04. 炎の中から、Let's escape!



「どういうつもりです、ユーバー。まさかあの方を裏切るというのですか!!」
 機嫌の良いユーバーに、銀髪の女性が食ってかかる。

「少し遊びに行くだけだ。あいつが俺の求める混沌を生み出し続ける限り、俺はあいつの盟友であり続ける。その言葉に偽りはない」

「ならその娘を置いて行きなさい。その娘はあの方のかつての盟友。
その身に何かあれば、私はあの方に合わせる顔がありません」

 美人さんの言葉を、ユーバーは鼻で嘲笑う。

「俺にはお前がどうなろうと関係ない。セラ。
貴様とて、俺の邪魔をするというなら容赦なく切り裂くぞ」

 ユーバーはをベッドに戻すと、愛用の剣を鞘から取り出す。
一方、セラと呼ばれた銀髪美人は、険のある眼差しをユーバーへ向けたまま、黙って杖を高く掲げた。
 彼女の一連の動作を、自分に刃向かう行動と確信したユーバーは、剣を構えるとすかさずセラへ向かって切り込んでいく。

「…汝が御手に宿りし炎もて、紅蓮の祝福を与えよ。
賜いし緋炎は、いかなる敵をも殲滅せしむ煉獄の炎禍となせ!!」
 -----大爆発!!

 セラは、ユーバーが間合いギリギリまで近づいてきた瞬間を狙い、紋章魔法を発動させる。彼女の言霊と紋章と、魔力に応じ、ユーバーと最も近接している部分---すなわち杖の先で炎と閃光とがはじけ散る。そして瞬間、二人を緋色の光の帯が取り巻き、言葉通りの強烈な爆発を引き起こす。

(いくらなんでも、室内で“大爆発”はやり過ぎよっ!!!)

 逃げる間もなく爆発に巻き込まれただが、額の紋章の加護で傷一つない。見る影もなく粉々に吹っ飛んだベッドの残骸の中から這い出し、腰を低くした姿勢のまま、外へと通じる部屋のドアへ向かって這っていく。
立って歩こうものなら、ドアに辿り着くより先に、間違いなく一酸化炭素中毒で命を落とす可能性が高いからだ。

 尤も、肝心の争っている二人といえば。周囲に立ちこめる一酸化炭素などお構いなしに、双剣を、魔法をふるって戦っている。

 まあ、ユーバーはあのとおりの人外だから死にはしないだろうし、セラも『大爆発』をいなす自信があったからこそ、あんな暴挙に出たのだろう。


 しかし。


(私がここにいることも考えて頂戴よ!!!!!)

 いくら紋章に守られているとはいえ、酸素が無くなれば人間は生きていけない。
とにかくは、なんとかこの部屋から脱出しなければならないのだ。口元をマントで覆い、匍匐前進しながら部屋の扉を目指して這いずり回る。

 たとえその格好がどれほど間抜けであろうとも、命には替えられないのだ。


 煙のせいで目が痛い。乾いた目を潤すために流れる涙が、の視界を大きくぼやけさせる。加えて、先ほどの爆発で崩れた部屋の瓦礫が道を塞いでしまい、なかなか出口にたどり着けないのであった。
 ここでぐずぐずしていたら、確実に窒息死だ。数々の修羅場を乗り越え、『デュナンの破壊神』と異名をとった自分が、こんな形で死を迎えるなんて…。
悲しいやら情けないやらで涙がボロボロ出てくる。


(……こうなったら、もう奥の手!)


 は匍匐前進をやめ、その場にとどまると左手に意識を集中する。
すると、一陣の風を模した形に光が生まれ、旋風の紋章に集いゆく青い光に導かれるように、彼女の黒い髪が風にフワリと舞う。

「…天駆ける美しき者、空を彩る至高の旋律を奏でし風よ。汝が力は鋭利なる刃にして、虚空を切り裂く無数の牙。願わくば、我が意志に従い、汝が力を示せ!」
 ----切り裂き!!!

 周囲に集まっていた青い光は、数陣の風と化し、大木も切り裂く凄まじい破壊力を帯びた凶悪な刃が、彼女の目前に立ち塞がる瓦礫の山を吹き飛ばす。
後に残ったのは、ボロボロになったもと瓦礫のなれの果て…木屑だけだ。どうにか障害物を破壊したは、木くずを身体中にまといながら、匍匐前進で必死に出口目指す。

 その甲斐あって、生きているうちに部屋の出口を見つけることが出来た。

(よし!!!!)
 は大きく息を吸い込んで立ち上がると、意気揚々とドアノブに手をかける。

 が。

「あ、熱いっ!!!!」

 金属で出来たドアノブは、先ほどの大爆発で急激に上がった気温と炎の熱を吸収し、高熱を帯びていた。とてもじゃないが、素手で持てる熱さではない。
 だが、ここで諦めれてしまえば、あと数分もしないうちに黄泉路から迎えが来てしまうだろう。

(手の火傷で命が助かるなら、儲けもんよね。)

 は心を決めると、高熱を放つドアノブを力一杯握りしめる。高温に悲鳴を上げる手の平は、鋭い痛みを知覚させ、皮膚は確実に焼き切れていく。
それでも、背に腹は代えられない。チリチリと脳髄を刺激する、皮膚焼けの痛みに耐えながら、彼女はドアノブを力一杯回した。


「……へ?」


 明らかに入れた力は空回りしているにも関わらず、不思議なことに、ドアノブはスムーズに回転し。自動ドアのように、扉は楽々と開いた。
 空回りした力の余波で、は大きく身体のバランスを崩して倒れ込む。床にぶつかる覚悟で目をつむるだが、床に倒れ込むより先、彼女の身体を力強い腕が支えてくれた。

「大丈夫ですか?」

 耳の奥にまで響く心地よい男の人の声に、は顔を上げる。
すぐ傍にあったのは、癖のある深紅の髪とわずかに細められた翡翠の双眸。

(うっっわ〜……!!!すっごい美形さん!!!!!!)

 今までさんざん美青年やら美少年やらを見てきたでさえ、思わず見とれてしまうほどの文句なしの美貌の主―――グレーのトレンチコートがよく似合う長身の美青年は、支えていたの身体を自分の方へ引き寄せると、ようやく手を離す。

「あの二人の諍いに巻き込まれたようですが、お怪我の方はありませんか?」

「…ちょっと手を火傷しただけです。支えてくれてありがとうございました。怪我はたいしたことないですし、自分で治します。ご心配なく」

 見ず知らずの人間に心配をかけたくなかったのと、心配そうにこちらを覗き込んでくる青年の眼差しが少しくすぐったくて。は、そう言ってニッコリと微笑んだ。

 そして、額の紋章に魔力を注ぎ込もうとする。が。

「い…、痛い!!」

 その途端、頭を襲った鈍い痛みに、たまらずその場にしゃがみ込む。
まるで頭の中をハリネズミの集団が駆けずり回ってるみたいな(どんなだ)痛み。

 今まで感じなかったはずなのに、どうしてまた?

「しばらくは、異界の紋章は使えないよ」
 声が掛けられるのと同時、の身体を優しい風が取り巻く。
ジンジンと熱を持っていた右手も。耐えるに耐えられぬ鈍い痛みを放っていた頭からも、たちまちに痛みが引いていく。

 慈愛と優しさのこもった風と。懐かしい声音。
こんな二つの特徴を併せ持つ知り合いといえば、は一人しかいない。

「ルッ、・・・・・ク????」

「他に誰がいるのさ」

 聞き間違いようもない、そっけない声音。
もちろんそれは、彼の不器用な性格が成せる技だ。
思いがけず懐かしい友人に会って、の表情がわずかに綻ぶ。

「感動の再会をぶち壊すようで悪いんだだけど…、ルック。一つ言わせて。
その仮面、ものすごく悪趣味よ」

「…相変わらずだね、。その失礼な物言いが懐かしいよ」

「あら、こっちこそ。ルックのそっけない物言いがひどく懐かしいわ」

「こっちだって」

「それは私の台詞よ」

 ふふふ…、とお互いに引きつった笑みを浮かべながら---ルックは、仮面をかぶっているので見えないが---相手を牽制する。


「あ、あの…、お二人とも…?」
 不穏な空気を感じ取ったのか、ないがしろにされていた青年が声をかけてくる。

 が、途端に二人の間に流れる空気が変わった。
 お互いに笑い出したのだ。

「ほんっっとうに、相変わらずみたいね。15年も経ったのに」

「そっちこそ…」
 言いながら、ルックは仮面に手を当てて外した。

 すると、の笑い声がピタリと止まる。
 彼女は大きな黒い瞳をパチクリさせて、ルックの顔を凝視していた。

「僕の顔に何かついてる?」

「髪切ったんだ…、ルック」

「みりゃわかるだろ、そんなこと。それがどうかした?」
 聞き返すルックの言葉に答えないまま、はつかつかと彼の方へ歩み寄る。
そして唐突に足を止めると、彼女はルックにガバッと抱きついた。

「…っ、ちょっと、?!」

「さっきの相変わらずっての取り消し!かっこいい!!
すっごくかっこいいよ、ルック!!びっくりしちゃった!惚れ直しちゃいそう」

「……っ!!」

 思いがけないことを言われて、ルックの頬がかすかに朱色を帯びる。
もっとも彼に抱きついているには、その変化を見ることは出来ないが。


 ルックは何も言わぬまま、自分に抱きついてきている少女の身体を抱きしめた。
背中を流れる漆黒の髪に顔を寄せると、ほのかに甘い香りが鼻孔をかすめる。

 それだけで、不思議と心が落ち着いていくのはなぜだろう。

「お取り込み中大変申し訳ないのですが…、ルックさま。
セラとユーバーをあのままにしておいてよろしいのですか?」

(…本当に悪いよ、アルベルト……)

 を抱く腕はそのまま。額に数本の青筋を浮かべながら、それでもルックは仕方なく青年の方を見やる。

「そうだね。そのうち飽きてやめるだろう。
にしても、今回は一体何が原因で騒いでるんだろうね」

「ああ、それはね」
 意外にもその答えを知っていたのは、腕の中にいるだった。
彼女は、相手の首に絡めていた両腕を解くと、右手人差し指を立てながら、実に簡潔に理由を述べる。

「ユーバーが私を連れて行こうとしたのを、セラが阻止して。そっから二人の間が険悪ムードで、売り言葉に買い言葉で、気づけば大喧嘩」

(…ユーバーのやつ。まだ性懲りもなく、を自分のモノにするつもりか)

 ただしその理由は、色恋沙汰とはまるで無縁のものではあるのだが。

(それに流石だ、セラ。
繊細そうに見えて、腐っても育ての親がレックナート様なだけはあるね。
あのユーバー相手に平気で喧嘩を売れるなんて、随分と肝が据わった子だ)



「つくづく進歩がないね、ユーバーも。
まあいい。とりあえず、二人の怒りがおさまるまではゆっくり待つとしよう。
アルベルト、僕が合図をしたらそこの扉を閉めてくれ」

「承知いたしました」

「って、ルック。一体何を・・・・」
 二人が何をするのかわからないものの、嫌な予感に襲われたが言葉を発するも。時既に遅し

 ルックとアルベルトは、彼女の言葉を無視して、作戦を実行に移す。

 ルックは間髪入れず、部屋の中に加減した風の紋章の力を叩き込み、合図をもらったアルベルトはサッと部屋のドアを閉める。



ずごごおおおおおおおぉぉぉぉん!!!



 狭い部屋の中で解放された真なる風の紋章の力は、閉ざされた密閉空間の中で炸裂する。普通の人間ならば間違いなく死亡フラグが立つところだが、一筋縄ではいかぬユーバーとセラだ。死ぬことは絶対にあるまい。
 それを確信していたからこそ、ルックもアルベルトもこんな無茶をやらかすことが出来るに違いない。

「さあ、行こうか。向こうで待ってれば、二人もそのうち来るよ」
「そうですね」

 この程度は日常茶飯時とばかりに、平然としている二人の様子を見て、流石のも呆気にとられずにはいられない。

「……殺伐としてるわねぇ」

「いつものことだからね。気にするだけ、無駄なんだよ。」
 まだ部屋の方を気にしているの肩を軽く押して、ルックはキッパリと言い放つ。
完全に納得はしていないものの、彼女はそれ以上追求するつもりもないのか、何も言わなくなった。


 それにしても・・・。
(できるだけ被害は最小限度に抑えて欲しいモノですね・・・)

 仲間内で経理を担当するアルベルトは、そう思いつつ。
ルックとに気づかれないよう、こっそりとため息を漏らしたのだった。




*後書き・・・
・とりあえずヒロインと破壊者組の出会い編。
セラが珍しくまとも系で出たかと思えば、やっぱりどこかギャグキャラなのか。
ユーバーに至ってはすごい扱いだし。
そして、アルベルトとルックは、常識人です。
セラ,ユーバー=ギャグ、ルック,アルベルト=つっこみは当たり前のようなモノになってます。
本当はここで自己紹介もみんな済ませる予定でしたが、長くなりすぎたので強引にカット。次回に回します。