home dream tennis 本編こぼれ話ヒョウタンから駒*
ヒョウタンから駒〜無意識下から浮き上がる、かすかな自覚


「…もしも英語の小テストで満点とったら、好きな子がご褒美くれるって言ったら…どうする?」

「何スカ、いきなり」
 前触れもなく藪から棒に飛び出した私の質問に、赤也は大きな目を数回瞬かせる。
短気で衝動的、その上試合中にはラフプレイが目立つ赤也だが、普段何気なく見せる素直な反応は年相応で可愛い。なまじ全体的に精神年齢の高い面々が揃っているせいで、年相応な赤也のあどけなさが余計に目立つのか。なんだかんだ言いつつも、三年のレギュラーメンバーたちが彼を可愛がりたくなるのも無理はない。

 かくいう私にしてみれば、可愛らしい後輩の姿を見て黙っていられるはずもなく、衝動に任せて彼の後ろから抱きついた。

「いいから質問に答えなさいよ、赤也」
 後ろから顔を覗き込むようにしながら、綺麗な波を打つ赤也の癖っ毛をわしゃわしゃとかきまわす。

「……そーっすね。満点取ったらキスしてくれる…っていうなら、やるかもしれないですねー」

「……あんたも男だね、赤也」
 思わずこめかみに手をやりつつ、呆れたと言わんばかりの表情を浮かべて言葉を漏らしてしまう私だが、相手は気にした様子もない。

「普通はそうでしょ。で、先輩ならどうします?」

 好奇心に満ちた赤也の瞳が真っ直ぐに自分へ向けられていることを感じつつ、彼の期待に添えない答えしか持たないながらも、私は嘘偽り無くキッパリと口にする。

「目の前にニンジンぶら下げられたところで、嫌いなものはどうあってもキ・ラ・イなの!
そのくらいでどーにかなるなら、大学受験だって乗り越えられたわ!!」

「…中学受験の間違いじゃないッスか?」

 ピンポイントに赤也のツッコミが入るも。

「うっさいよ。男が細かいことにこだわるな!」
 私は内心動揺しつつ、平静を装ってこれをバッサリと切り捨てた。

 私が現役大学生で、実年齢二十歳で、やむにやまれぬ事情でトリップしてきた異世界人であることを知っているのは、共犯者である従兄弟の幸村精市だけ。こんなお伽噺みたいな話、話して信じて貰えるとは思わないし、別段話す必要性もないからと精市以外の皆には一切秘密にしている。気をつけるようにしているが、時折『大学生である』の言葉が口をついて出てしまうのだ。

 そう、例えば今回のように。

 話していた相手が赤也でよかった。本当によかった。
 もし柳君か仁王君だったら、執拗に追求されることは間違いない。

 ……気を引き締めなければいかんな、これは。


「でも、ホントのところはどーなんスか?」

 自らの失態を心の中で恥じつつ反省していると、赤也に腕を突かれて。
意識を現実へと戻してくれば、ニンマリと笑みを浮かべた彼と目が合った。

「なに?」

「英語の小テストで満点取ったら、キスして貰えるなら………先輩はどうします?」

「誰に?」

「幸村ぶちょ「絶対に何もやらない!!!」
 赤也の言葉が終わるのを待つのも惜しく、私は力一杯に断言した。

「…即答ッスねぇ。じゃあ、真田副部長だったら? 」

「愚問ね。彼に限ってそれは絶対にありえないでしょ」
 無意味に胸を反らし、私が間髪入れずに答えれば、赤也も頷きながら相槌を返してくる。

「ですよねぇ…。それじゃ、柳先輩だったらどうします? 」

「え………」

 私は言葉に詰まった。

 精市なら嫌がらせ混じりに嬉々として言ってくるだろうが、柳君の性格上そこまで嫌味なことはするまい。だが、ああ見えて結構お茶目なところもあるので、『絶対しない』とも言い切れない。


 もし、彼にそんなことを言われたら?

 言われたら…………、私は…………どうする???


「……はぁーん。そんじゃ、俺はちょっと…」

「コラ待て。何処へ行く、赤也」
 私はすかさず手を伸ばし、そそくさとこの場を離れようとする赤也の首根っこを引っ掴んだ。

「ものは試しって言うじゃないですか」

「…やめなさい。つか、絶対にするんじゃない!」
 ニンマリと笑みを浮かべ、好奇心に輝く不敵な笑顔を見せる赤也の姿に、一抹の戦慄を覚えた私は何が何でも妨害してやろうと、彼の首に両腕を巻き付けて羽交い締めにする。
一方の赤也もやられてばかりでいられるかと、私を引き剥がしにかかる。


 が。

 聞き覚えのある声が頭上から降ってきたのは、そんなときだった。



「……仲が良いな、お前たち」

 視線を上げれば、涼しげな微笑を浮かべた青年――――現在、私たちが話題にしていた張本人である柳君の姿が目に入った。

 噂をすれば影、とはまさにこのことだ。

「先輩、グッドタイミング!」
「バッドタイミングよ!!こういうときまでタイミング良く現れてなくていいんだってば!!!」

 指を鳴らして喜ぶ赤也。
 かたや、対照的に焦燥の色を露わにした私。

 普通なら一体何があったのかと事情を問うところだろうが、柳君が口にしたのは全く別のことだった。

と遊ぶのも構わないが、先程弦一郎がお前を捜していたぞ」

「やべぇっ! 」
 一気に顔色を変えた赤也は、力任せに私を振りほどくと慌ててこの場を立ち去っていく。
向かう先は言わずと知れているが………、また何かやらかしたのか、君は。



「…………とりあえず、助けてくれてありがと」

「いや。それよりも立てるか? 」

 赤也に振りほどかれた勢いで地面に放り出された私の前に、手が差し伸べられる。
その上に右手を重ねれば、予想以上に強い力で引き上げられる。

「重ね重ねありがとね、柳君」

「気にするな」

「にしても、聞かないんだね。さっき、私と赤也が何を話してたのか」

 私の言葉に、柳君は一瞬虚をつかれたようだった。
だが、すぐに持ち直すと、変わらぬ淡々とした調子で答えを紡ぎ出す。

「赤也はともかく、お前は聞いて欲しくなさそうな顔をしていたからな」


 いつもと変わらぬはずの口調は、心なしか柔らかかった。

*後書き・・・
・思いつきで書いてみた小話……のはずだけれど、
夢主の気持ちの偏りがよくわかるお話になりましたね。
書いてる本人もビックリです。

← back   → NEXT
back to series index