■ 初日の出観賞



 冷たい空気と朝靄に包まれた、目に見える世界。
 まるで朝靄の海に沈んだ古代都市のように、静かな世界。
 肌を突き刺す寒さは、まるで鋭い刃持つナイフのようで。
 吹きゆく風は、どこまでも厳しく冷たい。

 地平線の向こうで覚醒を待つ太陽の光は、まだ世界へ届かない……。





「あぁっ、寒い!! 寒すぎますわ!!! 」

 まだ太陽の昇らない明け方。リーヴェルレーヴ城の屋根の上で。
わずかに薄明るい世界の中でも綺麗な光沢を放つ、つやつやとした黒い毛皮を背負ったダリィは、これまた毛皮に覆われたモコモコの手袋をしたまま、両手をスリスリと擦り合わせる。

「寒い、寒い、寒いって、さっきからうるさいわね。
そんなに寒いのが嫌いなら、今からベッドの中に潜り込んでていいのよ?
は、別にあんたまで誘ったワケじゃないんだから」
 まるで外敵から身を守るハリネズミのように身体を小さく丸めて、ブツブツと文句を垂れる黒い塊――ダリィ=コーネイルを横目で見やり、ジャスティーンは心底呆れたように呟いた。

 真冬の明け方は確かに、ひどく冷える。
 だが、見るからに温かそうな毛皮の防寒具で身体や首元、手などありとあらゆる所を覆ったダリィから「寒い寒い」と叫ばれても、全然同感できない。
 全身完全防備のダリィとは違い、ジャスティーンは赤い厚手のコートを羽織り、首にマフラーを、両手に手袋をつけているだけだ。足下は、はしたないと思いつつもドレスの中にズボンを履くことで寒さを予防している。
 そんな彼女でさえ、さほど寒さを感じないのだ。毛皮にくるまったダリィが寒いわけがないではないか。

「お黙りなさい、ジャスティーン! 私は下町育ちの貴方とは違って、私は幼い頃からそれはそれは大事に育てられてきたんですのよ!!寒さとは無縁で育ってきた私に、こんな極寒の世界で平然としていろという方が無理というものですわ!!」

「そんなことを威張られてもねぇ…。第一、シャトーを見てみなさいよ。
あんたどころか私よりも薄着なのに、全然寒そうにしてないわよ!! 」

「当然ですわ!! シャトール=レイは、自分に寒気を遮る魔術をかけているのです!彼女が寒がるはずがございませんわ!!」

「じゃあ、はどうなの? いつもと同じ格好でピンピンしてるわよ!! 」

「あれはいわば原始人も同然。防寒具もない時代の原始人が、寒さを感じるような繊細な感覚をお持ちなはずがございませんでしょう?! 」

 寒さのあまりに真っ赤に染まった鼻を鳴らし、身体をガタガタと震わせながら言ったダリィの言葉は、ジャスティーンたちよりもやや遠い場所にいたの耳にも、当然ながらハッキリと聞こえていた。


 そして。スノゥやソールと談笑していながらもしっかりとダリィの暴言を聞いていたは、突然に表情を険しくしたのであった。
 ダリィの暴言が聞こえていなかったスノゥからすると、突然に怒り出したようにしか思えないのだろう。訝しげな表情を浮かべたスノゥが何事かと、口を開きかける。

 だが、それよりもが静かに言葉を発する方が早かった。

「…ジェリーブルー。あの縦ロール女の周囲だけに、吹雪発生させて。それから、ソールは、極寒の北国から息も凍るほど冷たい風を持ってきてあの女の周りに送って」

「いきなりどうしたんだよ、? 」

「い・い・か・ら。やるの、やらないの?! 」

わけのわからないままながらもスノゥは、
「おっかねーな、お前・・・。でも、了解したぜ」
の完全に据わった瞳に恐れおののきつつ、彼女の願いを聞き入れる。

 だがその実は、いつもダリィの胸にかけられて難儀な思いをしている、そのささやかな仕返しの為。そして何より、怒ったは敵に回したくないというのが本音であろう。

 一方。ソールの方はすでに彼女の願いを聞き届けていた。
 普段は周囲に穏やかな風を侍らせている彼だが、今は吐息さえ一瞬で凍りつかせられそうなほどに冷たい北風をその身に纏っている。

「ずいぶんと手ぬるいな。いっそあれを北の果てに飛ばしてやってはどうだ?
お前さえよければ、送ってやることも出来るが」
 の悪口を言われたことで相当ご立腹らしいソールは、さらにとんでもないことを言い出した。ご丁寧にも、わざと遠くにいるダリィにも聞こえるような声で。

 そして、その言葉を聞いたダリィが顔面蒼白になったことは言うまでもない。

「じょ、冗談じゃございませんわ!! 私を殺す気ですの?! 」
 ダリィの手が着込んだ毛皮のコートを無意識のうちにギュッと握りしめる。

 しかし彼女の答えに返したソールの言葉は、非常に辛辣なものだった。
「仮にもお前は炎の一族の魔術師だろう。
凍え死なない程度の炎を生み出すことくらい出来ないのか」

「無茶なことを言わないでくれませんこと!!
炎の力は破壊の力。暖をとる程度の小さな力を生み出せるほど、制御に優れた力ではないんですのよ?!」

 炎は破壊の力。なるほど確かにダリィの言うことは、理に適っている。
 しかし。そんなことをソールが知らないはずがない。 

「それはお前自身の力量が足りないからだ」

「んまあっ!!
なぜそれほどまでに、私がコケにされなくてはなりませんの!! 」

 そう叫ぶダリィの顔を見るに、とても嘘を言っているようには見えない。
つまり。先程に対して吐いた暴言について、全く自覚がないのだ。

 そう考えるとさらに腹立たしくて仕方ない。

 そこでは、わざわざダリィの方へツカツカと歩み寄っていった。

「あら、そう思うの?
ならこの機会に、自分がいかに無能であるかを自覚すると良いわ」
 彼女がそう吐き捨てると、ダリィは想像していたのと全く同じ反応を返してくれる。

「失礼な!! 私のどこが無能者ですの!!! 」

「シャトール=レイは寒気を遮る魔術を使えるのに、どうしてあんたはそれが使えないわけ?同じレヴィローズの主候補だったのに、ずいぶんな違いね。
ちょっと勉強不足なんじゃない? 」

「そう言えばそうよね。シャトーはいろんなことが出来るけど、ダリィはいっつも燃やすことしかしないような……」
 の鋭い指摘にジャスティーンが賛同する。

 よくよく考えてみれば、
 今までにダリィはいつもいつも燃やすことしかしていない。
 少なくとも、今までジャスティーンが見てきたダリィはそうだった。

「ジャスティーンは、そこで余計な口をはさまない!!
燃やすどころか、術の一つも使えない貴女に言われたくありませんわ!! 」
 図星を指されたせいか、ダリィの頬がかすかに赤く染まる。

「そういうダリィこそ。
なんとかのひとつ覚えじゃあるまいし、炎以外の術を使えるように勉強したら?」
 がまくし立てると、ダリィは悔しそうに歯をギリギリと噛みしめる。それでも何も言い返してこないのは、自分が炎の魔法しか使えないことを知っているからだ。

にかかると、さすがのダリィも形無しね」

「ほっほっほ。
悪いけど、こんな小娘に負けるほどお気楽な人生は送ってないわ」

「・・・そうだな・・。」

 ジャスティーンにそう言われて満更でもないのだろう。は胸を張って答える。
そんな彼女に対してソールが呟いた言葉は、わずかに翳りを帯びたものだった。




「あ……」

 がダリィをからかったり、ジャスティーンとスノゥとレンドリアが珍しいものでも見るようにたちの行動を見ていた時だ。
 今まで沈黙を守っていたシャトーが、不意に声を上げた。

「どうしたの、シャトー? 」
 ジャスティーンが代表して彼女に訊ねると、シャトーは黙って空を指さした。
シャトーが指さすのに合わせて、皆は空へ視線を向ける。


「…日の出だわ…」

 それは誰の言葉だったのか。
 誰か一人のものだったのか、それとも皆の言葉だったのか。
 その言葉が誰のものかなんて、正直どうでもよかった。

 朝日が地平線に近づいて来るにつれて、辺りはほのかに明るくなってきていた。
 靄のかかった地平線から漏れ出す光が、朝靄に包まれた海を鮮やかに彩っていく。
 靄の向こうから、見ている者を焦らしているようにゆっくりと。

 …ゆっくりと、金色の輝きを宿した真昼の帝王は、再び世界に覚醒した。
 真冬の澄んだ暁の空を、昇ってきた太陽の光が鮮やかに彩っていき。
 直視できないくらいに強い輝きが夜の名残となった闇を打ち払っていく。

 朝靄に包まれた世界は、黄金の靄に包まれたきらびやかな姿を現し。
 闇の名残を残していた空は、徐々にパステルカラーに包まれていくーー。


「年が…明けたわね…」


 昨年の穢れを全て祓い落としてきた太陽の訪れと共に。
 真っ白な穢れない新年が再び巡り来る。


 それは、太古から永遠に続く、この世界の秩序そのもの。




*後書き…
新年明けましておめでとうございます!!
というわけで、お正月らしく“初日の出”をネタにしたお話でした。
……こういうのもなんですが、すっごく難産なお話でした…。
特にダリィと アイシャのやりとりのところが、全然ネタがなくて苦労しました。
本当はグレイも出す予定だったのですが、結局ネタ潰れです。
BACK