夕暮れの眠り姫
昼間にさんざん地上を照らした太陽も、疲れて地平線の向こうへ眠る頃。
空は青から茜色、そして藍色から漆黒の闇へと刻々と表情を変え始める。
空と大地を吹きゆく風は、灼熱の太陽に無理矢理つけられた熱気の衣をはぎ取って、身軽に地上を駆け抜け、太陽の眷属である陽炎もそのなりを潜めていく。
照りつける日差しを身体いっぱいに浴び、精力満タンーー大声で歌っていたミンミンゼミやアブラゼミの合唱も聞こえなくなり。
かわりに辺りに歌声を響かせるのは、透明感ある澄んだ声で鳴くヒグラシや愉快な鳴き声を披露するツクツクボウシたちだ。
「・・・ん〜・・・・。」
蝉たちの大合唱をBGMにして眠っていたは、ぼんやりと目を覚ました。
目に映るのは風に揺れる緑の木々の枝、耳に響くのは心地よいヒグラシとツクツクボウシの声。
眠る少し前までは、木漏れ日がまぶしくて仕方なかったというのに、今木々の間からこぼれてくる光はやんわりとした優しい光だ。
首を振って周りを見渡せば、世界はすでに茜色の領域に染められつつあった。
「もう夕方かぁ〜・・・。そろそろ帰らないと駄目かなぁ・・・。」
頭では一応わかっているだが。
実際問題、身体を動かすのがおっくうでならない。
寝不足と筋肉痛が相まって、彼女の身体は睡眠を求めていた。
「やっぱし、徹夜でサモン3をクリアしようとしたのがまずったか・・・・。」
反省するように独りごちた後、は再び眠りについた。
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「トリス、がどこに行ったか知らないか?」
居間で兄のマグナと一緒にTVを見ていたトリスに、イオスは今日で何度目かもわからない同じ質問を投げかけた。
昨日、に長刀の稽古をつけて欲しいと頼まれたイオスは、明日は午前からバイトが入っているので帰ってきてからでいいなら、との条件で彼女の稽古に付き合うことにした。
ところが、いざバイトから帰ってきてみれば、の姿が見えない。
そこでアメルやミニス、ケイナやモーリンといった女性陣に同じ質問をしてみたのだが。
彼女たちの返答は揃って、『トリスと一緒に遊んでいるんじゃないの?』であった。
だからイオスは、正直トリスがの行方を知っているのではないかと、ひそかに期待していたのだ。
だが、慣れた手つきでビデオのリモコンの一時停止を押して、こちらを振り返ったトリスの肝心の答えは、といえば…。
「?知らないけど?」
・・・・これである。
「・・・・・・そうか。邪魔したな、済まない。」
知らないというのだから仕方ない。
イオスは盛大にため息をつくと、その場を離れようとした。
「あ、イオス、ちょっと待って!」
彼を引き留めたのは、兄のマグナの方だ。
面倒くさそうに振り向くイオスに、マグナは
「なら、涼しい場所を探してくるって言って外へ出て行ったけど?
家にいないなら、多分外にいるんだと思うよ。」
「涼しい場所?具体的な場所は言っていかなかったのか?」
イオスが眉をしかめれば、マグナは苦笑いを浮かべる。
「うん。ただ涼しい場所って言って出かけていった。
多分もどこに行くか決めてなかったんじゃないかな。
らしいって言えばそこまでだけど。」
「確かにな。だが捜す方としては、迷惑この上ないんだが・・・。」
愚痴めいた言葉を漏らせば、マグナは大変だね、とねぎらいの言葉をかける。
もっともそこに人事だ、との意識が存在していることも否めない。
(全く、人事だと思って・・・・・・)>事実、人事なのだろうが。
「とにかく僕はの行きそうなところを捜してみる。
マグナ。貴重な情報、感謝する。」
「早く見つかるといいね。」
そう言うマグナの笑顔には、一点の曇りもない。
悪びれもなく言われて、イオスも素直に笑みを返した。
見ず知らずの自分たちに、たやすく住処を提供するのお人好しも相当なモノだとは思うが、マグナ・トリス兄妹もおそらく、彼女と同等のお人好しであろう事は間違いがないだろう。
そんなことを考えながら、イオスは居間を後にした。
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「しかし・・・涼しい場所とは、一体どこだ・・・・?」
外へ出てみたはいいものの。
結局の居所は全く手がかりがないのも同然で。
行く当てもなく、イオスはその場に立ち止まってしまった。
不意に上を仰ぎ見れば、茜色に染まった空の東側から藍色の夜空が広がりつつある。ヒグラシやツクツクボウシの声もほとんど途絶え、道を行き交う人々の足もどことなく早足だ。
こんな時間まで、一体どこをほっつき回っているというのだろう。
苛立ち紛れにイオスは髪を掻きむしる。
「・・・どこにいる・・・。」
「ねえねえ、あの公園にいた女、ちょーやばくない?」
不意に聞こえてきた言葉に、イオスは思わず耳を傾ける。
それは、向こうから歩いてくる女子高生の会話だった。
手がかりがないからといって、通行人の会話に聞き耳を立ててしまうのはよくないだろう。
かぶりを振って彼女たちの会話を意識的に遮断しようとするイオスだが、それより先に、もう一人の女子高生の言葉が耳に入ってくる。
「あの公園って確か、不良学生のたまり場だっけー。
まあ、公園のベンチで寝てる方が悪いんだからさぁ、やつらに悪戯されたって仕方ないんじゃないのー?あたしたちが気にする必要ないって。」
パーマをかけた茶色の髪を掻き上げながらその子が言えば、最初に喋った方の女子高生がニヤニヤしながら友人の服の裾を引っ張る。
「そうだけどさぁ、あいつがどんなことされるのか見てみたいと思わない?
なんかー、あの女、どっかのお嬢っぽかったしー。」
「やっだー、春子ったら何考えてんの、やらしー!」
「あんただって同じ事考えてるくせに〜!」
ギャハハハハ、と笑いながらふざけ合う女子高生たち。
(まさか・・・?!)
自分たちから見ればともかく。
世間様から見れば、庭に池があるほど広い家に住んでいるは、間違いなくお嬢様に分類されるはずだ。
それに公園のベンチで寝そべるなんてことは、いかにも彼女が好みそうなこと。
これが万が一別人だったとしても、いざこざが起これば必ず彼女は現れる。
とかく彼女は、トラブルや喧嘩事に信じられないくらい縁がある。
『トラブルのあるところ、あり。』
知り合って1年も経っていないとはいえ、イオスは彼女の性癖をほぼ網羅しつつあった。
そう考えるといても立ってもいられなくなり。
気づいた時には先に言葉が出ていた。
「すまないが今の話、詳しく聞かせてくれないか?」
いきなり話しかけられて、鬱陶しそうに女子高生たちは振り向いた。
が、その瞬間、二人は目を大きく見開く。
そして最初に喋っていた子は、制服の裾を払い、ぶりっ子モードを発動させた。
「はい、なんでしょう?」
その姿は、とてもさっきまでの彼女とは思えないくらい、可愛らしい。
というより、そう見えるように本人が意識してるのだが。
「さっき話してた、公園で寝ていた女について教えてくれないか?」
「いいけどー。あたしたちも遠目でしか見てないから、あんまり詳しいことわかんないよー?それでいいなら教えるけどー。」
彼女の答えに満足して、イオスは無意識に顔を綻ばせていた。
「ああ、構わない。その公園にいた女は、黒くて長い髪をしてなかったか?」
「ん〜・・、どうだったっけ?」
ぶりっ子が隣の友人に振る。
振られた方は、頬を掻きながら必死で思い出す。
「黒かったよー。今時、髪染めてないなんて珍しいじゃん。
髪が長かったどうかはよくわからなかったけどぉ。」
「そうか。もう一つだけ聞く。その公園はここから近いのか?」
この質問に答えたのは、ぶりっ子の方だ。
「はい、近いです!ここの道を真っ直ぐ行って、左に曲がったらすぐです。」
イオスは顔を上げて、道を確認する。
確かに、この先左に曲がったところに小さな公園があったはずだ。
『私ね、ここの公園好きなの。
小さい頃から遊んでたから、なんとなく愛着があってさ。』
前に一度、買い物に付き合った帰りに見た公園に間違いない。
が小さい頃から遊んだ、思い出の公園。
懐かしげに目を細めるの表情は、今まで一度も見たことのなかったもので。
思わず見惚れてしまい、彼女に散々からかわれたことを覚えている。
「ありがとう、感謝する。」
イオスは女子高生二人に頭を下げると、公園の方へ駆けだして行った。
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日の傾いた公園は、ひどく薄暗かった。
おそらく近くに電灯がついていないためだろう。
先ほどの女子高生たちの会話によれば、ここは不良のたまり場らしい。
仮にそいつらに喧嘩を売られたところで負けることはまずないが、厄介事を回避できるのなら回避するにこしたことはない。
薄暗い公園に足を踏み入れれば、ほどなく。
ブランコの隣の小さなベンチの上で寝っ転がって眠る少女の姿が見えた。
「やっぱりか・・・。」
長い髪が地面につくのも構わず、完全に爆睡している少女。
捜し人をようやく見つけたというのにこの脱力感はなんだろう・・・・。
肩を落としつつ、イオスはの元へ歩み寄った。
そして眠るの肩を揺さぶって起こそうとする。
「いつまで寝てるつもりだ、。起きるんだ。」
ところが、かなり力を入れて揺さぶっているにも関わらず、彼女はいっこうに起きる気配がない。
それでもイオスは辛抱強く、を起こそうと努力する。
そんな時だった。
聞き慣れない声が後ろから聞こえてきたのは。
「おい、そこの。その女は俺たちが見つけた獲物だ。
横から奪おうだなんて、まさか思っちゃいないだろうなあ?」
振り返れば、いかにも自分は不良ですと言わんばかりの、がまがエル体型の一学生がたくさんの子分を従えてニヤニヤ笑っていた。
(・・・・こいつらか、例の不良学生というのは・・・・)
どうやらと一緒にいると、必ずこういう厄介事を背負い込む羽目になるようだ。
おおかた、勝利の女神ならぬ厄介事の女神が彼女に微笑んでいるのだろう。
とりあえず彼らのことは無視して、イオスはを起こすことに専念する。
肩を揺さぶるだけでは埒があかないので、頬を何度も軽く叩いてみる。
それでもはいっこうに目覚める気配がない。
「・・・・・これでも駄目か・・・。」
「おい!俺を無視するとはいい度胸だ!!!野郎ども!
俺を無視するとどうなるか、いっちょ教えてやれ!!!」
「「「おうっ!!」」」
気の短い不良たちは早速痺れを切らして、イオスとの距離を縮めつつある。
それを横目で見やったイオスは、はぁとため息を漏らす。
「・・こうなったら、仕方ないか。」
呟くと彼は、眠るの上体を起こした。
そして流れるように自然な動作で彼女の顎に手をかけると、小さく呼吸を繰り返す紅唇に自分のそれを重ね合わせたのだ。
その様子は、まるで眠れる美女をキスで起こす王子様。
おとぎ話の中からその場面だけ切り取ってきたような、そんな錯覚すら思わせる。
不良たちが思わず呆然としてしまったのも、無理はない。
「・・・ん、・・・うぅ〜ん・・・」
かすかにが身じろぎする。
イオスが唇を離すと、ほぼ同時にの瞳がうっすらと開かれた。
「ようやくお目覚めだね、。」
の頬にかかる髪を優しく払いのけながら、イオスが微笑みかける。
すると彼女の頬がかすかに紅く染まった。
「・・・早起きは三文の得、夕起きも三文の得ってね・・・。」
意味不明なことを呟いて、は大きく伸びをする。
一方、固まっていた不良たちはようやく動き出す。
「横入りしてきたくせに、自分だけいい思いをしやがって!俺にもやらせろ!!」
がまがえる学生が子分たちを押しのけて、ズカズカとに近づいてくる。
そして彼女の肩を引き寄せて、唇を近づけて・・・・。
「何すんだ、このがまがエル!!」
ゴギャアァァァッ!!!
裂帛の叫びとともには、反射的に両足踵落としを繰り出す。
技はがまがえる学生の顔面にクリーンヒットし、そいつは盛大に後ろへ吹っ飛んでいく。
そして後ろにいた子分2,3人を巻き添えにして、地面に叩きつけられる。
「な、なにしやがる!!!」
仲間がやられて、すごんでくる不良その1。
しかし、も負けてはいない。
「こっちこそ何しやがるのよ!!!無断で乙女の唇奪おうとしたんだから、そのくらいの天罰があっても不思議じゃないでしょ!!!!」
ベンチの上に仁王立ちになり、彼女は不良その1に人差し指をつきつける。
「文句があるなら、かかってらっしゃいよ。いくらでも相手になってやるわよ!!」
挑発的な笑みを浮かべて、高らかには言い放つ。
そして。
挑発に乗りやすい不良たちは、見事に挑発に乗せられたのであった。
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「・・・・量より質、とはよく言ったものだな・・・。」
しみじみと感心するイオスの目の前では、の飛び膝蹴りを食らった不良が地面に叩きつけられてノックダウンしていた。
数の上なら圧倒的に不良たちの方が有利だったろうが、は空手師範代の資格を持つほどの手練れである。彼女に言わせれば、不良たちはたんなる雑魚の群れでしかない。
「数のわりには、たいしたことなかったわね。」
キッパリと言い切って、は乱れた髪を掻き上げた。
あれだけの数の不良を相手にしたというのに、息一つ乱れていない。
「全く・・こんなところで寝るなんて、無防備にもほどがあるぞ。」
呆れたようにイオスが呟けば、は苦笑いを浮かべてみせる。
「だって、つい眠くって・・・・・。」
「だからって、こんなところで寝るんじゃない。
それじゃ襲われても文句は言えないぞ。」
「・・・そうね。現にイオスに襲われたし?」
「!!!!」
意地の悪い笑みを浮かべたの一言に、思わずイオスの顔が真っ赤になる。
「起こすんだったら、もっと他の方法があっただろうに、どうしてわざわざあんな方法をとったのかしら?是非とも教えて欲しいんですけど、イオスさん。」
はイオスの顔を覗き込むようにして、一言一言ハッキリと発音する。
一方覗き込まれた方は、彼女の視線から顔を背けようとするが・・・。
観念したのか、の顔を見据えながら静かに答えた。
「・・・たまたま、思い出したから・・・。」
「は?思い出した?」
「おとぎ話であっただろ?眠った姫をキスで起こす話が・・・。」
「あぁ・・、眠れる森の美女とか白雪姫ね。って、それ配役違うってば!
イオスが王子様ってのはともかく、私はお姫様なんてガラじゃないってば。」
しいて言うなら城に仕えてるメイドさん、かしらね?
と屈託ない笑顔で言われてしまえば、それ以上何も言うことが出来なくて。
それでも・・・・。
大きく伸びをしながら公園を後にしようとするに向かって、イオスははっきりと言い切った。
「それでも僕にとってのお姫様は、だよ。」
「なっ・・・・?!何を・・・!!!」
こちらを慌てて振り返る少女の顔は、リンゴのように真っ赤だ。
夕日よりも真っ赤になったの表情は、初めて見せるもので。
今まで見たどの表情よりも可愛かった。。
それを嬉しそうに見届けて、イオスは呆然と立ち尽くす彼女になおも言い募る。
「絶対に僕のものにしてみせるから。
覚悟しておいてくれよ、お姫様。」
そして彼は追い越し様に、の頬にキスを落としていった。
「・・・・・・。」
あまりのことに呆然とイオスの後ろ姿を見送っていたは、我に返ると口端に笑みを浮かべてみせた。
「・・・って、今更なんですけどね、王子様?」
さっき触れられた頬が強い熱を帯びている。
手でそっと熱を持った頬に触れてみて。
知らぬうちに心に浮かび上がるのは、不思議な高揚感。
こんなとき普通の女の子なら、きっとHAPPYENDで終わり。
だけど・・・・私はとことん素直じゃないから。
嬉しくてたまらないけど、それを表に出す事なんて出来ないから。
「悪いけど、そう簡単には白状してあげないから。」
ホントに、素直じゃないよね・・・・。
自分の性癖に呆れつつ、はそっと心の中で舌を出した。
素直じゃない眠り姫と王子様が結ばれるのは、一体いつのことなのやら。
*後書き・・・
・「第2回 DreamBattle」に投稿したものを「手直し・改」したものです。
恋愛夢小説とのことだったのですが、とことん甘くないですね・・・・。
投稿した作品はもう少しラブなシーンもあったのですが、
ヒロインがらしくないので思い切って直しました。
そしたら、・・・・全然恋愛夢小説じゃねぇ・・・・。
これって本当にイオス夢なんでしょうか????