世の中というやつは、やっぱり一筋縄でいくようなものではないらしい。 頭上を覆う空の色は、どこまでもぐずついた曇天。白でもなければ黒でもない、そんな微妙な位置に属した灰色の空から、バケツの水をひっくり返したような大粒の雨が地上へと降り注いでいた。降り注ぐ雨の粒は大きくて、身体に当たると痛い。こんな日に傘も持たずに外へ出れば、ほんの数秒で水浸しになること請け合いである。 そんな雨の中を、一人の可憐な女子中学生(待て)が傘も差さずに走っていた。長い間走り続けているために上気した頬には、前髪や肩越しまで伸びた髪から、ポタポタと滴が滴り落ちている。着ているブレザーコートも、膝まで伸びる吊りスカートもぐっしょりと水分を含んで重くなり、身体にまとわりついて気持ちが悪い。 今の私の状況こそ、まさしく“濡れネズミ”だ。 そして。ハタから見れば、私の格好は変であろう。 少なくとも。 花の女子中学生が、他人様の目にさらすような姿ではない。 だが正直言って、今の私にはそんなことはどうでもよかった。 「マズイ、マズイ、マズイ〜っ!!!!」 私が唯一気にすべきは、鞄にぶら下げられた携帯電話の表示画面に映る数字――とどのつまりは現在の時刻だけなのだ。 タイムリミットは、午後6時。今日から放映が始まる「鋼の錬金術師」のアニメ、その記念すべき第一話をこの目に焼きつけること! それが、私の現在の使命なのだから!!! 『鋼の錬金術師』。 このマンガの存在を、私はだいぶ前から知ってはいた。しかし、特に読もうと思うことはしなかった。否、そう思わせないように自身をコントロールしていたのだ。 なぜかと言えば。一度ハマれば二度と抜け出せなくなる自分の習性――友人曰わく『スッポン顔負けの食いつきと嫉妬深い女顔負けの執着心』を発動させることを恐れていたため。 自分の懐が暖かくなるまで、けして興味は抱くまい! 志を掲げて、私は今の今まで、このマンガと一切関わらなかったのに。 しかし…。 某友人が、毎日のように「エドが可愛い格好良くって〜☆」だの「大佐がもう超絶的に萌えなの!!!」だの「リザお姉さまが、超クールビューティで素敵なのよ!!」だの以下エンドレスエンドレス。 こんな感じで原作を一度も読んだことのない私に、毎日毎日さんざん吹き込みまくり。挙げ句の果ては、自分のお気に入りのドリームサイトを強引に紹介して、ドリーム漬けにしてくれたのである。 もともとドリーム小説が好きであった私は、さほど抵抗無くこれらのサイトのドリームを読みふけり…。結果として「原作見たことないけど、ハガレン最高!!」というモグリなファンになってしまったのだ。 友人よ、あんたはこれで本当に満足か? そんなことをぼんやり回想しつつ、私の足は地面を蹴り続ける。 雨は一向に止む気配を見せない。それどころか、より一層激しく降ってくるばかりだ。 私は頭を振って強引に滴り落ちてくる滴を払いのけた。 雨のせいで、走るペースはいつもよりもだいぶ遅い。 このままでは、6時に間に合うかどうか。怪しいところだ。 「くっそ、こんな時に限って特講が長びきやがって!! しかもこんな時に限って、我が家の偉大なるビデオデッキ様お二人が 同時に体調を崩されるなんて〜っ!!!! おまけにどしゃ降りの雨だと?! 秋雨前線北上してくるなんて、聞いてないぞ!! 天も神様も悪魔も仏様も、揃いも揃って私を見放しやがったな、こんちくしょう!」 それゆえに、こんな悪態が口をついたとしても、文句はないだろう。 つーか、それ以前に言わせない。 「って…ギャーッ!タイムリミットまであと5分!!!」 悪態尽きつつ、ふとびしょ濡れになった携帯電話のディスプレイ画面へ目を移せば、表示時刻はもう5時55分を回っていた。 あと5分でハガレンが始まってしまう! 駅から家までの距離は、目の前にそびえる長い長い階段を七階分上ったところでようやく終わりを告げる。 しかし、駅から徒歩で20分――途中にはいくつもの坂道があるーーの距離を全力疾走してきた私の体力は、ほぼ尽きかけていた。 自慢じゃないが、マラソンと持久走ほど苦手なものはないのである。 ここまで走ってこられただけでも、たいしたものだ。 …しか〜し。 根性は入れるためにあるのよっ!!!! 頑張れ、!負けるな、!! ここでくたばるようじゃ、エドや大佐に顔向けできんぞ!!!! 「え〜い、負けるか!死ぬ気でやれば、できないことはない!!!!」 私は自分で自分に渇を入れると、地獄の閻魔大王や獄卒も真っ青なくらい激しい憎悪の念を、そびえ立つ階段の山へと叩きつけ。ヒュッと鋭く呼気を吐き出すとともに、全身の気力を振り絞って走り出した。 人間、気合いと根性と萌えの心さえあれば、できないことなどないわ! 今のは、無敵よ!! ひたすらに、ただひたすらに。 動くエドを、大佐を見ることだけで、私の頭はいっぱいで。 次の瞬間、何が起こったのか。 私は理解していなかった。 ただ理解できたのは、頭上から目の前へと降り注ぐ 真っ白な閃光。 そして、閃光に遅れて訪れた 耳をつんざくような激しい轟音――。 あ、そういえば、Myフレンドにビデオ借りるって手があったんだっけ…。 降り注ぐ閃光を仰ぎ見ながら、ふと考えたのはそんなこと。 私が閃光と轟音に襲われたほぼ同時期。 私の住む家のそばに、雷が落ちたーーー。 *後書き… ・…ついに手を出してしまいました…、ハガレン…。 そして相変わらず異世界トリップの好きな管理人です。 マンガを一度も見たことないながらも、ハガレン好きなモグリ少女がヒロイン。 気まぐれ更新となりそうですが、よろしかったらお付き合い下さいませ。 |