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たまにはこんな日も…


 それは、バレンタインデーが近日に迫ったある日の昼下がりのこと。
私はイスラと共に、帝国領のとある大きな街へ食料の買い出しに来ていた。

「…案外に賑やかなものねぇ〜…」
 “帝国”という言葉的イメージから、街という街は全て軍の管制の統括下にあって、人々の姿が滅多に見えない…そんな様子を想像していたのだが。実際の街の様子は、私の予想を見事に裏切ってとても賑やかな所だった。
 すぐ近くに港があるだけに物品の流通も良く、置いてある品物の種類も豊富で品質もかなり良い。さすがは貿易の盛んな街。買い物や観光にくる分には飽きのこない所だ。

 そんな街の様子を見ていて、ふと元いた世界…私の本来住むべき世界のことを思い出す
私の住んでいた地域は、昔から貿易の盛んな“横浜”にほどよく近い田舎町。家から一時間弱で中華街やみなとみらいへ行けて、小さい頃はあちこちへ出かけたものだ。

 う〜ん…、また中華街やみなとみらいへ行ける時って来るんだろうか…?

 思わず真剣に考え込んだ私を現実へ引き戻したのは、不満げな響きを露わにした連れの声だ。
「付き合って欲しいっていうから、何かと思えば…。僕は荷物持ちじゃないんだけどね」
声だけでなく表情にも不満そうな色を浮かべている彼の両手には、いろんなものが入った紙袋が一つずつ乗せられている。

「…別に荷物持ちにするために付き合ってもらった訳じゃないわよ。本当は道案内してもらう予定だったんだけど、思った以上に荷物が多くなったから…。ごめん」
 苦笑いを浮かべて謝罪する私だが。

「誠意が見られない。本気でそう思ってる?」
 人の心の動きにわりと敏感なイスラは、そう言ってジロリと睨んでくる。

「思ってるわよ。もし私の腕が千手観音みたいにたくさんあったら、貴方に持たせてる荷物を全部自分で持ってるくらいに、誠心誠意はちゃんと持ってる」

 そうは言っても、私の腕は二本しかない。
それに引き換え、荷物の数は全部で四つ。私が買う予定だったもの以外にも、派閥の食堂で使う食料の買い足し分もあるわけだからね。買い込む量は半端じゃなく多いのだよ。おまけに、そのどれもがたくさん入っていて、重いときている。

 これを私一人で運べという方が、どだい無理な話だ。


「千手観音?なんだい、それ?」

「一人でたくさんの腕を持ってる私の世界の神様のことよ。」

 いちいち詳しく説明するとややこしいので、私はとりあえず特徴をそのまんまズバリと説明してみた。
するとイスラはしばし沈黙した後、訝しむような表情を浮かべて
「…本当に、のいた世界は変わったところだね。」
こう言葉を紡ぎ出したのである。

 ま、実物を見たことないと、想像するのも難しいか。

「私に言わせれば、リィンバウムだって充分変わったところなんだけど」
 そう言って私が苦笑して見せると、彼も同様に苦笑いを浮かべる。

「お互い様…ってことかな」
「そういうことよ」




 買うべきものも全て買い終わり、私たちは賑やかな街を後にした。
街を離れると途端に人の数が減るものだ。昼だというのにそれほど人通りの多くない街道を通り抜けていくと、人通りのほとんどない閑静な林が広がっている。冬の季節感が漂う寒々しい木々の林を抜ければ、ほどなく常緑樹に包まれた鬱蒼とした森が見えてくる。一年中鬱蒼として滅多に人が近づかないその森こそ、無色の派閥が本拠地を構える場所だ。

「ところで、。君が買いたかったものって一体何?」
 派閥に帰る途中の林の中を歩きながら、ふと思い出したようにその場に立ち止まったイスラは、後ろを歩く私の方を振り向いた。

「んあ?」

「君はもともと何か買いに行きたいものがあって、食堂の買い出し担当者と変わってもらったんだろ?その買いたかったものを、僕は聞いてるんだよ」

「ああ、はいはい。私が買いに行ったのは、板チョコよ」

「板チョコ?またどうして?」
 私はイスラの隣まで歩いていくと、その足を止めた。

「…ああ、そっか。そういえば、リィンバウムにはバレンタインデーなんて習慣、ないんだね。まだイスラにはそのこと話してなかったんだ」

 確か…ウィゼル師匠とツェリーヌ、ヤードさんにはそのことを話したんだっけ。
そしたらツェリーヌってば、妙に張り切ってたよな〜。彼女のことだから、きっとオルドレイクにでもあげるんだろう、うん。

「ばれんたいんでー?」

「そ。バレンタインデーってのは、女の子が好きな男の子にチョコをあげて、自分の想いを告白する日なの。ま、それ以外にも、お世話になった人に感謝の気持ちを込めてチョコを贈るのもありなんだけどね」

 私の言葉にイスラはひどく驚いていたようだった。
しかしそれはほんの一瞬のことで、すぐに何かを考え込んでしまう。

 そして…不意に、イスラが顔を上げた。

「…じゃあは派閥の中でチョコを贈る人がいるんだ…」
 訊ねるというよりも、半ば確信しているような口調でそう訊ねてくる彼の表情は、真剣そのもの。綺麗な黒曜石の瞳にも、強い光が灯っている。

「どっちかと言えば、お世話になった人にチョコを渡すってだけだけどね」

「へぇ…」

「いっとくけど、誰にあげるかなんて聞かれても教えないよ。それは当日のお楽しみ」
 おそらくイスラが言いたかったであろう言葉を先取りして忠告を加えると、彼は憮然として頬をふくらませる。

 私はそんな彼を視界の端に捉えながら、止まっていた足を再び動かし始めた。








 2月14日当日。無色の派閥内は、いつもとは違った雰囲気に包まれていた。
その理由は至極簡単。今日がバレンタインデーだからである。どうやらツェリーヌの口から、バレンタインデーについての情報がキッチリと派閥内に回ってしまったらしい。

 私も当然、皆に出遅れないように、昨日のうちに作っておいたチョコレートをそれぞれ渡すべき人々へ手渡していた。

 なんとなく甘いものの苦手そうなウィゼル師匠には、大人な味わいのチョコレートボンボンを。ちなみに一つだけ。ウイスキーが入っていようが、甘いものは甘いのものだから。数が少ないのもまた、私なりの感謝の形である。
 意外に甘いものも平気だというヤードさんには、ホワイトチョコとマーマレードの絶妙な味わいがポイントのマンダリンを。ホワイトチョコの甘さとマーマレードの酸味が何とも言えずベリーマッチなチョコ菓子だ。それを白い包装紙で包み、銀色のリボンをかけて出来上がり。我ながら結構な出来だった。

「あとは、イスラだけかぁ……。にしても一体何処に行ったんだか?」

 二人にはすでに渡し終えてしまったら、残るのはイスラだけ。
なのに、肝心な彼の姿が全く見あたらない…。彼がいつもよくいる場所から、ほとんど行きそうもない場所までくまなく調べたというのに。

「…どっかに出かけたのかな」
 捜しても捜しても一向に見つかる気配がないので、私はとりあえず諦めることにした。
万が一どこかに出かけているかもしれないし、たとえそうだとしても今日中には帰ってくるだろう。
会った時にでも渡せばいいことではないか。

 そう考えた私は、とりあえずおとなしく自分の部屋へと戻ることにした。



 とはいえ。捜すのをやめた時、見つかることはよくある話で…。



 私が自分の部屋まで戻ってくると、思いの外、簡単に捜し人の姿を見つけることが出来た。
部屋へ続く扉の前に佇む、一つの人影。夜の闇を収縮したかのような美しさを秘める漆黒の髪と黒曜石の双眸。着ている服は、薄暗い周囲に溶け込む全身黒づくめ。だが逆にその服装が、秋田美人もかくやと思われる綺麗な白い肌をより強調している。どことなく見る者に儚い印象を与える、溜息こそ出るものの文句なんてつけようもないくらいの白皙の美少年。私の探し人、イスラだ。

「捜したよ、イスラ。こんなところにいたんだ」
 私が声をかけると、彼はわずかに顔を上げる。

「…おはよう、
 低血圧気味のイスラは、朝はわりとボォ〜としていることが多いので、多分寝ぼけてるんだろうと、とりあえず挨拶を返した。

「…? おはよう。こんなところで何してるの?」

「……」

「ちょっと?」
 反応が返ってこないのでもしやと思い、私は彼の肩を軽く揺さぶる。
すると、けだるげな様子で彼が再び顔を上げた。その瞳はとろんとしていて、いつまぶたが閉じられてもおかしくないくらいだ。

「…ああ、ごめん。ちょっと眠くて…」

 か、可愛い…(惚)。
 おまけに妙に色っぽいのはなぜですか?
 そんなに無防備だと、お姉さんが襲っちゃいますよ(待て)。

「眠くてって、昨日そんなに遅くまで起きてたわけ?」

「……眠れなかったんだ。」

「それなら、わざわざこんな所にいないで、自分の部屋で寝てればいいじゃない」

「それじゃダメなんだ…。が誰にチョコをあげるのか、ちゃんと聞いてからじゃないと…安心して眠れない…」

 私が、誰に、チョコをあげるのか聞かないと、眠れないって…(絶句)。
 それだけの理由でずっと眠ってなかったわけかい?君は?

 私は呆れるやら、嬉しいやら、なんとも複雑な心境だ。
そう思いつつも顔が自然とほころんでしまうのは、まあ…ご愛敬かな。

「わかった。教えてあげるから、部屋に入って頂戴」
 とりあえずこのままにしておくわけにもいかなかったので、私はイスラの背を軽く後押ししてやりながら、部屋の中へと入っていった。


「はい、とりあえずそこに座って」
 私がイスラにベッドの上に座るように言うと、自分は彼が腰を下ろした隣に座った。

「じゃあ教えてあげるから、それを聞いたらちゃんと寝るのよ?」

「…わかった」

 物わかりがよくて結構。

「私が今日チョコをあげたのは、ウィゼル師匠とヤードさんよ。ウィゼル師匠はいつもお世話になってる御礼、ヤードさんは資料室を使う時に資料の探し方とかを親切に教えてもらったからそのお返しに。ここまではOK?」
 一応話の区切りがつくところで念を押すと、イスラはこっくりと頷いた。

 本当にちゃんと聞いてるんでしょうね…?

「それから…、はいコレ」
 そう言って私が差し出したのは、真っ白な包装紙と銀色のリボンで飾られた手のひらに乗るくらいの小さな箱だ。何かといえば、当然中身はチョコレート。

「…え?これ、僕に?」

「あたりまえでしょうが。じゃなきゃ、どうして君に差し出すわけ?」
 驚いたのか、はたまた夢心地なのか。どちらとも取れる感じでボンヤリと訊ねてきたイスラに、私はやや語調を強めて言葉を返す。

「…そういえば、そうだね…」
 納得したのか、彼は私が差し出した箱を受け取った。
 そうしてしばらく彼は、受け取った箱をまじまじと眺めていたが…、唐突に
「…これって夢かな?」
 などと言い出した。

「夢じゃないわよ。本当のこと。眠いならさっさと寝なさいよ」

「本当に?」

「だーかーらー、本当だって!!これで眠れるでしょ!さ、寝なさい!!」
 もともと彼が疑り深い性格だというのは、重々承知の上だったが、しつこく確認されると腹が立たないわけがなく。思わず私は声を荒げて叫んでいた。

「…じゃあ、。キスさせて」

「…へ?」

「ここが夢じゃないって証拠に、キスさせてよ」

 いきなり唐突にとんでもないことを言われて、私の頭は一瞬真っ白になった。
しかし、私が硬直している間にも、気付けばベッドの上に置いてた手の上にイスラの手が乗せられていて。心なしかさっきよりもイスラとの距離が近づいてるような…。
 思わず…というよりも反射的に身を引こうとしても、両手を押さえられているから場所移動が出来るはずもない。後々考えてみれば、身体を反らせればいいことだったのだが、少なくとも半分パニックになっていた頭でそんなことを考えられるはずもなく。

 結局。私が身を引くよりも、イスラの唇が私のそれに重ねられるのが先だった。

「…これで、安心して眠れる?」
 私が聞き返すと、未だ私を抱く腕の力を緩めないままで
「ん…、多分ね」
 イスラは何とも曖昧な答えを返してきた。

「多分って……」
 それってどういう意味?と聞き返すつもりだった私の行動は、見事に妨害される。
拘束されていた身体が突然解放されたかと思うと、片方の肩を力いっぱい押されて、私はベッドの上に仰向けに倒れ込んでしまったのだ。それだけならまだしも、あろうことかイスラは私の上に覆い被さるようにして、ベッドの上にうつぶせに倒れ込んできたのだ。

 要は、世間様一般で言う「押し倒された」状態なワケです。

「ちょ…、なにすんの!いっとくけど、へんなとこ触ったら、容赦なくぶっ飛ばすわよ!!」

「…別にそんなやましいことは考えてないよ。ただ、添い寝して欲しいだけだから」

「へ…?」
 言うが早いか、イスラは私の身体を抱きかかえると、そのまま目を閉じてしまった。

 …つまり、私は抱き枕ってことですか?

 半ば呆然としていた私が我に返った時には、すでにイスラは眠りについていた。
彼の無防備な寝顔を眺めているうちに、自分が一瞬でもよからぬことを考えてしまったことを深く深く恥じずにはいられなかった。

「はあ…」
 半分安心したような、残念なような、なんとも複雑な気持ちを抱えつつ。
私の首元に顔を埋めてスヤスヤ眠るイスラの髪を梳いてやりながら、ちょっと思った。

 たまには、こんな日があってもいいかもね…と。





 それから、余談だが。私が予想していた通り、ツェリーヌは張り切って超巨大チョコレートケーキを作り上げたらしい。それを実際に見た人の話では“まるで結婚式の時にケーキカットを入れるケーキのように大きくて、一番上にはデフォルメされたオルドレイクとツェリーヌのお人形が飾られていた”とのことである。
 それをなんとかして早くなくすため、オルドレイクの命令で派閥にいる全ての人間は甘いものの好き嫌い関係なく、チョコレートケーキを一人最低五切れ以上食べるようにと強要されたらしい。

…合掌。


*後書き・・・
・我ながら珍しく季節ネタです。ただ無色の派閥でバレンタインって、どうよ?
本当はツェリーヌを出していろいろと楽しみたかったのですが、これ以上書くと量が多すぎるので泣く泣く却下。
微妙に甘いのか、そうでないのか。甘さ的にはオリゴ糖。
それからイスラが限りなくキャラ変わっててスミマセン…。毒舌が全然ないですね。
まあ…たまにはこんな日もあるさ。それではコレにて!(管理人脱兎)
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