05. 十五年ぶりの友との再会、会話を楽しもう!



 ハイランドの救世主。

 それは、同盟軍とハイランド皇国の戦争の最中、ハイランド国内で流れた『救世主』の噂のことだ。
 尤も、噂を信じていたのはほんの一部の人間だけで、大半の人々は噂を信じようとしなかったそうである。

 どちらにせよ、最終的にハイランドという国は滅びてしまったのだ。
 今となっては眉唾ものとしか思えない話でしかないのだが…。

 しかし、『救世主』が存在したのは確かな話らしい。
なにせ『救世主』である少女は、皇王の名指しを受けて、ルルノイエ宮殿にて兵士たちの目の前に姿を現し、見事な演説をやってのけたのだ。彼女の演説ぶりは、即興とは思えぬほど見事なもので、当時ハイランド皇王付きの軍師という地位にあったアルベルトの祖父、レオン=シルバーバークも感嘆したほどであったという。

(それが、この娘か……)


 無造作に背に流すのは、漆黒の長い髪。澄んだ輝きを放つ大きな瞳は、髪と同じ闇色の色彩を宿している。この辺りでは珍しい色を目と髪に宿す少女ではあるものの、それ以外にはこれといって特徴もなく、どこにでも平凡な娘である。
グラスランド風の旅装束を来ているせいで、余計にそう見えるのかもしれないが。

 とはいえ。人前では滅多に仮面を取らないルックが、自ら仮面を取ったことといい、普段から感情を一切露わにしない仏頂面の彼がこうも喜怒哀楽の表情を見せることといい---何せセラの前ですら彼はほとんど表情の起伏を表さないのだ---、ただ者ではあるまい。十五年前のデュナン戦争で、共に同盟軍側で戦ったというだけでの間柄ではないのは確かだ。

 更に、それだけではない。
同じ目的を持つ同志という理由から、自分たちにはそれ相応に接してくるものの、ユーバーは人間に対して強い嫌悪感を抱いている節がある。弱い者(人間)を平気でクズ呼ばわりする彼が、なぜ自らこの娘を連れ去ろうとしたのか。


(一体、何者なんだ……)

 前を行くの背を見ながら、アルベルトは疑問を隠せなかった。





 ルックに連れられてほどなく着いたのは、居間と思われる広い部屋だ。正六角形の形を形取った部屋や家の形は、今までが訪ねてきたグラスランドのどのクランとも違っていた。彼女の旅の同行人であったは、この地に住まう人々のことについてよく知っていた--何せ彼の出身地はグラスランドである---ので、色々な話を聞かせてもらっていたからだ。

 まるっきり聞きかじりだが、大きく分けてグラスランドにあるクランは6つ。
一つは、褐色の肌持つ戦いの民が住まうカラヤクラン。一つはダックたちの住まうダッククラン。トカゲ人間のようなリザードマンが住むのは、リザードクラン。女たちだけの住まう森の村は、神秘の村アルマキナン。のどかな農村地帯の広がるグラスランドきってのワインの名産地は、チシャクラン。そして。今でこそハルモニア領になってはいるものの、ルビークも本来はグラスランド側の領土だ。
 ちなみに”クラン”とは、“集落”を意味するグラスランドの古い言葉なのだとか。


「どうぞ、お座りになって下さい」
 所在なく突っ立っていたところを赤毛の青年に促されて、はテーブルにつく。

 アルベルト、と呼ばれる文句なしの美形青年の声は、深みがありながらも優しく、なんとも聞き心地のよい美声である。テノールとバリトンの中間域、微妙な音域の響きに思わず聞き惚れてしまうだが。


(だけど、どっかで聞いたような声なんだよね……)

 感情の起伏の少ない落ち着いた声音。
 それでいて厳しさと冷たさすら思わせる響き。
 
 デュナン戦争の際、同盟軍の正軍師を務めていたシュウに雰囲気が似ていながらも、彼とは異なる印象を受ける声音には、少々聞き覚えがあった。

 考え込むの脳裏を、不意にとある人物の姿が過ぎゆく。
敵対国であったハイランド皇国の正軍師を務めていた、壮年の男性の姿だ。若い頃はさぞ美形であったろう彼の髪色は、ほのかに赤みがかった褐色だった。
 齢を重ねることで、一層の老獪さと抜け目の無さを習得した彼の瞳は、見据えられたが最後。嘘を吐こうにも吐けまい。記憶に間違いがなければ、彼の切れ長の双眸に宿っていた色彩は、確かアルベルトと同じ翡翠色……だったはずだ。


(そうそう。確か、レオン=シルバーバークって言ったっけ?
近隣諸国でも有名な名軍師の一族で、トラン共和国建国前にあった解放戦争にも参加してたっていう、天才軍師だよね。)

 思い起こしてみれば、目の前にいる青年とレオン=シルバーバークは非常によく似ている。顔形でも似通う点は多いが、何より身に纏う雰囲気がとても近いのだ。

 そう確信した矢先、の口はすでに開いていた。

「あの、アルベルトさんでしたっけ?もしかしてシルバーバーク家に縁の人だったりします?」

 唐突に滑り出たの言葉に、内心アルベルトは驚きを隠せなかった。
思わず向かい側に座るルックに視線を移してみるが、彼も首を傾げてみせる。
その様子を見る限り、彼がに自分の素性を話したわけではないらしい。

 こちらの不審な表情に気づいたのか、彼女は慌てて言葉を付け加える。

「あ、いえ、その。…何となくそう思っただけですから、今の発言なしにしちゃって下さい。気に障ったらごめんなさい」

 コロコロと変わるの表情に、アルベルトはわずかに苦笑する。

「別に気に障ってなどいませんよ。
いきなり家名を当てられるのは初めてなので、少し驚いただけです」

 アルベルトの答えに、はホッと胸をなで下ろす。

「そうですか。よかっ……てことはやっぱり貴方、シルバーバーク家の?」

「ええ。アルベルト=シルバーバーク。それが私のフルネームです」

 は、しばし沈黙し。
 まじまじとアルベルトの顔を見つめた後、意を決したように口を開く。

「……つかぬ事を聞くけど、レオン=シルバーバークとの関係は?」

「私の祖父ですが。それが何か?」

「お祖父様に似てるって、よく言われない?」

「よくおわかりになりましたね。若い頃の祖父にそっくりだとよく言われます」

「いや、多分レオンの若い頃ってこんな感じだろうなぁ…っていう私の想像に、ほぼピッタリ一致するんだよね、アルベルトの容姿が」

 たいして顔も合わせていない相手の若かりし頃を想像するのが、一体どれほどの想像力を要するものなのか。皆目見当もつかないまでも、ルックとアルベルトは胸中で彼女の想像力のたくましさに驚かずにはいられなかった。


「それにしても、どうしてがここにいるんだい?
昆虫嫌いな君が、わざわざここに立ち寄ったわけでもないだろ?」

 用意していたティーポットから香り豊かな紅茶の香りが漂い始める。飲むのに丁度いいくらいにまで、紅茶の成分が茶葉から抽出された証である。
なので、ルックは温めておいたティーカップへ紅茶を注ぎ込むと、の前に湯気の立ったカップを差し出した。

 通常ならば、この役目を担うのはセラなのだが、彼女はまだ復活していないし、かといって、アルベルトは根っからの貴族育ちである。いくら知識豊富でも、実経験のほとんど無い---彼にとって、お茶は入れてもらうものなのだ---人間にやらせるのは、いささか心許ない。
 それゆえ、仕方なしにルックがお茶入れ係を担当しているのである。
彼としては不本意極まりないであろうが、10年以上もレックナートにお茶を入れ続けてきただけあって、その手つきは実に手慣れている。

 紅茶がカップに注がれたことで、部屋の中に花園一帯に咲き乱れるバラ風味の紅茶の香りが満ち溢れる。
 は遠慮することもなく、出された紅茶を一口飲んだ。赤みがかった液体を嚥下すれば、ほどよい渋みとなめらかな甘さが身体の中にじわりと染み渡っていく。
それと同時に感じるのは、心地よい安堵感だ。

「…当然でしょ。私がここへ来たのは、紋章に導かれてきただけの事。
ちなみにルックと再会したのは、本当に偶然の偶然よ。でも再会できてよかったわ。久々に美味しい紅茶も飲めたことだしね♪」

「紋章に?いったい何のために?」

「よくわかんない。そこまできちんと説明してくれなかったし」

 そう言うと、ルックは心底呆れたと言わんばかりにため息をつく。

「相変わらずいい加減な紋章だね…」

「あはは……でも、何かあるのは確かよ。今までだって、ずっとそうだったから」

「脳天気なこと言ってる場合じゃないだろ?
紋章が使えなくなるなんて、普通じゃ考えられないことなんだよ?」

「う〜ん、それも多分紋章の思惑なんじゃないかなぁ……なんて」
 そう言葉を濁すに、ルックは苦笑いを浮かべずにはいられなかった。


 あれから15年も経ったというのに、彼女の本質は変わらない。
出たとこ勝負の本番体質。見てる方としては、心底危なっかしい未熟さの残る娘。
それでいて本番では、彼女の実力に誰もが驚かずにはいられない。
ただ明らかに攻撃のみにしか重点を置かない彼女には、必ず誰かが補助につかなければならなかったことも事実で。たいていその役目は、彼女に魔法を教えていたルックが担うことが常だった。


 懐かしいかつての思い出に浸り続けていられたら、どんなにいいだろう。

 それでも。いつまでも過去にしがみついているわけにはいかなくて。
 懐かしさを求める心の側面に深い鍵をかけて、現実へと向き直る。


「で。これからどうするつもりなんだい?」

「なんにも考えてない。」
 聞かれて、キッパリと言い切る

「聞いた僕が悪かったよ……」
 今更ながらに昔のことを思い出して、ルックは思わず米神をおさえた。


 あらゆる束縛から解放された存在であるは、自由奔放。
 言い換えてみればとことんルーズ、かつおおざっぱなのだ。
 そんな彼女が、今後のことを考えているはずもないのに。

「とりあえず、今日のところはもう遅いし、ここに泊まっていきなよ。
明日になったら、紋章も使えるようになってるかもしれないしね」

「ホントにいいの?ラッキー、助かるわ」

「そういえば、風の噂で君があのシスコン英雄と一緒に旅をしているらしいって聞いたけど、あれは本当なのかい?」

「し…、シスコン英雄……。確かに否定はしないけど……、そうよ。といろんなところをまわってきたわ。見聞の旅としては申し分ない15年間だった」

?まさか、グラスランドに伝わる“炎の英雄”のことですか?!」

「そうよ。そんでもって自称私の兄貴ね。多分何も言わないままで出てきたから、今頃私のこと血眼になって捜してるでしょうねぇ……」

「その意見に関しては、僕も同感だね」

「…一体どんな英雄ですか、それは……」

 何度かと会ったことのあるルックはともかく、さすがに“シスコン英雄”なんていきなし言われても想像できないわよね?
 まして、それがあの“炎の英雄”だというんだから。

「そのまんまの英雄よ。気にしなくてもいいわ」

「はあ……」


 イマイチ納得のいかないような顔をしてるアルベルトは、ともかく。

「そういえば、さっきのセラとユーバーだっけ? あの二人、まだ復活してこないね」

「今回はそんなに手加減してないからね。」
 先程から気になってたことをが訊くと、ルックはなんでもないことのようにあっさりと語る。


「…ほんと、いろんな意味で殺伐としてるわね」

「たいしたことないよ。デュナン戦争の時なんて、常にこんな感じだっただろ」

「そういう険悪な状態になるまで話をややこしくしてたのは、たいていルックだったわよね。そういえば」

「文句を言うなら、今どこにいるかもわからない小猿元軍主か、グラスランドに侵攻中のハルモニア軍を率いてるどこぞやの神官将に言いなさいよ」

 瞬間。はガタンと音を立てて立ち上がる。

「ハルモニアがグラスランドに侵攻?!何それ、そんな話知らないわよ!!」

「グラスランドにいたのに、なんでそのことを知らないのさ。」

「だって、ずっとチシャクランでサナと一緒に女同士の語らいをしてたんだもん。
そういう俗世の情報は一切入ってこなかったのよね、これが。
多分サナが、そういう余計な情報を私の耳に入れないようにしてたんだろうけど」

「…サナって確かシスコン英雄の恋人だったね。
全く、あの二人は揃いも揃って、馬鹿もいいところだよ」

 尤も。そう形容できる人間は、本拠地の中にかなり多かった。先程出した小猿も、軍主とハルモニアの神官将もまた、彼らと同じ馬鹿である。
 本当のところを言うと、かくいうルック本人もそれに近いものがあるわけだが。惚れた弱みというのはかくも恐ろしい。

「・・・・・・。」
二人のやり取りを見ながら、アルベルトが絶句していた。
それはまあ、仕方ないことだろう。
彼女たちの間では日常茶飯なことだが、彼の場合そういうわけにはいかない。
ま、それでもそのうち慣れるだろうが。


(さてさて、とりあえずはとっとと休むか。)

 炎の中をくぐり抜けたあの件で、実は結構消耗が激しい。いつもならそんなことはないのだが、身体はやはり休息を必要としているらしい。

「ねえ、ルック。私、結構疲れてるみたいなんで、部屋に行きたいんだけど」

「わかった。アルベルト、彼女を部屋に案内して」

「うわ、ルックが他人を顎で使ってる。」
 別に口にするのも面倒なくらい、いつものことなのだが。
しかしいつもと違うのが、文句も何も言わずに相手がそれに従うところ。
一体全体、どういう風の吹き回しなんだか。

「では、まいりましょう。私の後についてきて頂けますか?」
 言って颯爽と行ってしまうアルベルトの後を、は慌ててついていった。





 アルベルトとが去った後、部屋に残っているのはルック一人。
彼はテーブルの上で組み合わせた両手の上に、額をもたせかけた。
今はだいぶ短くなった髪が組んだ両手に触れていく。

「……、君が今僕のしていることを知ったら……、
一体、どんな反応をするんだろうね……」

 呟く彼の声は、ひどく弱々しいものだった。


 全てはもう、始まってしまった。
 運命の歯車を止められる者など、この世に存在しない。
 たとえ運命に抗う力を持つ異界の紋章を持つ者であろうとも。

 一度動き出してしまった運命を、止めることなど出来ない……。





*後書き・・・
・自己紹介といいつつ、アルベルトの名前を明かしただけ。
さんもアルベルトに対して名乗ってませんしね。
一体何のためにこの話を書いたのだろう。思わず自己嫌悪。
ま、とりあえず間章みたいな感じで読んで頂けると幸い。
微妙に伏線が張ってあったりして(笑)。