■ 時を越えて現れた宝玉の主


 一瞬、悪い夢でも見ているのかと思った。

 突如天から降臨した、一条の光の柱。
 神の裁きとすら謳われる、圧倒的な破壊力の持ち主。
 そして、雷と共に現れた一人の少女。

 結いもせずに無造作に風に遊ばせた白金色の髪は、地面の上で波を打つ。
閉じられた瞳に宿される色彩は、深い海を思わせる群青色。その身に纏うのは、神殿の中でも神にもっとも近しい巫女姫のみが着用を許される巫女装束。簡素な貫頭衣の上から首に、腕にかけられた色とりどりの宝石をあしらった装飾品を身につけ、金で出来た腕輪に刻まれるのは、古代の神々が使ったとされる幻のルーン文字だ。


 世界を創造した原初の女神。
 彼女の血を色濃く受け継ぐ稀代の巫女姫、
 俺が知っている魔術師の中でも間違いなくトップクラスの実力者。
 魔術師でありながら、巫女姫であるが故に俺の主になることを許されなかった唯一の人間。 俺が主になって欲しいと進言した、ただ一人の少女……。

 無論、その願いは叶えられることはなく。
 彼女は最後の最後まで原初の女神に忠信を捧げ、儚く散っていった……。




「……これは驚いた」
 まるで新たな玩具を得た子供のような、興味津々といった態度を示したのは、水の番人たる魔術師リィアードだった。奇抜なものを好み、珍妙な品を集めるのが趣味であるという彼にとって、はまさに格好の獲物であろう。仮にも番人と呼ばれるだけあって、魔術に関する知識は豊富である彼にとって、の着る服や装飾品から彼女の正体を推察することはたやすい。
 むしろ、この程度の知識もなくして、番人になることなど出来ない。

「風の一族に古く伝わる“エルトニールの書”第9章『女神の聖地』の中に、こんな記述があったはずだ。

 汝、選ばれし大いなる風の申し子なり
 其が言霊は吹きゆく風の意志
 おのが怒りは大地を吹き荒れる嵐そのもの
 汝は原初の女神の血を受け継ぐ者なり
 汝が吐息は世界を動かす大気の泉となりて
 汝が祈りは世界を動かす力とならん

 世界を創造したとされる原初の女神。
唯一彼女の血を引く、人であって人でない…神であって神でない存在。言い伝えによれば、その巫女姫は風の力だけでなく、雷の力も自在に操ったとされている。
遙か昔の古文書に記された巫女姫がどうしてここにいるのかはわからないがね、これは是非とも私の妻として迎えなくては、損というものだろう?
そういうワケなのだけれど、どうかな? 私の妻にならないかい? 」

「はあぁぁぁっっ?! 」

 嬉々としてとんでもない爆弾発言をさらりと言ってのける水の伯爵。それがあまりにも突拍子もない発言であったものだから、言われた張本人を含め、その場にいた全ての人間たち(宝玉含む)が硬直した。
 そして言われた当人も、呆れて何も言えないのか唖然としている。


「み、水の伯爵!! あなたって人は、つくづく最低な人間ね!!
いきなり会った人にそんなこと言うなんて、人間の風上にも置けないわ!!!!」
 いち早く硬直から復活したジャスティーンが、水の伯爵に指を突きつけて叫ぶ。

 水の伯爵はといえば、心外だと言わんばかりに肩をすくめ、弁解しようとするが。
それよりも早く、スノゥとダリィの声が響いた。

「いや、ジャスティーン。リィアードを人間として扱うこと自体がすでに無理なんだ」

「全くもってその通りですわ。
水の伯爵を人間として扱うなど、私たち人間にとって失礼極まりないと思いませんこと?」


(あんたたちの方が無茶苦茶失礼なこと言ってるわよ……)

 言い返されたジャスティーンは咄嗟にそんなことを思ったが、水の伯爵を弁護してやる義理などないので声に出しまではしなかった。
 一方弁解の言葉を言う前に無茶苦茶に言われた水の伯爵は、さすがに平常心を保ち続けることは出来なかったのか。頬を幾筋かの汗が伝っている。

「……スノゥ、そしてダリィ=コーネイル。君たちは私を誤解しているようだね。
私はけしてやましい気持ちがあるわけではないのだよ?
私は純粋に彼女に興味があって、言っているだけのことで……」

「つーか、その考え方自体がすでにおかしいんじゃねーの? 」
 そこへ追い打ちをかけたレンドリアの台詞に、水の伯爵は沈黙した。



「勝手なことを…。
俺の眠りを妨げただけでなく、に求婚しようとは…、冗談にもほどがある。
少し痛い目に遭わないとわからないらしいな、水の番人よ」

「おやおや。死に損ないの宝玉が私に勝てるとでも思っているのかな?
言っておくが、私は強いよ。
それに宝玉相手とはいえ、手加減する気はこれっぽちもないからね」

 静かに怒るソールの言葉に、水の伯爵は好戦的な笑みを浮かべる。

「人間の魔術師ごときが本気で俺に勝てるとでも思ってるのか」
 唐突に生まれた風がソールの金とも銀ともつかぬ髪を宙へ踊らせる。
一方、水の伯爵の翳す手の上には蒼い輝きを宿す光が生まれる。


「だめよ! 戦ったりしちゃ!!レンドリア、シャトー?!
二人を止めて!! このままじゃ、本当にソールが…!!! 」
 臨戦態勢に入った二人を少し離れた場所から見ていたジャスティーンは、目の前でだんだんと魔力を高めていく二人を見て事態に気づき、慌てて近くにいたレンドリアとシャトーに助けを求める。

「心配ないって。いいから見てろよ、ジャスティーン」

「レンドリア!! あんた、ソールが心配じゃないわけ?! 」
 相変わらず飄々としたレンドリアの態度にムカついたジャスティーンは、思わず彼の胸ぐらを掴みあげ、前後にブンブン振り回す。

「見損なったわ!!
いくらあんたでも、いざとなったらソールを助けてくれるって信じてたのに!
属性は違ったってソールはあんたのお仲間じゃない!!!
それを、むざむざ目の前でやられるところを見てようってわけ?! 最低よ!!!!」

「ジャスティーン…、貴女は勘違いをしている」
 怒りが頂点まで達したジャスティーンであったが、対照的に冷静なシャトーの意外な台詞に怒りをそがれ、掴んでいたレンドリアの胸倉を手放した。

「それって、どういうこと? 」
「彼女がいる限り、シルフソードに敗北はあり得ない。
そして水の伯爵は、そのことに全く気づいていない。だから、心配はいらない」

「………私にもわかりやすく説明して欲しいんだけど、シャトー」

「そうですわ。
ジャスティーンと同じなんて癪ですけれど、私も何がなんだかさっぱりですわ。
私にもキチンと説明して下さいませ、シャトール=レイ」
 ジャスティーンは昔から魔術師とは縁のない世界で育ってきたから、魔術のことに関してはそれほど知識がない。だから彼女がわからないというのは当然なのだが、普段から魔術に関する知識をジャスティーンにひけらかしているダリィまでもが、シャトーに問いかける。教えてもらいたいにしては、あまりにも堂々とした偉そうな態度で。

 だがダリィと付き合いの長いシャトーは、彼女の態度をとくにどう思うでもなく、すんなりと受け入れた。そうして彼女たちにもわかりやすいように、かみ砕いて説明してやる。

「水の伯爵が読み上げた“エルトニールの書”女神の聖地の章…、その一節にこうあったでしょう。『汝が吐息は世界を動かす大気の泉となりて』と。
原初の女神の愛娘たる彼女の吐息は、大気の泉。大気の泉がある限り、シルフソードは無限の力を手にする。そういうこと」

 シャトーの説明を聞き、しばし考え込むダリィとジャスティーンだが。
さすがに魔術の知識が豊富なダリィの方が先に事情をすんなりと呑み込んだ。

「…っ! ではあの女は、大気の泉を自在に生み出すことが出来るということですの?! 」

「えええっ!!!!! そんなこと出来るの?! 」
 そして。ダリィの言葉で事情を理解したジャスティーンもまた、驚きの声を上げる。

「だからあいつは巫女姫なんだよ。大いなる風の申し子の名前は伊達じゃないってことさ」
 なんのこともないような口調でさらりと告げられたレンドリアの言葉に、皆はただ頷くことしかできなかった。






「世の中諦めも肝心だって言うじゃないか?
観念すれば、今すぐこんな事やめてあげてもいいんだよ? 」

「よく言うな。徹底的にやるつもりなくせに」

「ああ、気づいていたんだね。それなら話は早い。とっとと終わらせてしまおうか」
 水の伯爵は、両手を前に突き出す。同時に突き出された手の中に、溢れんばかりの光が出現する。青く発光するその光は、たちまちにたゆたう水の形を取り、彼の手の周りを取り巻くように流れを作る。

 だが、対峙するソールはすましたもので、かすかに乱れた前髪を掻き上げただけ。

「…まだ気づいていないのか、水の番人。
“エルトニールの書”のことを知っていたくらいだから、少しは期待したんだがな」
 自身を取り巻く風に身を任せたままで、ソールは口端を笑みの形に歪めた。

「それはどういう意味かな? 」
 焦るどころか余裕の笑みすら浮かべるソールの様子を見て、水の伯爵は訝しむ。


「こういう意味よ」

 答えたのは、ソールではなかった。
 水の伯爵がそれを不思議な少女のものであると理解したのは、彼女の放った竜巻に吹き飛ばされていた真っ最中だという。

「ソールに気を取られて、私の存在を忘れたのが運の尽きね。
このままおとなしく帰るなら、見逃してあげる。
だけど、まだ刃向かおうってなら容赦なく雷を落とすから」
 腕組みをしながらキッパリと言い切ると、は乱れた髪を鬱陶しげに掻き上げる。

「…さすが、大いなる風の申し子と呼ばれるだけのことはある。
しかし、わかっているのかね? 君は本来この時代にいるべき存在ではないことを」

 吹っ飛ばされたというのに性懲りもなく出てきた水の伯爵を、忌々しげに睨みつけながら
はしれっとして言い放つ。
「貴女に言われなくてもわかっていてよ。ここは、本来私のいるべき時代ではない。
そうね・・・私のいた時代から、千年くらい未来の時代ってとこかしら? 」

「まあ、そんなところだね」

「…にしても、まさか未来に飛ばされてもソールと会えるとは思わなかったわ。
元気してた、ソール? 」
 水の伯爵に向けていた表情とは、180℃変化して。はソールの姿をまじまじ見上げながら、ニッコリと微笑んだ。

「……それなりにな」
 対するソールも、口端に笑みを浮かべて微笑み返した。



*後書き…
短編ソール夢ヒロインの設定説明がメイン(オイ)なお話。
でも、まあ…レヴィローズキャラもたくさん出てるし…。
一応夢小説?として成り立ってる…と言ってみたり。
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