■儚い春の夢
それはもう、気の遠くなるような過去の日。
周りの者たちに内緒で夜桜を見に行った日のこと。
夜の闇に照らされて輝く無数の花吹雪。白と黒の織りなす対照的な幻想風景の中。
銀色の輝きを帯びて風景の一部分となっていた彼女。
月の光の中、舞い散る花びらと共に舞っていたその姿は、まるで月の精霊のようで。
美しく、そして儚い雰囲気すら漂わせていた。
そのまま闇に溶けてしまいそうな風情だった彼女を、気づけば腕の中に閉じこめていた。
どこにも行ってほしくなかったから。
たとえ俺の望む存在に彼女がなれなくとも。
共に時を過ごせるだけで良かった・・・。
消えてしまえばそれも叶わないから。
誰よりも自由の似合う彼女を自分のもとに閉じこめてしまいたかった。
その願いは、叶うことがないと知っていたけれど…。
炎の一族の長が住まうリーヴェルレーヴ城からそう離れていない小高い丘には、何十本もの桜の木が群存していて、春になると桜が咲き誇り、一面桜色に染まるそうである。
レヴィローズの主であるジャスティーンは、それを見に行きたいと駄々をこねたが、番人の許可を得られなかったためにその望みを断念せざるを得なかったらしい。
そう話す俺の主、=ローレアナ=サルジェリィはひどく嬉しそうな表情を浮かべていた。
深い海色を宿した群青色の瞳には、なぜか愉悦の光さえ見てとれる。
「…また良からぬ事でも考えているんじゃないのか、」
俺が念のために聞いてみると、彼女は頬をふくらませて見せた。
「失礼なこと言わないでよね、私はただ夜桜見物に行きたいだけよ」
そして、不意に目元を和ませる。
「昔、一度だけ一緒に行ったわよね。神殿をこっそり抜け出して…。覚えてる?」
「忘れるはずがないだろう」
「そう…、ずっと覚えててくれたんだ…」
「……」
俺は何も言えずに視線をから逸らす。
と、彼女はにんまりと笑みを浮かべて、俺の視線を無理矢理自分の方へ向けた。
「照れてるでしょ、ソール」
「誰も照れてなどいない」
「ま、そういうことにしておいてあげる。それよりも、今日の夜、夜桜を見に行かない?」
「止めても行くんだろう」
の桜好きは今に始まったことではない。
俺が肩をすくめると、彼女は俺に飛びついてきた。
「さすがによくわかってるわね。じゃ、約束よ」
は嬉しそうに微笑む。身に纏う服は貴族達の好んで着るドレスではなく、なんの飾り気もない巫女装束。それなのに彼女はとても美しい。飾られた美しさではない、ありのままの美しさ。どこまでも清らかな存在である彼女は、その身に太古の自然そのものを感じさせる。
大いなる風の申し子にして、原初の女神に選ばれた聖女。
本来ならばこの時代に存在するはずのない、昔の時間軸に生きる娘。
二度と相見えることはないとすら思った彼女に出会えたのは、運命の悪戯か。
それとも、俺に対する原初の女神の謝罪の意の表れなのだろうか。
俺が長い間生きてきた中でただ一人「主」にと望んだ少女、。
だが彼女は、最終的に原初の女神を選んだ。そしてその短い一生を神に捧げ、命すらも彼女に捧げた。それを知った時の激しい怒りはまだ、俺の心の奥底に残っている。
それでも。
今は、もうどうでもいい。
時間を歪めての出会いではあるけれど。
彼女と再び出会えたから。
一度は破れた想いを彼女は受け入れてくれたから。
「やっぱり桜は、いつの時代も綺麗ねぇ…」
その日の夜半頃。俺とは城を抜け出して、桜が群生しているという丘へとやって来た。
城は番人の力で夜の出入りを一切封じられているとはいえ、俺との力を持ってすれば封印を破ることも、そこから抜け出すことも造作ない。
「前もこんなふうに満月だったな」
「ええ。とても綺麗な朧満月だったわ」
お互いに昔の思い出に耽っていると、風が吹き付けてきた。
風に乗って桜の花びらは一斉に舞い散る。夜の闇と舞い散る花びらは、いつ見ても幻想的で美しい。そこに一抹の儚さを秘めていることも、また事実だが。
俺は隣に佇むに視線を向ける。
彼女の長い髪が風に舞い、黒と白のコントラストに彩りを加えていた。
月の柔らかな光に照らし出されるの姿は、儚く美しい。髪を手で掻き上げるその仕草すら、ひどく艶めかしく感じられる。
「…」
知らぬうちに言葉が口をついて出ていた。
名前を呼ばれた彼女は、何の気なしにこちらを振り返る。
「何、ソール?」
俺は答えないままにの唇に口づけた。
唇を離すと驚いたような表情の彼女の顔がすぐ側に見える。
しかしすぐに、彼女はふんわりと微笑んだ。
そして俺の首に腕を回してきたかと思うと、彼女はかすめるようなキスをしてきた。
「…これでおあいこでしょ?」
そう言っては俺から離れると、花びらの舞うその中で舞を踊り出す。
それはまるで一枚の絵のような光景だった。
闇の中で舞い散る白い桜吹雪と蝶のように舞う少女。
俺は知らぬうちに唇を手で押さえていた。
ほんのわずかな間とはいえ、彼女の唇に触れたそれを。
春の宵闇。淡い月の中で踊る少女を見つめながら、今の光景を夢かとすら思う。
愛しい少女がすぐそばにいて。その気になればいつでも彼女をこの腕に抱き留められる。
少女の耳には俺の本体である耳飾りが煌めいていた。
その瞬間を幾度となく夢見たか知らない。
だが夢はすぐに覚めるもの。
所詮は儚い一時の幻に過ぎない。
そうでないことを確かめたくて、俺はを後ろから抱きしめた。
彼女は何も言わずに俺の方へ身体を預ける。
腕の中にある彼女のぬくもりは、けして幻などではない。
*後書き・・・
・ドリーム…なのか?
視点は風の王子ことソールです。
彼のイメージが狂ったという方、おそらく大勢いらっしゃるでしょう。
ごめんなさい。でも、管理人の一押しは彼なんです。いえホント。
愛故に突っ走った結果かしら?
何はともあれ。読んで下さった方に心から感謝です!!