■ Magician of Night〜After



「ジャスティーンの手前、とりあえずはおとなしく逃がしてあげたけどね。あのときは。
だけど、もとより私が許すと思って?
お前たちがしたことは、私たちに対する宣戦布告以外の何者でもないのだから」

 属性を持たぬ魔術師たちが作った異空間に、突如として風が吹き荒れる。
魔術で無理に繋げた異空間は自然には存在しえない場所。ゆえに世界を形取る四大元素の力はおよばない。

 異空間には、何も存在しない。
 何者かがそれを故意に作り出さない限りは。


「な、何者だ!!」
 風の一族の末裔でありながら、すでに属性を失った魔術師たち。
突如として異空間に響いた声は、彼らの知る風使いーーエレクラのものではなかった。
魔術師としての才能・実力だけなら大人にもひけを取らないだろうが、彼女はまだ幼い子供なのである。だが異空間に響き渡った声は、明らかに子供のものではなかった。


 彼らは最初、それをエレクラの取り巻きの者だと考えた。
先祖返りと称されるだけの力を持つ彼女は、同じようにあちこちに散らばった風の力を使う魔術師たちを何人も傍に置いていた。その中には大人の女性もいる可能性はある。

 しかし。
 次の瞬間、彼らは自分たちの考えが間違いであったと気づく。


「てめぇら、よくも俺の作った泉を汚しやがったな!!
このまま黙って帰してやると思ったら大間違いだぞ!!」

 子供特有の甲高い声がしたかと思うと、次の瞬間には一人の少年が虚空に佇んでいた。
綺麗な銀色の髪をした可愛らしい少年だったが、その顔は怒りに歪められている。それとは対照的に、彼の特徴ある双眸は煌々とまばゆい輝きを放っていた。躍動する生命力を象徴するかのように燦然と輝くその瞳の前には、どれほどの極上の青玉であろうとも霞んで見えることだろう。
 人にあらざる瞳を持つ彼は、ジェリーブルーと呼ばれる水の精霊である。

 もっとも。
 属性を毛嫌いする彼らは、属性の魔術を使う一族とは異なる世界で生きていたから、宝玉をみたことのある者は一人もいなかった。ゆえに彼が宝玉であると気づいた者が果たしていたのかどうか、はなはだ疑問の残るところである。

「おチビちゃんの言う通りだよ。一応忠告したとはいえ、さすがに君たちがやろうとしていたことはあまりに見過ごしがたいからね。それ相応にお仕置きが必要だろう?」

 相変わらず穏やかな笑顔を浮かべたままで、魔術師たちの行く先を遮るかのように姿を現したのは、緑柱石を思わせる双眸が美しい、大地と同じ色の髪をもつ青年だ。
 先ほど魔術師たちに祭壇が崩れると忠告し、祭壇を形成していた地の魔術を解き放った張本人である大地の精霊にして地の宝玉――グレデュースである。

「宝玉の存在は、世界を創った原初の女神の意志にして輝かしい所業。
その秩序を打ち砕くことは、すなわち原初の女神に対する反逆の意志有りと見なすわよ。
原初の女神に代わって“大いなる風の申し子”たるこの私が、あなた達に相応の裁きを与えてあげるから、覚悟するがいいわ!!!」

 そして吹き荒れる風に導かれるように現れたのは、月の光を集めたような輝きを放つ銀色の髪の少女だ。瞳に宿る色彩は、闇をも魅了する輝きを宿す深い群青色。双眸に宿る強い光は、彼女の怒りを露わにしていた。彼女の耳元には、ブルートパーズの輝きを放つ一対のイヤリングがつけられている。


「それは、シルフソード?! なぜお前がそれを持っている!!!」
 次々と出てきた珍客たちに驚いていた魔術師の一人が、の耳元を飾るイヤリングに気が付き、驚愕の声をあげる。魂を持たぬ新たな宝玉を作り上げるという世にも馬鹿げたーー本人たちは大まじめだったがーー計画が失敗に終わった時点で、シルフソードはすでに彼らの手から離れていた。
 おそらくはジャスティーンたちの手元へと戻ったのだ、と彼らは勝手に思いこんでいたから、それがの手元にあることで驚いたのである。

「決まってるじゃない。シルフソードの主はこの私だもの」
 今更何を、と言ったふうにあっさりと答えたの耳元にあるシルフソードが燦然と煌めきを放つ。すると彼女を取り巻く風はより強さを増し、虚空で火花を散らす。

 風と共に導かれるそれは、の手の上で徐々に力を増しつつあった。彼女の力で導かれるであろうその力が圧倒的な強さを誇るものとわかりながらも、完全にその正体がわからないがゆえに、魔術師たちは一歩また一歩と後退る。

「あんたたちみたいに宝玉の価値もわからない馬鹿どもが、二度と同じ過ちを繰り返さないようにここへ来たのよ。自分たちが属性の魔術を使えないからって、逆恨みするなんて愚か者以外の何者でもないわ。
そして何より、あんたたちはジェリーブルーの作った泉を歪めた。
シルフソードの命を縮めようとした。
これはジェリーブルーとシルフソード、シルフソードの主である私に対する宣戦布告以外の何者でもないわ。よって……」

「宣戦布告された以上、お前らをこのまま無傷で帰すわけにはいかないんだよ!!」
 怒鳴るスノゥの両手にまばゆい光が生まれる。

「ま、これで懲りるような君たちじゃないと思うけどね。
少しくらいは懲りればいいな、と俺は思うわけだよ」
 そう言って穏やかに笑うグレイの足下から、圧倒的な力の奔流が沸き上がっていた。



 魔術師たちには、たちが使おうとしている魔術が桁外れに大きなものだ、ということだけは理解できた。そのため彼らは必死に逃げようとする。

「勿論、逃がさないよ」

 グレイが言葉を発する、ただそれだけで異空間が大きく外界から引き離された。


「なっ、何をするつもりだ?!」
 魔術師達の一人が声を荒げた。

 しかし、その返答は、愉悦の色さえ浮かぶ笑顔付きで戻ってきた。

「決まってるじゃない。悪いことをした人には、お・し・お・き・よ?!」

 の手の中へ風と共に導かれていた力が、ついにその姿を現世に現す。
 大気を震わせて放電する、まばゆい純白の閃光。
 ある一説には、“神の槌”とすら謳われる天が与える破壊の力だ。

「さあ、スノゥ。準備はいい?」
「ああ、いつでもOKだぜ!!」


 の手には、大気中で常に放電を繰り返す雷の力が。
 スノゥの手には、絶えず異なる煌めきを放つ水の力が。

 その二つの相反する力は、二人の術者の意志によって融合し、うねりたゆたい一つの形を作っていく。彼らが生み出した力は、たちまち九本の鎌首をもたげた龍を形取った。
 共に最強クラスの術者によって作り上げられた水龍が、怯える魔術師たちへ敵意のこもった眼差しを送る。かりそめの命を与えられただけの存在でありながら、水龍の瞳には知性の光すら宿っていた。

「ひっ、ひいいぃぃっ!!!」
 魔術師たちは苦し紛れに自身のありったけの魔力を水龍に叩きつけるが、それが水龍に届くよりも先にそれの全身を覆っている雷の鎧によって、あっさりと無効化される。
自身の魔術が全く通用しないことを知った魔術師達は、すっかり腰が退けてしまい、その場へへたり込んだ。
 そんな彼らの姿を、グレイはちゃっかりと傍観していたりする。

 そしていつの間に姿を現したのか、ソールもまた冷ややかな眼差しでその光景を傍観していた。ついでにいささか剣呑な視線をスノゥの方へ送っていたのだが、そのことに視線を向けられた本人は気づいていない。気づいたのは、多分グレイだけだったろう。


「「いっけぇっ!!!」」

 そして。
 二人のかけ声と共に、龍の九つの首が魔術師たちへ一斉に牙をむいた。


「ぎゃああああああっっ!!」


 異空間の中を雷鳴と轟音、吹雪が吹き荒れる。



 そしてその後、残されたのはパチパチと電気を纏った無数の氷柱と、気を失った大勢の魔術師たちが倒れ伏す姿だけだったという…。




 結局。今回と宝玉泥棒の件を合わせて二回も盗難の危機にあったシルフソードは、大気の泉ごと炎の番人ヴィラーネの管理下へ置かれることになった。

 ……というのは、あくまで建前で。
ここでようやくシルフソードは、ヴィラーネの承認も得た上で、という正式な主を得るに至ったのである。

 本来なら宝玉と選ばれた魔術師の間に交わされた契約をもとに、主従関係に至るのだが、彼らの場合あまりにも特殊なケースだったため、あくまで“仮の契約”であったのだ。風の一族が離散している今、シルフソードの主が現れたと世間に知られればとんでもないことが起こるだろう。それに、は確かに宝玉の主にふさわしいだけの魔力は兼ね備えているが、本来この時間軸にいてはいけない存在なのである。
 ゆえにこのことを知っているのは、ヴィラーネを初めとするジャスティーンたちリーヴェルレーヴ城の住人とレヴィローズ、ジェリーブルー、グレデュースといった宝玉たちのみだけだ。

 ちなみに蛇足ながら付け加えれば、今までに盗難にあったシルフソードというのは、実のことを言えば、シルフソードとグレデュースの協力を得て、とシャトーの二人がかりで作り出した“ダミー”だったりする。
勿論、ジャスティーンもダリィもその事実は知らない。知らせようものなら大変なことになるのが目に見えているので、彼らはけして事実を語らない。



 ジャスティーンとダリィが、水の伯爵の所へ事件の顛末を話に行った日。
とソールは、リーヴェルレーヴ城の屋根の上で向かい合って話し合いをしていた。

 …いや。話し合いというよりも、どちらかと言えばが責められている状況だろうか。

「…全く、揃いも揃って馬鹿なことを」
 心底機嫌の悪そうな表情のままで、ソールが呟く。
先日のおしおき事件について、彼はあまりいい印象を抱いていない。
どころか、明らかに呆れ果てている状況だった。

「う〜ん…。今回ばかりは、貴方の方が正しいと思うわ」
 は決まり悪そうに、ソールから極力視線を外した。
そして気づけば、は無意識のうちに耳に下げたイヤリングに指を触れていた。
最近、こうして無意識にイヤリングに指を触れるのが、彼女の癖だ。

 それを苦笑しながら見つめ、ソールはそむけられた彼女の顔を自分の方へ向かせる。

「本当にそう思っているなら、俺の目を見てキチンと話せ」

「なら貴方も何を怒ってるのか、キチンと話しなさいよね。確かに大人気ないことをした自覚はあるけど、貴方を怒らせるようなことをした覚えはないもの」

「……怒ってなどいない」
 しばしの沈黙の後に返ってきた答えは、の機嫌を損ねるに充分なものだった。

「嘘つき。怒ってないのに、そんな顔するやつがいるわけないでしょ!!」

「……」
 不満を漏らすを真っ直ぐに見つめながら、ソールはひそかに心中で呟く。

(お前がジェリーブルーと“協力攻撃”をしたことに腹を立ててるなんて、死んでも言えるか。)

 だんまりを決め込みながら、彼は己の独占欲の強さに呆れていた。

 …それでも。自分でもどうしようもないくらいに、が大切で仕方がないのだ。

 勿論そんなこと、口が裂けても言わない。
 否、言えない。


 ソールはだんまりを決め込んだまま。
の方も彼が口を開くまでは、意地でも口を開かないつもりだった。

 ひたすらに沈黙だけが支配する、そんな膠着状態がいつまでも続くかと思われたのだが。



「いけないな、シルフソード。主の言うことは素直に聞くものだよ?」


 神出鬼没の代名詞といってもおかしくない、大地の精霊王。恵みの大地を象徴する黒褐色の髪と鮮やかな新緑を思わせる碧の双眸を持つ青年は、前触れもなく唐突に現れた。
 穏やかな笑みを浮かべたその様子は、好青年ととれなくもないが、実際にはとんでもない食わせ物だったりするから油断できない。

 そして何より。違う属性を持つ宝玉同士の相性は、水と油。とことんよろしくない。
 現にグレイの姿を認めたソールの機嫌は、一気に急降下していた。彼を取り巻く風は、穏やかとはかけ離れた荒れ狂う嵐のそれと同じくらいに激しい。

「何をしに来た、グレデュース」
 だがグレイは、ソールの不機嫌を気にしている様子はない。

「君が答えない代わりに、俺がに君の怒りの原因を教えてあげようと思ってね」

「いらんことをするな。とっとと帰れ」
 ニコニコと笑顔を浮かべるグレイに対して、ソールは実に素っ気なく言い放つ。
 だが、はそんなソールを後ろへ下がらせて、グレイに向き直った。

「グレデュース、説明して頂戴。
ソールは一向に喋る気がないみたいだし、このままじゃ埒があかないわ」

!!」

「君は少し黙っててくれないか、シルフソード。彼が怒っている理由は至極簡単だよ、。シルフソードは、ただ単にジェリーブルーのおちびちゃんに焼き餅を焼いてるだけだよ」

「ヤキモチ?なんでまた?」
 全くワケがわからない、と首を傾げる
 一方のソールはと言えば、苦虫を噛み潰したような表情をしている。

 そんな二人を見て、クスリと笑みを浮かべたグレイは、
「つまりだ。この間のお仕置き事件の時に、はおちびちゃんと一緒に協力魔法を使っただろう?彼はあれを見て、拗ねてるんだよ」

「……ソール、それは本当なの?!」
 驚いて目を見開いたは、ソールに詰め寄った。
彼は黙ってグレイを睨みつけていたが、結局観念したのか肩をすくめて
「……そうだ」
と白状した。

 はそんな彼をマジマジと見つめていたが、不意に笑い出した。
ソールはさらに表情を歪めて、その場から離れようとする。

 が。

 に腕を掴まれたために、その行動は無へと帰すことになる。

「話はもう終わっただろう。その手を離せ、
「イヤよ。まだ話は終わってないもの」
「ならさっさと済ませろ」
「そんなに拗ねなくたって、いいじゃない?」
 は不機嫌ここに極まれりといった表情のソールへ笑いかけ。彼の頬へと手を伸ばした。

「すごく、嬉しいわ。貴方がヤキモチ焼いてくれてたなんて」

「……」
 の言葉に一瞬頬を染めるが、
ソールはすぐに決まり悪そうにあさっての方を向く。
彼女は、そんな彼の行動を微笑ましく見つめていた。

「ねえ、ソール。ちゃんと私の方を向いて」
 ハッキリとそう求められて、ソールは仕方なくの方へと視線を戻し…。
気づけば、かすめるようなキスを唇にもらっていた。

……」
呆然として視線を合わせてくるソールに、は何も言わぬまま、優しく微笑んだ。

「ありがとう、ソール。それから……」

 大好きよ。

 続く言葉は、上から降ってきた優しいキスで遮られた。





「全く、世話が焼ける二人だね……」
 現れた時と同じように音もなく姿を消したグレイは、苦笑いを浮かべた。

(でも…、彼の気持ちもわからないでもないかな……)

 自分の気持ちを素直に伝えるというのは、なかなかどうして難しいものであるから。
 その相手を大切に思っていれば思っているだけ余計に。
 自分の全てをさらけ出すというのは、勇気のいることなのだ。


 そんなことを考えていると、不意に空間が開ける。
考えことをしているうちに目的地へ着いたらしい。

 ゆっくりと目を開けば、ニッコリと微笑んだ彼の主の姿が目に入った。
背を流れる二本のおさげは漆黒の闇色。黒水晶を思わせる双眸は、闇すら魅了する輝きを宿している。可憐なカスミソウを彷彿とさせる印象を持つ少女だ。
 彼女は突然の訪問者に驚くこともなく、穏やかな聖母の笑みを浮かべたままに彼へ手を差し伸べる。

「おかえりなさい、グレイ」

 彼はその細い手を手に取ると、そっと彼女の手の甲へ口づけた。

「ただいま、俺の愛しい主様…」


*後書き・・・
・11月に発売した「夜の魔術師」のサイドストーリー的なドリームです。
最初は属性無しの魔術師へお仕置きするだけの話だったのに、
気づけばワケワカメな展開になっておりました。
さりげなくいいとこもっていきますね、グレイさん。
そんでもっておまけに、グレデュース編のヒロインまで出てます。
彼にもシルフソード同様、大切な人がいるんですよという提示のはずが。
完全に彼らの世界に入って終わりましたね。はっはっは。(汗)
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