バレンタインとは。
甘いものが苦手な男性にとっては。
ものすごくイヤな行事である。
そして。
そんな男性に惚れてしまった女性もまた。
どうするべきかと、頭悩ます時期である。
それは、久々にルマリの家に女性陣が集まって、楽しい雑談に華を咲かせていた2月のある日のこと。
集まってきたのは、プラティと彼女の同輩である親友のサナレ、サナレの姉であるコウレン。そして護衛獣を召喚した縁でプラティと仲良くなった、召喚師にして現在住み込みの家政婦もどきをしているである。
彼女たちが、ワイスタァンの噂や世間話、その他ちょっとしたお話で盛り上がっていたさなか。ふと思い出したように、サナレが口を開いたのが今回の話の始まりであった。
「そういえばルマリさんは、テュラムさんにバレンタインで何をあげるんですか?」
目を好奇心に輝かせ、興味津々に答えを待つサナレに対して、ルマリはいつも通りのおっとりとした調子でそれに答える。
「今年は、おとなしく編み物をしているのよ。セーターを作って渡すつもりなの。去年は頑張って何か料理を作ろうとしたんだけど、下ごしらえをしているうちに身体の具合が悪くなって…。後でウレクサにさんざん叱られてしまったから」
そう言って微笑むルマリには、“儚い”という言葉が良く似合う。
三年前のある事件で病気を患ってしまった彼女は、一日のほとんどをベッドの上で過ごしているのだ。かつては“魔迅槍のルマリ”の二つ名で知られた七鍛聖の一人であったというが、今ではその面影はほとんど残っていない。彼女の恋人であるテュラムや弟のウレクサが、必要以上に彼女に過保護になってしまうのも、無理はないだろう。
「ウレクサさんって、本当にお姉さん思いなんですね。」
プラティがしみじみと感心したように声を出す。
それはけして他の意味合いをこめた言葉ではなく、本心からの言葉であるとわかるから、ルマリは穏やかに微笑む。
「ええ。でもね…私のことが心配だというなら、せめて私があの子のことで心配しなくてすむように、もうそろそろ身を固める決心をして欲しいものね」
そう言ってなにやら意味ありげな笑みを浮かべるルマリに、は訝しげな表情を露わにして訊ねる。
「……ウレクサさんって、確かサクロと同じくらいの年ですよね?なら、結婚はまだ早いんじゃないですか?」
「あら、そうかしら。結婚に早いも遅いもないでしょ?
自分の気に入った女性がいるのなら、プロポーズは早めにするべきよ。
そうでなくては、他の人に先を越されてしまうかもしれないでしょ。
私としても、彼女なら是非義理の妹に欲しいもの。
弟に頑張って貰いたいと思うのは、当然だと思わない?
…そうでしょ、コウレン」
ルマリは元同僚で、親友でもあるコウレンへと話を振った。
「そうね…。貴女がそう思うのも、無理はないかもしれないわね…。
ルマリとしては、やはり自分の弟に勝って欲しいと思うものね。サクロには悪いだろうけど」
そう言った後、コウレンの深紅の瞳は真っ直ぐにの方へと向けられる。
「でしょう?」
コウレンの同意が得られて嬉しそうなルマリの視線も、これまたの方へと向けられていた。
「あの…、ルマリさんもコウレンさんも、一体何の話をしていらっしゃいますんでしょうか?
全然わからないんですけれど…」
かたや大人の色気たっぷりの黒髪美女、かたや儚げな風情の楚々たる美女の視線を一身に受けて、は心なしか後方へと足をずらしていた。
「そういうところがは鈍過ぎるの。私より年上なんだからしっかりしなさいよね!」
その上、サナレのよくわからない発言と彼女のキッツイ視線とのダブル攻撃にさらされたは、額にビッシリと冷や汗を掻きつつもとにかく視線に耐えることしかできない。
「ねえねえ、サナレ。サナレは誰かにチョコレートあげるの?」
いつまでも続くかと思われた視線地獄からを解放したのは、天然娘の異名高いプラティの声であった。
「そんなのいるはずないでしょ?そういうプラティこそ、ヴァリラに渡さないの?」
「う〜ん、どうしようかなぁ〜…。ただヴァリラの場合、受け取ってくれるかわかんないし…」
「それは単なる照れだから、心配ご無用よ♪思いっきり照れさせてやりなさい!
そんでもって、渡す時には是非私に声をかけてね☆」
とりあえず話題が自分から逸れたことで正気に戻ったが、プラティの肩をポンポン叩いてやりながら、さりげなくけしからんことを囁く。
「、覗き見する気?悪趣味ね。」
「悪趣味だろうが何だろうが、あのプライド高い御曹司がどんな顔するのか見れるのなら、悪趣味と罵られようと構わないわ!!」
プライド高い御曹司――ヴァリラは、金の匠合の次期当主だ。おまけに鍛冶師としての才能にも恵まれて“天才”とすら呼ばれるほどだから、とにかくプライドが高い。
時折暴言にも近い発言をする彼に、天然なプラティはともかく、サナレやが嫌悪感を抱かずに付き合ってられるのは、ひとえに彼の不器用さを知るがゆえである。ヴァリラの性格を簡単に表すなら“素直になれない生意気盛りな少年”だ。
「あ、それは納得」
「でしょ?なんなら、サナレも一緒に見学に行く?」
の提案に、思わずグラリと傾くサナレだが。ハッとプラティのことを思い出し、沸き上がる好奇心を抑えて、なんとか正論を口に出すことに成功する。
「ダメよダメよダメよ!覗き見なんて、ダメよ!」
「…別にいいわよ、そうしたら私一人で行くから」
「何言ってるのよ!そんなにダメに決まってるでしょ!
覗き見したいって言うなら、がサクロにチョコを渡す時、プラティを呼ぶのよ!」
つまりサナレは、“Give&Take”の精神を要求しているわけだが。
「私がサクロに?チョコなんてあげないよ?」
一瞬の沈黙の後。
「「「「ええええーっ!!!!!」」」」
ヴァンスの町中に、驚愕の女性陣の叫びが轟いた。
「なんで?どうして?!」
「さんは、サクロさんにチョコレートあげないんですか?」
「あらまあ、それは願ったり叶ったり♪」
「ちょっとサクロが気の毒だけどね…」
それぞれが口々に告げてくる中で、はキョトンとしていた。
「ねえ…、みんな?なにか勘違いしてない?」
「え、勘違いですか?」
不思議そうな顔をして自分を見上げてくるプラティに苦笑して見せ、
「私は確かにサクロにチョコはあげないと言ったけど…、何もあげないとは言ってないじゃない。」
頬を人差し指で軽く掻きながら、あっさりとは答える。
「だってサクロはどちらかと言えば、辛党の人間じゃない。
そんな彼に甘いチョコレートをあげても、喧嘩を売ってるようにしか見えないでしょ」
「へ…?そうなの?」
サナレが初耳ですと言わんばかりに目を丸くする。
だがコウレンは、逆に彼女が知らないことに驚いていた。
「あら、サナレ。知らなかった?」
「サクロさんって、ものすごくカレーが好きなんだよ?」
あまり彼と接点のないように見えるプラティがそのことを知っていたのは、以前に特訓と称してカレーを作らされたことがあるからである。
「結構有名な話だと思ってたんだけど、サナレちゃんが知らないって事は、そんなに有名でもないのかしら?」
ほんわりとした口調で、首をほのかに傾げるルマリ。そしてはといえば、何とも言えない微妙な表情を浮かべている。
「まあ…、少なくとも見た感じではそういう印象受けないしね」
現“七鍛聖”の一人である青玉の鍛聖サクロ。亜麻色の長い髪と瑠璃色の涼しげな双眸、加えて秀麗な顔立ちの持ち主である。頭脳明晰・沈着冷静な鍛聖としてもその名を知られ、若手の鍛聖の中ではリーダー格にある将来有望な青年であるが、同時にが住み込みで家政婦の仕事をしている家の主でもあった。
そんな彼の意外な一面は、ひそかにつけられた「カレーの鍛聖」の二つ名からもわかる通り、極度のカレー愛好家なのだ。
カレー好き=辛党。
そんな公式がその場にいた女性陣の頭の中を駆け巡っていく。
「なるほど…。じゃあ一体どうするつもり?」
「ふっふっふ。家政婦歴6年のベテランメイドさんの腕の見せ所よ」
妙に気合いの入っているだが、一体彼女が何を考えているのか。
それを理解できる人間は、少なくとも今ここにはいなかった。