眼下に広がるのは、深い青と新緑の緑。
おそらくは「海」と「大地」であろうと思われるそれらは、随分と小さく見える。
この感覚は、ミニチュアの箱庭を見ている時にもよく似ている。
眼下に広がる、ミニチュアサイズの箱庭。
遊園地にある「巨人の国」のアトラクションみたいだけど、違う。そんなはずがない。
―――――だって私はついさっきまで、自分の職務を全うしていたのよ? 酔っ払いたちを邪険だと思われない程度にあしらいつつ、“居酒屋の若女将”の仮面をかぶり続けて仕事をしていたのよ?
なのにーーーーー
「…………ここはどこ? 」
呟く私の言葉に、帰ってくる返事はない。
【夢は現か、幻か】
ついさっきまで、店にいたはずなのに。
どうして私は、こんなところにいるんだろう。
試しに頬をつねってみると………、あれ、痛くない。
「なんだ、ここは夢の世界なのね」
ホッと胸を撫で下ろしたのも束の間、自分自身に言い聞かせる為に口に出したはずのその言葉には、どこからか返答の声があった。
『その通りだ』
聞こえてきた声の方を見てみれば………、ああここでも通常ではお目にかかれない光景を目の当たりに出来ましたとも。
眼下に広がっていた海と大地。声が聞こえてきたのは、海の上に一つだけぽっかりと浮かんだ眼下の大地から……ではなく、その大陸の端から端までを自身の身体でもってグルグルと何重にも覆い尽くした巨大な蛇そのもの。大陸を護るように取り巻く巨大な蛇が、その声の主であった。
大陸を護るように覆い尽くす巨大な蛇と言われれば、脳裏にはあれしか浮かばない。
ゲルマン神話(北欧神話とも)の中に登場する、世界蛇・ミドガルドオルム。邪神ロキと女巨人アングルボダの間に生まれた魔物で、確かオーディンによって深海の底に沈められたのではなかったか。
…………………え、っと…………(汗)。
「…我ながら、ずいぶんとスケールの大きい夢ね……」
『……ここが夢の世界である事を、随分とすんなり受け入れたものだな。
普通はもっと驚いたり、頑なに全てを否定したりするものだと思っていたのだが。
なるほど、伊達に私の魂の半身ではないということか』
もしもこの世界蛇に腕と首があったのなら、腕組みでもして首をコクコクと立てに動かしているに違いない。蛇にそんな仕草が出来るはずもないが、紡がれる声音はそんな光景を私の脳裏に浮かび上がらせた。
だが、蛇の言葉の中に含まれていたある言葉に気づき、私はすぐに眉をひそめた。
「魂の、半身? それは一体どういうことですか? 」
『そのことを話す前に、まずは我のことを話せばならぬ。
我はヨルムンガルド、ミドガルドの大地を取り巻く事から“ミドガルドオルム”とも呼ばれる者。ラグナロクの際に雷神トールと相打ちになり、身体は完全に消滅したが、魂のみはずっと彷徨い、生き続けた。
我は魔獣だが、同時に原初の神々の血をも引くがゆえに、滅びる事かなわなかったのだ』
「はぁ……」
正直な話、スケールが大きすぎてしっくりこないのだが、いろいろと苦労してきたらしいことはわかるので、とりあえず私は相づちを打っておいた。
『我は長い刻の中を彷徨いながら、己の魂の半身を探し続けた。
なぜなら我の妹であるニブルヘイムの女王・ヘルが、我にこう告げたからだ。
“兄者の魂は未完全のまま。だからこのまま消滅する事も、転生する事もかなわない。
だから、長い刻の中を彷徨い続けるしかない。わらわの知った事ではないが、ただ彷徨うのもさぞ退屈であろう。己の魂の半身を探してみてはどうか。会える確率は限りなく低かろうが、多少の退屈しのぎになろうよ“
あれの言葉が単なる戯れ言か、はたまた真実かはわからなかったが、確かに長い刻を彷徨っていると少々退屈でな。試しに探してみたところ、これがあっさりとみつかってしまったというわけだ』
「で、その魂の半身が私だったと? 」
軽い頭痛を覚え、私は痛む眉間に人差し指を当てる。
ついでにそこを軽く揉んでみると、これが存外に気持ちが良かった。
呆れた様子をあからさまに出す私だが、世界蛇は特に気を悪くするようなこともなく。
『その通りだ……。お前の魂こそ、我が魂の半身』
大きな口元を歪めて笑いながら、そう言い放つだけだ。
蛇って笑うんだ………(怖)。
……いや、それよりも、どうして私の名前を知ってるのだろうか?
「それがわかったところで、私をどうするつもりですか? ニブルヘイムの女王様の話では、魂の半身が見つかれば“消滅”することも、“転生”することも可能なんでしょう?
…まさかとは思いますが、私を道連れに魂ごと消滅するおつもりですか? 」
冗談半分のつもりで言った言葉に、世界蛇は持ち上げた鎌首でもって器用にコクリと頷いた。
(いくら夢とはいえ、自分を完全消滅させる夢を見るとは夢にも思わなかったわ…。)
『最初はそのつもりだったのだがな……、少々事情が変わったのだ』
「事情? 」
私は首をかしげる。
『我は神界で疎まれ続けた魔獣。ゆえに我を必要としてくれる者は、我が父神のみだった。血の繋がりなくして、我を必要としてくれる者は、誰一人としていなかった…』
「………」
親の血なのか、神の血を引きながらも魔獣の姿に生まれついた子供。
そしてその外見ゆえに、両親や兄弟たちから引き離されて、深い深い海に投げ落とされて。ようやく外に出られたと思えば、ミョルニルを携えた雷神トールとの死闘を繰り広げる羽目になり……、今現在に至った蛇。
考えてみると、なんて悲劇的な一生を送ったのだろう。この世界蛇は。
『だが、ここに至ってようやく我を必要としてくれる者が現れた。
その者とは、我が魂の半身――――すなわちお前だ、』
………は?
世界蛇の言葉に、私はたっぷりと二呼吸分は固まっていた。
しかし。いつまでも固まっているわけにもいかない。
「別に必要とした覚えはありませんけど……? 」
なんとか自力で硬直を脱した私は、おそるおそる聞き返した。
『無自覚のうちに必要としているのだ』
「ならばどうして、あなたに私の無自覚が理解出来るのですか? 」
己の米神がやや引きつっている(無論怒りで)ことを自覚しながらも、居酒屋女将修行で培った“無敵営業スマイル”を顔に貼り付けて、私は更に尋ねてみる。
『魂の半身ゆえ』
「………あのですね、私はごく普通の人間です。魂の半身をどこかで呼ぶこともしていないし、貴方のような魔獣の力を必要とするような状況にもいませんので…」
『それはつい先程までの現実だ。
今よりお前が行く世界は、戦う術も力も持たずして行けるような場所ではない』
言葉の途中であるにも関わらず、それを遮って世界蛇は話を続ける。
「今から、私が行く、世界? 」
怒りがだいぶ溜まっていた私だが、世界蛇の言葉の中に幾つか気になるものを見つけて、思わずそれを復唱する。
今から、私が行く、世界。
それって、これから私が別世界に行くという意味ですか?
心の中で問いかけたことをも読み取ったのだろうか。
世界蛇はもたげていた鎌首を大きく上下に振る。まるで頷いているかのように。
『そうだ。よ、我の力が必要になった時には、遠慮なく我の名を呼べ』
「……名前を呼べと言われても、貴方の正式名称は一体どれなんですか?
世界蛇? ヨルムンガルド? ミドガルドオルム? 」
『それら全てが、我を我たらしめる存在の名。
それらの名前をどのように使い分けるかは、全てお前次第だ』
「そんないい加減なこと言われても、私が困りますっ!!! 」
『心配する事はない。お前はかの世界に必要とされ、呼ばれるだけの存在だ。
お前自身が自覚していないだけで、確かな力がお前の魂の中にはある』
「無責任な事、さっくりとぬかしてるんじゃないわよ!!! 」
私は怒りの余り、かぶっていた仮面をも完全に取り外し、思わず右手を振り上げた。振り上げてどうなるというものでもないのだがーーなにせ世界蛇のいる場所は私のいるところの遙か下なのでーー、そうせずにはおれなかった。
たとえ夢の中だとしても、この無責任すぎる発言に怒らずにいられますかっ!!
だが、驚きの出来事はまだ終わらなかった。
『ようやく……、扉が開いたようだな』
私のことなど完全に無視して、世界蛇がもたげた首をかすかに動かす。
なんとなくつられて、その先を見てみれば。
遙か遠い空の先が、カチリとかすかに白い光を放ち。
そしてーーーーー
次の瞬間、惑星の消滅する瞬間を彷彿とさせる強烈な光が、辺り一帯を満たした。
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身体が冷たい。足が凍えるように、冷たくて痛い。
吹きつける風は全く感じないが、辺りに満ちる空気はひどく冷たい。
それこそまるで、冬の空気のように。
「ん………」
私は凍える手足をなんとか動かして、その場に立ち上がった。
立ち上がってみれば、足元が妙に冷たい。
冷たいけれど、なぜか柔らかいのだ。
「…………これって、雪? 」
見下ろしてみれば、私の足下をはじめとする地面全てが一面真っ白に覆われていた。
南国生まれの南国暮らしである私は、実際に“雪”というものを見たことはないのだが、雪が白くて冷たくて、地面の上に降り積もるものであることくらいは常識で知っている。
そっと足を持ち上げて、まだ誰も踏んでいない雪の上におろす。
すると、ミュシッと不思議な音を立てて、足の下の雪がつぶれていく。
(……お、面白い……!!)
初めて見る雪ということも相まったのだろう。
すっかりと童心に返ってしまった私は、足下が冷たいのも忘れて、ひたすら雪の上に足跡をつけることだけに専念していた。
そんな矢先に。
「そこに誰かいるのかい? 」
やや上の方からかけられた女の人の声に、私は振り返りーーーーー言葉を失った。
綺麗な波を描く紅茶色の髪と、大きくはないけれどパッチリとした青の双眸。色白で鼻梁が通ってはいるが、顔立ちそのものは東洋系。西洋系美女と東洋系美女の良いところだけを組み合わせたような、なんとも婀娜めいた雰囲気のある美女である。
全身黒一面の着物(男物のようにも見えるのはきのせいだろうか)に身を包みながらも、襟元が大きく開いているため、豊満な胸の谷間が覗いている。黒は女を綺麗に見せる色だと言うが、どうやら嘘ではないらしい。現に男物のようにも見えるその着物は、スラリとした長身としなやかな四肢と、出るところはキチンと出ているーー俗に言うナイスバディな肢体の持ち主である彼女の魅力を最大限に魅せている。
驚くほどの美女ではあるが、私が言葉を失ったのは彼女の美貌だけが原因ではない。
彼女と驚くほどによく似た人を、私は知っていたからだ。
もっとも。知っていたといっても、知り合いではない。知り合いになりたくとも、相手が漫画の中の登場人物では知り合いになれないではないか。
そう。その知り合いになれないはずの、漫画の中の登場人物が。
自分の目の前にいたのである。
驚くなという方が、なまじ無理な話だ。
私が最近はまりだした少年漫画「BLEACH」の登場人物の一人、護廷十三隊の十番隊副隊長である死神・松本乱菊さん。
(あぁ…実写で見ても、やっぱり美女は美女だわぁ……)
そんなことを心の中で呟きつつ、しみじみと乱菊さんの美貌に見入っていると。
「あんた………、こんな寒いところで何してるの! ちょっとおいで! 」
言われるが早いか、いきなり腕を勢いよく引っ張られた。
無論、腕を引いてくれた相手は、乱菊さんである。
「え? 」
未だ自分の置かれた状況がわからず、思考すらも錯乱する中で。
私は乱菊さんに引きずられるままに、室内へと引っ張り込まれたのであった。
*後書き*
・王道異世界トリップ・BLEACH夢、始動!(多分)
相も変わらず特殊設定付きですが、十番隊贔屓で行こうかと企み中。
切るに切れず、少々長目になりましたが…なんとかキャラ出せたので良し。
名前変換もついてるしね。うん。
(06.01.18up)