■ Magician of Aqua...
それはあまりに唐突で、突然のことーーー。
その直前までジャスティーンは、庭で花(+野菜)の世話をしていた。
一生懸命に雑草を引っこ抜く彼女に、レンドリアは「なんなら燃やしちまったらどうだ?」と提案するが、即座に却下されてはんばふてくされていた。
だが、ふてくされながらも彼の視線は真っ直ぐにジャスティーンの方へ向けられていた。滅多に城の外へ出た事がない上、周りにいるのは皆魔術師たちばかりだったため、このような草花を愛でる(育てる)といった人間の行為自体が珍しいのだろう。
別に見ていたところで面白いものでもなんでもないだろうに、レンドリアは後ろからじいぃぃっとジャスティーンの様子を眺めていた。
一方、シャトール=レイーー通称シャトーは、自分の部屋で静かに本を読んでいた。
常日頃気づけば彼女の部屋へとズカズカ入り込んでいるブルネットの髪持つ少女…もとい火の玉娘・ダリィは、珍しくも彼女の部屋にはいなかった。
ジャスティーンもレンドリアも。そしてシャトーも。
珍しくも自分自身の時間に没頭していたというのに、
異変が起こったのは、丁度そんな時。
リーヴェルレーヴ城に、突如として爆音が鳴り響いたのである。
爆音に驚いたのもつかの間のことで。その犯人に心当たりのあったジャスティーンは、深々と溜息をついたかと思うと、脇目もふらずまっすぐにある一室を目指す。
そして。
「やけに騒がしいと思ったら、ダリィ!! あんた、また一体何をしでかしたの!!」
威勢の良い怒声を放ちながらジャスティーンは、ダリィ=コーネイルの私室のドアを力任せに開け放った。
「んまあ、その言い方だとまるで私がいつもいつも騒動を起こしているように聞こえるではありませんのっ!!訂正なさい、ジャスティーン!! 」
中にいたブルネット縦巻きロールの頭をした少女は、いきなり部屋に怒鳴り込んできたジャスティーンと負けず劣らずの大声で叫ぶ。
深紅色のドレスを着た彼女の胸元には、燦然と輝く青い宝石のペンダントが飾られていた。本来は借り物であるにも関わらず、ペンダントは半ば彼女の所有物になってしまっている。前はそのことに苦言を呈していたジャスティーンだったが、最近ではもうすっかり慣れてしまい何も言わなくなっていた。
いや、いくら言ってもダリィが言うことを聞かないので、言うだけ無駄だと悟っただけかもしれないが。
「実際にさんざん騒ぎを起こしてるのは、あんたでしょ! 自覚ないの?! 」
「自覚も何も、私は何もしていませんわ!! 」
胸を張って威張るダリィに、ジャスティーンは呆れかえって返す言葉を失った。
「…あっそ」
「ジャスティーン」
肩を落とすジャスティーンの後ろから、静かな声がかかる。
振り向けば、いつの間にか部屋へ来ていたシャトーが一人の少年を抱きかかえていた。
「その子は? 」
「部屋の中に倒れていた。多分、ダリィが魔術を放ったのもこの子が原因」
「ゲッ!それじゃ、その子はダリィの炎を受けたって事じゃない! 大丈夫なの?!
まさか死んでるなんてことないわよね!! 」
「心配はない、ジャスティーン。外傷はない。ただ、魔力を使いすぎて眠っているだけ」
(魔力…、そっかこの子も魔術師なんだ…)
胸中で呟くと、ジャスティーンはシャトーに抱かれる少年の顔をのぞき込んだ。
年の頃は、12か3くらいだろうか。
キャップで隠されていない前髪の色は、綺麗な光沢を放つ黄金色。
先ほどの爆発の埃でかすかに汚れた頬は、ぬけるように白いきめ細やかな肌。
着ている服は金色のボタンがたくさんついた丸襟のブラウスに、緑と黒でチェックの入ったスカーテッド・ベスト、そして乗馬をするときには欠かせないジョドプアーズと呼ばれる特殊なズボン。
見るからに上流階級の出だとわかる少年は、なぜか供の一人もつけずにここを訪れたらしい。
(そういえば、どうしてこの子がダリィの部屋にいたのかしら?)
ふとそのことが気になったジャスティーンは、ダリィに聞いてみる。
「ねえ、ダリィ。この子と知り合いなの? 」
「知り合い?馬鹿なことを言わないで下さいませ。
いくら顔の広い私でも、水の一族に知り合いはいませんわ」
すると、ダリィは心底不愉快と言わんばかりに顔を歪めた。
「水の一族…? でも、どうして水の一族の子がダリィの部屋にいたのよ? 」
「…、そんなことまで私が知るものですか!
ただこの一件には、明らかに水の伯爵が噛んでいることに違いありませんわ!」
「水の伯爵が? 」
水の伯爵は、水を操る魔術師の中でも屈指の実力を持つ魔術師だ。なにせ一族の宝とも言うべき“水の宝玉”を管理する宝玉の番人――宝玉の番人は、一族の中でも特に強い力を有する者しかなることを許されないーーを務めあげるほどの人物なのだから。
ただし、普通の宝玉の番人や魔術師たちとは違い、宝玉への執着心をほとんど持っていない。それどころか宝玉を自分の玩具としか見ていない節もあり、一族の至宝であるはずのジェリーブルーをジャスティーンたちに預けることも度々だ。とにかく珍妙なものが大好きで、一部では珍妙コレクターとしても名を馳せる、ハッキリ言えば“変な人”である。
ダリィやジャスティーンが彼の名前を挙げた時、かすかに表情を歪めたのは、過去に一度炎の一族の至宝であるレヴィローズをあやうく競売で売られそうになったというととんでもない関わりがあったためだ。
以来、彼女たちの中では水の伯爵=変人=要注意人物という公式が成立していた。
「その通りです!
この子供は、あろうことか空間移動の魔法で私の部屋へ侵入したのです!
しかも私を見るなり、なんと言ったと思います?
『見つけたぞ、この泥棒猫め!』ですのよ!! 」
「ど、泥棒猫? 」
ジャスティーンは、思わず首を傾げる。
不本意ながらもダリィとはそこそこの付き合いがある彼女は、ダリィの性格がお世辞にも良くなかろうとも、けして盗みを働くようなことのできる人間ではないことを知っていた。炎の魔術師の中でも特に抜きんでた才と優れた資質に恵まれたダリィは、普通の貴族以上に高い矜持を持っている。そんな彼女が“他人のものを盗む”などという悪事を行う自らを許せるはずもない。
「そうです!! この誇り高き私に向かって『泥棒猫』ですのよっ!! 私としたことが、怒りのあまりに思わず炎を投げつけてしまいましたわ。まあ、自業自得ですわね」
ふんっ、と鼻息も荒く吐き捨てて、ダリィは無意味に胸を張ってみせる。
いつものことだから、と適当に聞き流そうとするジャスティーンだが、途中で聞き捨てならない言葉が含まれていることに気づき……、顔色を変えた。
「どこがよっ!!! いくら腹が立ったからって、見ず知らずの人間に見境なく炎で攻撃するなんて間違ってわよ!! たまたまこの子が魔術師だからよかっただけで、普通の人間だったら間違いなく死んでるとこだったんだから!! 」
ごくまっとうな意見を述べるジャスティーン。
だが、ダリィは全く懲りた様子もなく、
「その心配ならいりませんわ。そもそもこの城を訪れる者は、魔術師たちばかり。
そうでない普通の人間がこの中に入り込むことなど、不可能ですもの」
今更何を…、と言わんばかりにダリィがジャスティーンを呆れ顔で見やった。
「…言われてみれば、それもそうね。」
一般常識ならとても考えられない台詞に、あっさりと納得するジャスティーン。
魔術とはまるで縁遠い生活が当たり前だった彼女だが、朱に交われば何とやらとはよく言ったもので、このあまりに異常すぎる事態を、すっかり日常のものと受け入れてしまってるようであった。
……つくづく、慣れとは恐ろしいものである。
『ねえ、伯父様。どうして、スノゥは最近伯父様のお屋敷にいないの? 』
『あぁ…。それはね、盗まれてしまったからだよ』
『盗まれた?! 誰に?! 』
『ダリィ=コーネイルという炎の魔術師さ。
私が屋敷を留守にしている隙に、こっそりと持っていってしまったらしいんだ』
『どうして、伯父様は取り返しに行かないの? 伯父様は強い魔術師なんでしょ?
だったら、すぐにスノゥを取り返せるのに! 』
『それがね、。私は忙しくて、なかなか取り戻しに行けないんだよ』
『…じゃあ、伯父様の代わりに僕が行く! 僕が行ってスノゥを取り返してきたら…、そうしたら僕はスノゥの主になれるかな…? 』
『そうだねぇ…。なれるかどうかはわからないが、スノゥのお気に入りにはなれるさ』
『ホントに?じゃあ、僕が行ってスノゥを取り返してくる!! 』
『頼むよ、。折角だから、ご褒美に私の魔術で泥棒がいるお城まで送ってあげよう』
『ありがとう、リィアード伯父様!! 』
そうだ…、僕は…。
僕は、スノゥを…ジェリーブルーを取り返しに来たんだ…。
「ぅ……、ん………」
さっきまで見ていた夢にせっつかれるように、ゆっくりと意識が戻ってくる。
だが徐々に覚醒していく意識とは裏腹に、頭を鈍痛が襲ってきた。
その痛みは、息を吸う度に頭を襲ってくる。
まるで鈍器で頭を殴られたような痛みの原因に、は心当たりがあった。
(魔力を…使いすぎた…?)
以前に魔術の練習のしすぎで倒れたときも、やはりこんな頭痛がしていた。
おそらくは、今回もーーー。
(だけど…、まだ動かなきゃいけない…!)
そもそも今回は、盗まれた宝玉を取り戻すために来たのだから。
は絶えず頭を襲う鈍痛に耐えながら、周りの者たちに気づかれないように魔力を集め始めた。
*後書き…
スノゥ夢を書いてみようと思い立って、書いてみた。
水の伯爵の親戚設定にしてみたら、案の定、伯爵に遊ばれてる…。