明くる日。秀麗と待ち合わせして会う約束をしていたは、秀麗と会うことを羨ましがる黎深に散々嫌味を零され、不機嫌さを隠せぬままに下街に足を踏み入れた。
朝もはよから黎深の嫌味攻撃を受け、いささか機嫌を悪くしていただが。
秀麗たちと待ち合わせをした場所へとやって来て、ようやく。
辺りに漂う空気がいつもの下街のそれと全く違うことに気付き、かすかに眉を潜めた。


「これは………」

 下街に足を踏み入れた途端、空気がまるでガラリと一変する。
黎深の怠け癖が災いして年々すっかり恒例になってしまっている“吏部尚書室の未処理書類の山現象”が発生している吏部の地獄絵図には劣るだろうが、大晦日の各部署を彷彿とさせる程よい緊張感が辺りには漂っていた。
 あちらこちらに配置された屈強な男たちーーその大半の人相がお世辞にも宜しくないので、辺りの漂う不穏な空気を倍増させているのは間違いなく彼らだーーを一瞥しつつ、は己の気配を隠すこともなく、堂々と下街へと足を踏み入れる。

(胡蝶たちの方も動き出した、か………)

 辺りを無造作に見回しながら、は今現在下街を覆っている空気の重さの正体をあっさりと看破する。普通に見ただけではただ周りを見回しているようにしか見えなくても、彼はしっかりと辺りの気配や状況に念入りに気を払っていたのである。

 おおまかな現在の状況を理解し、納得して。あとは秀麗たちが来るのを待つだけになったは、近くの建物に背をもたせかけて、ぼんやりと空を仰ぎ見た。

 空はこれから起こるであろう下街の様子などまるで介した様子もなく、実に爽やかかつ冴えきった風情をたたえていた。

(そういえば、コウ娥楼にも顔出してなかったなぁ………)

 国試及第したことがきっかけで知り合った、下街を束ねる親分衆の女傑・胡蝶。宮女や一貴族の令嬢とは違い、己の力のみで全妓楼一と名高い美貌と教養その他諸々を吸収したかの女性は、並大抵ではなく矜持が高い。最もそれ相応の風格も気質も十二分に兼ね備えているから、けしてそれが嫌味ではなく、逆に彼女の魅力を引き出すことになっていることをは誰よりもよく知っていた。
 彼女と共に夜を過ごすのは、彼にとってもいろんな意味で新鮮であったから、男たちがこぞって彼女との一夜を望むというのも無理もない話だと思った。もっとも彼女との一夜には、それ相応の金額が代償となるわけだが、あいにくと彩七家筆頭の名門藍家の生まれである彼には、けして目くじら立てるほどの金額でもなかったから。時折、思い出したようにちょくちょくと胡蝶の元に通っていたのである。


「…………殿? 」
 物思いに耽っていたを我に戻したのは、久しく彼が聞いていなかった友人の声。
思考の海に意識をとられていた彼は、半ば強引に意識を連れ戻してくると現実世界へとそれを戻した。戻せばたちまちに明瞭になる視界には、手に酒瓶を持った青年が唖然とした表情も露わにこちらを見ていた。

 鮮やかな蜜柑色の髪は、強い癖っ毛なのだと語る彼の言葉の通りに不揃いな曲線を描く。複雑な細工の施された数々の装飾品を身につける様は、なるほど伊達男と呼ぶにふさわしいが、彼の場合は悪い意味での“伊達男”ではない。なにせ無造作に数だけを揃えて飾っているのではないのだから。やや目端の吊り上がった…標準で済ませるにはいささか整いすぎた顔立ちを、身に付けた装飾品たちが実に見事に引き立てているのだ。形の決まった官服を完全に自分のものとして着こなすその様は、いかにも洗練された風情を醸し出している。

「工部侍郎、欧陽玉か………久しいな」
 彩七家ほどではないにしろ、それ相応の歴史を持つ名家・欧陽家の嫡男にして、現工部
侍郎を努める青年――欧陽玉。そして、いろんな経過を経て、が特に気を許している友人の一人でもあった。

「藍州から、いつ戻ってきたんです? 」
 驚きからようやく我に返ると、玉は小走りでの元まで駆け寄ってきた。

「つい二、三日前だったかな。
向こうでも玉に会う用事がなかったから、すっかり連絡するのを忘れていたよ」
 半ば詰め寄るように問いただされて、はいささか退きながら答える。

「礼部には時折顔は出してますけど、一度も貴方の顔は見ていませんよ?
一体どこで仕事をしているんです? 」

「わけあって、黎深のところで李侍郎の代理みたいなことをやっている」

 あっけらかんと言うの言葉に、玉は盛大に顔をしかめた。

「……礼部侍郎ともあろう方が、どうして吏部で働く必要があるんです? しかもよりにもよって、あの吏部で。どうせならうちに来てくれればいいのに」

「飛翔のところ? それだけは勘弁してくれ。
あの部屋中に充満する酒の臭いには、いくら私でもウンザリする」
 玉の呟きに対して、今度はの方が露骨に眉をひそめる。

「……そんな酔いどれ尚書のところに、私が一体何年いると思ってるんですか。
それもこれも吏部省の者たちが、私の嘆願を承諾してくれないからです」

 吏部省は、朝廷六部の中で人事を司る部省である。それゆえに吏部省では時折、人事異動嘆願書なるものを発行している。要するに「私は今の部省は嫌です、別の場所にして下さい〜!」という意見を期間限定で聞いてくれるわけだ。
 欧陽玉はこの嘆願書に「工部尚書を変えてくれ」と毎回のように記述して提出しているらしい。もっともその願いは聞き届けられるはずもなくーー何せ他人の配属を変えてくれ等という意見を聞き入れてしまうと後々が面倒くさいことになるのでーー、毎度のように無視されているという始末である。
 そのことを根に持っているのか、彼の吏部に対する心証はお世辞にも宜しくない。

「相変わらずみたいだな、玉」

「そうそう性格なんて、変わるものでもないでしょう? 」
 あっけらかんと言い放つ玉の物言いに、はどことなく懐かしさを覚えて苦笑する。

「まあ、そうなんだけど。で、相変わらず独身なわけかい? 」

 の言葉に、玉は傍目にもはっきりとわかるほどに動揺した。

「………そういう貴方も同じでしょう」

「そっかぁ……。誰かいい人、いないのか? 」
 の何気ない言葉に、玉はゆっくりと両瞳を閉じる。
瞳を閉じて闇しか見えなくなったそこに映るのは、一人の女性だ。

 背を流れる艶やかな漆黒の髪に、深い知性の輝きをたたえた紺碧の双眸。
佇まい一つにも薫り高い気品の伺える、美しくも誇り高い幽艶なる佳人たる女性は、彼の知る限りこの国に唯一人。彼女ほどに己の心がままに生き、己の理想を貫き続ける強い意志を持った女性を、玉は他に知らない。

 ―――――だからこそ、今なお惹かれてやまないのだ。

「私が瞳に映すのは、常に唯一人のみ。あの方以外の女性など目に入りませんよ」
 脳裏に浮かぶ女性の姿を、現世に求めながら。彼は静かに、己の心の内を告げた。

「……………玉」

「簡単に変えられる想いなど、想いではありません。
ただの憧憬ですむような想いなら、さっさと見切りをつけていますよ。
……それが出来ないから、未練がましく今なお想い続けているんです」
 真っ直ぐに自分を見据えてくる玉の眼差しに、は耐えきれずに目を伏せた。

 彼の抱える想いは痛いほどによくわかる。
 なぜなら自身もまた同じ想いを抱え続けているのだから。

「変なこと、言って悪い………」

「いいえ。貴方がそう聞くのも無理はありませんからね」
 そう言ってかすかに笑みを浮かべる玉の表情は、いつもとなんら変わらぬものだった。

「ありがとう、玉。気休めでも嬉しいよ。
………ところで話は変わるが、なんでここに? 」

「ああ、うちの酔いどれ尚書が例によって仕事放棄し始めたので、仕方なしに酒を買い込みに来たんですよ。………ったく、あの鶏頭が、人を雑事にまで使いやがって…!」
 玉の言うところの酔いどれ尚書――管飛翔のことをそれなりに知っていたは、呆れるやらなんやらで、額に手を当て空を仰いだ。同時に飛翔の元で副官として働く玉の心労を慮ると、彼が不憫で仕方なかった。

「………酒なら別にここに来なくても買えるだろうに」

「指定された銘柄の酒がたまたま酒屋になかったんですよ。聞いたら、姮娥楼という妓楼にならあるだろうと言われたんですよ。なので少しだけ売ってもらえないかと思いまして、これからその妓楼へ行く途中だったんです」

「そりゃまた、随分と飛翔も我が儘だね」
 貴陽でも一、二を争う高級妓楼“姮娥楼”に置いてある酒は、どれもこれもが一級品ばかりである。そこにしかない酒ともなれば、間違いなく値段も張る一級品だ。

「ええ。水浴びでもするように飲み干す鶏頭が、どうしてこんな高級酒ばかりを好んで飲むんだか。いっそそこらの安い酒で満足する味覚の持ち主ならよかったんですけど」

「いちいちごもっとも」
 これ幸いと上司の愚痴を零す玉を、は咎めるでもなく、そのまま彼の言いたいことを好き放題に言わせてやる。その方が彼の身体にも良いし、玉の上司をそれなりに見知っていたからしてみれば無理もないと思わずにはおられなかったから。

 が久々に会った友人と旧交を温めていた、その時だ。

「うるせぇ! 軍に喧嘩売られてノコノコひけっかよ! やっちまえっ」

 辺りそこら中にごろつきの怒声が響き渡る。

(まずい……もう、秀麗姫たちは来てたのか……!)

 慌ててがその声の先を振り返れば、怒り心頭のごろつきたちに絡まれる秀麗と影月、その他一名とよく知っている身内一名の姿が目に入る。

「楸瑛っ! 」
 彼自身が一番よく目をかけている末弟ではなく、その一つ上の弟の姿を認めて。
はほとんど無我夢中で、そちらへと駆け出していた。



 一気に殺気を吹き出してきたごろつきたちを目の当たりにして、楸瑛は内心苦虫を噛みつぶさずにはおれなかった。

下街を仕切るのは親分衆、本来あるべき境界線を越えてきたのは他ならぬ自分たちだ。
だが今回は事情が事情なだけに、親分衆だけに任せておく訳にはいかなくなった。
何せ青巾党が盗んでいるのは、最終国試受験者だけが持つ“最終国試受験札”なのだから。

(出来る限り、組連とは妙なしこりを残したくはなかったんだが……)

 だからといってここで「はいそうですか」と引き下がるわけにもいかない。
第一ここで自分たちがひけば、秀麗と影月、さらに劉輝も危険にさらすことになる。

 絳攸に胡蝶を呼びに行かせてはいるが、筋金入りの方向音痴な彼のことだ。
どこかでまた道に迷っていないとは言い切れない。なまじ彼との付き合いが長く、その特質を十二分に理解していただけ、余計に彼の不安は高確率で当たっているはずである。

(仕方ないか……)

 楸瑛は観念して、腰に佩いた剣の柄に手をかけた。
そうしていつでも剣を抜ける状態にした上で、標的となる相手を両眼で見据える。

わずかな隙すら見逃さないように、わずかな隙すら相手に見せぬように。


 思いがけない声が楸瑛の耳に届いたのは、そんな矢先だった。


「楸瑛っ! 」


 忘れるはずもない、懐かしいその声に。
 一瞬気取られて、楸瑛の動きがわずかに鈍る。

 そしてその隙を逃さずに間合いを詰めてくるごろつきども。
一瞬の隙を逃さず、機会に変えたところはたいしたものである。

 だが。運命の女神はあくまで楸瑛の方へ微笑んでいた。

「―――――おやめっ! 」
 凛として涼やかな、それでいて張りの良い通る高音域の声音が響き渡る。

 ごろつきたちは、ハッとしてその声に一瞬気取られる。


 そしてーーーーー。

 楸瑛に襲いかかろうとしていたごろつきの顔面に、文字通り長い銀閃が炸裂した。


「いっでぇぇぇぇぇっっっ!!! 」
 顔面をもろに強打されたごろつきは、痛みのあまりにその場に蹲って号泣する。

「てめぇ、人の隙を狙って攻撃するなんて卑怯………って、あ? 」
 運良く銀閃の一撃を免れたーー否、彼自身は狙いに定められていなかったので、当然なのだがーーごろつきは、仲間の悶えようを尻目に、不意打ちを叩き込んできた人物の方へと向き直るが。途中で首を傾げずにはおられなかった。
 そりゃあそうだろう。何せ不意打ちで攻撃をかましてくれたその人は、先ほどごろつきたちが襲おうとした将軍様らしい人物と驚くほどに顔立ちがそっくりだったのだから。

「………分身の術とは、やるな、こ………」
 そこでごろつきはしばし考えた後、自分なりに意見をまとめ終えたのか。そいつは不意打ちを食らわせてくれた人物へと再び向き直り、意味もなく指を突きつける。

 が、しかし。

言葉を全て言い終わるよりも前に、素早く己の間合いまで踏み込んできた人物の蹴りを顎に食らって、仲間同様に地べたにはいつくばる羽目になる。

「誰が分身の術だ、阿呆。貴様の頭に詰まったブツは単なる飾りか? 」
 ごろつきを蹴りの一撃でのした人物――は、愛用の鉄尺で肩を叩きながら、澱むところなくきっぱりはっきりと言ってのける。彼の紺碧の瞳に宿る光は限りなく冷たく、ごろつきを眺める視線は氷点下をもくだらないほどの冷気を放っていた。

? 」
「な、なんだか怒っていらっしゃるみたいですねぇ」
 無意識に口を滑り落ちた秀麗の言葉に同意するかのように、影月がやや穏やかみの欠けた固い表情で答えた。
 そんな二人が見据えているのは、ともう一人。
彼とあまりに似すぎる容貌を持った藍家の御曹司・藍楸瑛の姿であった。

「……あ、異母兄上………いつの間に貴陽へ………」

「どうせなら、もう少し雰囲気のある再会をしたかったものだけどね。
まあ、場合が場合だ。仕方ない」
 鳩が豆鉄砲でも食らったような間抜けな顔を見せる弟に、はなんとも穏やかな微笑を浮かべてみせた。

「場合が場合って、兄上は今回の騒動をご存じなんですか? 」

「ああ。昨日そこの二人から大まかな話は聞いてるし、ちゃんと休みはもらってきたから安心しろ。間違えても仕事をさぼってきたわけではないからな」
未だ信じられないのか、心ここにあらずといった風にぼんやりとしている楸瑛の頬を、は親指と人差し指で軽く挟んで引っ張ってやった。
 そうしては、楸瑛の顔を真っ直ぐ見据えるのを辞め、何気なくある方向を振り返る。
彼の行動につられて同じ方へと首を動かした楸瑛はといえば、そちらで繰り広げられている妙な光景を目にして、苦笑いを浮かべたのだった。


「ひきな。この二人は青巾党と何も関係ないよ。このお嬢ちゃんに手を出したら最後、貴陽花街すべて敵に回すって親分衆に教わらなかったのかい」
 相手を威圧するような低い声で、胡蝶は秀麗たちを襲ったごろつき二人を責め諭して---否説教している真っ最中だ。なまじ艶やかな美貌の主だけあって、胡蝶もまた凄みをきかせると非常に怖い。所謂美人は怒ると怖い、というやつである。

「は…えっ?! それじゃ」

「そうさ。よッく覚えときな。この娘が紅師の娘さんだよ。
さあ花街から叩きだされたくなかったらとっとと失せな! 」
 胡蝶の大喝に、男たちは叱られた子供のように首をすくめると、一つ頭を下げて路地裏へと消えていった。
その一部始終をずっと見ていた秀麗は、唖然とした面持ちでそれを見守っていた。

「悪かったねぇ、秀麗ちゃん。怖い思いさせちまって。この殿方が報せてくれてすッ飛んできたんだけれど、イイ男なのにヘンな方向に歩いていくから遅れちまって。せめて目印覚えてくれて助かったよ。手遅れにならなくて本当に良かった」
 そんな秀麗を宥めるように、胡蝶は彼女の頬を優しく指の腹で撫でる。
ちなみに迷いながらもなんとか胡蝶の誘導に成功した絳攸は、彼女の物言いにいささか不満を覚えるものの。現在の自分では文句を言えた立場ではないと知っていたから、表情を渋いものにするまでに留めておいた。

「私からも謝罪させてもらうよ、秀麗姫。既知の友人と話し込んでしまって、つい周りの状況把握を疎かにしてしまった私にも非はある。すまなかった」

「そ、そんなこと…! 様にお手伝いして頂いてるのは私たちの方ですし、危ないところを助けて頂いたわけですから…」

「結果的に君たちの危ないところを助けたのは、私ではなく胡蝶だ。
けじめはきちんとつけるのが、私の主義でね。本当に申し訳ない」
 そう言っては、秀麗に頭を下げる。

(……ほんの一瞬の事とはいえ、秀麗姫を危険にさらしてしまったのは事実。
こんな醜態さらしておいて、秀麗姫に逆に謝られたら黎深に合わせる顔がないからね)

「相変わらずの堅物ぶりだねぇ」
 に頭を下げられておろおろしている秀麗の肩を抱くと、胡蝶はやれやれと言わんばかりの口調で呟く。その言葉の先にいるのは、当然ながらだ。

「久しぶりだね、胡蝶。いつ見ても変わらず麗しい美女っぷりだ」
 頭を上げ、馴染みの美女へと視線をやったは、出会いの挨拶代わりと社交辞令とを混ぜ合わせた挨拶をしただけなのだが。

「そっちこそ、女に世辞使う時の顔が本当に藍様そっくりだよ」
 久方ぶりに顔を合わせる相手に対してサラリと言ってのけた胡蝶の言葉に、は仏頂面にならざるをえなかった。もとより異母弟そっくりの顔のことを言われるのが、彼はあまり好きではなかったし、なんだか自分の方が弟の二番煎じと言われているようで面白くなかったからだ。

「私が楸瑛に似たのではなく、楸瑛が私に似たんだ」

「まあ、そういうことにしておいてやろうかね」
  渋い表情を浮かべて言い張るの様子を見て、胡蝶は婉然と微笑んだ。


「……あの、胡蝶姉さん……こ、これは……」
 未だ状況の理解出来ていないーーまあ無理もない話だがーー秀麗が、胡蝶に事情を聞こうと口を開いたけれども、彼女はそれ以上を許さなかった。

「詳しい話は姮娥楼でだよ。そこに倒れてるボーヤの介抱もあるだろ」

「あッ、そうだ三太! 」
 胡蝶の言葉にようやく思い出し、秀麗は慌てて路地の方を見る。
すると、意識を失った一人の少年を引きずってやってくる静蘭の姿があった。

 その様子を眺めながら、どうして自分が秀麗たちと合流するが遅れてしまったのか考えていたところで、ふとは思い出す。

「あぁ、そうだ。私の方も彼を忘れるところだった」
 ようやく合点がいったとばかりに手を打つに、その場に今までいなかった人物の呆れたような声がかけられる。

「勝手に忘れて頂いては困ります、 殿」
 苦虫を噛みつぶしたような表情を浮かべたまま、玉は真っ直ぐにの方へと視線を向けて苦情を漏らした。

「欧陽侍郎……なぜこんなところに? 」
 日も高いこの時間帯、しかも下街に。
なぜか見知った同僚の顔を認めて、絳攸は驚きに瞠目する。

「これは李侍郎、妙なところで会いましたね」
 対する玉はと言えば、当たり障りない笑顔を浮かべてサラリと流す。

「侍郎職の人間が三人もこんな場所にいていいのかねぇ」
 まるで人事口調で呟くに、楸瑛はわずかに表情を歪める。
侍朗職の三人とは、他ならぬ礼部侍郎を務める自身も勘定に入った上での言葉であるからだ。

「それを貴方が言いますか、兄上。
少なくとも私たちは事情があってここへ来ているんですから」

「それを言うなら、私も玉も同じだよ。
用事もないのにこんな時間から下街をふらつくほど、あいにくと私たちも暇じゃあない」
 遠回しな楸瑛の批難に対して、はさほど堪えた様子もない。
それどころか、不敵な笑みすら浮かべている始末である。
彼の笑みの先に自分の兄たちを思い浮かべた楸瑛は、それ以上の追求をやめたのだった。

「ならば、なぜそなたたちはここにいるのだ? 」
 黙った楸瑛の代わりにと質問してきたのは、銀の髪と紫電の双眸持つ青年であった。
一瞬その面立ちに既視感を覚えただが、すぐにそれが誰だったのかを思い出し、表情を素早く入れ替える。

「玉は上司命令で、私は秀麗姫の手伝いでここにいる。
それをいうなら、私の方こそあなたに伺いたいものですね。どうして雲の上のそ…」

「と、とにかく今は姮娥楼へと急ぎましょうか。話は途中でも十分に出来すからね」
「楸瑛の言う通り、とにかく今はその姮娥楼とやらに急ぐ!!! 」


「…………やれやれ」

 素早くの言葉を遮るようにして、無理矢理話題を差し替えた異母弟と他ならぬ今上帝のそれぞれ二人に腕を引きずられるようにして歩きながら、は口の中で小さく呟いたのだった。







*後書き…
・随分と間の開いた更新となりましたが、ザビ3沿い藍家お姉様夢の続きをお届けしました。
ザビ3沿い…と言いつつ、3話からザビ沿い+オリジナル話となってます。
お気づきの方もいらっしゃるかと思いますが、そうです。欧陽侍郎にもご出演願ってますが、本来原作では彼は登場しておりません。なので、これ以降は“オリジナル”要素も加わります。
というか、ただ単に管理人が欧陽侍郎を出したかっただけなのですが(だって好きなんだもん)。
それから、気づけば増えてきた設定と一話とでいささか不具合が生じるようになってきたので、一,二話の方も修正を数カ所加えておきましたので、修正前と比べてみるのもありかなぁ、なんて(笑)。ヒロイン設定を暴露する目的で書いたのに、気づけばその目的とはまるで関係ないお話になってるなぁ……。