日常と非日常とは紙一重
「ん〜、今日もいい天気だなぁ〜・・。」
店の前を掃き清めながら、は大きく伸びをした。
雲一つ無い晴れ渡った青空は、見ているだけで自分まで爽やかな気分になるみたいだ。
穏やかな日差しを身体いっぱいに浴びながら、は実に手際よくゴミを一カ所に集めていく。そのゴミをチリトリで取っていると、不意に影が落ちてきた。
「やぁ、。」
「あ、エクス師匠。どうしたんですか?」
銀色の柔らかな髪と鮮やかな青玉の瞳。
貴族らしい優雅な物腰と着ている服が高価そうな品であることから、それ相応の身分を持った少年であることがわかる。
に師匠と呼ばれた少年は、彼女に優しく微笑み返した。
「少し野暮用があって、ね。」
「メイメイでしたら、今、完全に酔いつぶれて眠ってますよ。
たたき起こしてきますか?」
顔色一つ変えないまま、むしろ嬉々とした笑顔で箒を握り直したは、早速メイメイをたたき起こそうと店の中に入ろうとする。
が、エクスはそれをやんわりと遮って止めた。
「話は最後まで聞こうか、。僕が用事があるのは、君の方なんだよ。」
その言葉に、は目を丸くした。
「私に・・・ですか?」
「うん。別にそんなたいしたことじゃないから、大丈夫だよ。」
「・・・はぁ・・・。」
ニコニコと笑顔を浮かべるエクスとは対照的に、の顔には押さえきれない不安がありありと浮かんでいた。
『この書類をギブソンとミモザに届けて欲しいんだ』
そう言って渡された書類を手に、は溜息をついた。
この書類を渡したエクスはなにやら用事があったらしく、急いで帰ってしまった。
さすがに日頃世話になっている師匠の頼みだけあって、突き返して返すわけにもいかず、結局書類を届けざるを得なくなってしまったのだ。
「えっと・・・、確か二人とも高級住宅街に家を構えてるんだっけ・・。」
エクスから簡単に聞いた説明を思い出しながら、はゼラムの街中を歩いていく。
こちらへ来て早4年。ゼラムに来てからもう、3年は経つというのに『高級住宅街』の場所だけは、いまいち曖昧なだった。
まあ、基本的にそちらへ行く用事が特にないのだから、仕方ないと言えば仕方ない。
メイメイが店を構える歓楽街は、ハルシェ湖に面する港近くに位置している。ゼラムの経済基盤ともいえる海上貿易の拠点であるロフト港が近いせいか、ゼラムと取引している他国の貿易商人達が繁く足を運ぶ場所でもあるから、夜になれば多くの人で賑わいを見せる。
一方、高級住宅街は歓楽街からだいぶ離れた港の北側に位置している。
歓楽街が商売気の多い商人達や他国から来た人々によって形成されているのに対し、こちらは裕福な商人や蒼の派閥に属する名のある召喚士達が館を構える一帯だ。当然一つ一つの館は、一般市民の家の何倍もの敷地を持つ大豪邸ばかりである。
もとよりそこに住む彼らと歓楽街の人間が知り合いになる可能性は、限りなく低い。
加えて蒼の派閥に属する召喚士達は、自らの地位に誇りを持ち、歓楽街を軽視する傾向がある。けして彼らは歓楽街へ来ないわけではないが、それでもこちらに住む人間と慣れ合う気はそうそうない。
とどのつまり、全くと言っていいほど接点がないのである。
高級住宅街と歓楽街は。
メイメイの所に居候しているが、高級住宅街の場所を知らないのも無理はない。
とりあえず港に着いたは、メイメイから強奪してきた市街地図を広げてみる。
「え〜っとぉ・・・、ここが港でしょ?ということは、高級住宅街は・・・あっちね!」
港のど真ん中でいきなり一人でガッツポーズをとっている様子は、端から見れば異様な光景であったろう。しかし、本人は全く意に介していない。
ハルシェ湖。
湖と呼ばれながらも汽水湖であるため、海とも呼べる巨大な湖。
聖王家の人間のみが立ち入りを許される至源の泉を源泉とするそれは、美しいコバルトブルーの水を湛えている。海水魚、淡水魚ともに住むことを許されたその水は、どこまでも清らかで澄んでいる。
潮風のようでそうでない、不思議な風がの長い黒髪を揺らしていく。
顔にかかる髪を彼女が払いのければ、それは太陽の光を照り返して鮮やかな輝きを放つ。
不意に何かに気づいたは、振り返って港を見回した。
「気のせい・・・?」
見回してみても、特にめぼしいモノは見つからずに首を傾げた。
が。
何気なく視線を投げたとき、立ち並ぶ倉庫の間に見慣れないモノを目にする。
黒い・・何か生き物のようなモノだ。
「・・・なんだろ、あれ?」
危険よりも先に好奇心が一歩出たは、早速倉庫の傍へと近づいていって見ることにした。
「大丈夫ですか、隊長?!」
黒い鎧を身につけた男は、動揺を隠せぬままにそう問いかけた。
頭では喋らせない方がよいとわかっていても、思わず問わずにはいられなかったのだ。
男の視線の先には、放置された木材に身体をもたせかけるようにしたまま、苦しげな息を漏らす青年がいた。その周りを同様に黒い鎧を着た輩や杖を持つ者達が囲み、これまた中心の青年に心配そうな視線を注いでいる。
「・・心配ない、この程度の傷・・・」
「ツヨガリハヨシタホウガイイ、いおす。ハヤイウチニチリョウシナイト、イノチニカカワル」
黒光りする機体を持つ機械兵士の言葉に、イオスと呼ばれた青年は反射的に身体を起こそうとして傷の痛みにその端正な顔を大きく歪めた。
彼が身に纏う軍服は、黒に近い紫紺色。にも関わらず、服はどす黒い血の色で染まっていた。先の戦いで彼が傷を負わせた相手の者ではない。明らかに彼自身の流す血で、紫紺色の服は濃紅に染まりかけていたのだ。
「先の戦いで、回復の召喚術を使えるだけの魔力を温存している者はいません。あまり無理をなされますな。」
自分自身も怪我をしているにも関わらず、男は目の前の青年のことを気にかける。それは、他の者とて同じことだ。
敗戦よりの帰還。怪我のない者がいない方がおかしい。
だが、それでも致命傷になるほどの大怪我を負った者はいなかった。自ら先陣を切って前線に立ち、召喚術で深手を負わされた青年・・イオス一人を除いて。
「しかし、急ぎ帰還してルヴァイド様に報告を・・・!!」
「だからといって・・・」
「これは命令だ!今すぐにここを発って、旅団の本隊と合流する!!」
ザックリと深く斬られた左肩を右手で押さえながら、ヨロヨロとイオスは立ち上がる。
もともと白い肌は、すでに青白くなっており完全に血の気が引いていた。
おそらくは大量に出血したせいであろう。
多かれ少なかれ、このままでは確実に彼の命の灯火は尽きてしまう。
だが命令と言われればこれ以上何も言えず、兵士達はしぶしぶと了解する。
「いおす、コレイジョウウゴクトイノチニ・・」
「ゼルフィルド、出発だ。」
有無を言わさぬイオスの強硬な態度に、さすがの機械兵士も彼を止めることが出来なかった。
薄暗い倉庫裏の路地から真っ先に抜け出したイオスは、頭上から照りつける太陽の光の強さに、片手を目の上に翳した。湿っぽい路地裏とはうってかわって、港は人々の活気で溢れていた。
港を行き来する多くの人々。
彼らはまだ、知らないだろう。
この先、一体どんな事態が待ち受けているのか。
少なくともこの先、近いうちに戦争が起こるとは誰も予想していまい。
そんなことをふと思い、身体を嘖む激痛をこらえるため、彼は知らぬ間に歯を食いしばっていた。
「・・嵐の前の・・・賑わいか・・・。」
皆が路地から出てきたことを確認し、再び足を進めようとしたイオスだが。
激しい眩暈に襲われて、額を押さえる。
おそらくは急激に動いたことと暗い所から明るい所に移動したが為に起きたのだろうが。
急速に薄れていく意識の中で、大地に吸い込まれるように身体のバランスを崩していく自分の身体を何かが受け止めたことはわかった。
柔らかくて、ひどく心地よいぬくもり。
それがいったい何なのか、確かめる術は残されていなかった。
ただ。
朦朧としていく意識の中、そのぬくもりが全てを癒してくれるような錯覚を覚えたこと。
そのぬくもりにずっと包まれていたいと、心のどこかが望んだこと。
それだけは、不思議と覚えていた─────。
*後書き・・・
・ふふふ、思いっきりオリジナルテイスツです。
時期的には第3話の戦闘終了後ですね、多分。
前半はヒロインさん、後半はイオス視点でお話が動いてます。
なんか当初の流れと変わってるのですが、お話。
基本路線は変わってないのでしょうが・・・。
こんな駄目駄目駄文を読んでくださった様に感謝です!。