■過去の贖罪



 あれから、もう3年も経ったというのに…。
 彼らの懇願するような声は、まだ鮮明に思い出すことが出来る。

 どうか…どうか、を守って、グレデュース!!

 そして逝ってしまった、二人の人間。
 俺が大事に想う少女の実の両親…。

 彼らが死んだのは、他ならぬ俺のせいだ。
 だけど、彼らの死を俺はまだ、に告げていない。

 怖かった。
 がそれを聞いて、俺との契約を解消したいと言い出すのではないかと。


 だから。
 俺はまだ、彼女に嘘をついたまま…。





 の母方の祖父にあたるローレンツォ=レスカエレンは、地の一族に連なる血筋の持ち主である。そうは言っても、分家のなかの分家。ほとんど魔力も使えない家系だったが故に、魔術師たちとの交流はほぼ皆無だったという。

 そんな彼は他の魔術師達と違って、俺に必要以上の執着を見せない。
しいていうなら、彼の娘と娘婿の形見。もしくはの護衛役程度の関心。さもなくば、茶飲み友達程度の認識しかなかった。

 それがひどく心地よかった。
必要以上に執着されないことが、こんなにも楽なことだとは思わなかった。

 そんなわけで、俺はローレンツォにもそこそこの好意は抱いていた。
時々なら。年寄りのお茶に付き合うのも悪くはない。




「おまえさんは、まだルーナ達のことをに話してはいないのか」
 こんなことを唐突に言われたのは、いつものようにお茶に誘われた矢先だった。
一瞬、何を言われたのかわからなかったが、すぐにそれがの両親の死についてのことだとわかった。

「もうも16。話しても大丈夫な年頃だろうに。おまえさんとて、あの子がある程度の年齢になったら話すつもりだったんじゃろう?」

「うん、まあ・・・。そのつもりだったんだけどね」
 彼の疑問は当然のものだ。
が両親と別れてこの家へ引き取られてきたのは、13才の時。さすがにこの年で両親の死を知るのは気の毒だろうと、彼女にある程度の分別がつけられる年頃までそのことは内緒にしておくことにした。



 だけど…。

 時が経つたびに大きくなる一つの不安。と契約を交わして、その不安はさらに深まる。
彼女はまだ、両親の死を知らない。両親の死を招いた原因が俺にあることを知らない。


 もし、彼女がそれを知った時。彼女はどんな反応をするだろう。

 きっと怒るはずだ。

 そして、きっと………。契約を解消すると言い出すに決まっているのだから。

 一度契約を解消してしまえば、二度とと契約は交わせない。
それはけして曲げることの出来ない絶対の真理。



「なら、何故に話してやらない?あの子もあの子なりに気にしているはずじゃぞ」

「わかってる…。だけど……」
 俺はローレンツォから視線を逸らし、テーブルの上にそれを落とした。

 拒まれるのが怖い。
 嫌われてしまうことが怖い。
 あの笑顔がもう二度と俺のものにならないと思うだけで、いてもたってもいられない。

「怖いんだよ。そのことを知ったがどんな反応をするかが。契約を解消したいと言い出すのではないかと思うと,どうしても言い出せない…」

「宝玉はけして人を愛することはない。噂にはそう聞いていたが、どうもおまえさんだけにはそれは当てはまらないようだな。」
 驚いたように目を見張り、それでも表情をほとんど動かさない老人に、俺は軽く微笑んで見せた。

「それは間違いだ。俺を含む宝玉たちは、人を愛さないワケじゃない。ただ人と俺たちとでは、愛し方が違うだけで」



 人は多くの愛情を様々に使い分ける。

 親子の愛情。友人を大切に思う愛情。
 己の主に対する忠誠に含まれる愛情。
 敬愛、憧れといった尊敬の愛情と。
 生涯の伴侶に対する深い愛情。


 俺たち宝玉には、それがない。

 ただ気に入った相手だけを、一身に深く愛する。
 それは人の持つ愛情と似ているようで、全く違う。


「正直、に嫌われてしまったらどうしたらよいかわからない」
 俺の言葉に、ローレンツォはかすかに目元をほころばせた。

「よほどうちの孫が気に入ったらしいな」

「長い間、魔術師達に囲まれていたからね。宝玉の為ならどれほどの外道な手段も厭わない腹黒い連中ばかり見てきた俺には、は天使に見えるよ」
 わずかに茶目っ気を出してそんなことを言ってみる。

 と言っても、あながち嘘でもない。
 魔術師に腹黒い連中が多いのは事実だし、汚れのない無垢な心を持つはまさに、天使そのものだ。

 そして彼も同意見だったらしく、深く相槌を打ってきた。

「全くだ。魔術師には、親子の情も家族の情もまるでない。
罪を犯す免罪符として、おまえさんたち宝玉を利用しているようにすら見える。
あの世界しか知らない人間は、それが当たり前なのだろうが、儂のように外の世界で生活を営んできた人間にとっては異常としか言いようがない。
しかし、そう思うとおまえさんもなかなか苦労してきたんじゃろうな。
今なお魔術師連中に追われておるんじゃろ?」

「まあね」

 俺が地の一族のもとを離れて随分経つというのに、彼らは未だに俺の行方を捜している。
宝玉は一族の繁栄を担う重要なキーアイテム。その一族の担う宝玉が強ければ強いほど、それは一族の繁栄に繋がる。逆に宝玉を失えば、その一族は滅びていくことを余儀なくされる。

 現にかつては他の一族同様の繁栄を誇っていた風の一族も、今はない。
彼らの抱く宝玉シルフソードが、彼らの手から離れたせいで滅びてしまったのだ。
だからこそ、彼らはやっきになって俺を捜そうとする。



 時折思う。

 もしも魔術界に宝玉が存在していなければ、どうなっていただろう…と。
そうすれば、魔術師達はあんなことをするようなに人間ではなかったろうか。
そして、俺さえいなければの両親が殺されることもなかったはずだ。



「ローレンツォ。もしも、俺がこの世に存在していなかったら、の運命があれほどめまぐるしく回るはずはなかった。俺は、存在しない方がよかったんだろうか…」


 ローレンツォの顔が驚愕にこわばる。
いつもはわずかに細められている瞳が、大きく見開かれていた。

「な…、にを……」



「お祖父様、お茶が入りましたから持ってきました」
 ガチャリと音を立てて開く扉の後ろから、一人の少女が姿を見せる。
漆黒の長い髪は二つに編まれて背中を流れていく。汚れのない瞳に宿る色彩は、闇色の輝きを放つ黒真珠のそれだ。清楚な印象を受ける、可憐なかすみ草のような儚い少女―――
会ったその瞬間から今なお俺の心を捕らえ続ける、たった一人の少女。

「おお、すまぬな。

「今日はお祖父様がお好きなアッサムにしてみました。
今がちょうど時期らしくて、わりと手頃な値段で手に入るものですから」

 ニッコリと微笑む孫娘の姿を見て、たちまち相好を崩すローレンツォ。

 まぁ…無理もないけどね……。

 お世辞抜きには可愛い。まして彼にとって、彼女は愛娘の残した唯一の忘れ形見だ。
目に入れても痛くないほどに可愛がりたくなるのも無理はない。


「あ…、俺の分のお茶は?」
 ローレンツォにだけお茶を出して、さっさと台所に引っ込んでしまうを引き留める。
すると、彼女はニッコリと微笑んで言ったのだ。

「今日は私に付き合って下さい、グレイさん」
 かすかに目元が笑っていない気がしないでもなかったが、もとよりは俺の主である。
彼女の頼みを俺が断れるはずもなく……。





 俺はの後について、彼女の部屋に入った。
は持ってきたお茶とクッキーを机の上に置くと、唐突に俺に向き直る。

「馬鹿。グレイって馬鹿よ!」

「な……」

 いきなり罵声が浴びせられるとは予想だにしていなかった。ゆえに、俺は返す言葉がない。

 それを知ってか知らずか。は言葉を続ける。

「…知ってたんだよ。私。父さんも母さんも死んでしまったこと…」

「…?」

「私だっていつまでも子供じゃないの。自分なりにいろいろとあの時のこと思い返してみて、多分そうだろうって思ってた。今日、グレイとお祖父様の話を聞いてはっきりした。
私の父さんも母さんももう死んでるのね…?」

 出来るだけ気丈に振る舞おうとしている彼女の姿は、ひどく弱々しくて。
たまらず俺は、をかき抱いた。

「ごめん、俺のせいで…」

「違うの。グレイのせいじゃない。グレイだって、あの人達にずっと追われてたんでしょ?」

「・・・・だけど、俺がを選ばなければ、君は今も両親と一緒に幸せに暮らしてたかもしれないんだよ?」
 俺が確認するように吐き捨てると。
は何も言わずに微笑んだ。


 弱さなど微塵も感じさせない、キラキラと輝く綺麗な笑顔。
 瞳に宿る光は、どこまでもまっすぐで。
 それは、まるで聖母の微笑みそのもの。


 我も忘れて、俺はの笑顔に見入っていた。

「私は、すごく嬉しかったのよ? 貴方が私を選んでくれたこと。初めて会った時から、ずっとずっと貴方が好きだったんだもの」

…」

「確かに結果的には、私の両親は死んでしまったけど。それは二人が選んだことだから。
あの時、私を貴方に任せて逃がすよりも、貴方の力で魔術師達を倒した方が確実だったはずじゃない?」

「……!!!」

 言われて、俺はハッとした。
確かにどれほど腕の立つ魔術師といえども、宝玉に敵うことはありえないのだから。
地の一族といえども、本気になった俺の力にはあらがうことは出来ない。
なぜなら俺は、世界に存在する全ての大地を支配するのだから。



「それじゃあ、なぜあの時ルーナとカイトは、俺とを逃がしたんだ?」
「…多分、確実に私と貴方を守りたかったから、だと思うの。グレイが力をふるう間は、当然父さんと母さんが私を守ることになったんでしょうけど、それじゃあ私を奪われて人質に取られる可能性だってあったわけでしょ。
そうしたら、確実に貴方は地の一族の元に戻らざるを得なくなる。だから……」
 はそこまで言って、俺の服の裾を握りしめる。

「私と貴方。二人を地の一族から確実に逃がすには、二人が追っ手を食い止める必要があったの…」

「もういい、。…もう、いいから……」

「だから、二人が死んだのは、グレイのせいじゃない。二人とも死を覚悟で、私と貴方を逃がしてくれたんだもの…。だから、自分を責めないで……じゃないと…」


 なおも続けようとするの口を俺は強引に塞いだ。
彼女が言い募ろうとした言葉の続きを忘れてしまうように。

 もう、に俺を慰めるような言葉を吐かせたくないから。






 言葉すらも、思考さえも途切れるくらいに。
 極上の美酒のように、甘く酔いしれて。

 何も考えなくていいから。



 ただ強引に。
 激しく情熱的なキスを繰り返す。








「ん…、ふぅ……」

 息苦しそうなをようやく解放したのは、それから大分経った頃だった。
力無くかくりと膝を折る彼女を、俺はそっと抱き上げる。
顔を真っ赤に染めて必死で息をするその姿が、とても愛らしい。


 だけど、なにより愛しいのは…。
 どこまでもまぶしく輝こうとする君の魂の輝き。
 ひとつの汚れもない、無垢な君の笑顔。
 初めてあったその時から、俺を魅了してやまない心の光。
 という、世界でただ一人の少女。


「…ねぇ、グレイ。私が今までこうして笑っていられたのは、貴方が傍にいてくれたおかげなのよ? だから、自分がいなかったらなんて、悲しいこと言わないで」
 少しだけ恥じらいながらも、そう言って微笑む




 あぁ…、本当に君には勝てないね……。
 そうやって微笑まれたら、俺は何も言えないよ。


 誰よりも愛しい、俺の主様。
 貴女がそうお望みなら喜んで。

 たとえそれが俺の罪をさらに深いものにしようとも。
 それが君から与えられた罪ならば、喜んで背負おう。

 君がずっと俺に微笑み続けてくれるなら。
 どんな罪だって、喜んで背負うよ。
 俺の愛しい主様…。



*後書き・・・
・なんですか、これは?!
と思った人、多数かと思われます。
一応グレイ視点のドリームでございます。
彼がどれだけヒロインを愛してるかを、ぶっちゃけてもらおうと画策してたんですが。
壊滅的にキャラが壊れておりますね……はは(笑い事じゃない)。
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