目の前は、何もない荒野だった。
吹き付ける風はとても強くて、前へ進むことすらままならない。かといって、このままここに居続けるわけにもいかなくて。私は、無心に足を前と進めていく。
かろうじて見える辺りの風景は、灰色一色で満ち溢れている。だけどそれは、きっと荒野だからだと思っていたのだ。荒野を抜けて、町に出ればきっと灰色一色の世界から逃げ出せる。
そう…、思っていた。
「何よ、これ…」
荒野を歩き続けてようやく抜けたら、一つの町に辿り着いた。
大きさからして、この辺りではわりと大きい町だと思う。
しかし。町中は灰色一色で統一され、灰色一色で世界が埋め尽くされていた。
人も動物も、生きとし生けるものの息吹が感じられない偽りの国。それは、まさしく死の国と呼ぶにふさわしい光景だ。
『これは世界の神々が望む終末。
一切が静寂と完全なる秩序の元にある、無の世界』
不意に脳裏に響いてきた声は、もういい加減に慣れてしまった声。
私をこの世界に召喚した張本人にして、この世界とは異なる秩序を統べる神。
真なる27の紋章が一つ、あらゆる解放の意志を司り、異界の理を統べる紋章。
「異界の紋章」たる存在の化身の声である。
「神々・・つまり紋章達が望む最終地点ってことか。
しっかし、なんでまたこんな陰気くさい世界を望むのかしらね。」
『お前とて知らぬわけではあるまい。神々の終末の存在を。』
「そりゃあ・・・一応はね・・・。」
神々の黄昏。
神々の終末。
世界が神々の手から、人の元へ渡されるその通過地点。
それは私の住む世界のなかでも、北欧と呼ばれる地域で昔信仰されてきた神々の話。
彼らはそれを「ラグナロク」と呼んだ。
だけど、こいつの言ってる神々の終末ってのは、それとは違う。
ラグナロクは、世界の運営を神から人へと渡すために起こる神々の最終戦争。
しかし紋章達の言う終末とは、あくまで自分たち(神々)の理想世界の創造であって、その中に人間は全く存在しない。
ま、無理もないか。
北欧神話は、あくまで人が書き出したもの。ゆえに人に焦点が定めて書かれた書物だ。対して紋章達の終末は、彼らが焦点となって定められたもの。
違うのは、「北欧神話」はあくまで人間が神から世界の覇権を譲られた事実のつじつま合わせに語られた御伽噺であり。紋章達の望む未来は、彼らがその気になれば、歴史そのものを変えてしまうことすら出来るがゆえに、近い未来にありえる真実であるという点。
『神とは根本的に世界の安定を願うモノ。それは人間やその他の生物よりも、より世界の根底に近しい者ゆえの考え方かもしれないがな』
「へえ、じゃああんたたちはなんのために人間を創り出したの?
なんのために生物たちを創り出したの?
いつか壊さなきゃならないモノなら、最初から創らなければいいでしょ」
『紋章達はどれほど強大な力を持とうとも、自分の肉体を持つことは許されない。
だからこそ、肉体となる依代が必要なのだよ』
「呆れた話ね。それだけのために、人は創られてきたなんて」
私は頭をわしわし掻きながら、心底イヤそうに呟く。
『彼らにしてみれば、この世に生まれてこれただけ感謝しろとのことだろうな。
そして、彼らの終末計画に最も関わる人物は、彼ら紋章と同意見を示し、やってはならない禁断の呪法に手を出した』
「禁断の呪法?」
私が問うと、紋章の化身たる青年はかすかに顔を歪めた。
『人の身でありながら、紋章の器となる逸材を創り上げる呪法のことだ。
現に円の紋章の継承者は、それを一度成功させている。』
その口調は、ものすごくイヤそうなモノだった。
彼にしてみても“禁断の呪法”は歓迎できるモノではないらしい。
「マジ……?
あ、でも円の紋章同化バージョンのヒクサクなら、やりかねないわね。
メチャクチャ性格悪そうだったし」
初対面で殺されかけたことは、15年以上経った今でも昨日のことのように思い出せる。
今に見てろ、円の紋章!!!ぜってえ、仕返ししちゃる!!!
『だがその結果が、今回の戦を引き起こした要因だ。
円の紋章とて、道に外れた行為は、あらたなる悲しみと憎しみしか生みはしないことを知らないわけでもないだろうに』
「今回の戦?もしかして、それと私が突然テレポートした事って関係あり?」
ふと思い当たって、私は紋章の化身たる青年に尋ねる。
すると彼は、ゆっくりと首を縦に振った。
『大ありだ。今はこれ以上言えぬがな、この先で起こるであろう大戦で未来の図が決まる。すなわち紋章が勝つか、それとも人が勝つか……』
そこまで言って、彼はふと言葉を切り。
私の瞳を真っ直ぐに見据える。
『。幾万とある数多くの世界の中から、俺が自身の器に足ると判断した人の子よ。お前はお前が正しいと信じる道を目指せばよい。紋章の意志も108星の意志も、いかなるものもお前を束縛することは出来ないのだから。
……そして、覚えておくがいい。
この世界を変えることができるのもまた、お前一人であり、お前の意志でそれは容易く行われるのだということを』
目を開けてみると、視界に入ってきたのはどこかの家の天井らしかった。
見覚えのない風景にビックリして、はベッドから飛び上がる。
しかし、その直後。猛烈な勢いで頭を襲ってきた激痛が、頭を刺激する。
「%#$◇○×〜っ!!!!」
たまらずは、頭を抱えてベッドに潜り込んだ。
「どうやら目が覚めたようですわね」
聞き慣れない女性の声。凛とした涼しげな声音は、綺麗なソプラノヴォイス。
頭を上げることが出来ないは、ほんの少し首を傾けてなんとか声の主の姿を目に収めることが出来た。
絹糸のように細い髪は、月の光を集めた白金色。瞳の色は、鮮やかな一対の青玉のごとし。まるで妖精か女神を思わせる、線の細い人間離れした美貌。清流のように静かな風情を持つ楚々たる美人だ。
なんせ、同性のでさえ、思わず見とれてしまったくらいなのだから。
「…私の顔に何か?」
いささか怒気のこもった女性の口調に、ようやく我に返る。
「あ、いえ。ただ綺麗だなぁ……って…。それよりも、ここは一体?」
「ここはルビークの村です。先ほどご自分がなさったことをお忘れで?」
つんけんとした険しい女性の表情に、いささかたじろぐ。
今までこんなに敵意丸出しの視線で見られたことはなかったのだ。
いや、正確にはなかったわけではない。同盟軍に所属していた頃、一部の女たちから妬みややっかみを受けていたことはある。しかし、真っ向から敵意をぶつけてくる人間は一人もいなかったのだ。
「えっと、私、何かしたんでしょうか?」
「・・・・・。」
とりあえず自分が何をしたか、まるで覚えていないのでその辺りのことを聞いてみる。と、無言の圧力が返ってくる。
(なんか、思いっきり嫌われてないか、私?!)
「ルビークの虫たちと貴女の召喚した異形のモノが対峙していたのですよ。
何があったのかは知りませんけれど、明らかに非は貴女にあるとみました。」
「む・・・虫!?」
サアーッとの顔色が真っ青になっていく。
しかし、彼女はそれを一瞥し、
「ルビークは虫兵を操る虫使いの村。どうして虫嫌いな人間がわざわざここまで来たのですか?
」
「・・・自分の意志で来たんじゃないんです・・・」
そう言うと、また女性が苦い顔つきをする。
だって本当なんだし、しょうがないじゃん。
「自分の意志でなくて、どうやって来たというんです?」
当然の事ながら、聞き返されて。
果たして真の紋章のことを話すべきか否か。いささか躊躇う。
しかし。そうするとますます怪しまれる羽目になる……。ムムム。
仕方なく、は口を開く。
「実はこう見えても、私、真の紋しょ…」
ヒュオォォォン!!!!
耳障りな音と共に、突然辺りがまばゆい金色の光に満たされる。
空間がねじ曲げられるような、歪みをきたしたようないびつな音と共に、膨大な魔力が周囲に満ち溢れていく。
思わずは、言葉を無くしていた。
「これは、まさか・・・!」
一方、女性の方には心当たりがあるのだろう。
形の綺麗な眉を思いっきりひそめて、嫌悪の表情を浮かべている。
その態度を見る限りでは、これから来るであろう何かは、彼女にとってあまり歓迎できるモノでもないらしい。
光はまるで水面のようなうねりを創り出す。
うねりは波紋となり、胎動する波紋に導かれるように、光の中から一人の人物が姿を現した。
現れたのは、目深に帽子を被る長身の男だった。
身に纏うのは、牧師にもよく似たデザインの黒い上下服だ。それこそ、一見すれば牧師にも見えなくもない格好ではあるものの、断じて彼は牧師ではない。
身に纏う異様な雰囲気。どれほど洗い落としても消えることのない、血臭と死臭。
は虫類を彷彿とさえる細長い瞳に睨まれれば、大抵の人間はその場に凍り付いてしまうに違いない。
「何をしに来たのですか?貴方にはまだ、やることが残っているはずですが?」
しかし、女性はひるむことなく、突然現れた男の目を見据えていた。
毅然とした立ち姿は、まるで戦いの女神を彷彿とさせる。
そんな彼女の姿を、は呆然と見つめていた。
「お前には関係のないことだ」
口元に余裕の笑みさえ浮かべて、黒ずくめの男が口を開く。
声域は低音域。腹の底に響いてくるような低さを持ちながら、時折甘さすら帯びる響きは独特としか言いようもない。
(……にしても。どこかで、聞いたことある、声よねぇ・・・・?)
は、数年前の記憶をたぐり寄せ、必死で心当たりを思い出そうとする。
一方の黒ずくめは、つかつかとベッドへ近づいてきたかと思うと、いきなりのかぶっていた布団を引きはがす。そして、状況に頭がついていけない少女を腕に抱き上げた。
自分の置かれた状況に気づいたのは、一瞬遅れてのこと。
「へ?ちょっと、なに?」
「ようやく見つけたぞ、。この世でただ唯一、俺の心の渇きを癒すことの出来る女…、俺の念願を叶える術を持つ唯一の存在を」
(待てよ。このわけわからん台詞は、確か……)
思い立ったが吉日と、は黒ずくめの男のかぶる帽子を無理に引き剥がす。
すると、思った通り。帽子の中から現れたのは、抜き身の刃の如く、鋭い輝きを宿した左右色違いのオッドアイだ。片目はハ虫類のように細い眼孔、もう片方の目は血色の瞳。絹糸のように滑らかな長髪は、まばゆい金色。以前は無造作に下ろされていた髪は、誰が結んだのか、キチンとした編み目を見せる一本のお下げが彼の背に触れていた。
間違いない。見た目はちょっと変わってるが、見た目も中身も間違いなく……。
「あんた、ユーバーッ?!なんでこんなとこにいんのよ!!!!!」
「それは俺が聞きたい。だが、俺としては好都合。捜す手間が省けた」
「…また、アレですか?世界を破壊する手伝いをしろとか、そう言うの?」
はうんざりした口調で、ユーバーに聞き返す。
とユーバーが出会ったのは、先のデュナン戦争の時。
グリンヒル奪回のために町へ潜入した時、彼との出会ったのだ。
なんでも自分の心の渇きを癒すために、混沌がどうのことのとか言ってたユーバーの台詞、はほとんど覚えていなかったりする。
(思えば、こいつもつくづく変なやつだよね。美形なのに、勿体ない・・・)
「世界の秩序が大きく変われば、闘争と混乱が起こる。
流れる多くの血は俺の心を癒してくれる。
お前さえいれば、俺の望む混沌はいつでも起こせる」
「って、ちょっと待ちなさい!あんた、一体どこに行く気?!」
自分を担いだまま、いきなりテレポートを唱え始めるユーバーに、はじたばた暴れ出す。
このまま連れて行かれた日には、絶対ろくな事にならない。(断言)
「グラスランドとゼクセン、そしてハルモニアにちょっかいをかけに行く。あいつがさんざんその中を引っかき回してくれたおかげで、近々戦争が始まるからな」
面白いことになる、とユーバーはくつくつと喉の奥で笑う。
阿呆なこと言ってんじゃない、この戦争大好き男がぁっ!!!
*後書き・・・
・セラとユーバーが登場です。
できるだけ原作に忠実な二人にする予定だったのですが、玉砕。
相変わらず微妙な二人組です。
というよりもシリアス書けないんですね、私が。