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聖女護衛陣の憂鬱



「なぁ、ロッカ。俺さ、最近思うんだけど…」

 平和で静かな一室で、マグナ・ネスティ・ロッカ・リューグは、何をするでもなく外を眺めていた。
 リィンバウムから突然”名もなき世界”へと飛ばされ、行く当てのなかった彼らに下宿先を提供してくれたは、トリスやアメル・ケイナ・ミニス・モーリンといった女性陣と共に『都心』へ買い物に出かけている。だからこそ、こんな会話もまた可能だったと言えよう。
 下宿先の大奥様であるの祖母は、部屋の一室で何をするでもなく座っている彼らにお茶を入れてくれた。少し苦みのある鮮やかな若草色のお茶ーー紅茶と同じ原料で作っているものらしいーーを一口飲んで、ロッカは自分に話しかけてきた藍色の髪の少年ーマグナへと視線を向けた。

「何をだい、マグナ?」
 隣に座る赤毛の少年と瓜二つの顔つきーー双子なのだーーであるものの、穏やかな雰囲気を持つロッカは、柔らかな笑顔を浮かべた。

「いや、アメルのことなんだけど…。最近、ブラック降臨スキルがグレードアップしてるように思うのは、俺の気のせいかな?」


 瞬間、その部屋にいた全ての人物の動きが凍り付いた。

「…マグナの言うことも一理ある。確かに最近、アメルのブラック降臨で生じる被害が、以前のものとまるで桁外れになってきているからな」

「ネスもやっぱりそう思う? この間なんて、アメルの背中に天使の羽みたいなものが見えたんだよ。今までそんなことなかっただろ?」

 同意をえられて、少し得意げな顔をするマグナ。
ロッカの隣に座ったリューグは、訝しげな顔をする。

「アメルの背中に羽なんて、俺は一度も見たことないぜ?」

「ここ最近、アメルの標的になるのはもっぱらバルレルくんだからね。前に一度だけ見かけたんだけど、あれが人間なら確実に死んでいるよ」

 ロッカの何気ない一言で、リューグの顔色が一瞬で青ざめた。
アメルとは兄妹同然に育ってきた双子たちは、おそらく誰よりもアメルの恐ろしさを知っている。
そのせいか、マグナたち以上に彼女のことを恐れている節があった。

「僕が思うに、アメルがブラック降臨スキルを発動させるのは、もっぱらに何かよくないことを働いた人間を排除するためじゃないか?」

「…言われてみれば、そうかもしれない……」
 ネスティの指摘に、マグナは今までのアメルの行動を思い出し……その言葉がしっかりと的を射ていることに気づく。

「確かに。以前ネスティがアメルにお仕置きされたのも、に言い寄っていた時だったらしいからね」
 ニコニコと笑顔を浮かべたままで、さりげなくロッカが言う。
その視線が微妙にネスティの方を向いてるのは、多分わざとだ。

「だから、それは激しく誤解だ!!!」
 檜のテーブルにダンッ、と激しく手をついて弁解するネスティ。
しかし、その頬がわずかに紅潮していることは否めない。

「そんなに照れなくってもいいんだよ、ネス。が魅力的だと思ってるのはネスだけじゃないんだし」
 マグナは一応兄弟子に対して気を遣っているのか、はたまた天然か。
俺だってのこと、好きだよ。等と、本人がいないからこそ言える本音を、至極あっさりとぶちまけたりしている。

「そうそう。僕たちだけじゃなくて、トリスたちだってさんのことは好いてるみたいだし、バルレルくんは明らかに彼女をからかって面白がってる節はあるけど、あれも一つの愛情表現みたいなものだろうし。
それに黒騎士・・ルヴァイドやイオスも、さんに対して何らかの思い入れがあるみたいだから」

 ロッカも複数形で自分の想いをあっさり吐露し、あまつさえ彼女に想いを寄せているであろう他の者たちの名もこれまたあっさりと挙げていく。そこに本人たちがいたら、いろいろと面白いものが見られたかもしれないのだが、あいにく彼らもこの場所にはいなかった。


「そういや、兄貴。アメルのやつもえらくが気に入ってるみたいだぜ。いつも気が付くと、あいつのそばにいることが多いだろ?」
 一方のリューグは、さりげなく話題を微妙に本題へと戻す。
今の話題の主は、この家の一人娘のことではなく、あくまでアメルであるはずだ。

「そういえば、そうだね。………あぁ、そうか!
だから、アメルはに何かある度にすぐ気づいて、ブラック降臨スキルを発動させてるのか!!」

「そこは感心するところか、マグナ?
アメルの行動を見ていれば、それくらいのことはすぐにわかるだろうが」

「そうか?俺や兄貴だってそこまでアメルの行動を見ちゃいないぞ」
 当たり前だろうとばかりに言ったネスティの言葉に、リューグは眉をひそめた。

「…ネス、あの時のアメルのお仕置きがよっぽどトラウマになってるんだね。
だからアメルの行動を把握して、自分にとばっちりが来ないようにしてるんだ。可哀想に…」

 マグナは、隣にいる兄弟子の肩をポンポンと叩いて、彼を慰める。ネスティは何も言わずに仏頂面を見せるだけだ。他の人間ならいざ知らず、マグナが口にした言葉はけしてからかいの意図を含んだものではない。ゆえに何も言わなかったのだ。

「とにかく…、アメルのブラックスキル発動を阻止するためには、僕たちで彼女にちょっかいを出す者を先に排除する必要があると。この話の結論は、そういうことかな?」

「…ロッカ。この上なく恐ろしいことをサラリと口にしないでくれ」

「でも兄貴の言うことも一理あるんじゃねえか? あいつにそのことを言っておけば、アメルのブラックスキルの降臨が減るかもしれない」

「そうだね。じゃあトリスたちが帰ってきたら、それとなくに言ってみよう」

「そのとき、くれぐれもアメルに聞かれないように気をつけるんだぞ。
本人に聞かれてしまったら、元も子もないんだからな。」




「何が私に聞かれちゃいけないんですか、ネスティさん?」




 鈴を転がすような、澄んだ綺麗なソプラノヴォイスが響く。

 その声を聞いた瞬間、中にいた面々が一斉に顔を強張らせた。
おそるおそる彼らが視線を向けた先にいたのは、一人の少女だ。清楚な美少女と言葉がピッタリな、儚い印象を受ける彼女は、いつもは無造作に流している亜麻色の髪を、肩の辺りで二つに分け、それを藤色のリボンで結わいている。着ている服は、どこかの学校の制服を思わせるセーラーカラーのついた上着と4本のひだが入った藤色のプリーツスカート。
清廉な印象を受ける文句なしの美少女なのだが、綺麗な顔に浮かべる笑顔はどこかぎこちない。

 目が笑っていないのだ。
 綺麗な亜麻色の瞳は、完全に据わりきっていて。おまけに、こめかみには青筋が浮き立っていたりするのだ。なまじ美少女なだけに、余計にその形相が恐ろしく見える。

「あ、アメル…。たちと一緒に出かけたんじゃなかったのか…?」

 マグナがおそるおそる聞くと、アメルは最凶の微笑みを浮かべたままで
「ミニスちゃんがシルヴァーナのペンダントを忘れてしまったので、一旦引き返して取りに来たんですよ。それが何か?」

「あ…、いや…。なんでもないです……」

「で、ネスティさん。さっきのお話がまだ済んでませんでしたよね?」
 マグナをその全身にみなぎるオーラで完全に退かせた後、ニッコリと微笑みを浮かべるアメル。
その背後には、どす黒い気がもうもうと立ちこめていた。

 明らかに怒っている。


 彼女の怒りのオーラを見つめながら、ネスティは半ば覚悟を決めていた。
 アメルの背に真っ白な翼が現れる。

 裁きの刻は、近い……。



 そんな時だ。


「アメル?ミニスの準備が出来たから、出発するよ?」

 アメルに声をかけてきたのは、艶やかな漆黒の髪が印象的な女性だった。
太ももの辺りまで伸びる若草色の上着と、膝上丈のパンツを合わせたボーイッシュな服がしなやかな肢体によく似合う。抜き身の刃を思わせる、ややきつめな美貌ーー清廉さと艶麗さを兼ね備えた黒髪美人だ。先ほどから彼らの会話の中に出てきた、その人である。

さん」
 途端にアメルの怒りのオーラが退いていく。
代わりに彼女の顔に浮かぶのは、裏のない綺麗な笑顔だ。

(なんて変わり身の早い……)

 マグナ・ネスティ・レルムの双子たちは、同時にそう思ったがけして口にはしない。
”口は災いの元”、”触らぬ神に祟りなし”だ。

「どうしたの?ネスティたちに何か、言づてでもあった?」

「いえ、別にたいしたことじゃないんです。ミニスちゃんの用事が済んだのなら、今度こそ出発しましょう。早い時間に出て行かないと、帰りが遅くなってしまいますから♪」

「それもそうね。じゃあ、行ってくるわ。マグナたちは留守番宜しく」
 お土産買ってくるからね、とはマグナたちに向けてウインクを一つ。
思わず赤くなる男性陣にアメルの鋭い視線が突きつけられるが、が彼女の腕をとったため、その視線はすぐに遮断されることになる。


 男性陣がホッと胸を撫で下ろしたのもつかの間ーーーー。


、ここにいたのか」

「どうしたの、ルヴァイド?何か私に用事でも?」

 に声をかけてきたのは、深紅の髪もつ精悍な顔立ちの男性だ。
一国家の軍の指揮官であったという彼は、ロッカやリューグが黒騎士と呼ぶことからわかるように、常に無骨な漆黒の甲冑を纏っていたのだが、こちらの世界では目立ちすぎるため、最近ではほとんどそれを着用していない。
 もっとも、戦いとはほぼ無縁であるこの日本では、わざわざ武装する必要がないというのも理由の一つだ。
 そんなわけで今回彼が着ているのは、イタリアンカラーと呼ばれるプレーンな矢羽型の襟がついたワイシャツと濃い色のジーンズだ。ラフな格好だが、違和感がないどころか、彫りが深く目鼻立ちの整っているがゆえに、そこいらのモデルや俳優よりもずっと様になっていたりする。

「師範殿に備品の買い出しを頼まれたのだが、どこで購入すればよいのかわからなくてな。お前に聞こうと思っていたところだ」

「…あのくそじじい…。ごめん、ルヴァイドにこんな雑用頼んじゃって。爺ちゃんに代わって謝るわ」

「いや、世話になっている身で何もしないわけにもいかんだろう」

「ルヴァイドがそう言うならいいけどさ…。で、何を買ってくればいいの?」

 が訊くと、彼は一枚のメモを彼女に渡す。それに目を通し…、は思いっきり脱力した。

「ったく、私たちが東京に行くってこと知ってて、どうして私に頼まないかな?
これ、全部東京に出ないと手に入らないものばっかじゃん。
ついでだから、私が帰りに買ってくるわ」

「いや、俺も行こう。荷物持ちが一人だけでは、いささか辛かろう」

「…荷物持ちって……」

「今朝、フォルテがさんざん愚痴っていたからな。お前たちの買い物とそこに書かれた品物全てを、彼一人で持ち帰るのは無理がありそうだ。もう一人くらい荷物持ちがいたほうが助かるだろう」

 ルヴァイドの言葉に、は苦笑いを浮かべる。

「それじゃ、お願いしてもいい?かーなーりー荷物持たせると思うけど?」

「ああ」

「ありがと、ルヴァイド。正直かなり助かるわ。アメルもいいでしょ?」
 ニッコリと微笑んでみせるにつられたように、ブスッとしていたアメルの表情が一変する。

さんがいいというなら喜んで。荷物持ちが増えれば、その分たくさん買い物が出来ますしね☆」

「あまり調子に乗って買い過ぎないでよ?それじゃ、行きましょ」
 はルヴァイドの腕をとると、ややムッとした顔をするアメルの額を軽くこづいてやる。
するとアメルは自分が構ってもらえたのが嬉しいらしく、の腕に自分の腕を絡めて意気揚々と歩き出した。

 そんな二人を、ルヴァイドは珍しく微笑を浮かべて見守っている。ハタから見れば、まるでそそっかしい妹たちを見守る兄のようだ。



 実にほのぼのとした雰囲気を作り出しながら出かけていく三人を、マグナたちはひたすら無言で見送ってやった。

 そして。彼らが完全に外へ出払ったであろう、時間が経った頃。

 ポツリとリューグが誰に言うでもなく呟いた。

「…今思ったんだが。黒騎士やイオスに関しては、アメルのやつ完全ノーマークじゃねえか?」
 その言葉に思い当たる節があったのか、マグナたちはハッと顔を上げる。

「言われてみれば…」

「確かに、彼らはとの接触が多い割に、アメルのブラック降臨スキルの被害者になったことはないな」

「よく考えてみると、贔屓ですよね…。
ただでさえ、やつらはさんとの接触回数や話のネタも多いのに。
これ以上彼らをのさばらせるのは、僕たちとしては不公平を感じますね」

「…いっそあいつらを、俺たちでやっつけるってのはどうだ?」
 特にこれといった案もないので、リューグの冗談交じりで言った案があっさりと可決される。

「にしてもさ、俺たちってなんか損な役回りだよね……」

 ふとマグナがポソリと呟いた言葉は、まさに彼らの境遇を表すにふさわしいものであった。


*後書き・・・
・メルマガ用とのことで、視点はあえてヒロイン以外の人のところにあります。
今回は珍しく三人称。意外に三人称で書くのも楽しいと思う今日この頃。
通常滅多に焦点が当てられない人々に当ててみました。
議題はズバリ「アメルのブラック降臨スキルクラス上昇について」。
そのくせやっぱり出てきましたね、ルヴァイドさんが。
う〜みゅ・・・、どうも彼かイオスを出さなきゃドリーム書けないような気が・・。
それもどうかと思うんだけど・・・。
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