03 // 持ちつ持たれっぱなしな関係
本日をもって、私ことは青春学園中等部に編入した。
編入したクラスは、3年2組。女生徒人気の高いテニス部員たちとは別クラスな上に、面倒見の良い青学の母(大石秀一郎)と席が近かったので、色々といたれりつくせり親切にしてもらい、大いに助かった。
…まあ、諸事情あって家政部部長に気に入られて、半ば強引に入部させられる羽目になったのは、運が良いのか悪いのかわからないけれど。
その一点を抜かせば、特にこれといって問題もなくーー尤も、青学の図書館に歴史系の史料本が全然ないことは大いに不満だが――、無事に転入一日目の日程を終えた私は、既に入部する部活に目星をつけていたこともあって、ロクに部活見学もしないまま、青学を後にした。
学校から家までは徒歩十五分程度の距離だが、精市が入院する病院は家から徒歩数分の距離にある。
だが、一旦家に帰るのも億劫だったので、私は家を通り過ぎてそのまま病院へと足を運んだ。
ところが。病院に着くなり、精市が入院する部屋の番号を知らないことに気づき、私は思わずその場で頭を抱えてしまった。たまたま、昨日家までの道を教えてくれた親切な看護師さんと出会えたので、図々しくも精市の病室番号を訊ねて教えてもらうことが出来て、事無きを得た。ありがとう、松下さん(注:看護師さんの名前)。
私が辿り着くと、精市はベッドに上半身を起こして読書をしていた。
開け放たれた窓からそよぐ風に煽られて、藍色がかった癖毛がフワリと宙に舞う。伏せがちに本へ落とされた双眸には、波間一つ立たない水面のように静かな光が宿る。童話に出てくる白雪姫もかくやと思わせる、透明感のある白い肌。鼻梁の通った横顔は、繊細かつ儚げな気配に満ちていて、お伽噺に登場するお姫さまにも負けずと劣らぬ、上品かつ鮮麗な美貌の主である。
彼は私が訊ねてきたことに気付くと、開いていた頁に栞を挟んで閉じる。
そうして、読んでいた本を枕元にある小さな机の上に放ると、こちらへとしっかり視線を向けてくる。
真っ直ぐに視線を向けられて、思わずボンッと顔が赤くなっていくのがわかる。
身内、親戚同士ならいざ知らず。
否。一応、私は精市の従姉だけれども、あくまで『偽』従兄弟。
ゆえに。全く美形免疫のない私にとって、精市の笑顔は一種の『毒』も同然の威力を発揮する。
心構えて気を引き締めているときならいざ知らず、不意打ちには全く太刀打ち出来ないのだ。
「で、どうだった? “二回目”の中学生活は」
こんな問いかけをくれた精市は、不自然なくらいにニコニコ笑顔を浮かべていた。その様子は、元の顔の造りが良いだけあって、文句無しに美人さん……ではあるのだが。笑いを浮かべる顔には、明らかにからかいの色が含まれていた。
…というか、からかいの意図を大いに含んだ問いかけである確立、100%だ。
「いちいち“二回目”を強調しないでよ。嫌味? 」
毒を以て毒を制すつもりで、ニッコリと笑顔を浮かべようと試みたけれど、やはり顔には本音が出ていたんだろうか。
指の爪が食い込むほど拳を握りこんでも、怒りで震えるのを止められない。
「とんでもない。俺は事実を口にしただけだよ」
頼むから、いけしゃーしゃーと毒を吐きつつ、観音様ばりの輝く笑顔を浮かべるのはやめてくれ。
この先、寺社で観音様を見るたびに君を思い出しこと、請け合いだから。
「それが嫌味だっての!! 私だってわかってるんだから、口にしてくれなくて結構! むしろ口に出さないのが優しさってもんじゃないの?! 」
「ごめんね。根が正直だから、嘘はつけないんだ」
「………………もういい。言うだけ時間の無駄ね」
ぬけぬけと言ってくれる精市の白い笑顔(見た目だけ)に、内心悶絶しそうになりながら。
結局のところ、先に折れたのは私の方だった。
くそっ! 侮りがたし、美少年の笑顔!
「で、どうだったの? 」
ふわりと微笑を浮かべる精市の姿は、まさに貴公子。
『神の子』の二つ名は伊達じゃないね、いろんな意味で。
「別に、可もなく不可もなく平穏無事に終わったわよ。
…でも一つ言わせてもらうなら、図書室の蔵書数が少なすぎることが非常に不満。私立のエスカレート式学校のくせして、古文書とか古記録(要するに歴史史料)が全然ないんだもの、つまんないわ」
私はひょいと肩をすくめ、正直に思ったことをそのままハッキリと述べた。
すると、精市は意外なことを聞いたとばかりにキョトンと目を丸くする。
そんなに変なことを言っただろうか、私は。
「あのね、そもそも大学の図書館と比べる方が間違ってると思うよ。尤も、立海の図書館は附属大学の図書館も兼ねてるから、専門書も多いけど」
「…………私も立海に行きたかった……」
切実な思いを込めた私の言葉に対して、精市は呆れたような表情を浮かべると、これみよがしに深い溜息をついてくれた。
「君の学校選びの基準は、図書館の蔵書数なんだ…………。
まあ、立海に行けないことはないけど、少なくとも俺が退院するまでは無理だよ」
「え、それ、どういうこと?! 」
返ってきた予想外の答えに、思わず叫び声にも近い声量を出してしまう私。
「一応、俺はこっちの世界で君を“監視”する立場にあるからね。出来るだけ俺の近くにいてもらわないと困るんだ。だから、俺が入院している間は、君もここの近くに住んでいてもらう必要があるのさ」
「………好きで迷惑かけてるワケじゃないけど、迷惑かけてごめんね。精市」
「引き受けたのは俺の意志だから、気にすることはないよ。俺も話し相手が欲しかったから。仲間もよく顔を出してくれるけど、いくら県境とはいえ神奈川からだと遠いから、頻繁に来てもらうわけにもいかないしね」
確かに。中学生のお小遣いの中から、神奈川〜東京間の往復電車賃を頻繁に出せる…はずもないか。
第一、彼らは精市が抜けた穴を埋めるべく、日々部活に明け暮れる面々。往復電車賃だけでなく、往復に費やす時間も惜しいくらいだろう。
「なるほど…。そういうことなら、私でよければ話し相手でも愚痴零す相手でもなってあげるわよ。世の中、『持ちつ持たれつ』の精神が大事よね」
精市の慰めーー同時に事実でもあるのだがーーに力をもらった私は、彼の肩にポンと手を置いて微笑みかけた。
すると精市は、肩に置いた私の手に自分の手を重ねると、私に負けじとばかりにニッコリと笑顔を浮かべる。
「『持ちつ持たれつ』、ね。否定はしないけど、俺よりも君の方が遙かにメリットが多いってことも………忘れないでほしいな」
サラリと言ってのけた彼の言葉を、幾度となく反芻してみて………。
私は、理解したくなかったけれども、彼の言いたいことを正確に理解した。
「要するに『持ちつ持たれつ』じゃなくて、持ちつ持たれっぱなしな間柄ってこと?! 私と精市の関係って?! 」
「ふふっ、大学生ともなると、物わかりが良くて助かるよ」
満足気な精市が浮かべる笑顔は、しつこいようだがとても綺麗だ。
優しくて慈愛溢れる……例えるならば、天使の笑顔とでも称するのがふさわしい。
だが! 満面の笑顔を浮かべつつ、平然と毒を吐くのはやめなさいっ!!!
いや、お願いだからやめて下さい。
本気で夢に見そうだから。
望まざると異世界トリッパーになりました私、、20才。(偽戸籍上は15才)
隠れファンだった幸村精市と偽・従兄弟の関係に就任し、従姉になって早二日目。
精市が多かれ少なかれ、魔王気質持ちであることを悟りつつ。
彼の美貌に一度もときめくことなく、平常心で会話出来る日は来るのだろうか……(切実)。
*後書き…
・ヒロインと幸村、二人の日常会話を思う存分書いてみました。
楽しいんですけど、つい話が無駄に長くなりすぎるのが欠点か。一応、前後の話と続く時間軸のお話です。
いやー、当初幸村は『白』でいくつもりだったのに、気付くとどんどん黒に近づいていきますね。
現時点では『灰色』ですが。とりあえず、幸村=笑って毒吐くイメージが定着しつつあります。
…なまじっか、昔の知人に似たようなタイプの子がいるもんだから、書きやすいことこの上ないですな(笑)。
幸村=魔王にするつもりはこれっぽちもなかったんですけど、書けば書くほどどんどん魔王に近づいていくような気がする今日この頃。