呆れた表情を浮かべるバルレルと呆然自失気味な私。
私たちが揃って視線を向ける先には、抱き合う……一組の男女の姿がある。

いや、訂正しよう。

私たちが揃って視線を向ける先では、愛する彼女を抱きしめる青年(多分の彼氏だろうと思われる)と抱きしめられて顔中真っ赤にしていっぱしの乙女をやってるの姿があった。

極道の女が理想像。
強気で度胸のある粋な女を目標にしているは、清楚なお嬢様っぽい見た目とは裏腹に、男言葉と気風よい態度を常に心がけている。
ところが、そんな彼女が年相応の恋する乙女に、完全に、なり切っているのだ。
どうやら彼女、よほど彼氏に惚れ込んでいるらしい。

そして一方の彼氏の方も、よっぽどに惚れ込んでいるのだろう。
部屋に入ってきたをいきなり抱きしめて、未だに離していないのだから。



「………あ〜、その…、もうそろそろ離してくれないか……。
心配してくれるのは嬉しいが、オレはこの通り、傷一つ無いわけだし……。」
あからさまに照れているのが目に見えてわかる口調で、がポツリポツリと呟く。
その言葉が私たちの所まで届いているとは、彼女は気づいていない。

「……………。」

「……ところで今日は、大学でSP(集中講義)がある日だったろ。
そっちの方はすっぽかしてよかったのかよ?」

「……………。」

全く反応を示さない青年に痺れを切らせたのか。
は一つ大きなため息をつくと、彼の背中へ腕を回し優しく叩いた。
「………キール………、悪かった。
攻撃用のサモナイト石をほとんど持たずに外出したのは、オレが悪かった。
だから……いい加減、離してくれ………。」


……………。
ちょっと待て、…………キール?
今、確かにはキール、って言ったわよね?

って、それって護界召喚師のキール?!
あの性悪オルドレイクと血は繋がってるけど、まるで似てないあのキール?!

そりゃ、母さんが美形と絶賛しても無理はないか…………。



……、君は本当にわかってなんかいない。
ガルマザリアから、君がロクにサモナイト石も持たずに外出したと聞いたとき、僕がどんなに心配したか…。今までならともかく、不自然な歪みをきたしたこの世界はけしてどこも安全じゃないんだ。」

抱きしめたの髪に顔を埋めながら、キールがポツリポツリと話す。

「…………。」

「まして君は、この辺りでも特に空間が歪んでいる場所へと来ていた。
それどころか、君が来た当時、ここは歪んだメイトルパの魔力で溢れていた。
君が危険なところにいると知っていながら、大学へなんて行けるはずがない。
万が一行けたとしても、君のことが気にかかって講義なんてまともに聞いていられないよ。」

「……ごめん、キール。」

さすがにそこまで言われてしまうと、にも返す言葉がない。
まして相手は、自分の用事も放り出して来てくれたのだ。
ひたすらの身を案じて。
彼女の無事を祈る一身で。

ここまで愛されれば、おなご冥利に尽きると言うものである。

…ちくしょう、のやつ。
羨ましいじゃないか………!!!


「いいよ、もう済んだことだから。だけど、……これだけは忘れないでくれ。
もしも君に何かあったら、僕はその先この世界で生きていける自信がない。
僕が今ここに生きているのは、君が生きていてくれるからだよ。」

「………キール……、ちょっ…………」

唐突にの言葉が途切れる。

というか、二人の会話が一切途切れた。



………………………。

えっと……………。


状況が状況だけに、何が起こっているかだいたいの想像はつくのだが。



正直言って、反応に困る………。


そこで私は、クルリと視線を180°変更する。
すると視界に入ったのは、呆れを通り越してうんざりしている魔公子の姿。

「………バルレル、今日はいい天気ね。」
現実逃避に入ろうと、バルレルに話しかけてみるものの。
彼の方はもはや現実逃避する気力すら残っていないらしく、
「……あいつらはテメェの知り合いだろうが。さっさとやめさせてこいよ。」
こちらを力なく睨みつけてきた。

「駄目よ、そんなこと。
他人の恋路を邪魔するやつは馬に蹴られて死んじまえ、って言うでしょ?
こういうときは、おとなしく待つのが一番よ。」

「でもね、。あの二人、放っておいたら、ずっとあのまんまよ、きっと。」
だからおとなしく待ってようね、と私が言おうとするよりも、ミニスの現実を見据えた言葉が発せられる方が先だった。
そう言われてしまうと、私としてもこれ以上現実逃避をしてもいられず、なんとも複雑な面持ちで眉間を押さえるほかない。


実のことを言えば、私もミニスの意見に賛成だ。
確かにあのバカップルぶりを見ている限りでは、止めない限りずっとあのまんまだろう。

しかし、だからといって……。
あのラブラブオーラ全開の二人の間にどうやって割って入れというのだ?
いちゃついてるカップルに水を差す行為は、同時に水を差した当人に多かれ少なかれ精神ダメージを与えるもの。

決まった相手がいる人ならば、いざ知らず。
私のように相手もいない悲しい独り身の女は、
間違えてもいちゃラブカップルに水を差してはいけない。
当分立ち直れなくなるほどの精神ショックを与えられること、請け合いなので。


「じゃあ、ミニスがあの二人に注意してくる?」
嫌な役目と知りつつ、さりげなくミニスに転嫁してみるが。
「いやよ。それは私の仕事じゃないもの。」
彼女は私の提案をキッパリと一蹴してくれた。
続いてバルレルの方へと視線を向けてみるが、バルレルは完全に背中をこちらへ向けて、全身でそれを拒否した。

……だよなぁ………。

二人の気持ちは、私も痛いほどによくわかる。
というより、二人の気持ち=私の気持ちと言っても過言ではない。


「それじゃあ、あのバカップルが正気に戻るのを待ってましょうね。
さあさあ、バルレルもミニスもこの部屋から一旦退散しましょ★」

私がそう言って二人の肩を押せば、彼らも部屋から出ようと歩き出す。

なんだかんだ言って、バカップルに近づくのが嫌だったんだろう。きっと。



満場一致で退散することが決定したので、私たちはお楽しみ中のお二人さんの邪魔をしないよう、足音を潜めてそろそろとその場を移動し始めた。
そうして部屋と廊下を繋ぐ障子のところまで来ると、なるべく音を立てないようそっと障子を開けて外に出たのだった。

「…さて、あとどのくらいしたら入ってみる?」
障子と障子の間をわずかに開けて、中の様子を伺いながら。
私は傍にいた二人に訊ねてみる。

「知るかよ、そんなの。」
バルレルはといえば、もう力いっぱいあの二人とは関わり合いになりたくないとばかりにそっぽを向いてしまう。
まあ、負の感情を好む悪魔にとってみれば、
あのラブラブモードはさぞかし堪えることだろう。うん。
なにせ、悪魔じゃない私やミニスだって、ダメージを喰らってるんだから。

「当分先でしょ、あんな調子じゃ。」
一方、ミニスも我関せずといった態度を貫いてくれる。


………………だよねぇ。

かくいう私も二人と同意見だったりする。
残された手段は、母さんがネスティたちを連れてくるまでおとなしく待つことだけ。


そう決心した私は、廊下に座り込む。
それに習うように、ミニスとバルレルもそれぞれ廊下の上に腰を下ろした。

「……こうして待ってると暇だね〜…。
ねえ、バルレル。暇つぶしにサプレスの話、聞かせてよ。」

「なんでオレがそんなことしてやらなきゃならねえんだよ。」

「そりゃあ、私がものすごく暇だから。」

「……ふざけんな。誰がそんな面倒なことしてやるかよ。」

「可愛くないな〜。この、このっ!」

「やめろっ!!オレをガキ扱いするんじゃねぇっ!!!」
つんつんとバルレルの頭をつっついていると、バルレルが怒り出す。
でも正直言うと、そんな彼の姿はまるで猫が毛を逆立てているようで、…可愛い。
そんなことを言おうものなら、何をされるかわからないので口には出さないが。


バルレルにちょっかいを出すことで、どうにか退屈さを紛らわしていると。
(ミニスはそんな私たちのやり取りを呆れたように見ていた)

、そんなところで何をしてるんだ?」
聞き覚えのある声で呼びかけられて、私はバルレルの羽をいじくる手もそのままに声の主の方へと振り返る。



そして。

一気に、思考という思考の全てが頭の中からぶっとんだ。


 

 


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