視線の先に広がるのは、どこまでも続く闇の世界だった。
 まるで湖のように目の前にたゆたうそれは、どこまでも優しく穏やかだ。

(ここは、どこだろう…………)

 ぼんやりとした意識の中で、ふと思った。


 今まで、すごく楽しい夢を見ていた気がする。
だって私は、ついさっきまで漫画の世界の人たちと会話をしていたんだ。
それこそまるで、本当にドリーム小説の主人公になったみたいに。

(どうせならもっといろんな人たちと話してみたかったなぁ…)

 高望みだとはわかっていても、所詮は夢の話なのだから。
多少高望みをしたところで、誰も私を責めはしないだろう。


 ―――――再び、かの世界へ行く事を望むか?


 朧気に聞こえてきた声に、私は未覚醒のままで頷いた。


(私は望む。もうこれっきりで会えなくなるのは嫌だから)


 ――――――わかった。全ては汝が意志のままに……。



 深くたゆたう、それでもけして強くないゆるやかな闇は、唐突に開ける。
すると、闇の中に眩い光が差し込んでくるように、辺りに光が満ちていく。
徐々に明るくなっていく世界に満ちあふれる光に比例して、ゆったりと泳いでいた私の意識もまた、浮上していくーーーーーーーー。





【目覚めと共に、幻は消えゆく】






 誰に起こされたわけでなく、私の意識はハッキリと覚醒した。
まだ気怠い腕や足の関節を無理矢理動かし、伏せっていた身体を起こしてみれば。

「…………ここは…」

 薄暗いながらも、ずっと目を閉じていたせいか。
明るくなった外の光をほぼ全て遮断しながらも、綺麗に並べられた椅子と卓の集団が視界の中にハッキリと見てとれた。


 いつもと同じ、何も変わらない風景。

 そうだ。ここは自分の家だ。
 我が家の一部でもある居酒屋『ニライカナイ』の店先である。


「そうか、私……昨日お客さんの相手しながら一緒に寝ちゃったんだ……」
 店の常連客であり、母の大ファンでもある松下さんたちが仕事帰りにうちへ来て、いつもの通りに食事と酒を振る舞ったのだ。その中の一人が――初めて来る客で、結構若い人だったようなーー酔っぱらって私に絡んできて、これまたいつものように相手が気の済むまで愚痴らせてあげて、そのまま酔い潰れさせたところまでは覚えている。

……でも、その先の記憶が全くないのだ。多少絡んできた相手に酌をされて、飲んだ覚えはあるけれど。記憶がなくなるほどに泥酔するには、まだまだ余裕はあったのだが……やっぱり昨日は少し疲れていたのだろう。
とはいえ、よりにもよって店中で爆睡してるとは………情けない(汗)。

「まだまだ修行が必要、かな……」
 自嘲気味に呟きながら、私は席を立ったのだった。








 わずか数秒もたたないうちに、一人分の体積が減ってしまった十番隊隊首室にて。
さすがに最初こそ驚いてはいたものの、冬獅郎も乱菊も一隊を背負う責任職に就くだけあって、すぐに冷静さを取り戻した。

「……白昼夢、と正直思いたいところだが」
 先ほどまでが座っていた場所に視線を遣りながら、冬獅郎がゆっくりと息を吐き出した。厄介事を増やされた、という思いがあからさまに出た声音に応じるように、眉間に複数の皺が刻まれる。

「白昼夢の筈がないじゃないですか。なんなら証拠見ます? 」
 対する乱菊は、相変わらずの調子だ。
それでも何らかの思惑があるのか、冬獅郎へわざと話題を振ってみせる。

「証拠だと? 」

 眉を潜める冬獅郎だが、乱菊の表情は自信に満ちあふれていた。

「ええ、証拠。が確かにここにいた、これ以上ない証拠ですよ」
 言うなり乱菊は、冬獅郎の腕を強引に引っ張り上げる。

「……まあ、仕事ばかりしてても気が滅入るからな」
仕方なしに立ち上がった冬獅郎は、訝しげな視線を乱菊へ向けながらも。
わざとらしく理由を付けて、さっさと部屋を出て行こうとする乱菊の後に続く。

「ですよね。たまには気分転換も必要でしょう? 」
 後ろからついてくる上司に、にんまりと笑みを向ける乱菊だが。

「お前の場合は気分転換が多すぎだ、松本」
 情け容赦ない冬獅郎の言葉に、あっさりと撃沈させられたことは言うまでもない。









「……朝っぱらから何してるのよ、母さん」
 一人っ子の私にとって、父亡き今たった一人の肉親は母一人である。
ゆえに、私は母を今まで以上に大事にしなくては…と固く心に誓っていたし、彼女が好きなようにやらせてあげようと母のすることには一つ一つ口を出す事はしない。

 出す事はしないけれど………、今回ばかりは例外だ。

 母が朝食を食べたのか、否か。その真偽を確かめる為に、私は母がいる居間へと足を運んだ。小さなテレビとちゃぶ台が一つ、あとはちょっとした棚があったりするだけの部屋。それが我が家で言う居間である。それもそのはず、畳六畳分しかない空間にはその程度の物を置くのが限度なので、どう頑張っても立派な家具を入れるわけにもいかないのだ。

 私が足を踏み入れると、妙に聞き覚えのあるBGMと声が聞こえてくる。
それだけで母が何をしているのかわかってしまい、私は思わず歎息してしまった。

 なぜなら。

「久しぶりにドラ○もんの映画を見てるのよ。今はちょうど『夢幻三剣士』を見ているところなの。貴女もこの作品は好きだったわよね?こっちへ来て一緒に見ましょうよ」
 居間に入ると、ややぽっちゃりとした体型の女性がこちらを振り返ってきた。
帯や帯締め等の小物を年相応に渋くまとめ、纏うのはすっきりとした宮古上布。対照的な色和えで帯と着物を合わせるのは、母が特に好むコーディネイトなのである。
 とりわけ美人というわけでもないが、愛嬌のある顔立ち。母目当てで店に通ってくる常連さんに言わせると、母の笑顔は仕事に疲れた男たちの心をほぐしてくれる“太陽”であるらしい。

 店ではそんな癒し系の女将さんを演じる母。
だがそんな彼女の趣味が、アニメ鑑賞であることを知る者はそう多くない。
実は、小さい頃から夢見る少女だったらしい母、未だにアニメが大好きなのである。
ちなみにドラ○もんの映画作品は、うちの母=バイブルみたいなものらしく、ちょっと時間が余るといつもそればかりをつけて見ている始末である。

 まあ、私も人の事は言えないんだけどね………。

「……って言っても、もう終わりの部分じゃない。こっからどうなるんだっけ? 」
 画面に目を移してみれば、この映画には欠かせない道具『気ままに夢見る機』を使用するのをやめようとしているところ。だけどこのまま機械を回収して「はい、おしまい」ではいささか後味が悪い。

「確かこの後、ユミルメ国に勇者を案内する妖精さんが現れるのよ」
 まるで母さんが予言の如く、的中する。(そりゃあ内容覚えてるからね)
彼女の指摘通り、ドラ○もんたちが寝静まったあとに、突然機械が動き出す。ビックリするドラ○もんとの○太の前に、機械の画面からティンカーベルを彷彿とさせる妖精が飛び出してくる。

『あんな終わりがある?!
夢から覚めた貴方達はいいわよ。残されたユミルメの人たちはどうなるの?!』

 二人を叱責する妖精の言葉は、正論だ。
彼等は自分たちで好きなようにキャラを設定し、ゲームをし始めた。なのにラスボスに負けかけたからといって、彼等はゲーム機そのものを返却しようとしたのである。
自分たちで一度始めた以上、最後まで責任を持ってプレイしろ! と妖精は言いたいのだ。
もっともの○太たちにしてみれば、所詮はゲームだと言い切ってしまえばそこまでなのだが。彼等はそこまで冷たい人間ではない。子供ゆえに、彼等は周辺の感情をそのまま素直に受け取るし、正義感もあるからゲームの世界の人たちを放ってはおけない。

 そうして、彼等は再びラスボスに最後の戦いを挑む為、ゲームの世界へ入っていく。


「ここからが面白いのよね。、そんなところに立ってないで、座りなさいよ。
妖霊大帝オ○ロームの最後を、ここでちゃんと見届けましょう」

 年甲斐もなくはしゃぐ母の誘いを、私はきっぱりと断った。

「……とりあえず私、朝ご飯食べたいから」

「え〜? つまんない」
 ブーブーと子供のように文句を零す母親に背を向けて、私は台所へと足を進める。


「さて、今日の朝ご飯は何食べようかなぁ……」
 空腹を訴えるお腹をおさえて、朝食に食べたいものを頭の中でピックアップする。

 だけれども。

『あんな終わり方がある?! 』

 なぜか、映画の中の妖精の台詞が頭を離れなかった。








 ところは変わって、こちらは尸魂界・瀞霊廷内。
もっぱら死神たちが使用するーーそりゃあ護廷十三隊の隊舎がある中に存在しているんだからそうだろうーー銭湯の中、二つに分かれた入り口の前で言い争いをする二つの影があった。


「だから、この先にがいた確かな証拠があるんですよ」
 老若男女問わず、すれ違えば思わず振り返うほどの艶麗な美貌の主――松本乱菊は、黙っていれば婀娜っぽい容貌に、嬉々とした色を浮かべて上司を手招きした。

「………ふざけるのも大概にしろよ、松本」
 対する相手――日番谷冬獅郎は、乱菊よりもだいぶ低い位置にある顔をこれでもかというくらいに歪めた。
だが顔を歪める姿に、癇癪を起こす子供の持つ独特の空気は見られない。見た目はどう見ても少年にしか見えない彼が纏うのは、堪忍袋の緒が切れたと言わんばかりの空気であり。鮮やかな翡翠の双眸に浮かぶ光は、分別のつく大人のそれであった。

「嘘じゃありませんってば! が言ってたでしょう?
『お風呂のお湯が全部蒸発してしまった』って。だから……」

「…だから俺に、女湯に足を踏み入れろというわけか?
京楽じゃあるまいし、そんなことができるか! 」
 苦々しく吐き捨てると、冬獅郎は腕組みしたまま、視線をあさっての方を向ける。

「別に覗き見しろって言ってるわけじゃないですよ。どうせこの時間なら、誰もいませんし。そもそもお湯がないんだから、入りたくてもお風呂には入れないし」
 そこまで言われてしまうと、ぐうの音もなくなってしまいーー何せ彼女の言っている事は概ね正しいーー、冬獅郎は辺りの気配を十分に探ったあとで、いかにも気が進まなそうに深い溜息をついたのだった。


 時間が時間なので、当然ながら中には誰もいなかった。
無人であった事に心底安堵しつつ、冬獅郎は気が進まないながらも、乱菊の後に続いて足を進めていく。浴場を通り抜けてその隅にある引き戸を開ければ、その先は露天風呂のある屋外である。

「……ね? 本当にお湯が全部綺麗になくなってるでしょう? 」

「そうみたいだな」

 普段なら屋外に出れば、露天風呂のお湯から吹き出す蒸気が目に見えるものだが。
なぜか今回に限って、岩で四方を囲まれた風情ある露天風呂からは蒸気が全くといっていいほどに出ていなかった。
 不審に思った冬獅郎が、途中で足を止めた乱菊の横を通り越して、露天風呂の近くまで寄ってみると。本来溢れんばかりのお湯をたたえているはずの空間には、むなしく空気が漂うばかりであった。

 風呂のお湯は、綺麗さっぱりとなくなっていたのである。

「松本。お前はあいつがここの湯を蒸発させたところを見たんだな? 」

「ええ。あれにはちょっとびっくりしちゃいましたよぉ。あ、そうそう。
それだけじゃなくて、その前には突然お湯が生き物になったみたいに不自然にうねりだしたんですよ。慌ててを引きずってお湯から出たんですけど、あそこで出てなかったら私たち、全身大やけどしてましたね」
 上司の質問に茶目っ気を残した様子で答える乱菊だが、ふと何かを思い出したかのように途中でポムと手を打つ。そうしても彼女も冬獅郎に伝え損ねていた情報を、改めて告げるのであった。

「湯が生き物になったみたいに、不自然にうねり出す? 」
 いかにも胡散臭いと言わんばかりに、冬獅郎は盛大に眉をしかめた。

「そうなんですよぉ。まるで蛇が中にいるみたいな感じで、ちょっと気味悪かったです」
 茶目っ気混じりに答える乱菊の言葉を一蹴しようとした冬獅郎だが、途中で気になる
単語を拾いあげ、外へ出す言葉を一瞬で切り替える。

「………それもあいつの力か? 」

「さあ、そこまでは私もわかりかねますが………その直前に彼女が『世界蛇』って呟いたのは確かですよ」

「世界蛇? だがあいつは斬魄刀を別の名前で呼んでなかったか? 」

 冬獅郎の言葉に、乱菊は唇に人差し指を押し当てて考え込む。

「確か……よるむんなんとかって呼んでましたよね」

「つくづくわからないことばかりだな。一つで二つの名を持つ斬魄刀といい、いきなり跡形もなく消えることといい、一体なんなんだあいつは」
 わしゃわしゃと後頭部を掻きむしりながら、冬獅郎は歎息混じりに零した。

「それは多分、あの子自身も思ってる事だと思いますよ。彼女も目を白黒させてましたし」

「………だろうな」
 夢を介して移動してきた魂魄が、尸魂界へ来た事など全く前例にない。
そのことを告げたときの彼女の表情は、今なお瞳の奥に焼き付いて離れない。

告げた瞬間、今まで全く浮かべていなかった負の色が、彼女を覆っていった。
絶望と不安という名の、一縷の恐怖心。

それでもなお、わずかに残る可能性を掴もうと必死になる姿は、あまりにも儚くて。
頼りなくありながらも、不思議と力強ささえ感じ取れた。

 多分それは、あの揺るぎない眼差しが成せる技。
 曇り一つ無い漆黒の双眸は、どこまでも澄み切っていて。
 その瞳に宿る光は、彼女の強い精神力を反映したもの。
 心の持ちようは、何よりも瞳の光にはっきりと映し出される。


 面倒だと、思わなかったと言えば嘘になる。
 嘘になるが、放っておけないと思ったのも事実。

 そしてーーーーーーー。


 無意識に浮かんできた感情を、冬獅郎は無理矢理振り切った。
自分でも予想だにしなかった言葉が、思わず出てきそうになって狼狽したのだ。

 そのことを、彼は自分自身で認めようとはしなかったけれど。


「夢を介するのならば、逆に身体が目覚めを要求したときには、魂魄はどうなる?
目覚めに応じて魂魄が身体に戻る、と考えられないこともない。
そうすると、あいつがまたここへ来る可能性もないとは言い切れないわけだ」

「確かにそれはそうですけど…。そうそううまくいくものでしょうか? 」

 もっともな問いかけをしてくる乱菊に、冬獅郎は頭を振った。

「どうなるかは俺にだってわからん。だがな、あいつが夢を介して訪れる事の出来る場所は、何も尸魂界だけに限られた事じゃあないかもしれない」

 その言葉を聞いてひらめくところがあったのか、乱菊の表情が真剣なものに変わる。

「……下手をすれば、虚圏に着いてたということもあるわけですか」

「根本的には尸魂界も虚圏も、あいつにとっては異なる世界に違いはないだろうからな。
尸魂界ならまだしも、虚圏に迷い込んでみろ。間違いなく虚に取り込まれる」
 淡々とありえたかもしれない事実を告げる冬獅郎の姿を見ていて、乱菊はたまらずに告げる相手の方へと視線を向けた。

「……隊長」

「わかってる。俺の霊圧に耐えられるわ、謎の斬魄刀は持ってるわ、こっちにとっては面倒事を増やす事になるだろうが、あれだけの素質を持つ奴を放っておく手もないだろう。
今度あいつが尸魂界へ現れたら…、そのときは総隊長のところへ連れて行く」
 肩をすくめて告げる冬獅郎とは対照的に、乱菊はやや険しい色を顔に浮かべていた。

を死神にする許可をもらう為、ですか」

「そう簡単におりるとは思えないが……、異なる世界から来た魂を持つ虚なんてのが生まれてみろ。今までの常識も何もかも通じない強力な虚になるかもしれないだろう。
下手に消滅させるよりは、自分たちの目の届くところに置いておいた方が対処もしやすい、

………と思わせてみせれば、許可が下りるかもしれないな」

「許可、おろして下さいよ? 」
 偶然とはいえ一度知り合った相手が、次に会ったときには虚になっていたなんて、そんな結末は望まない。旅禍を死神として認めてもらう事がどれほど大変な事か、知っていながらも、奥底にはそんな一抹の思いがあったから。

 乱菊は無意識に、その言葉を口走らせていた。

「ああ。やってみせるさ」
 一抹の不安を秘めた声音で呟く部下に対して、冬獅郎は口元を歪める。
不敵な笑みを浮かべるその表情に、鮮やかな翡翠の双眸がより一層強い光を放った。







「どうしたんだい、ちゃん。今日は元気がないねぇ? 」
 接待していたはずのお客の声に、私は思わず我に返った。
慌てて辺りを見回してみれば、母さんを含む馴染みの客たちが一様にこちらへ視線を向けている。

「そ、そうですか? 」
 とりあえずその場を取り繕う笑みを浮かべて、しらじらしく言ってみるが。

「うん。なんだか心ここにあらずって感じだ」
「あ、俺もそう思った」
「いつものちゃんなら、もっと口数も多いのに、今日はおとなしいし」

 うわ、思いっきり見抜かれてるし。
 …というか、普段の私ってそんなにお喋りばかりしてたっけ?

「そうねぇ…。確かに今日はちょっと調子が悪いみたいね。
無理しないでいいから、今日はもうおやすみなさい」
 三線の弦を弾く手を止めて、母さんまでもがそう言いだした。
挙げ句の果てには、早退命令まで出されてしまう。

「母さん……、でも……」

「無理しても仕方ないでしょう?
それに、皆さんだって貴女がここにいると、楽しくお酒を飲む事は出来ないわ」

 母さんの言葉が、ずしりと心にのしかかってくる。

 サービス業は、何よりもお客さんが大事。
 サービスする側がお客に心配をかけるようでは、サービスにも何もなりはしない。

『仕事で疲れた皆さんを、少しでもリラックスさせてあげるのが私たちの仕事よ』

 小さい頃からずっと言い聞かされてきた言葉が、頭を過ぎる。


「………わかりました。今日は早めにあがらせてもらいます」
 私は素直に母さんの言葉に従うことにする。

「おぅ。今日はゆっくり休んで、明日はまた元気におじさんたちのお酌してくれよ」
 大柄な体躯を持ちながらも、元来の性根の穏やかさから“象さん”とも呼ばれる松下さんの手が、私の頭をぐりぐりと撫でてくれる。
彼の大きな手の平は、亡くなった父さんを思わせてちょっと悲しくなるけれど。
同時にこの人の優しさが身にしみて、あたたかい気持ちにもなれるんだ。

「はい」
 私は母さんとお客さんたちに一礼し、私的な空間である二階へと上がっていった。


「………今日も、BLEACH世界に行けるかな……」

 階段を上がりながら、思わずひとりごちる。


 たとえ昨日の出来事が偶然であったとしても。
 お願いだから、もう一度だけあそこへ連れて行って欲しい。

 だって、私はーーーーーーーー。


「露天風呂のお湯、蒸発したのが私のせいだって申告してこなかった………」

 今日、風呂掃除をしていたときに思い出したのだが、私は向こうでヨルムンガルドを呼んだ時に風呂のお湯を全て蒸発させてしまっていたのだった。
意図してやったことではないとはいえ、あのまま放置するのはマズイだろう。やはり。

 それに、下手をすれば日番谷隊長や乱菊さんに迷惑がかかってしまう。
 忙しい仕事時間を割いてまで、親身になって話を聞いてくれた二人。
 彼等にだけは、何が何でも迷惑をかけるわけにはいかないのだ。

「恩を仇で返すような人間だと、思われたくはないもんね」

 独り言とわかって呟きながら、私は自分の部屋に敷きっぱなしになっていた布団の中に着物姿のままで潜り込む。万が一尸魂界へ行けたとき、もしも寝間着姿のままで登場してしまったら洒落にならない。嫁入り前の娘としては、やはりその辺りはきっちりとしておきたいと思うのだ。………一応は。




 BLEACH世界をもっと楽しんでみたいと、思わないと言えば嘘になる。

 だけど、今はーーーーーーーー。

 とりあえず、露天風呂のお湯をどうにかする方が先決だ。うん。







*後書き*
・王道トリップ連載・第4話目、どうにかお届け致します〜。
もっとBLEACHキャラを出したいと思いつつ、冬獅郎&乱菊以外出てないし…。
次こそは、BLEACH世界がメインゆえ。ちゃんとキャラを出しますよ(いや本当に)。
ヒロイン母が見ていたのは、ドラ○もん映画・のび○の夢幻三剣士です。
この映画を知っている人、どのくらいいるのかしら?
今回、この連載への感想も頂いたりして、ちょっと嬉しい今日この頃です。
もしも「こんなシチュが見たい!」というご要望がありましたら、是非ご一報を。

(06.02.08up)
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