郷土資料館を出た後、私たちは安内市の大通りへとやって来た。
地方都市とはいえ、大通りと名の付くだけあって、喫茶店をはじめとする様々な店が軒を連ねて並んでいる。私たちはその中から適当な喫茶店を見繕い、中に入った。

昼食がまだだった柊一はサンドイッチとアイスコーヒーを、すでに昼食が済んでいた私はチョコレートパフェを頼む。頼み終わるやいなや、機嫌のすこぶる悪かった柊一は店内に流れるラジオが五月蠅いことにぐちぐちと文句を言い始めた。
 おそらくは先ほどの資料館のあまりのほったらかしように見るに見かねて、今までにいろいろと溜まっていた鬱憤やら何やらが一気に爆発したのであろう。一旦機嫌が直ったかのように思ったのは、どうやら一時的なものらしい。とはいえ、彼の気持ちもわからないでもなかったので、聞こえる程度の小声でブツブツ愚痴る柊一の言葉を、私は頭も耳も半分で聞き流してやっていた。

ま。とりあえず言いたいことを言いたいだけ愚痴れば、柊一も楽になるでしょうし?

柊一の指摘する通り、確かにFMラジオはちょっと五月蠅い。だが、それ以外を除けば、そこそこ綺麗で雰囲気も良い店だ。田舎だと思っていた安内市にこんな感じの良い喫茶店があったのかと、私は内心驚きものであったくらいである。


しばらくして、私よりも先に柊一の頼んでいたサンドイッチとアイスコーヒーが運ばれてきた。すると途端に柊一は口を閉ざし、すました様子で大きな猫をかぶる。

…まあ、ウェイトレスさんの前でまで愚痴零されると私も困るんだけど。

ウェイトレスのお姉さんは、サンドイッチとアイスコーヒーを柊一の前に置くと。
すぐに引っ込むかと思いきや、その場に立ち止まったままでまじまじと柊一の様子を眺めていた。
確かに、柊一とタメ張れるような美少年は、ここらじゃまずお目にかかれないだろうーーーいや、桜田兄弟と小城美也なら対抗出来るかーーーから無理もない。無理もないのだけれど、そこまであからさまにまじまじと見るのは如何なものかと思う。
 そう思って私がちらりと視線を向けてやれば、ウェイトレスさんはようやく自分のしていることに気がついたのか。慌てて柊一に一礼すると、一目散に踵を返してその場を歩き去っていった。

「……なんで私の周りには、こうも人目を引く連中が揃ってるんだか…」
 足早に去っていくウェイトレスの背へと視線を向けたまま、私はポツリと呟いた。
どうして私のような平々凡々な容姿の人間と、克也や柊一のような羨ましくなる位の美貌の主が行動を共にすることが多いのか。彼らと出歩くたびに、私の容姿コンプレックス度はより高みを目指して上昇を続けているというのに。

「ん? 」
 私の呟きを耳にしたのか、柊一が両手にサンドイッチを持ったままでこちらへと視線を向けてくる。彼の両手に持つサンドイッチは具の大きさ、ボリュームともに申し分ない大きさである。

「なんでもないから。柊一は食べることに専念してなさいよ」
 私は素っ気なくそう言って、相手のこれ以上の追求をうやむやにしてしまう。
彼は納得してはいないようだったが、これ以上こだわっていても無駄と思ったのか、はたまた食事を摂ることに多少意識がいっていたせいなのか。結局それ以上何を言うでもなく、再び食物摂取に専念し始めたのだった。


 その後、チョコレートパフェも無事に運ばれてきて、私は“奢り”という名の特典の付いたパフェを思う存分味わい尽くした。柊一の頼んだサンドイッチも美味しかったらしいが、私の頼んだパフェも実に美味しかった。生クリームは程よい甘さだったし、中に入っていたフルーツも種類が豊富だった。田舎の喫茶店にしておくのが勿体ないくらいである。

 つい先程まで私の心に重くのしかかっていた「容姿コンプレックス」だが、甘くて美味しいものを食べているうちに、どこかへ吹き飛んでしまっていたようだ。

 我ながら単純と言うか、何と言うか……(笑)。



「ところで柊一、これからどうするの? 」
 美味しいだけでなく、量もほどよいくらいにあったパフェを存分に堪能した後。
お冷やを飲みながら、何気なく、私は目の前に座る彼へと話題を振った。

 何か思案しているのか、はたまたただぼーっとしているだけか。心ここにあらずといった表情で外を眺めていた柊一だが、私の言葉に反応して、こちらへと視線を向けてくる。

「……そうだな。ダウジングでもしてみるか」
そうして呼吸一拍分の沈黙の後、彼はズボンのポケットから赤銅色の鈴を取り出した。
卓球球大くらいに小さな幾つもの鈴は、まるで注連縄のようにきつく編み込まれた組み縄に寄り添うかのように揺れている。この鈴こそ、赤銅色の飛鳥井家に代々伝わる呪具にして、柊一の商売道具だ。

 そそくさと私が安内市の地図を広げて差し出せば、柊一はそれを自分の手元へと引き寄せる。そうして組み紐の一端を持ち、鈴を地図の上にぶら下げると、不必要な身体の力を抜く。左手で頬杖をついて、端から見ればぼんやり地図を眺めているようにしか見えない姿勢を取ると、彼は鈴を自分の意志で揺らさぬように注意しながらゆっくりと地図の上をなぞらせていく。

 ―――――ちりん。

 地図のある一点―――四角く薄緑色に塗られたところを通ったそのとき。
今まで全く微動だに模しなかった赤銅色の鈴が、涼しくも可愛らしい音色をたてる。

「………毎度ながら、柊一のダウジングの正確さには恐れ入るわ」
 こちらを振り返った喫茶店のマスターに、ごまかしの意味を込めてニコリと笑いかける柊一を尻目に。私は地図上で鈴の鳴った部分―――青々と緑の覆い繁る・入らずの森の座標である―――を食い入るように見つめながら、感嘆の声を漏らさずにはいられなかった。

 柊一は、鈴を使った鎮魂の他にも“ダウジング”を得意技能としている。
“ダウジング”というと、どうも『お宝探し』とか『胡散臭い』という印象が強いが、れっきとした古来より伝わる失せ物探しの技術の一つである。古くは失せ物探しの他にも、水脈を辿るのにも使用されている。けして『お宝探し』の為だけの技術ではないのだ、あしからず。探索成功率は探し手の技量にもよるのだろうが、実際過去にもこれで水脈を発見したという記録があるのだから、馬鹿にした物ではない。
 そして柊一のダウジングは、今まで私が知っている結果を見ても百発百中。探したいと思うものは、必ずと言っていいほどに探し出すことが出来る。何せ過去には、『御霊』そのものの居場所を探索することに成功しているのだから、その能力はお墨付きである。

「……。さっきの瓦が出土した場所は確か……」

「お察しの通り、私が通う高校のある舟山町よ。ついでに言えば、柊一の鈴が示したのは『入らずの森』で間違いないわね。緑の部分の隣に学校のマークがあるじゃない? 」

「そうみたいだな……」
 しばし思案した後、柊一はカタンと音を立てて椅子から立ち上がった。
その視線ははっきりと外へと向けられているが、表情はあまり芳しくない。

「もう少し日がかげってから行かない? 」
 相手の表情の翳りを見て、柊一が朝からほぼ休み無しで動き回っていることに気付いた私は、さりげなく提案してみた。
無論、私自身がこの炎天下の中を歩き回りたくなかったという気持ちもあるのだが。
私がこう告げた最大の理由は、仕事一筋・真面目一辺倒である柊一の体調を気遣っての言葉だった。

 にも関わらず、私の細やかな気遣いなぞに気づきもしない柊一はといえば。
呆れたと言わんばかりの色を顔にありありと浮かべ、容赦無い言葉を浴びせてくる。

「あのな、。僕たちは遊びに来てるんじゃないんだぞ?!
いいからこの森に案内してくれ。
案内する気がないなら、さっきのパフェ代、自分で出してもらうからな」

 この野郎……、人の親切を足で踏みにじりおってぇっっ……!!!

 思わず柊一をぶん殴ってやりたい衝動に駆られるものの、奢ってもらう立場の人間が奢ってくれる相手に対してそんな暴行を加えられるはずもなく……。

「行くわよ、行けばいいんでしょ!! 」
 やり場のない怒りを叩きつけるかのように、私は乱暴に床を蹴り上げて立ち上がる。
だが、その音は予想以上に大きかったらしくーーというか、椅子が勢いで蹴り倒されていたからなぁーー、私は店内にいた全ての人々から冷たい視線を喰らう羽目になりーーー。

 ペコペコと謝罪する他、選択肢がなかったことは言うまでもない……。





*後書き…
・かなりご無沙汰ぶりに、聖霊狩り連載の更新〜。
前々回・前回とはうって変わって、ドリー夢要素が無いです。皆無です。
てか、まだここですか? 進みが遅すぎますよ、私の書く原作沿いは。
次回はもう少し、ドリー夢要素を入れられるよう頑張ります。でもって、妄想萌ちゃんも書きたい…。



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