2.奇妙な違和感...




 私は驚きのあまり、その場で数センチ飛び上がってしまった。
本当に心臓が止まる思いというのは、世の中にあるもんだなぁと感心しつつ。

 おそるおそる、後ろを振り返る。
薄暗い小屋の中では、それほど視界が利かない。
それでもなお、私は目を凝らし続けた。
自慢じゃないが、私の両目の視力は1.5あるのだ。
鳥目でもないし、よぉ〜く目を凝らして見ればきっと先が見えるはず。


しばらくそうやって目を凝らしていると、薄ぼんやりと視界が開けてくる。
不思議なことに、ようやく開けてきた視界は、淡い青みがかったように見える。

……やだ、視力が落ちた???

 とんちんかんなことを考えつつ、小屋の中を見渡していると。
ふと視界に、見慣れないものが入った。



「………お面???」

 お面と言っても、縁日で売っているような可愛らしい代物ではない。
まるで敵を威嚇するように、丸い双眸をこれでもかとばかりに見開き、くわっと口を開けている表情の面だ。それでもあまり威嚇されているようには感じないのは、面がこちらに対して敵愾心を向けているわけではないからなのか。

 なんとはなしに興味を引かれて、私はお面のある方へと歩み寄る。
近づいてよく見れば、ここはどうやら御堂――仏像を奉る堂――のようだった。
ご神体を安置する場所には、何も置いていない。すでにご神体は、どこかへ持ち去られてしまっているのだろう。
 私が目にしたお面は、ご神体を安置する場所よりもさらに奥まった場所に置かれていた。まるで忘れら去られたかのようにポツンと置かれたお面。それは、まるで忘れられて悲しいと言いたそうな、悲しそうな風情で置かれていた。その隣には燃えさかる炎を思わせる真っ赤な髪――おそらくカツラであろうーーが置かれている。こちらは顔がないせいか、特に悲しそうな風情はない。

………って、どうしてお面が悲しそうにしてるってわかるんだよ、自分。

 自分で思ったことに、自身でツッコミを入れるというなかなか悲しい芸当を披露しながら、私はそのお面に手を伸ばした。
面に触れば、硬い木の感触が手に伝わってくる。


「……まるで能楽に使うお面みたい。」

 お面を表に、裏に、ひっくり返してみながら、私は呟いた。
もっとも能面――能楽に使われるお面の総称――は、もっとおどろおどろした表情のものが多いような気もするが。

 一通り眺め直した後、私はその面を元あった場所へと戻した。
心なしか、お面が“連れて行って”と訴えているような気もしないでもなかったが、持って行ったところで防寒具になるわけでもなし。ましてや、お金になるでもなし。
単に荷物になるだけなので、構わず置いていくことにした。



『かなしや………。』



 再び、誰かの声が聞こえたような気がした。
気のせい……ではない。
信じられないくらい、すぐそばで。確かに声が聞こえたのだ。


そして、次の瞬間。
耳に届いた声が空耳でなかったことを、私は知ることになる。


先ほど私が手にしていたお面。
元置かれていた位置に置いたはずの面が、何もない虚空に浮かんでいたのだ。
ほのかに青白い燐光のようなものをまとわりつかせて。


『かなしや…………。』


その面は、まるで何かの一つ覚えのように同じ言葉を繰り返しながら。
何を思ったのか、私の方へ向かって真っ直ぐに飛んでくる。


え?

なに?

なんなんですか!?


ここは、いつからマジックショーの舞台になったんだ!?



 頭の中は依然、混乱していながらも、身体は実に正直だ。
恐怖に怯えて使い物にならなくなるかと思いきや、しっかりと足を動かして必死で面から逃げていく。頭で命令しなくても、本能で“こいつはまずいぜ!”と感じたのだろう。

 やはり人間も動物同様、緊急時には本能が先立つ生き物なのね。


 阿呆なことを考えつつ、必死こいて面から逃げ回っていた時だ。



バキンッッ。



世にも不吉な音は、私の踏んだ……いや踏み抜いた板が発した音だった。


(っっちょっと、待てぇぇぇぇぇぇっ!!!!!)


 心の中での絶叫もむなしく。
踏み抜いた板に足を取られて、私は顔から盛大にずっこける。
だが幸いにして私が倒れ込んだ場所の板は、まだ強度が残っていたらしく、勢いこんで倒れた私の全体重を見事に支え込んだ。

 もしも倒れた場所の板も腐ってたら、私は間違いなく床の下に落下していただろう。
つくづく運が良いのか、悪いのか。
でも、こういうところでだけ運が良くても嬉しくない。


『かなしや………。』


嘆きの声がすぐそばで、した。
振り返るな、と本能が警告する。

だけど………、それよりも先に私はすでに振り向いていた。

振り向いた先にいたのは、青白い燐光をまとって虚空に浮かぶ能面。
その表情は、全く先ほどと変わらない。
(お面なのだから、表情が変わるわけもないのだが)
変わらない表情がこれほどにもコワイとは、思わなかった。

 なんとか面と距離を取ろうとするが、足が完全にはまっているので、すぐにこの場を飛び退くことが出来ない。いっそはまっている板ごと粉砕してしまえばいいのかもしれないが、この不自然な姿勢からそれだけの強い蹴りが繰り出せるかどうか。


 面が、迫る。

 迫る面を恐怖の眼差しで見つめながら、私はふと思い出していた。
たしか某漫画で似たような光景があったよな、と。
その漫画の中では、妖怪の力を増幅する四魂のかけらを宿した能面が、“身体が欲しい”と言って何人もの人間を喰い殺していたのだ。ヒロインもまた、危うく面に喰われそうになったが、間一髪で主人公がそれを救い出した…という内容だったはず……。

 考えて……、自分の置かれた状況をふと見返して………。


 って…………メチャクチャやばいじゃんよ、私!!!!



 そして、お面はさらに迫ってくる。

 やばい。やばい。ヤバイ。

 私、あの面に喰い殺される…………っ!!!!



「くっ、来るなぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!!!!!」


 気づけば、私の口からは絶叫がほとばしっていた。


そしてーーーー、ほんの一瞬だけ。
視界が、青く染まった。

 まるで深海を思わせる、深い落ち着いた青。
全ての存在を、労り、慈しむ、慈愛の色彩。
神の愛した聖なる宝玉――「真実」を象徴するサファイヤと同じ……。


貴く、まったき純粋な、青………。





*後書き…
・全然夢小説でない、名前変換小説でもない話ですみません…。
この次、この次こそは!ちゃんとキャラたちが出てきますので!!!!
どうかそのまま、そのまま、先を読んだって下さい(悲痛の叫び)!!!
あ、でも、柊一は出てきませんですよ。ヤミブンサイドの話なので。
柊一たち御霊部サイドの話は、また別に書く予定です。
…ところで、「闇に歌えば」サイドの話、読む人いるのかしら?




 
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