■ここにタイトルを書きます
目の前に続くのは、先の見えない階段。そして後ろは、底の見えない深淵の泉。
時間が経つごとに足下の階段は消えてゆく。
泉に落ちれば、二度と浮かび上がってくることは出来ないだろう。
何かに急かされるように、は階段を上っていく。
編み込まれた黒い2本のおさげがゆらゆらと揺れる。足下まで流れるドレスの丈が正直なところ鬱陶しい。それでも彼女は、ドレスの裾をみっともなくたくし上げることはしなかった。そんなはしたないことをすれば、その時点で彼女は自分の敗北を認めることになるから。
そうして、どのくらいの距離を走っただろう。
ドレス姿で全力疾走するという慣れないことをしたせいで、足は必要以上に疲労していた。
「あっ…!!」
つま先をひっかけてバランスを崩した瞬間、の身体はものも見事に倒れ込む。
立ち上がろうと足に力を入れるものの、限界を超した両足は鉛のように重く鈍い。
「…動け、動け…、私の足!!」
は、震える腕で必死に上体を起こし、足を動かそうとする。
しかし、足はびくともしない。消えていく階段は、徐々に上へと上がってくる。
焦りと不安がこみ上げてきて、気づけばは涙を流していた。
それでも足を動かそうとすることはやめない。
(まだ、動くかもしれない…諦めるのは、まだ早い……!)
必死になって足を動かそうとする。
しかし…。時は無慈悲にも過ぎ去っていった。
そして、前触れもなく、彼女が倒れ込んだ段が忽然と姿を消した。
「う…、わっ…!」
なんとか消えていない段に両手をひっかけて、墜落を免れるものの。
両手だけで全体重を支えるのは、そう楽なことではない。加えてすでに消耗しきった体力だ。
限界はすぐそばまで迫っていた。
「助けて…っ!誰か、助けて!!!!」
不意に体中の力が抜ける。力を抜いたのは、の意志ではない。
限界が来た身体が、彼女の意志に反して力を抜かせたのだ。
(落ちる……っ!!)
墜落する先は、底の見えない深い深い泉。
落ちればまず上に這い上がることは出来ないだろう。
身に纏う服が重しになって、を水中へ引きずり下ろすであろうから。
階段の端を手放した両手に、ひんやりとした感触が触れる。それを不思議に思う間もなく、重力に従って落下するはずのの身体は上に引き上げられる。なすがままにされていると、視界のすぐ側に見慣れた一対の輝きが見えた。
「ギリギリで間に合ったみたいだね」
心の底から安堵したような優しい声音と共に、は誰かに抱きすくめられる。
姿を見なくても、それが誰なのか彼女にはわかった。それでも自分の目で確かめたくて、は顔を上げる。
真っ先に視界に入ったのは、極上の緑柱石の輝きだ。
無機質で命を宿さない宝石とは違い、その輝きは生命力に満ち溢れている。
「グレイ…、来てくれたんだ?」
はここにいたってようやく肩の力を抜いた。
「当然だろ。君は俺の主なんだから。
主を危機にさらすようなことを、宝玉は絶対にしないからね」
自分の服をギュッと握りしめてくるをより強く抱きしめながら、グレイは子供に言い聞かせるような穏やかな口調で言葉を紡ぎ出す。
「これは多分、地の一族の仕業だろうね。
夢を使って君を殺そうとするなんて、全くもって許し難い連中だね」
グレイは既に何もない空間に一瞥を向ける。
と。
それをきっかけにの意識は、深い所へと沈んでいく。
「グレイ…、何を……?」
かろうじて彼女が絞り出せた言葉は、これだけが精一杯だった。
強烈な眠気に誘われて、は完全に意識を失う。
崩れ落ちるの身体を腕の中に抱き上げて、グレイは愛おしげに呟く。
「君には、汚れに染まって欲しくないからね。
一点の曇りもないその純粋で無垢な心に、俺は心惹かれたのだから…」
そして、の唇に軽くキスを落とした。
「…聞こえてるんだろう。俺は、彼女を主として選んだ。
宝玉の主に逆らうことが何を意味するのか、お前達が知らないはずはないな」
ゆっくりと顔を上げたグレイの瞳には、先ほどの穏やかな光は完全に姿を潜めていた。
代わりに宿るのは、純粋な怒り。普段は静寂を保つ大地は、時に闘の気を帯びた存在に早変わりする。
静と動。相反する力を持つその力は、時にいかなる存在をも陵駕する。
全ての大地を支配する地の王子は、大切な存在を脅かした者達をけして許しはしなかった。
「ん…」
目を閉じていても感じるまぶしい日差しに、はベッドの上で軽く身じろぎする。
目を擦りながら軽く伸びをして、もう少し寝ていようと再び布団の中に潜り込もうとする。
が。
「ほら、。もう起きるんだ。これ以上寝ていたら、頭が痛くなるよ」
すぐそばで優しい穏やかな声が聞こえる。
「ん…、あとちょっとだけぇ……」
言って寝返りを打とうとするだが、脆くも失敗に終わる。
そしてその行動を阻んだのは、他ならぬグレイその人だろう。
「ちょっとだけだから、ねぇ…」
頭の上までスッポリと布団にくるまりながら懇願してくるを、穏やかな瞳で見つめながらグレイは忍び笑いを漏らした。
「早く起きないと、俺が襲うよ?それでもいいの?」
一瞬の沈黙。
その後、すぐさま飛び起きようとする。そんな彼女の肩をベッドに押さえつけて、グレイはの唇に自分のそれを押し当てた。
昨夜の夢のような触れるだけのキスではない。奥まで深く、貪るように求めるそれは、ぼんやりしているの頭を完全に覚ますには、十分すぎるほど十分なもので。
「…もう!起きたのに襲うなんて、反則よ!!」
頬を染めたまま必死に訴えてくるは、正直とてもかわいくて。
軽い悪戯心を起こしたグレイは、上体を起こしたに再びキスをする。
「今のはさっきのお詫びだよ」
「そうやっていつも不意打ちなんだから…」
口をとがらせたの呟きを耳にして、グレイはの頭を撫でながら
「それじゃあ、今度からは先に報告してからキスすれば、は怒らない?」
「……そう意味で言ったワケじゃ…」
冗談を本気に受け取るの反応を眺めながら、グレイは不意に笑顔を浮かべた。
「、目覚めはどう?」
「・・今までの中で、一番最高よ」
は彼につられて笑顔を浮かべると、今度は自分からグレイに口づけた。
朝の光は不浄なもの全てを払う聖なる光。
闇の中で見る君もとても綺麗だとは思うけれど。
真っ白な朝日の中の君が、どんなときよりも綺麗に見える。
俺が君に恋した時も、君は朝日の中で輝いていたからね。
*後書き…
・グレイのお相手はどんな子にしようとさんざんに悩んだけれど。
案じるより産むが易し。
いざ書いてみれば、なんとかなるものなんだなぁ。
あ、でもわかりにくいかもな。ヒロインの状況とか。
補足しておくと、最初の方はヒロインの夢の中です。
夢の中で魔術師さん達に殺されかけてたわけですな。(おいおい)
後半は現実。朝が来て、グレイに起こされてるとこです。
なんてうらやましい…。