春も終わりに近づき、南方からの温かい風にやがて来る夏が穏やかではない事を
予感させる。
そんな中を薄紫の花房で飾られた軒が静々と進んでいた。

本来、王家にしか許されない「紫」
それを飾ることを許される意味はその軒の主が王家に連なる者である事を示す。

花の名は「藤」
現王の治世より数代前に臣籍に下った元王族「藤家」を表す。




花房の姫




人の通りも疎らな昼下がりの街を緩やかに進んでいた軒が突然に馬がいななき動
きを止めた。
反動でガタリと軒が大きく傾ぐ。

「何事です!」と軒の中から年嵩の女性の声が声高に御者に向けられる。
答えるよりも先に前方より子供の激しい泣き声が響いてきた。
遅れてしどろもどろに御者が「こ子供がき急に飛び出してき・・・」と言うや軒の戸が開き
中から若い女性が滑るように子供の方へ足早に近づいて行き衣が汚れることも気
にとめず屈みこむ。


流れるような漆黒の髪を数多の宝玉で飾り、繊細な刺繍の施された衣の色は花と
同じ薄紫。
そして飾られた宝玉に劣らぬ美しい容貌のその女性こそ軒の主、藤家の姫
ある。


幸いに軒との接触はなかったものの驚いて転んでしまったようで
地に伏したままの子供ー少年を抱き起こしそっと抱き起こし顔を覗き込んだ。

少年は目の前に現れた女性に一瞬泣くのを止め瞬きを繰り返していると
優しげな声音で「大丈夫ですか?何処か痛むところは御座いますか?」と尋ねら
れた。
ふと痛みを思い出したようにまたしゃくりを上げながら指し示した膝を見ると擦
り剥いてうっすら血が滲んでいた。

まるで自分が怪我を負ったように眉根を寄せ「痛い思いをさせてごめんなさい。
」と
涙を拭いながらおもむろに怪我を負った膝に手をかざす。

姫様!なりませんそのように軽々しくお力を!」
後ろから遅れて降りてきた年嵩の侍女が慌てたように叫ぶのを自分の唇に人差し
指を立てて静止すると
再び手をかざし「痛いの痛いの遠いお山の向こうに飛んでお行きなさ〜い。」と
歌うように唱える。

誰かが聞いていたらそんな子供だましの台詞と嘲笑されたかもしれない。
が、かざした手が微かに光をおびたかと思うと次の瞬間には擦り傷が消えていた。
少年は自分の膝と女性を交互に見かえし目を丸くする。
「ほら、もう痛くはありませんでしょう?」と頭を撫でると少年が笑顔で頷いた。
お家まで送りましょうか?と問うと少年は首を横に振って
「俺、秀麗師に梅を届けに行くところだったんだ」
と転んでもなお大事に放さなかった包みを見せた。

この国では女性の地位は決して高いものではない
それは彩七家や元王族である藤家においても言えることであるが
明らかに女性の名であるが師と呼ばれることに興味を引かれ
「秀麗・・・師?」と聞き返すと少年は嬉しそうな面持ちで「ほら!あそこの邸だよ」と指差す。
少年の指差す方に目を向けると、所々崩れ落ちている門から丁度人影が出てくるところだった。


あとがき
葵祭の斎宮のようなイメージでしたが上手く書ききれなかった感が。
次の方宜しくお願い致します。




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