■ Magician of Aqua...


 気絶したままの少年をソファーの上に寝かせてやると、かすかにその身体が身じろぐ。あちらこちらが薄汚れているものの、大きな外傷はどこにも見当たらなかったから、彼が目を覚ますのも時間の問題だろう。

 ジャスティーンは心底ホッとしつつ、彼の顔をのぞき込んだ。

「もうそろそろ、この子が目を覚ますわね」
 すると、ジャスティーンを押しのけるようにしてダリィが少年の顔をのぞき込む。
そして彼女は少年の頬を軽く叩いた。

「全くいつまで寝ているつもりでしょう!
目覚めたあかつきには、まず私を泥棒猫呼ばわりしたことを謝罪させなくては! 」
自分のしたことを完全に棚上げして、相変わらず無茶なことを言い張るものだから、

「何言ってるの?そのあとに魔術で攻撃したんだから、おあいこでしょう? 」
ジャスティーンは呆れ顔で横にいるダリィを見遣った。

「それはそれ、これはこれですわ! 」

「あんたねぇ…」

 こいつには、これ以上何を言っても無駄だ。

 そう確信したジャスティーンは、疲れたように溜息を一つ漏らすと、肩をカクンと落としたのであった。




 収まっていたはずの水の力が、少しずつ辺りに立ちこめ始めるーーー。
ジャスティーンとダリィよりも少し離れたところにいたシャトーは、周囲の空気に混じるかすかな魔術の気配を敏感に感じ取っていた。

(…これは、水の力…?)

 この場にいる者たちの中で水の魔術を行使できるのは、水を支配する宝玉ジェリーブルーたるスノゥともう一人。魔力の使いすぎで倒れた幼き水の魔術師である少年だけだ。
感じられる魔力は人にしては強大な力だが、宝玉が発するにしてはあまりに弱い。
となれば、魔力の源となっているのは、倒れている少年しか考えられない。



「ジャスティーン、ダリィ、そこを離れて!! 」
シャトーが叫ぶ。

しかし、叫びながらも彼女は知っていた。
既にもう、手遅れなのだということを。


「シャトー? 」
珍しく声を荒げた友人の姿に、ジャスティーンは思わず後ろを振り返っていた。
それは隣にいたダリィも同じ事で。

「どうかなさいまして、シャトール=レイ」


 彼女たちが振り返ったその時、倒れていたはずの少年がよろよろと上体を起こした。
開かれた瞳は、深海を思わせる闇を纏った群青色。
そこに宿る光は、強い意志と懸命な意志を示すまっすぐな光だ。
そして、青い輝きを放つ光が帯のように彼の身体の周りにまとわりついていた。

「…大気のうちに秘めし無限なる力よ…、今ここで封印を解き放ち、
彼の者をここへ喚びよせたまえ!! 」
少年の魔術が完成する。
彼の声に応えて姿を現したのは、水で創られた巨大な龍だ。
龍は鎌首をもたげると、周りの者を威嚇するように口を開いて牙を誇示した。

「さあ、あの縦巻きロールの泥棒猫から奪われたものを取り戻すんだ!! 」
少年は強い眩暈に襲われながらも、懸命に術を制御する。
彼が創った龍に命令を下すと、龍は忠実にその使命を果たそうと動き出した。



「なっ、なんですの!!! 」
 自分の方へ向かってくる龍を見て、ダリィは悲鳴を上げるが、彼女は腐っても魔術師――しかも火の玉娘の異名を取る少女だ。そう簡単にやられるはずもない。

「そちらがそう来るのでしたら、私も容赦しませんわよ!!! 」
叫ぶダリィの手に、赤い輝きが灯る。
灯った光は、すぐさまその姿を燃えさかる炎に変える。

 そして彼女は、その炎を襲い来る水龍目がけて投げつけた。


鎌首をもたげて襲い来る水龍と。
空気を燃やしながら拡大していく、純粋な炎と。

二つの力がぶつかり合う。


「…っく…! 」

炎は水に弱い。
だが炎の勢いが強ければ、逆に水の方が蒸発してしまう。

ぶつかり合った当初、その力はほぼ互角。
しかし、徐々に疲労の濃いの方が力負けしてくる。


「…!! 」

……疲れのせいか。
ほんの一瞬、の意識が途切れた。



 勿論ダリィがその隙を逃すはずもなく、一際力強く燃え上がった炎が水龍をいともあっさりと蒸発させた。そして、敵を倒したことで俄然勢いづいた炎は、真っ直ぐへと襲いかかる。


「ちょっと、ダリィ!! 止めなさいよ、あの炎!! 」

「無茶を言わないで下さいませ! 一度放った炎をどうやって止めろと言うのです!!」

「でも止めないと、あの子が!!! 」

「し、心配はいりませんわ!魔術師なら、自分でなんとかしますわよ…!!(多分)」

「…じゃあなんで、冷や汗掻いてるのよ!! 」

「これは単なる汗!断じて冷や汗などではありませんわ、ええ!! 」




「…全くなにやってんだか…」
 呆れたような声が、空から降ってきたのはそんなときだった。


 声とともに、ダリィの放った炎が一瞬で虚空に掻き消えた。
その光景を見ていて唖然としているジャスティーンの前に、フッと人影が現れる。

「…ジャスティーン。俺が炎の宝玉だってこと、すっかり忘れてないか? 」
 不満そうに呟くレンドリアの瞳は、紅玉よりも鮮やかな輝きを放つ宝石そのもの。人ならざる存在である何よりの証であるその瞳は、思わず見惚れてしまうほどに美しい。
 人の形をとっているものの、彼は人ではなく、精霊と呼ばれる存在。“炎の王子”の異名をとるレンドリアは、世界のあらゆる炎を統べる者である。
 ゆえに、ダリィがいかに優れた魔術師であっても、彼の手にかかれば彼女の作り出した炎を消すことくらい、造作なくやってのける。

「……そうね、すっかり忘れてたわ。ありがとう、レンドリア。その子を助けてくれて」
 炎を操る魔術師の一族が戴く宝玉にして、破壊にかけては右に出るもののない“炎の王子”の腕には、完全に気を失った少年の姿がある。さっきの騒動で帽子が脱げたのか、絹糸のように繊細で長い金色の髪が露わになっていた。

 その姿を見て、ジャスティーンはふとあることに気づく。
「……ねえ、この子って………、もしかして女の子なんじゃ…」

「もしかしなくても、女だろ? 」
 返ってきたレンドリアの答えは、今更何を…と言わんばかりの口調だ。

「気づいてなかったのか、ジャスティーン? 」

「………悪かったわね。どうせ私は鈍いわよ」


「別に気にする必要もない。もとはといえば、女のくせに男みたいな格好をしてるの方がおかしいんだし。親戚連中だって、気づかないやつの方が多いくらいだぞ」
 ジャスティーンの援護をする発言をしてくれたのは、一人の幼い少年だった。

 短い髪は光を反射して美しい煌めきを放つ銀の色。年相応のつぶらな瞳は、どれほど澄んだ湖でもお目にかかれないほどに鮮やかな青。人々の目を楽しませる為に輝く青玉ですら、躍動感に溢れた彼の瞳には遠く及ばない。
 人がけして持つことのできない、自然をも越える領域に踏み入った美しい瞳は、彼が人あらざる存在であることの象徴。それもそのはず。彼は、世界に存在する全ての水という水を統べる精霊――“水の王子”の異名をとる宝玉ジェリーブルーなのだから。

「スノゥ! この子のこと知ってるの?! 」

「そいつは。リィアードの溺愛する姪っ子だ」

「水の伯爵の姪、ですって!? 」

「道理で。私の言うことを聞こうともせずに、人を泥棒猫するとは、さすがあのいけすかない水の伯爵の血縁者ですわね!!」

(人の話を聞かない云々は、あんたにも十分言えることなんだけどね……)

 ダリィの叫びに思わず突っ込みたくなるジャスティーンだが、敢えてこらえる。
ここで彼女と言い合いをしても仕方ないし、何より体力の無駄だからだ。



*後書き…
スノゥ夢を書いてみようと思い立って、書いてみた。
書いてみたけど、ヒロイン全然絡んでないし…。
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