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冬はつとめて〜ある冬の朝



 冬はつとめて。
 雪の降りたるはいふべきにあらず、
 霜のいと白きも、またさらでもいと寒きに、
 火など急ぎおこして、炭もてわたるもいとつきづきし。

                       《枕草子 第一段より抜粋》





 
 見上げる空には、ぐずついた色のくぐもる雲たち。
 鼠色一色に染められた天空からは、純白の羽にも似た柔らかな綿たちが舞い降りてくる。
 真っ白な雪は地上全てを覆い尽くし、視界を一面銀色の世界へと変えてしまう。

 雪は全てを覆い尽くす。
 地上に流れた無数の血や涙、幾多の悲しみをも真っ白な己の身体で隠していく。
 どこまでも澄み切って、穢れのない無垢な純白。
 雪がどことなく神聖なイメージを持つのは、清らかな色彩を纏うゆえか。
 はたまたいかなる感情も平等に凍りつかせる、凍てつく息吹と共に降臨するためか。



「冬は、早朝がいい…か。」
 一面真っ白に埋め尽くされた庭をボンヤリと眺めていると、ふと中学校で習った枕草子の一文を思い出す。

“冬は、早朝がいい。雪が降り積もった早朝は言うまでもない。霜がとても白いのも、またそれがなくても、とても寒い日に急いで炭に火を移し、それを持ち運ぶ様子もいかにも冬らしくて良い。”

「確かに早朝が一番かもしれないわね。特にこんな雪の日は…。」

 人の足跡が全くついていない、銀色の世界。
 足跡一つない綺麗な雪を見ていたいと思うと同時に、綺麗な雪を自分の足で踏んでしまいたいと思ってしまうのは、人間の天の邪鬼さゆえなのか。
 
 私は裸足のままで、庭に降り積もる雪の上に足を下ろす。
 ひんやりとしているが、足の裏に感じる感触はとても柔らかい。
 まだ降り積もったばかりの雪は、凍りつくことはない。
 だからだろうか。足下の雪は、アイスクリームのようにほどよく柔らかい。

 辺りはとても静かだ。
 ほとんどの人間がまだ眠りについている時間であるせいもあるかもしれないが、降り積もった雪が周りの音を吸収してしまうせいもあるのだろう。


 まるで、自分一人がこの世界に取り残されたよう…。


 ふとそんな考えが頭を過ぎり、慌てて頭を振ってそれを打ち消す。
 気付けばこみ上げてきた寂しさを紛らわすかのように、雪を踏みしめていく。
 足跡がついた場所から、まだ誰にも踏まれていない場所へ。
 自分の足跡を、雪の上に残していく。

 まるで踊りでも舞うかのように。
 ただ無心のままに、雪を踏みしめる。

 肌に感じる気温は、凍てつく冷気。
 足の裏はもう、温度すら感じなくなってしまっていた。
 吐く息は雪と同じくらいに白い。

 剣を持たぬままに剣舞の振りを踊っていることに、ふと気付く。
 動かす身体は熱を帯び、舞い降りる雪と冷気がその熱を奪っていく。
 それでも動く足は止まらない。

 足に呪いでもかかっているかのように。
 私は、ただひたすらに踊り続ける。





 ようやく足が止まったのは、誰かに右腕を掴まれた時だった。






、俺の声が聞こえていなかったのか。」
 頭上から降ってきたのは、耳に心地よい深みのあるバリトンヴォイス。研ぎ澄まされた刃の切っ先にも似た鋭さと不思議なあたかみを合わせ持つ声音は、私のよく知る人のものだった。

「あ、ルヴァイド。私に何か言ってた?…ごめん、全然聞こえてなかった。」

 私は、首を上向ける。
するとルヴァイドは、空いている方の手の平で私の左頬をパシンと軽く叩いた。だが、痛みはない。
彼が痛くないようにしてくれているせいもあるだろうが、何より冷え切った身体は、当の昔に感覚が麻痺してしまっているためだ。

「雪の日に、こんな薄着で外を歩くな。それも裸足で外を歩くなんて…、そんなに風邪を引きたいのか?」
 咎めるような口調。ギリシャ彫像のように彫りの深い精悍な顔には、険しい表情を浮かべている。

「…ゴメン。そういうつもりじゃなかったんだけど、なんか雪を見てたら意識があっちの世界へ飛んでったみたいで。雪を見るのって、ホント久しぶりだったからさ」
 左頬に添えられたルヴァイドの手に、自分の手を添える。全身が冷たく冷え切っているせいか、頬に添えられた大きな手が熱を帯びているかのように熱い。

 頬に感じるあたたかさが心地よくて、ふと目を閉じれば、冷たい吐息しか吐き出せなくなった私の唇を温めるかのように、ルヴァイドの唇が押しつけられる。
 最初は触れるだけ。
 回数を重ねる毎に角度を変えて、深く貪るように求められる。口づけられる度、熱い吐息と冷たい吐息が混じり合い、言い知れない高揚感と安心感が全身を満たしていく。


 口づけから解放された頃には、すっかり全身の力が抜け切っていた。
なんとか相手にもたれかかるようにして立っていた私だが、不意にカクンと膝が折れてしまう。
あやうく地面に崩れおれる身体を、ルヴァイドが横抱きに抱え上げた。


「…ここは、あまり雪が降らないのか」
 ふと思いついたように口から漏れたルヴァイドの言葉に、
「そうよ。日本海側…西側の地域はわりと雪が多く降るんだけどね。こっちは冬になるとカラッカラに乾燥して、いい天気が続くだけだもの」
 雪をかぶってわずかに水分を含んだ彼の髪を片手で弄びながら、私は答える。

「なるほど。それで、にしては柄にもなく、雪を見てはしゃいでいたのか」

 思いがけないことを言われて、髪を弄んでいた私の手がピタリと止まる。

「……。…もしかしてルヴァイド、ずいぶん前から私のこと呼んでたりした?」

「ああ。が雪の上に裸足で下りた時くらいから呼んでいたが?」

 それって、ほとんど最初っからじゃないの!!!

 つまり、そうすると。
 さっきの剣舞モドキも当然見られていたということで。

「じゃあ、さっき私が踊ってたのも見てたわけ?」
 できれば首を振ってくれることを大いに期待しつつ、私はルヴァイドに訊ねた。

 しかし。

「当然だろう」
 一言、キッパリと。そう告げられて。
 私は恥ずかしさのあまり、思いっきり彼から視線を逸らした。

 顔から火が出る思いとは、まさにこのことだ。

「見られてはまずかったのか?」
「いや、そういうわけじゃな……っくし!!」
 怪訝そうに首を傾げられて、慌てて弁解する私だが。
唐突に強烈な寒気に襲われて、盛大にくしゃみをしてしまう。

「…とにかく、一旦中へ入るぞ。このままでは本当に風邪を引きかねん」
「……もうすでに引いてるかもしれないけどね」
 ボスッボスッと雪を踏みしめながら屋敷の方へと戻っていくルヴァイドの腕の中で、私はふと思ったことを呟く。すると、彼は苦虫を噛み潰したような表情を見せたかと思うと、榛色の瞳で私を軽く睨んだ。



「っくしっ!!」
 自分の部屋で濡れた着物――実は寝間着用の単衣だったーーを脱いで、あたたかいトレーナーとズボンに着替えると、外に出ていてもらったルヴァイドに部屋の中へ入ってもらう。彼にタオルを渡し、自分もバスタオルで濡れた髪を拭いていた時だ。
 ふいに鼻がむずむずしたかと思えば、私は思いっきり身体をくの字に折り曲げて盛大なくしゃみをしていた。

「…あ〜、本気で風邪引いたな…こりゃ」
 ぐずぐずとする鼻をティッシュで押さえつつ、まだ半乾き状態にある髪をタオルで再び拭き始める。
「こんな寒い日にあんな薄着で外に出ているからだ」
 彼の言葉に、私はぐうの音も出ない。否、出すことが出来ない。
「はぁ〜い…。…でも、あんまり雪が綺麗だったもんだから…、その、つい童心に返ってしまったというか、雪に魅入られたというか…」

 と言ったところで、ルヴァイドが納得してくれるとは思ってない。
 私のように滅多に雪の降らない地方に住む人間と、雪国に暮らす人間の感覚は、全く正反対だからだ。
 私たちにとって、雪は遊び道具。だが…、雪国の人々にとって雪は邪魔なものとしてしか認識されていない。ルヴァイドの祖国デグレアは、冬になると町中が雪に包まれる雪国だ。

「雪が綺麗…か。確かに綺麗なものかもしれんが…」

 おおっ!とりあえず同意はしてくれたよ?!
 さすが、話がわかるわ!!!

「俺は、雪よりも舞うお前の方がずっと美しいと感じたが」

 ………。

 …はい?

「あの…、今、なんて?」

「雪よりも、…お前の方がずっと美しい」
 そう告げてくる彼の瞳は、真剣そのもので。
何よりもその瞳の光が真実を告げているのだと、如実に語ってくれる。

 もともとこういう台詞を素面で言える人だと知ってはいたが。こう正面切って言われると、恥ずかしいを通り越して呆然としてしまうのは無理もないことだろう。


「嘘など言ってはいない。俺はただ、思ったことをそのまま告げただけだ」
 どうやら私の表情には、信じられない…という思いがありありと浮かんでいたのだろう。
ルヴァイドは私の腕を引き、私の身体を自身の腕の中に抱き込んだ。そして、ほとんど至近距離にも近い位置で、同じ言葉をもう一度口にする。

「…知ってる。ルヴァイドは嘘をつくような人じゃないもの」
 そして私は、真っ直ぐに自分の方を見つめてくる榛の双眸を見つめ返した。
 
 しばし、榛と漆黒の色彩が互いの瞳を交錯する。

 強い意志の宿るどこまでも真っ直ぐな榛の瞳。
 そこに宿るのは、穢れのない澄んだ光だ。
 ルヴァイドの瞳に、私は惹かれた。
 そこに宿る強い眼差しに魅入られたかのように。


「私は、貴方の誠実さと、澱みのない綺麗な瞳に惹かれたんだもの…」

「………」

 ルヴァイドの手が私の顎にかかり、優しく上を向かせる。
 互いの吐息がすぐそばに感じられるほどに、距離は近い。
 
「大好き…」

 貴方のその誠実な心が。
 真っ直ぐで澱みのない綺麗な瞳が。
 そして、何よりも貴方という一人の人間を。

 私は愛しているから。


 そっと目を伏せれば、すぐに優しいキスが降りてきた。



*後書き・・・
・え〜…と、微妙にスランプです。ネタはあれども、文が書けず。
そんな中で書いてみました、シェリー様からのリクエスト。
久々のルヴァイド夢。甘甘バージョン。(自分なりに)
ヒロイン設定は、一応当サイトの連載ヒロインのつもりなんですが…別人です。むしろ別人と思って読んで下さった方が、違和感ないかと思います。
ネタが微妙に季節外れですね。雪ですよ、雪。
ちなみに今年の冬は、管理人の地元、雪は積もりませんでした。
遅れに遅れたリクエスト作品がこんな駄文で申し訳ないです、シェリー様。
苦情・非難・突き返し可能ですので、遠慮なく言ってやって下さいマシ。
それではっ!!(管理人、脱兎)

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