とりあえずは、通りすがりの美人さんに教えてもらった通りに足を進めてみることにした。
つい今し方まで立っていた道を真っ直ぐに進むと、300メートルほど先に一つの建物が立っている。ワイスタァンの都市の特徴なのか、ボトル型といっても過言ではない面白い形をした建物は、中央にあった大きな城――だと思われる建物――に比べれば小さいものの。街の中にある多くの建物や家屋よりもずっと大きかった。
「あ〜…、きっとここだわ、銀の匠合って。」
『うむ。そのようじゃのぉ。』
半ば呆れたような口調で、ボソリと呟く。
隣に佇むガルマザリアには、コレと言って変わった様子はない。
「建物の扉に、ハンマー印…。あんまし趣味が良いとは言えないね。」
そんなことを呟きながら、は扉の取っ手に手をかける。条件反射で取っ手を回してみただけだったのだが、扉は拍子抜けするくらいにあっさりと動いた。
どうやら鍵はかかってなかったらしい。
『ずいぶんと不用心な家じゃな。』
全くもって、ガルマザリアの言う通りである。
「すいませ〜ん。」
開いたままの扉をゴンゴンと叩きながら、が声をかけると、戸口の近くにいた男の人がパタパタと駆けてくる。
「あ、はい!銀の匠合に何か御用ですか?」
「私、銀の匠合のブロンさんに護衛獣召喚を頼まれた召喚師です。
ブロンさんは、ご在宅ですか?」
「ええ。案内しますから、どうぞ。」
そう言って男の人は、扉から向かって右側の部屋へとたちを案内した。
「親方、召喚師様をお連れしましたぜ。」
男が声をかけると、中にいた人物がコチラを向いた。
いかにも鍛冶屋といったような、筋骨逞しい褐色肌の大男だ。ただ顎まわりに生えた固そうな顎髭が、なんとはなしに熊を彷彿とさせるのは否めない。
「おお、そうか。ごくろうだったな!」
熊男は、を案内してきた男にねぎらいの言葉をかける。案内の男は、たちの方へ頭を下げると、部屋を出て行った。
案内役の男が出て行くと、熊男はこちらへと向き直る。顔つきはいかめしいものの、浮かべる表情が明るいので、それほど強面な印象はない。
「あんたが俺の依頼を受けてきた召喚師様かい?」
本当のところ、この依頼を受けた召喚師は全く別人なのだが、
「はい、そうです。蒼の派閥の召喚師で、と言います。」
ややこしいことになりそうなので、本当のことは黙っておくことにする。
「俺っちがブロンだ。宜しく頼む。
…本当なら俺っちの方から出向かなきゃならんとこなんだが、いろいろ事情があってな。わざわざ来てもらってすまねえ。」
「いいえ、お構いなく。それで、護衛獣召喚の依頼ですが、具体的に…」
「ああ、そうだったな。ちょっと待っててくれねえか。
もうそろそろあいつが帰ってくる頃だ。」
そう言うなり、ブロンはさっさと部屋を出て行ってしまった。
残されたは、彼の勢いにしばらく呆気にとられていた。
『随分とせっかちな依頼人のようじゃの。』
半ば呆れ口調で呟くガルマザリアの声で、も我に返る。
「…うん。依頼内容をもっと詳しく聞きたかったんだけどな…。」
『なあに。戻ってきてくれば、それを聞き出すことも出来ようて。』
「それもそうね。」
これ以上考えても仕方ないので、これ以上の愚痴を零すのをやめておいて、は部屋の中をグルリと見渡してみる。
さすがに鍛冶師と言おうか、部屋の中にはいろいろな種類の武器が置かれていた。メジャーな武器である剣や槍の他にも斧や大剣、武具など。変わり種ではドリルなんかもあったりする。
(ドリルなんて、一体どうやって使うんだろ…)
ふとそんな疑問を覚えつつ、は引き続き部屋の中を観察する。
おそらくはブロンが作ったのであろうそれらの武器たちは皆、壁際に設置されている専用の立てかけ場所へ綺麗に整列されていた。収納された武器たちは、素人のが見ても業物だろうとわかる良質の武器ばかりだ。
『ふむ…。
先ほどのあの男、伊達に匠合の長を務めているわけでもなさそうじゃの。』
気づけば、壁に立てかけられていた大降りの槍の一つをガルマザリアは手にとっていた。彼女(彼?)は槍の刀身をまじまじと眺めながら、振ってみたり、回してみたりしている。
「ガルマちゃんの目から見ても、ここの武器って良いものなの?」
『うむ。人間でこれほどの業物を作れるとは、たいしたものじゃな。』
の問いに答えるガルマザリアの口調は、妙に軽い。
「ガルマちゃんが気に入るなんて、よっぽどのものなんだねぇ…。」
機嫌良さそうに槍を見つめるガルマザリアの姿を、は微笑ましいものを見るような表情で眺めていた。こうして見ていると、彼女(彼)が世間で”魔臣”と恐れられる悪魔であるようには到底見えない。
「わりいな、待たせちまって。」
ブロンが帰ってきたのは、それから大分経った頃だった。彼の後ろには、銀灰色の髪と変わったデザインの帽子がひょっこりと覗いて見える。
ブロンの後について部屋へ入ってきたのは、一人の少女だ。年の頃なら13か14くらいか。赤を基調としたワンピースの上に革製の防具をつけ、腰にはまるで矢筒のようなものをぶらさげている。頭にはこれまた革製の帽子をかぶっていて、頭の高い位置で結んだ二本の髪が帽子の穴からちょっこりと覗いている。結ばれていない銀灰色の髪はやや硬くてコシが強く、肩越しまで伸びていた。
「俺っちが今回頼みたいのは、こいつの護衛獣の召喚だ。」
「えっ、私に護衛獣?!」
ブロンの言葉が寝耳に水なものだったのか、少女は驚愕の表情を浮かべてブロンの顔を見遣った。その視線に気付いたブロンは、あんぐりと口を開けて自分の方を見ている少女の背中をドンと軽く叩く。
「何を驚いてるんだ、おまえ。」
「だって、護衛獣なんてもっと偉い鍛冶師だけのものって思ってたから。」
「それはそうなんだが…でもな、今度の大会で優勝する為には絶対に護衛獣の助けが必要だ。つべこべいわずにもらっとけ!」
「あ、はい!」
元気よく返事をした少女が再びたちの方へと向き直ると、は早速聞きたかったことをブロンに訊ねる。
「この子は?」
「今度の武闘大会に参加するプラティだ。俺っちの親友の娘でな。」
そう言って少女───プラティの頭をポンと叩くブロン。
「…武闘大会?なんですか、それ?」
は訝しげに首を傾げた。
対するブロンは、彼女の問いに大きく目を見張る。彼の隣にいたプラティも同様だ。
「おいおい、しっかりしてくれや。ワイスタァンの武闘大会といえば、”七鍛聖”を決定する大会で、ワイスタァンの都をあげての祭り行事だ。聖王都や帝国からも観光客が来るくらいに有名な行事だぜ?」
「そう言われても、私はもっぱら世俗の噂には疎いですから。
師匠もメイメイも事前に教えてくれませんでしたし。」
それ以前にはもともと異世界の人間であるから、当然この世界の行事については疎いところがある。
その上過保護な師匠が”一人旅”を厳禁していたし、旅に出たいと思っても飲んだくれのメイメイを放って旅へ出るわけにも行かず。ゆえに彼女はゼラムからほとんど外へ出たことがないのだ。
これではむしろ、各地の情報に詳しい方が不自然である。
「召喚師様ってのは、みんなそんなものなのか。」
「いえ、私が特殊なんですよ。…って、”七鍛聖”決定の大会ということは、プラティちゃんも将来の七鍛聖候補ってことですよね?!」
すっご〜い…、とはプラティに賞賛の眼差しを贈る。
一方のプラティはと言えば、に言われてようやくそのことに気づき
「え?あ、でもそうなるんですね、きっと。親方、私ってすごいね!」
と、今更のように喜んでいた。
(プラティちゃんって、相当な天然だわ…)
がそう思ったのも、当然無理はないだろう。
現にブロンも頭に手を当てて、呆れたような表情を露わにしたくらいだ。
「…あのな、お前。
この大会に出場できたからって、必ず鍛聖になれるわけじゃないんだぞ?
それにライバルの数もべらぼうに多い。状況が理解できてんのか、お前は?」
「うん。でも、きっと大丈夫だよ!」
『根拠もへったくれもない楽観的思考じゃな。』
唐突に降ってわいた声に、プラティはキョロキョロと辺りを見回す。
「ガルマちゃん、その言い方はないんじゃない?」
渋面をつくるだが、ガルマザリアは全くこたえた様子もなく、
『わらわはただ事実をそのままに述べただけじゃぞ。』
先ほどの槍を手に取ってクルクルと回してみたり、振ってみたりしている。
「ガルマちゃん!勝手に武器をいじったりしたらダメでしょ!!」
が咎めると、ガルマザリアは仕方なしに槍を元の場所に納めた。
一方、そんな二人のやり取りを物珍しそうに見ていたプラティは、二人の会話がとりあえず済んだところを見計らって
「あの…この子、お姉さんの護衛獣なんですか?」
おそらくは護衛獣を見るのも初めてなのだろう。プラティは深海を思わせる藍玉の瞳をキラキラと輝かせて、虚空に浮かぶガルマザリアを見つめている。
「違うよ。ガルマちゃんは私の友だち。
護衛獣は他にいることはいるんだけどねぇ…。」
『さすがに街中でアレを連れて歩くわけにもいかぬからのぅ。』
とガルマザリアはそこまで言って顔を見合わせると、どちらともなく大きな溜息を漏らした。
「???」
彼女たちの溜息の理由がわからないプラティは、ただ訝しげに首を傾げるだけだった。
*後書き…
・長くなりそうだったので、一旦ここで区切り。
何はともあれ、ようやくクラフトキャラが出てきましたね。
でもまだまだ序盤。サナレすら出てきてないですから(汗)。
つくづく遅筆な自分が情けないというかなんというか…。