後ろに手の平を当て、私たちの会話に全神経を集中させていたし。

 これで気にしてないなんて言われても、全くもって説得力がない。

「そういうお前こそ、井上やたつきと知り合いだったのか」

「そうよん。甘味処巡りツアーを通して知り合ったの」

「……なんだそりゃ? 」
 全くわからないという顔をする一護だが、それも当然だ。
甘味処巡りツアーは、私がツアーと勝手に銘打っているだけで、実際には普通に甘味処を回ってお菓子を買ったり食べたりするだけのもの。間違えてもどっかの観光会社が企画として立ち上げたものではない。

「細かい事を気にするな。ところで一護、手を出してみて」

「はあ? 」

 訝しむ様子を露わにする一護に対して、私はさらにもう一押しする。

「いいから! 」
 更に私が言い募れば、何を言っても無駄だとわかったのか。
一護はやむなくこちらへ手を出してくる。

 それを確認し、私は後ろにいたたつきに目配せする。
瞬時に私がしたいことを理解してくれた彼女は、ビシリと一護を指差して叫ぶ。

「今だ、織姫! 」

「はいっ! 」
 たつきの叫びに応えるように、織姫が前に出る。
果たして私たちの言いたい事を理解していたのか、はたまた反射的に身体が動いただけなのかは知らないが、とにもかくにも彼女は一護の手の上にバレンタインチョコの入った箱を置く事に成功する。

「なんだ、これ? 」

「な、なんだろうね、うん。平気だよ、毒じゃないから! 」

「毒って……織姫、もう少し言いようがあるんじゃ……」
 初々しいというか、相変わらずの天然ぶりを発揮する織姫に対して、私は助言すべく口を開いたのだが…。

「あーっと、とにかくそれ、よかったら食べてみて! 」
 織姫が先の言葉を遮るように、一気にまくし立てた。
そして彼女は、私の腕をむんずと掴むとずりずりずりといる位置を徐々に後退していく。

「ちょっと織姫! 」
 織姫に抗議するも、全くとりあってもらえずに、私は彼女に引きずられるようにして後退せざるを得ない。

「全くもぉ……」
 一方、友人の様子に両肩をひょいとすくめたたつきは、一護に対して片手を挙げて挨拶し、私たちの後を追って来る。

 そんな私たちの様子を呆然として眺めていただろう一護はーーー。

「井上! 」
 遠ざかっていく織姫を大声で呼んだ。

 そうして彼は、織姫が顔を上げて自分の方へ視線を向けた事を認めた上で、片手を挙げる。その手には、さきほど彼女が強引に渡したチョコの箱が握られていた。


「コレ、ありがとな」

 こちらへ向けられた一護の表情は、いつもよりほんの少しだけ柔らかかった。

「うん! 」

 織姫にちゃんと声が届いた事を見届けると、一護はそのまま校門へ向かって歩き出す。
その様子を、私と織姫は呆然として眺めていた。


 
「よかったね、織姫」
 一部始終を見届けたたつきは、織姫のそばへ来るとそう言って、彼女の頭にポフッと手を置いた。

 たつきの言葉でようやく我に返った織姫は、固定していた表情を一気に緩める。

ちゃんと、たつきちゃんのおかげだよ……」
 そう言って嬉しそうに笑う織姫の笑顔は、大輪の華が綻んだかのように美しい。

「でもちゃんと自分で渡したでしょ? 私もたつきもそのお手伝いをしただけ」

 ようやく織姫に腕を放してもらった私は、持っていた袋の中から鯛焼きを一個取りだして半分に割ると、頭半分を織姫に、尻尾半分をたつきに差し出した。

「あれ、これって…鶴屋千年堂の」
「今日だけ限定のチョコ鯛焼き? すっごーい、私食べてみたかったんだ! 」
 たつきは記憶の糸をたぐり寄せるかのように、織姫は嬉しそうに。
それぞれ私が渡した鯛焼き半分にかぶりついた。

 にしても、あっさりとこの鯛焼きの正体をすぐに見抜くとは……、さすが私の甘味処巡りの師匠なだけはあるわね。

「実はこれを買いに行った帰りだったのよね、私」
 そう言いながら私は袋の中を確かめ、まだたくさん入ってる事を確認した上で、中から鯛焼きを一匹取りだして、頭の部分からかぶりついた。

 う〜ん…、中身がチョコだとまた違った感じがして良いかも。

「そういえば、はあの人にチョコ渡すの? 」

 たつきに話を振られて、私は目をパチクリさせる。

「あ、そうだよ! さっき黒崎君が言ってた“旦那さん”って、前に会った白い髪のお兄さんのことでしょ? やっぱり渡すの? あ、もしかしてその鯛焼きってその為に? 」
 織姫にぐぐっと詰め寄られて、幾分仰け反り気味になりながら、ようやく私は思い出した。

 前に現世デートと称して、浮竹隊長と一緒にこっちに降りてきた事があったのだが…、そのときにこの二人と鉢合わせしてしまったのだ。あいにくと記換神機(記憶置換装置)は持ってきていなかったし、死神だとばれたわけでもないからと思って、一護たちに会ったときと同様に“普通の人間”を演じきってなんとかその場を凌いだのであった。

 そういやあの後、記憶置換しないまんまでいたんだっけ(犯罪です)。

「あげるけど、この鯛焼きは違うよ。これは私の悪友に渡す分ですから。
たいちょ……じゃない、十四郎さんに渡すチョコはちゃんと手作りしたものを渡すの」

 エヘンと胸を張ってーー別に胸を張るような事でもないがーー宣言すれば、織姫から拍手をもらってしまった。

ちゃん、すごーい…」

「……だったらさ、早く帰って渡した方が良いんじゃない?
あんまり遅くまで引き延ばしてると、本当に渡すの忘れるよ」

 たつきの尤もな言葉に、私は首を縦に振る。

「うん、たつきの言う通り。だから私は、これで帰るね」
 私が手を振ると、二人も当たり前のように手を振ってくれる。

「それじゃあ、またね。
「またねぇ〜、ちゃん」

「うん、またそのうち会おうね」

 私は二人に手を振りながら、挨拶を交わす。
そして踵を返し、空座第一高校を後にしたのだった。


 我ながらちょっぴり良い事をしたなぁ…なんて思いつつ。




*後書き…
・バレンタイン第三弾は、趣向を変えて現世組との邂逅?です。
ねえっ、ちょっと待って!コレっていつの話?!
そう思われた方、たくさんいますよね?自分でも書いてて思いました。
とりあえず、時間軸に関してはノーコメントでお願いします。
今回の話は時間軸以外でも、突っ込み処満載だけどさ…。
何とぞお手柔らかにお願いします(滝汗)。

(06.02.11up)
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