獣人達の後ろから悠々と現れたのは、戦場にはおおよそ似つかわしくない笑顔を浮かべる少女だった。見た目だけなら、年の頃は十二か三。黄緑と紫を基調としたゆったりとした服を纏い、目下に深いクマの刻まれた茜色の双眸で、こちらを斜に見据えている。 白いというよりも、蒼白いと言った方がしっくりくる土気色の肌は、見る者に不健康な印象を与えると共に、彼女の年齢を本来のものよりも幾分老けているようにさえ見せていた。 「ビーニャか…」 彼女の姿を見て、ルヴァイドは苦々しげに呟く。 「なんだァ〜、ルヴァイドちゃん生きてたんだァ? でもさァ聖女と一緒にいるなら、なんでさっさと攫ってこないわけェ?」 声のした方へ視線を遣ると少女--ビーニャは、格下の相手を見るような、どこか嘲りの色さえ浮かべた表情でもって、ルヴァイドへと向き直る。 「…仮にここで聖女を攫ったところで、デグレアへ連行する術はない」 するとビーニャは、けたたましい笑い声を上げる。 「それなら心配ないわよォ。あたしがちゃぁ〜んと責任持って、送り届けるから。 なんならさァ、あたしも手伝ってあげよっか。 聖女以外のニンゲン、み〜んな魔獣達の餌にしてあげるよ!!!」 ビーニャの声に応えるように、獣人達が一斉に咆吼をあげる。 そしてその勢いのままに、獣人達はトリス達に襲いかかっていく。 「ほらほら〜、今のうちに聖女を捕まえちゃいなよォ。 折角あたしが手伝ってあげてるんだからさァ」 笑い声を上げるビーニャと。 獣人達の咆吼と。 トリス達の声と。 それらが耳から入ってきて、頭の中を通り過ぎていく。 しばし考えた後。ルヴァイドはアメルがいるであろうところへ向かって歩き出す。 (もともとこれが、俺の任務だったのだからな・・・) 自分自身のしていることに対して、疑問がないわけではない。議会の決めたこととはいえ、レルムの村人たちを皆殺しにすることに抵抗と疑問を覚えたことは事実だ。 迷いがないとは言わない。それでも、やらなければならないのだ。 さらに足を踏み出しかけたところで、涙まじりの叫びに彼はふと足を止めた。 「もうやめてください〜っ!!!!!!」 波のように押し寄せる獣人達を押しのけて、目尻に涙をたっぷり溜めたレシィが飛び出してきた。 「これ以上、メイトルパの仲間を苦しめないで下さい!!!!」 すると、たちまちビーニャの表情が怒りのそれに変わっていく。 「なによォ〜、角のないメトラルの分際であたしに命令する気ィ?むっかつくッ!!! あんたなんか、こわしてやるんだからァッ!!!!」 ヒステリックに叫んだビーニャの身体から、爆発的な力が解き放たれる。 その力は真っ直ぐにレシィを目指して突き進む。 「う、うわあぁぁぁぁぁっ!!!!」 「のあぁぁぁっ!レシィくんってば、ビーニャを怒らせちゃダメだってば!!」 ビーニャは、ハッキリ言って他の二人の悪魔よりもキレやすい。 しかもよりにもよって、ビーニャの真ん前に出て行くなんて!!! レシィくん!!!時と場合を考えて勇気だそうね?! 「・・・来たれ我が盟友にして、霊界に住まう天使よ!! 汝が力もて、我が友へいかなる魔力も妨げる盾の翼を与えん!!!」 の呪文に応えて姿を現したのは、霊界の天使エルエルだ。 回復を得意とする天使で、ゲーム最終戦ではかなり重宝する範囲大回復をしてくれる。 エルエルは翼を大きく広げると、まばゆい光となって私の中に吸い込まれる。 「ほれ、スペルバリアかけてやったから、とっととレシィを助けに行ってこい!!」 あぁっ、さすが。私の行動パターンをしっかりと把握してくれてる!! 伊達に幼稚園の頃から幼馴染みはやってないわね。 「サンキュー、!!恩に着るわよ!!」 私は垣根の影から飛び出ると、真っ直ぐにレシィくんの方へ向かって駆け出した。 間に合えよ?間に合ってくれ、私!!! レシィくんの叫び声とほぼ同時に、私は彼のそばまでなんとか辿り着いた。 そして自分の身体を盾にするようにして彼を胸の中に抱き込む。 「くっ・・・!」 ものすごい威力を持った魔力の固まりが叩きつけられる。スペルバリアをあらかじめかけていなかったら、一体どうなっていたことか。考えるだけでも恐ろしい。 とはいえ。魔力の衝撃そのものはスペルバリアで無効化されたとはいえ、威力そのものが殺されたわけではない。地面に叩きつけられた魔力の衝撃がすさまじい爆風を生み、それに吹っ飛ばされて、私はレシィくんを抱えたままに地面スレスレのところを飛んでいくように吹っ飛ばされた。 「ぎゃうぅぅぅぅぅぅっ!!!」 ビーニャの魔力波が引き起こす爆風に巻き込まれたのか、何匹かの獣人達が断末魔の悲鳴を上げながら消えていく。 ビーニャにとって、呼び出した召喚獣は使い捨ての駒であり、単なるオモチャでしかない。 彼らをまきぞえにしたところで、彼女はなんの感情も抱かない。それが妙に悔しくて、空しい。 にしても……。 擦るにしても、せめて、顔を怪我するのだけは勘弁して〜っ!!! そう思いながら、地面に叩きつけられて顔を擦るのを覚悟し、ギュッと目を閉じる。 吹っ飛ばされた勢いから考えても、ちょっとの擦り傷で済むかどうか。 しかし、いつまでたっても顔を地面にこすりつけたような痛みがやってこない。どころかすごくあたたかいものに包まれているようなんですが、私。 「大丈夫か、?」 聞き覚えのある美声に顔を上げれば、想像もしなかったほど間近にルヴァイドの顔があった。あまりのことに思わず赤面してしまいましたよ、私は。自分でもビックリな乙女チックな反応ですな。 「ルヴァイド?なんで…」 そこまで言いかけて、自分の置かれている状況にようやく気が付いた。 私はレシィくんを抱きかかえたまま、ルヴァイドに抱きかかえられていたのである。 腕の中にはかわゆいかわゆいレシィくん☆ そんでもって自分自身は、ルヴァイドの腕の中☆ あぁぁぁっ、我ながらなんて素敵なシチュエイションかしら!!!!! プリチー&美形さんのサンドイッチですよ、サンドイッチ?!(何事) レシィくんの悪口言いやがったビーニャは嫌いだけど、この時だけはほんのちょっとだけ感謝したくなってしまいましたよ☆ うふふふふふふふふふふふふふ、お姉さんは御満悦ですとも、ええ!!!! 「こら、!!自分ばっかりいい目見てないで、とっととそこの不健康なくそガキ退治を手伝えよな!!!!!」 の怒鳴り声と共に再び召喚術が発動、トリス達に殺到していた獣人達があっさりと吹っ飛ばされて消えていく。ただ、思いもかけず近くで起こった爆発に、私は思わず顔を伏せずにはいられない。 の馬鹿野郎!!!もう少し範囲の狭い召喚術を使わんかい!!!! 「これ以上からかうと、のやつキレるわね。 ルヴァイド。悪いんだけど、レシィくんのことをお願いしてもいい?」 私は胸に抱えていたレシィくんをルヴァイドに渡すと、その場に立ち上がった。 「構わんが、どうするつもりだ?」 「そりゃもちろん、聞き分けのない子供を折檻しに行くに決まってるじゃない!」 ハッキリとそう言い切る私に、彼はなんとも複雑な表情を浮かべた。 「何よ、あんた達ィ!!!あたしの邪魔しないでェ!!!!」 再びビーニャが魔力を放ってくる。 目標は……って、私かい!!! スペルバリアの威力は切れてんだ、どうしろと!!!!(威張るな) 「ふんっ、思ったよりたいしたことのない力だな」 はなんのこともないように、手を目の前に翳した。 すると彼女の手が淡い輝きを放つ。その輝きは、ビーニャの魔力波を受けると瞬時に、私たちを覆う光の結界へと変化した。光の結界は強力なはずのビーニャの魔力にもびくともせずに、私たちを守りきった。安全だと判断したが手を下ろすと、たちまちその輝きは霧散して消える。 「折角だから、お返ししてやるよ。受け取りな!!!」 が吠える。と、彼女の身体からビーニャとは比べものにならない魔力が放たれ、衝撃波となってビーニャに襲いかかる。 無論ビーニャとて、それを甘んじて受けようとはしない。再び衝撃波を放って相殺、もしくは逆にはね返そうとしたのだろうが…。 あいにくとは“誓約者”の名を持つ召喚士、その程度のことで防げるような魔力波なんて放たない。 「キャアァァァァァッ!!!!」 おおっ、まともに直撃したか。 すごいぞ、。このままついでにメルギーを倒しちゃえ!!(待て) 「見るからに青くて死人みたいな面しやがって、これ以上やられたくなきゃ、とっとと墓場にでも帰るんだな!!」 「…あんた、メチャメチャむっかつくゥ!!!あんたなんか、壊してやるんだからァ!!」 おお。ビーニャのやつ、なかなかファイトがあるね。 さてさてのやつはどう出るかな? 「出来ないことを口にするもんじゃないぜ。 オレが見逃してやるって言ってんだ、今のうちに帰った方が身のためだぞ。」 の方はと言えば、もうすでに相手する気は全然なかったりする。 それがまた余計にビーニャの逆鱗に触れたようで、彼女は退く気はないようだ。 このままビーニャを倒したいのは山々だけど、そうするとかなりシナリオが変わっちゃう。 さて、どうするべきかねぇ……。 「いいえ、そういうわけにはいきません」 全く別の場所から聞こえてきた言葉に、私は反射的に後退った。 はそんな私を不思議そうに見ている。 「どうした、」 聞かれても私には答えることは出来ない。ただ首をブンブン横に振ることしかできない。 そして、そんな私は眼中に入っているのか、はたまた眼中外か。 ニコニコと聖母のような笑顔を浮かべたままで、彼女は一歩また一歩と歩いてくる。 キラキラと光り輝く笑顔の裏には、黒々とした暗黒の気が立ちこめているように見えるのは私一人ではない。現にアメルの気に当てられたのか、気を失ったハサハがマグナに支えられていた。 ……あぁ。清らかなハサハにはあまりに刺激が強すぎたのね…。 「ビーニャさんと言うんですね。 残念ですけれど、このまま貴女を帰してあげるわけにはいかないんですよ」 アメルの浮かべる笑みが黒くなる。ほぼ同時に莫大な魔力が解放され、アメルの背中に真っ白な光の翼が浮かび上がった。 「あっ、あんたはッ!!!!!」 「私の大事なさんを危ない目に遭わせたその罪、 しっかりと貴女の身体で償ってもらわないといけませんね……」 白く神々しい光に包まれながらも、なぜかアメルの笑顔は黒い。限りなく黒い!! そして彼女は右手を虚空に向かって翳す。 するとーーーーーーー。 サプレスの気を纏って虚空から現れたのは、しゃれこうべ伯爵もといブラックラックとパラ・ダリオのお二方だ。 「さあ…裁きの時間がやってきましたよ。お二人とも助力お願いしますね」 アメルの声に応えるように、ブラックラックとパラ・ダリオの魔力が高まっていく。 そして、彼女自身の魔力もまた……。 私たちはその場から猛スピードで逃げ出した。 逃げる最中に彼女たちの裁きの時間は始まったようで、背後ではひっきりなしに恐ろしい爆音が連続して鳴り響いている。 ちゅごおぉぉぉぉぉぉぉぉっっん!!!! どごごごごごごごごごごごぉぉぉっん!! ぐぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅぎゅいいいん!!! 哀れビーニャは、アメルの攻撃の前に儚く散っていったのである……(嘘)。 とりあえずとばっちりを食らわないような位置まで駆けてきた私と皆々様は、安心出来るところまで避難して、ようやく弾んだ呼吸を整えた。ここまで逃げてきたのは、私と以外にもあそこで戦っていたトリス達とレシィくんのことを頼んであったルヴァイド。 ちなみにレシィくんは、まだ気絶したままだ。ある意味、羨ましいぞ。 「…なぁ、」 弾んだ呼吸の下で、が私にこっそりと話しかけてくる。 「オレが思うに、アメルがいればメルギトスだってあっという間に殲滅できるんじゃないかと思うんだが?」 「あ、あはははははは…………(笑)」 確かにの言う通りではあるんだけど……。 本気で笑えないから、そう言う冗談はやめてくれ(涙)。 *後書き・・・ ・あぁ、またモーリンとカザミネ師匠の出番がない。 そして無駄に出張ってます、とアメル。彼女たちは多分似たもの同士だと思います。 考えてた案では、主人公の謎をちょぴっと公開する予定だったのですが、ものの見事に公開できず。しかもの謎も完全に解けてません。“誓約者”であることが判明して、すっごい召喚術を仕えるとその程度くらいです・・・。 次回は、護界召喚士との説明になると思います。それから、いろいろと・・・・。 少しずつゲーム本編にも近づけていかないと・・・・(汗)。 1のゲームをやってない人には非常に不親切この上ないですね。(脱兎) |