乱菊さんに引きずられて中に入れば、当然の事ながら隊員たちの視線が一同に私たちの元へと会する。だが向けられる視線の種類は、好奇や疑問といったものばかりで、敵意のこもった視線は全くと言ってとんでこない。
一般人である夢ヒロインが尸魂界に来るというパターンは、もはやブリーチトリップ夢の王道だが、ヒロインが学生であったりする都合上、服装が制服などの“洋服”であることが多い。その為彼女たちはすぐに『旅禍』と間違われて、追いかけられることがこれまた非常に多い。(無論、トリップ夢の全てがそうだとは言わないが)
境遇そのものは学生トリップ夢ヒロインと変わらぬ私だが、あいにく居酒屋の若女将という職業柄、仕事中はたいてい地元の特産品である芭蕉布や紅型、大島紬等の着物を着ているのだ。そして本日私が着ていたのも、大島紬の着物であった。どうやらそれが功を奏したのか、周りの隊員たちも乱菊さんも私が「現世の人間」であることには気づいていないようだ。
しかしーーーーー。
こうも視線にさらされ続けていると、いい加減嫌になってくるのも当たり前で。
私は幾度となく、乱菊さんに声をかけようとしたのだが……ここで事情聴衆されるのも嫌だったのでーーだってここで説明したら隊員の皆に素性がばれるじゃないかーー、仕方なしになすがままにされている。
そして当の乱菊さんも、私や周りの様子などまるで気にした様子もなく、ズンズンと先へ先へと進んでいく。
ゆえに。
現在の私の境遇、さながら「みにくいアヒルの子」の如し………。
【お節介と書いて、優しい親切と読む】
ずっと歩いてきた乱菊さんだが、ふとある部屋の前でピタリと足を止めた。
部屋といっても特に何かが変わっているわけでもない、ごくごく普通の障子がそびえる一室である。一体何があるのだろうと、私は乱菊さんの後ろからひょいと顔を出してみる。
と。
「松本か、入れ」
こちらから何も言っていないのに、障子の奥から声が聞こえてきた。
しかもっ、…………この声は………エドの声だ! 蓮の声だっ!!
生でかの声優さんの声(いや違うから)を聞けるなんて……、感激の余り、思わずその場で卒倒するところだった。いや、本当に。
「ちょっと大丈夫? 」
グラリと私の身体が不自然に揺れた事に気づいたのか、障子に手をかけていた乱菊さんがこちらを振り返る。
「は、い………」
だが当の私は、悶える全身を押さえつけるのに必死だったので、かろうじて絞り出した声で返答するしかなかった。無理矢理出した声のせいか、微妙に震えてたのはご愛敬ということで。
ところが乱菊さんは、私の声が震えているのを寒さのせいと思ったのか。
「もう少しの辛抱だから、我慢して頂戴ね」
そう優しく声をかけてくれた上に、私を支えるように肩を抱いてくれた。
……うわ、胸が思いっきり当たってるんですけど………柔らかくて気持ちいい…。
非常に不謹慎な発言だけど…、今ほど女に生まれてよかったと思った事はないよ(オイ)。
「失礼します」
言うのと同時に、乱菊さんの手が障子を開ける。
中に入ると、書類の積み上げられた机に向かっていた人物がこちらを振り返る。
(わっ、わっ、わわっ! 本当に日番谷隊長だぁ………!)
綺麗に整えられた髪は、外に降り積もる雪と同じ白銀の輝きを宿す。やや目尻の吊り上がった双眸は、まさに一対の緑柱石の如し。鮮やかな碧の色彩を帯びた瞳は、多少険のあるものの、その奥底にある澄んだ輝きは失われていない。
座っているのでハッキリとした事は言えないが、それほど大柄でもないことはすぐにわかる。青年というよりも少年といった方がしっくりくる姿形ではあるが、顔立ちそのものは十分に端整な面立ちで通じる容貌だ。これで成長したら、さぞ美青年になることだろう。
全身黒の死覇装を着ているのは乱菊さんと同じだが、その上に隊長格の死神だけが羽織る事を許される白い羽織を羽織っている。その背には大きく「十」の文字が入れられていることからもわかる通り、彼がここ十番隊の隊長―――日番谷冬獅郎その人だ。
彼は一瞬、驚いたように目を瞠ったが、すぐにその表情は元に戻る。
「…で、何の用だと聞きたいところだが、今回はその必要もなさそうだな。
松本、その娘はどうした? 」
「それが聞いて下さいよ、隊長。
この子ったら、こんな夏物の着物着たままで雪の中に立ってたんですよ」
このままシリアスモードでいくのかと思いきや、乱菊さんはいきなり私の後ろから抱きついてきたかと思うと、まるで旧知の友人に話すような砕けた口調で話し出す。
「そのくらいは見ればわかる。で、何者だ、そいつ」
一方の日番谷隊長は乱菊さんの態度を諫めることもなくーー大方日常茶飯時なのだろうーー、さっさと話を本題へと進めてくる。
研ぎ澄まされた碧の瞳が私の方へと向けられるのと同時、彼を取り巻く空気の温度が変わった。霊圧を意図的に上げたのだろうか。けして気圧されるほどのものではないが、とても嘘をつけるような状況でもない。何かを探るような、それでいて全てを見透かしていると言わんばかりの日番谷隊長の視線は、まるで刀の切っ先のように鋭くも冷たい。
「さあ…。どこかの貴族のご令嬢じゃないですか? 」
「さあって…、お前こいつの正体を知ってて連れてきたんじゃないのか? 」
乱菊さんの暢気な言葉に、日番谷隊長の霊圧が一気に下がる。
その声音には呆れの色が実に色濃く混じっていた。
「いいえぇ、全くの初対面ですよ。でも放っておいたら死ぬとわかってて、放っておく事も出来ないじゃないですか。だから連れてきたんですよ。
隊長だって、自分の隊舎付近で死人が出るのは嫌でしょう? 」
「……まあ、否定はしないが」
乱菊さんの言葉に、溜息混じりの返答をする日番谷隊長。
だけど溜息をつく姿が板に付いてるのは、やはり彼が苦労性だからだろうか。
「でしょう? 別に素性改めなんて、いつでもできるじゃないですか。それより、今しておかないといけないことがあるので、私も一緒にちょっと出かけてきますね」
未だ私を後ろから抱きしめたままでーー私としては非常に役得なのだがーー、乱菊さんは実に軽い口調であっけらかんと言い放つ。
「どこに行く気だ」
相変わらず仏頂面を崩さない日番谷隊長に、乱菊さんは含みのある笑みを返す。
「お・風・呂。だってこんなに全身冷え切ってたら、風邪引いちゃうでしょう?
よかったら隊長も一緒に行きますかぁ? 」
あからさまにからかいの色を交えた乱菊さんの言葉に対して、日番谷隊長の返答は実に迅速かつ素早いものだった。
「誰が行くか!!! 」
額に青筋一本浮き立たせ、怒りを露わにする日番谷隊長だが。
乱菊さんは特に気にする事もなく、相も変わらぬ砕けた調子のまんまである。
「じゃあそういうことで、あとのことは宜しくお願いしますね〜★ 」
そう言うなり、乱菊さんは私の腰をガシッと掴むと、来た方へと足を向ける。
そうして彼女が一気に足を踏み込むと、たちまち身体がグンッと宙に浮くような錯覚に陥った。
「あ、おい、松本っ!!! 」
日番谷隊長の怒号が随分と後方で聞こえたところで、ようやく。
乱菊さんが私を抱えたまま、瞬歩を使ったことを悟るに至ったのであった。
********************
「さあ着いた」
乱菊さんによって連れてこられた場所は、どっからどう見ても温泉旅館の女風呂のような場所だった。とどのつまり、お風呂…ではあるのだけれど。
「あの……、本当にお風呂に? 」
まさか本当にお風呂に入るつもりなのだろうか、乱菊さんは。
そう思いながら、おそるおそる聞いてみれば。
「当たり前でしょう? そんなに冷え切ったままでいると、本当に風邪引くよ?
」
一瞬きょとんとしたものの、乱菊さんは私の背中をグイグイと押してくる。
まあ……寒いのは確かなんですけどね?
いきなし乱菊さんと一緒にお風呂ですか?! こんな美味しい展開があって良いの?!
乱菊さんに押されて脱衣所の中まで足を踏み入れると、なんだか本当に温泉に来たような錯覚に襲われる。
これって護廷十三隊の隊員専用のお風呂なのかしら?
それとも瀞霊廷の中にある銭湯かなにか?
どっちでもいいけど、すごく立派だな、オイ!
「それにしても、随分と良い着物だね。あんた、やっぱり貴族のご令嬢? 」
乱菊さんがさっさと死覇装を脱いでいくので、私も観念して帯留めを外し、帯締めをほどく。帯の結び目をほどいてようやく帯を外し終わり、やっと着物の伊達締めを外すに至ったところで、乱菊さんが私の方へ視線を遣りながらしみじみと話しかけてきた。
「いえ、とんでもない。単なる居酒屋の若女将ですよ」
私は伊達締めの結び目を外しながら、苦笑いを浮かべた。
「居酒屋の…? …瀞霊廷内の居酒屋にはあらかた行ったつもりだったけど、あんたの顔は見た覚えがないねぇ。……よし。今度飲みに行く時は、あんたの店にしよう」
乱菊さんは死覇装の上衣を肩過ぎまでずらしたところで脱ぐのをやめ、腕組みをすると、視線を宙に彷徨わせる。彼女の口振りからすると、どうやら瀞霊廷内の居酒屋のほとんどには行った事があるらしい。
おそらくは記憶の中から私がいたであろう居酒屋の記憶を探り出そうとしたのだろうが、結局思い当たらなかったのか。諦めて、私の方へと視線を戻してきた。
その視線は、同性の私でも思わずクラリとくるような流し目であったけれど、なんとかよろめきかけたのを踏みとどまった。
「…あ、ありがとうございます」
そうして私は引きつった笑みを浮かべたままで、当たり障りない答えを返した。
お気持ちは非常に嬉しいんですけど、あいにくとそれは激しく無理だと思います…。
着ているものを全て脱ぎ終わって、浴場へと足を踏み入れるとーーーーー。
「まさしく温泉そのものですね……」
これまた温泉旅館(しかも高級な老舗クラス)の温泉のように、広くて綺麗な大浴場がデデーーーンッと目の前に鎮座していた。
「何してるんだい、早く行くよ」
呆然とその場に足を止めてしまった私を振り返り、乱菊さんが手招きする。
…やっぱり乱菊さんは、羨ましいくらいにナイスバディだ。
ウエストはきゅっとほどよくくびれてるし、太ももから足にかけてのラインもお見事なほどに綺麗。柔らかな曲線を描く豊満な胸に関しては、もはや言うまでもない。
おまけにいつもは背に流す髪を高く結い上げているものだから、うなじのラインもくっきりと見えるのだが………、これまたなんとも色っぽい。
同じ女なのに、どうしてこれほど違うんだろうか……(泣)。
チクチクとコンプレックスを突かれつつも、私は乱菊さんの後へと続く。
なみなみとお湯をたたえた湯船がすぐ近くにあったのに、なぜかそれを彼女があっさりとスルーしていったことに驚かずにおれなかったが、その答えはすぐにわかった。
浴場の端にあった扉をくぐり抜けると、そこには岩で仕切られた純和風の露天風呂が鎮座していた。雪の降る外は当然の事ながら寒くて、私たちはやや足早になりながら、湯船に足を入れた。
「雪の降る露天風呂ってのは、風流だね。あんたもそう思うだろう? 」
湯船に身体を沈めた乱菊さんは、なんとも穏やかな色を顔にたたえたままで私の方を振り向き………、目を丸くした。
「そうですよね。私、雪を見るのは生まれて初めてなので、別の意味でも感動してますけど…………、どうしました? 」
いつものように湯船の端に腰掛けて、心臓の辺りに掛け湯をしていた私は、乱菊さんがこちらを見ている事に気づいたけれど。どうして目を丸くしているのかがわからずに、首を傾げた。
「随分と律儀だねぇ……。………でも、どうせ掛け湯するなら、もっとガバッとお湯を掛けないと…………ねっ!!! 」
言うが早いか、乱菊さんは両手ですくい取ったお湯を私目がけて投げつけてきた。
「ふぎゃっ! 」
「あっはっは、今の声すっごく面白かったわよ? 」
ケラケラと笑いながら、乱菊さんは水面(湯面?)をバシバシと叩いている。
「な、何するんですかっ! お返しですよ!!! 」
顔すれすれまで湯船に浸かりこんだ私は、お返しとばかりに両手両腕の力を使ってお湯をかき上げた。予想以上にかき上げられた大量のお湯は、ケラケラと笑う乱菊さんを真正面から直撃する。
「っぶっっ! やったわね、このぉ〜」
「ふっ、油断大敵ですよ! 」
「言ったわね! 」
そうしてなぜか、お湯掛け合戦が幕を開けたのだった。
「………そういえば、あんたの名前、まだ聞いてなかったわね」
お湯掛け合戦も一息ついたところで、再び湯船に浸かりこんで少ししてからだろうか。
乱菊さんがそう言って、話を切り出してきたのは。
「です。そういう貴女は? 」
名乗り終えると、私は敢えて何も知らない振りをして、相手の名前を尋ねる。
「松本乱菊。乱菊で良いわ」
「わかりました。……ところでさっきからずっと聞きたかったんですけど」
「私があんたをここまで引っ張ってきた理由、でしょう?
そうねぇ……、とりあえずはうちの隊舎近くで死人を出したくなかったからかしら」
「………死人、ですか」
先ほど日番谷隊長に言っていたことと全く同じことを言われて、私は口元をひきつらせながらも、なんとか返答をすることに成功した。
一方の乱菊さんはと言えば、歯切れの悪い私の口調から心中を察したのか。
慌てて片手をパタパタと振りながら、弁解の言葉を口に出す。
「や、やあねぇ、本気にしたの? うそうそ、今の言葉忘れちゃって良いわよ。
なんとなく放っておけなかったからよ。それじゃ答えにならない? 」
「いえ、私にしてみればあやうく凍傷で死にかけたところを助けて頂いたわけですし。
そういう意味じゃあ、願ったり叶ったりですよ」
私がそう答えると、乱菊さんは安心したように息をついた。
「それは良かった。……で、本題に入るけど、貴女一体何者なの? 」
いきなり真顔に戻った乱菊さんは、ズズイッと顔を私の方に近づけてくる。
「ですから居酒屋の若女将ですって」
ズンズン距離を近づけてくる乱菊さんの肩を押し返しながら、私は表面上にこやかに言い返した。そのくせ、内心はドッキドキものだったけれど。
「居酒屋の若女将にしては、随分と霊圧に対する抵抗力があるわね。
うちの隊長の霊圧にも全然怯まなかったどころか、けろっとしてたし」
さらりと乱菊さんの言った言葉に、私は言い返そうとした言葉を一瞬失った。
そういえば確かに、ある一定の霊圧を持った者でない限り、隊長格の霊圧は耐え難いものだとか漫画の中にあったような気もしないでもない。(要するに今の今まですっかりと忘れ
ていた)
「そうなんですか? なんだか周りの空気が急に冷たくなったなぁ、とは思いましたけど。
あれって、さっきの隊長さんが霊圧を上げたせいだったんですか……」
霊圧を上げる云々以前に、そもそも霊圧のかけらも感じていない私だけれども、さすがに隊長格の霊圧ともなると多少の変化を感じられるものらしい。そのことを身をもって体験した上で、ようやく感覚的に掴めたような気がする。
「……たいしたもんだわ。死神になったら、間違いなく席官……下手したら副隊長くらいにはなれるんじゃないの?
」
あっさりと言い放つ私に対して、乱菊さんは半ば呆れとも称賛とも判別しがたい反応を返してくれた。とはいえ、話の内容からすると案外と後者かもしれない……と思うのは、私の気のせいだろうか。
「死神になれるわけないじゃないですか」
だって私、死んでないんですもの。
私があっさりと返せば、乱菊さんは不思議そうな顔をした。
「そう? なら十分なれると思うけど?
生きてる人間だっていうなら、話は別かもしれないけどね」
「やだなぁ、生きてる人間のわけがな………」
………ちょっと待った。
私、生きてる人間だよ?
「……乱菊さん。あの私、生きてる人間なんですけど……」
少々心配になってきて、私はおそるおそる乱菊さんに申告してみると。
「やあね、。貴女はどこから見ても、霊体じゃないの」
ケラケラと笑う乱菊さんに肩をパシーンと叩かれて、思いっきり否定されてしまう。
「へ………??? 」
じゃあ、何?
私は本当に今、霊体なの?
………って、ちょっと待ってよ!
それじゃあ、私の身体はどうなってるのよっっ!!!
てか、これは夢じゃないわけっっ?!
*後書き*
・王道異世界トリップ・BLEACH夢、第二弾!
一応十番隊贔屓のつもりですが、乱菊さん出張りまくりです(笑)。
まあ、とりあえずキャラが出てるからそれで良し?(よくない)。
というか、当分乱菊さんと日番谷隊長のみ出番有りのような気がするぞ…。
(06.01.19up)