■ 時を越えて現れた宝玉の主
静かに目を閉じれば、耳元を穏やかな風が吹き抜けていく。
は形のないそれを、自らの魔力で絡み取るようにたぐり寄せる。
たとえ周囲に風が吹いていなくとも、彼女の力をもってすれば容易いこと。
の周りを取り巻くよからぬ輩達は、痺れを切らしたのか彼女の方へジリジリと近づいてくる。彼らはかつてに恋い焦がれ、自らの想いを告白するも結果は失恋に終わった男ばかり。恋する想いはいつしか憎しみへと変化し、力ずくで彼女を手に入れようと考えたのであった。
それでもは全く怯えるような様子はない。
神殿の中で女神に祈りを捧げるときと同様、毅然とした立ち姿でその場に佇んでいる。
「どうやら観念して俺たちのものになってくれるらしいな」
「ああ。まるで夢のようだ。原初の女神に使える巫女を抱くことが出来るなんて」
「おとなしくしてれば、優しくしてやるからな」
下卑びた笑いを浮かべながら、男達はの身体に手を伸ばす。
が。
「ぐわあぁぁぁっ! 」
「いでぇぇぇぇっ!! 」
男達の手は彼女の身体に触れる直前、虚空にあるなにかにぶつかって火花を散らす。
慌てて退いた男達の手には、まるで火傷でもしたかのような傷が付いていた。
「な、なんのつもりだ?! 」
「単なる自己防衛だけど」
そう言うの手の上には、パリパリと放電し続ける光の玉が浮いていた。
「風の一族のはずなのに、何故雷を操れる?! 」
「簡単よ。雷もまた、大気の変化に伴って起こる現象だから」
を包み込むように出現した、パリパリと放電し続ける結界。
そして彼女は、力を解放すべく言霊を口にする。
「天が奏でし大いなる神の裁きを聞け! 雷帝降臨!! 」
天と地を繋ぐ架け橋のように飛来した雷は、文字通りろくでもない輩へと襲いかかった。
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「なんてことでしょう! あろうことか皆の目が届いていないのをいいことに、
シルフソードを強引に自分のものにしようだなんて!!! 」
ヒステリックに叫ぶダリィの指は、真っ直ぐに穏やかな紳士に向けられていた。
「こんなことをして、恥ずかしくはありませんの?! 水の伯爵!! 」
(あんたも似たもの同士のくせに、よく自分のことは棚に上げてそこまで言えるわね)
激高するダリィの後ろで、ジャスティーンは痛む頭を押さえた。
「勘違いをしているのではないかな、ダリィ=コーネイル。私はただ単にコレクターとして、一度シルフソードをこの目で見ておきたいと思っただけだよ」
相変わらずの穏やかな笑顔ーー同時に腹の内が全く読めない狡猾な笑みを浮かべた水の伯爵は、そう言って肩をすくめてみせる。
ジェリーブルーを管理する水の一族の番人である彼は、一見しただけではごくごく普通の印象を与える紳士なのだが、裏では様々なところで暗躍を繰り返す腹黒い人物である。
同時に魔術師のほとんどが宝玉に傾倒してるにも関わらず、彼は宝玉で遊ぶのが趣味という変わり者でもあった。
「そういう君たちこそ、どうしてここにいるんだい? 」
「決まってますわ! 貴方の野望を阻止しに来たのです!
貴方の手にシルフソードを渡すわけには参りませんもの! 」
あわよくばシルフソードを手に入れようとすら考えているにも関わらず、そんな様子を微塵も感じさせずに堂々と言い放つダリィに、ジャスティーンはある意味心から感心してしまった。
「君たち炎の一族には、直接関係のあることではないと思うんだがね、私は」
「ですが私たちは、以前にシルフソードの保護を頼まれたことがありますわ。
風の一族亡き今、シルフソードは私たち魔術師の宝ですもの!
十二分に関係は十分ありますわ!!」
水の伯爵は相変わらず笑みを浮かべたままで、虚空に向かって話しかけた。
「さてスノゥ、君の出番だ。
君の力なら泉に沈むシルフソードの本体を取り出すことが出来るだろう? 」
そして唐突に姿を現した一人の少年は、露骨にイヤそうな顔をしながらも渋々泉に向かって手を差し伸べる。
「ちょっと、スノゥ?! あなた、人の言う事なんて訊かないんじゃなかったの? 」
ジャスティーンが問いかけると、返ってきたのはスノゥの切羽詰まったような声だった。
「仕方ないだろ!
オレの平穏・・・な生活を守るためには、これ以外他に方法がねえんだよ!! 」
「その通りだ、スノゥ。
ダリィ=コーネイルのものになりたくなければ、私の言うことを聞いておくんだね」
ニコニコと裏のなさそうな笑顔を浮かべる水の伯爵だが、彼の本性を知っているジャスティーンからしてみれば、それが真実でない事は容易くわかる。
(……つまり脅迫されてるワケね、スノゥは。)
「まぁ! 私のものになりたくないとは一体どういう意味ですの、ジェリーブルー?!
もしも貴方が私のものになった暁には、レヴィローズ同様観察日記をつけて、大事にしますのに!! 」
「…きっと、レンドリアもスノゥもそれがイヤなんだと思うわよ」
ジャスティーンがつっこむが、多分ダリィには聞こえていないことだろう。
一方、スノゥは自らの力を行使して差し伸べた掌に魔力の力場を作り上げる。
その力は泉の水に影響を及ぼし、泉の水面が大きく波打ち始めた。
そのうち水底から水面に向かって、水が大きくせり上がってくる。
その中に光に照らされて輝きを放つものが見える。
大気の泉に守られて眠り続ける風の宝玉、シルフソードだ。
「伯爵、今のシルフソードを両方ともこの泉から離すのは危険すぎる。
そんなことをすれば、シルフソードは死んでしまう」
「それでも構わないよ。私は一度シルフソードを見れさえすれば、それで構わない」
シャトーの忠告を水の伯爵は顔色一つ変えず、サラリと聞き流す。
その言葉にシャトーは返す言葉を失う。
「なんて、ひどいことを……!! 」
ジャスティーンの顔は蒼白になっていた。
スノゥの力によって、シルフソードは両方とも回収されつつあった。はずなのだが。
不意に吹き付けてきた強烈な突風に煽られて、スノゥの集めていた力は一瞬で霧散してしまう。
「…げっ……! 」
突如巻き起こった風のなかに知った姿を見つけて、彼の口から思わず本音が漏れる。
「心配する必要はないぞ、ジャスティーン。あれ、見てみろよ」
ダリィが側にいるからか、先ほどから一向に姿を現れなかったレンドリアが、いつの間にかジャスティーンの側に立っていた。
「レンドリア? 」
後ろを振り向きかけて、レンドリアに前を見るよう促されたジャスティーンは、視線を前へ戻し………絶句した。
スノゥの力をあっさりと無効化した風の中心に、見覚えのある青年の姿を見つけて。
「ソール?! 」
金とも銀ともつかぬ煌めきを放つ髪と極上のブルートパーズを思わせる透明な青い輝きを放つ一対の瞳。
柔らかな清い風の化身ともいうべき青年の表情は、限りなく不機嫌そうである。
無理もないことだが。
「どういうつもりだ、ジェリーブルー」
「別に喧嘩を売ってるワケじゃじゃないからな!
オレの平穏な生活がかかってるんだから仕方ないだろ! 」
鋭い視線を向けられて一瞬怯むスノゥだが、すぐに気を取り直して目の前の青年を睨みつける。
「そんなこと、俺の知った事じゃない。
俺の眠りを邪魔するというなら、手をこまねいて見ているつもりもさらさら無いからな」
腕組みをほどき、ソールは片方の手のひらを広げる。
すると手のに眩い光が生まれる。
光はその力で風を誘い、たちまち彼は風に包まれる。
風は自由の象徴。
世界を自在に駆けめぐり、あらゆるものを見聞できる。そのため、時に知性を司る。
優しい風は、その吐息で木々を揺らし、動物たちに心地よい安らぎを与えてくれる。
しかしときに風は、あらゆるものを切り裂く刃と化す。
「くそっ、こんなところでやられてたまるか?! 」
スノゥも自分の手の中に力を集め始める。
水は癒しの象徴。生命を産み出せしもの、母なりし海の力。
優しき慈母の象徴たる水は、生きとし生けるものの命を司る。
水のせせらぎはすさんだ心を癒し、水の流れは様々な栄養分を含んで海へと流れ込む。
だが時として、水は生きとし生けるもの全てを洗い流してしまう。
荒れ狂う海はいかなるものも破壊する破壊神すら思わせる。
二人は互いに相手の様子を窺いながら、自らの力をより高め、集めていく。
その先にあるであろう力と力の鬩ぎ合いが一体どのようなものになるのか、
答えられるものは運命の神のみである。
「ほう…これはなかなか面白いことになっているね」
一方、その様子を遠くから眺めている水の伯爵は、呑気にそんな言葉を吐いてみせる。
「そんな呑気なことを言っている場合じゃないでしょ! 伯爵、スノゥを止めて!! 」
伯爵に掴みかからんばかりの勢いで叫ぶジャスティーン。
だが、まるで伯爵は取りあおうともしない。
「君はジェリーブルーとシルフソードの対決がどちらに軍配が上がるのか、見届けたくはないのかね?」
ジャスティーンの方へ向けられた彼の双眸には、愉悦の光が灯っている。
「見届けるも何も、大気の泉から引き離されたソールは弱ってるのよ?!
スノゥに勝てるはずないじゃない!! 」
「ジャスティーン。今の言葉、シルフソードには聞かせるなよ。
絶対に機嫌悪くするに決まってるからな」
水の伯爵同様、動じた様子もないレンドリアを見て、ジャスティーンの怒りがさらに倍増されたことは言うまでもない。
「いくら属性が違ってもあんたのお仲間でしょ? 心配じゃないの?! 」
胸倉をつかまん勢いで食ってかかってくるジャスティーンをなだめるように肩をポンポン叩きながら、レンドリアはゆっくり諭すように言い聞かせる。
「いいか、ジャスティーン。大気の泉はこの辺り一帯に存在してるって事、忘れてないか?
ここはあくまで風に属する場所で、風とは反する俺たちの力は制限される。
その意味がわかるか? 」
「…つまりここは、ソールに圧倒的に有利な条件の揃った場所って事? 」
「そういうことだ。それにジェリーブルーよりも力の使い方に関しては、風のやつの方が経験の上ではるかに優位だ。
ま、多少弱ってたとしても、ジェリーブルーに負けることはないだろうさ」
「だからって、このまま黙って見てろっていうの?! 」
まだ納得のいかないらしいジャスティーンに、レンドリアは人差し指を立ててみせる。
「今から出てっても状況は変わらねえよ。
下手に手を出せば、こっちまでとばっちりを食らうだけだぞ。」
「…なんかごまかされてる気がする……」
頭を撫でられながら、複雑な表情をするジャスティーン。
ソールもスノゥもほぼ同時期に溜めていた力を一気に放出する。
荒れ狂う暴風と唸りを上げる濁流は、互いに相手を求めて真っ直ぐに突き進み。
空中で互いに身体をくねらせて衝突する。
風と水といった物質的な力はたちまちに存在を失い、純粋な力と力がぶつかりあう。
互いは互いの力量を改めて再認識しながら、互いに譲ろうとはしない。
両者の力はほぼ互角。
少しでも力を抜けば、たちまち力の均衡は崩れてしまうだろう。
それを知っているから両者とも全力で力を注ぎ込む。
そして、不意に力の均衡は狂わされた──────
空から降り注いだ圧倒的とも言うべき力の奔流。
神の裁きとも呼ばれる、大いなる破壊の力。
天を切り裂くようにして現れた一条の光は、ぶつかり合う力の力場に降り注ぐ。
強烈な力の奔流は、二つの力を打ち消して世界におおいな振動を与えた。
突然降ってきた雷がもたらしたのは、純粋な恐怖と巨大な爆発だった。
「いってぇ……」
地面に強く打ち付けた後頭部をさすりながら、スノゥがゆっくりと上体を起こした。
そして足の上に乗っかる重さに気づいて、視線を落とす。
「のわあぁぁぁぁぁぁっ! 誰だ、コイツ?! 」
スノゥが驚いたのも無理はない。
彼の足の上に倒れていたのは、まるで見覚えのない少女だったからだ。
沢の流れのようにきらめかな銀色の髪の少女は、まるで時代ハズレな奇妙な服を着ていた。古風でシンプルなドレスは、どう見ても今の時代にふさわしいものではない。
ジャスティーン達はスノゥの声が気になって、彼の側へと集まってきた。
「おいおいおい。こいつ、まさか……」
ジャスティーンの後ろから覗き込んだレンドリアの表情が、ほんの一瞬強張った。
彼が意識しないままに呟いていた言葉を聞きつけて、ジャスティーンが聞き返す。
「何? 知り合い? 」
「イヤ、知り合いというか…なぁ……」
そこでジャスティーンから視線を逸らしたレンドリアは、何故かソールと目を合わせた。
ソールの方も何か思い当たる節があったのか、スノゥの方へと近づいていき、倒れている少女の顔を覗き込む。
「っ、……」
ポツリと呟かれた言葉に、皆の視線が一斉にソールの方へ向けられる。
そして、少女の目が開いたのも丁度この時だった……。
*後書き…
短編ソール夢ヒロインの設定説明がメイン(オイ)なお話。
でも、まあ…レヴィローズキャラもたくさん出てるし…。
一応夢小説?として成り立ってる…と言ってみたり。