そこへ。救世主とも呼ぶべき人物が現れた。

「あ〜、お待たせしてすみませんでした。切れた羊羹がなかったもので、新しく切り直していたら思いの外時間がかかってしまいましたよ」
 ニコニコと満面の笑みを浮かべて、手にはよく冷えた麦茶と食べやすいように切ってある羊羹が乗った盆を持った宮司さんがようやく台所から姿を現す。
一片の邪気の欠片もなく、まるで憧れの特撮ヒーローに会えたかのような純粋な喜びを露わにする宮司さん(推定年齢・40代)の登場は、私たちにとってまさしく“救世主降臨”にも近い出来事だった。

 あぁ、ありがとう宮司さん。そしてお見事!
 さすが神職者だけあって、間の良い登場の仕方をよく心得ていらっしゃる。

「いやはや、それにしても御霊部さんとはねえ。すごく久しぶりですよ。前にいらした時から数えて、ざっと20年になりますかねえ。あのとき、僕はまだ学生でねえ…」
 柊一に麦茶と羊羹をすすめると、宮司さんは感嘆の溜息を漏らしながら勝手にぺらぺらと喋り出した。
 私はすでに一度は聞かされていた事なので、右耳から左耳へと情報を綺麗に押し流していたが、柊一はお義理程度には一応耳に入れているようだった。時折相槌を打ったり、返答をしてやってるのがその何よりの証拠。

 さすがにマメだなぁ……。柊一の血液型はおそらくA型とみた!

 一方、宮司さんの方もいろいろと反応してもらえると喋り甲斐があるのだろう。関係のない事をぺらぺらと際限なく話していく。それはもう本筋とはまるで関係なし話ばかり。
 これにはさすがに辟易したのだろう、さりげなく柊一が話の路線を戻させたくらいだ。


『冬の寒さが厳しく、春先に大雨が降った年には気をつけろ。
その年の夏には祟り神が暴れて、大勢の人が苦しむ羽目になる』
 これが、五郎神社に昔から伝わる言い伝え。
 随分と我が儘な条件をつける祟り神だとは思うが、逆に言えばこれだけの条件が揃わなければ祟る事はないのだから、行動パターンのわかりやすい祟り神とも言えよう。
 ただその周期が20年に一度である事、そして20年に一度は必ず御霊部のメンバーがこの安内市へと赴き、調査をしていく点がどうにも解せない。


「あ、そうだ。ついでにうちの部長から、こちらの郷土資料館を見学してくるように言われたんですけど……」
 宮司さんの話が一段落ついたところで、柊一はふと思い出したように訊ねた。

「あ、それでしたら…市役所行きのバス停が神社の下に来ますよ。
あっ、あと4分しかない!! 急いで、急いで!!! 」
 言うなり宮司さんは立ち上がると、パンパンと両手を打ちながら柊一をせき立てる。
両手を叩くその音が妙に響くのは、やはり毎日毎日本殿で柏手を打っているせいだろうか。

 しかし……、なぜだろう。
 柊一を追い立てるその様子が、保父さんのようにしか見えないのは???

 そんなことをぼんやりと考えていると、すごい力で腕を思いっきり引っ張られる。
無理矢理に加えられた力に引き上げられ、私は自分の意志とは裏腹にその場に立ち上がった。そうして腕を引きずられるままに、足を動かさざるを得なくなってしまう。

「ちょ……、なんで私まで引っ張るわけ!? 」
 柊一がサトリの化け物――もとい籠目部長に見てこいと言われた郷土資料館、私はすでに一度入って目を通している。そのついでにヤミブンで扱うような代物はないだろうかと探してはみたものの、それほどヤバイ気配を発するものは一つもなかった。
特にコレといって見物があるわけでもなし、ただひたすらに古い物品をゴチャゴチャと集めてみましたという程度の資料館に、一体何があるというのか。

「お前も一緒に来い! こっちに長くいるんだから、僕よりもここの地理には詳しいだろ!
それに、今日ここに来たばかりで疲れている僕が動いているのに、だけのんびりぐーたらとさせておくのは癪だからな!!! 」

「知るか、そんな事! 私は一度行ったからいいの! 行かないんだから!!! 」

 息も荒く怒り心頭状態の私を見つめながら、柊一はしばし何かを考えていたが。
ふと顔を上げたかと思うと、彼の口元にはかすかな笑みを浮かんでいた。
何事かと身構える私だが、柊一は玄関先に揃えてあった自分のスニーカーに足を入れるかたわらで、私の方へと手を差し伸べる。

 そして、ニッコリと営業スマイルを浮かべて、一言。

「ついてきてくれたら、あとで喫茶店で何かおごるよ」
「行きます」

 我ながら情けないと思いつつも、心とはかくも正直なもので。
“おごり”の一言に反応した私は即答すると、差し伸べられた柊一の手をがっちりと握りしめていたのだった。


****************


 結局、“おごり”につられた私は柊一に腕を引かれるままに石段を駆け下り、危うく走り去る直前だったバスをなんとか呼び止めて、バスに乗る事に成功した。
そうして、二人がけで座れる後方座席に腰掛け、ホッと一息ついていると。
すでに息を整えていた柊一が、私の方へと視線を向けてくる。

「で、。肝心な調査の方は進んでいるのか? 」


 ………………………(汗)。


 というかね、柊一。今すごく疲れてるんでしょう?
だから、そんな細かい事気にしなくていいと思うんですけどね、私は。

「う〜ん、まあぼちぼちとね……」
 ごまかそうとは思ったのだが、いかんせん柊一の視線は言い逃れを許さない。
だから私は、仕方なく答えた。もっとも歯切れの非常に悪い返答ではあったのだが。

 なにせこっちへ来てから二ヶ月、やっていたことといえば学校の宿題と理数系科目の予習復習、それと早紀ちゃんと萌ちゃんにせっつかれてイラストを描いたり、そんなことしかやっていなかったのだ。ぶっちゃけ、御霊部としての仕事などまともにやっていない。
 無論、この土地に伝わる伝承やら民話のようなものはそれなりに調べた。その結果わかったことといえば、『なんだかよくわからないが、キリスト教に縁ある怪しさ大爆発の土地』という程度のものである。

 そして。当然の事だが、柊一はいい顔をしなかった。

「ぼちぼち? こっちに来てから一体何ヶ月経ってると思ってるんだ? 」
 眉間に皺を寄せた柊一は、苛立ちを隠そうともしないままでずずいっと顔を近づけてくる。

 あぁ、この表情は明らかに『説教タイム』秒読み開始!のそれだ。

 まあ付き合ってる相手が文句なしの美形だけに、美形のドアップにはそこそこ慣れている私だが、さすがに怒りの形相でのドアップは御免被りたい。男女問わず、『美しい人が怒ると怖い』とはよく言うが、なまじ顔立ちが良いだけに迫力があって美形さんが怒ると怖いのだよ。本当に。
 さらに怒り方というのも人それぞれで、怒れば怒るほど無口になる人間もいれば、逆に口数が増える人間もいる。私の場合、前者にはそれなりの抵抗力があるのだが、いかんせん後者とは最悪に相性が悪い。端的に言うならば、苦手なのだ。
 そして。見た目からはまるで想像もつかないだろうが、柊一のお説教は“小姑並み”の威力がある。とにかく細かい事から大きな事まで、まるで重箱の隅を突くようにやかましい。
こういうタイプが実は一番苦手なのだよ、私は……。

「いや、それなりに調べてはいるのよ? でもさ、調べれば調べるほどワケがわからなくなるんだってば。キリシタンも御霊に入るんだっけ? 」

「キリシタン? あのな、。御霊に祀りあげるのに、宗教は全く関係ないぞ。
非業の死を遂げた怨霊であること、それが御霊の条件だ。うちに関わるようになってもう二年以上も経つってのに、未だにそのくらいのこともわからないのか」
 私の言葉が予想外のものだったのか、一瞬柊一は目を丸くするが、それも束の間のこと。
すぐに気を取り直し、彼は呆れとも怒りともつかない複雑な表情を浮かべて息を吐いた。

 うひゃ、マズイ。このままいくと、別路線の説教になるぞ(汗)。
 ここはやはり! 柊一の興味を惹きそうな話題を持ち出して、話を逸らすしかない!!

「安内市の中に“舟山”って地名があるんだけどね、その地名の由来が“骨の山”なんだって。いろいろと調べていったら、どうもここにもキリシタン弾圧の話があるんだよね。
江戸時代にここを治めてた城主がね、棄教しなかったキリシタンたちを教会に閉じこめて火をつけたんだとさ。これって立派に御霊の条件を満たしてたりする? 」

「……権力者側に弾圧を受けて非業の死を遂げる、まさに御霊の条件そのものじゃないか。
ってことは、今回鎮めるべき御霊の正体は“山田五郎左右衛門”じゃなくて、キリシタンたちの方ってことか」

「そのことなんだけどね、まだここにはいろいろと逸話があるのよ。私が通ってる舟山高校のすぐそばに“入らずの森”っていう場所があるんだけど、どうにもここが曰くありげなんだわ」

「曰く? 一体どんな? 」
 柊一の瞳がゆらりと細められる。この話に少なからず興味を持った何よりの証拠だ。
ここからうまく話を持っていけば、なんとかお説教から逃れられるかも知れない。
 ただひたすらその一念のみを頼りに、私は早紀ちゃんや萌ちゃんから前に聞いた話を簡潔に分かり易くして、柊一に説明した。

「入らずの森のすぐ近くに高校の旧校舎が建ってて、そこは文化系クラブの部室になってるんだけどね。やたらと心霊現象が起こるのよ。誰もいないのに人の足音が聞こえたり、ひどいときは大勢の人が廊下を走ってるような音もするんだって。私にこの情報を教えてくれた女の子たちもやっぱり、今言ったみたいな心霊現象を何度か経験してるの。
 それから、グラウンド拡張の為に森の一部を崩そうって話になった時にも、工事の作業員が怪我をしたり、事故が相次いだりして、未だに拡張工事は一度もされてないんだって。
現に、今年の春にも拡張工事の話が持ち上がったらしいんだけど、やっぱり奇怪な事故が相次いだり、心霊現象が立て続けにおこったりしたせいで中止になったんだとか。
 あともう一つ。入らずの森のそばにあるせいか、舟山高校では携帯電話が使えないのよ。心霊現象と電子機器が相性悪いって話はよく聞くけど、やっぱりあの森は心霊現象と何か関係があると思わない? 」

「………関係がない、とは言い切れないが…。とにかく調べてみないと何とも言えないな。
にしても、。調べてないと言いながらも、結構調べてるじゃないか」

「あはは。仲良くなった友達の中に、やたらと昔の言い伝えとかに詳しい子がいたもんだからね。ちょくちょくと情報仕入れてはいたんだよ」

「なるほど……、にしては気の利いた事をするな。……と言いたいところだが、その仲良くなった友達が土地の言い伝えに詳しかったのは、単なる偶然だろう? 」

「あはははははは…………、ご名答」

「つくづく悪運の強い奴だな、お前は」

 そうは言ってくれるけどね、柊一。
 私だっていろいろと苦労してるんだからね?!
 早紀ちゃんと萌ちゃんからこのテの情報を聞き出す代償に、漫研の部誌に掲載するイラストを描いてくれと頼まれて、勉強そっちのけで慣れない作業をコツコツと繰り返していたのよ?

 少しは褒めてくれてもいいんじゃないの?





 安内市立郷土資料館は、終点の市役所前の一つ手前にある。
どこにでもありがちな鉄筋コンクリート造りの二階建ての建物は、だいぶ老朽化が進んでいて、大きな地震が到来するような事があれば、即座に崩壊する事だろう。
だが安内市は関東地方ほど地震の多い土地ではない。ゆえにそれほど心配する必要もなさそうである。
 バスから降りて、ちらりとその建物を一瞥し。特になんの感情も浮かべないままに、柊一は玄関をくぐった。玄関をくぐった先には、見学者の名前を記載するノートを置いた事務机と受付のコーナーがある。彼は事務机の上に置かれたノートへ視線を向け、続いて受け付けへと目線を向けるが……。昼休み中なのだろう、受付の人間は誰もいない。
 そのことに対して不満を感じたのか、柊一は盛大に顔をしかめた。

「職務怠慢……」

「まあまあ…、丁度お昼時だしさ。きっと昼休み中なんでしょ。
別にお金を払うわけでもないんだから、このノートに名前記入してさっさと中に入ろ」

 柊一の後を追うようにして玄関をくぐってきた私は、なんとか彼を宥めようとする。
私の言葉をきちんと聞いていたらしく、柊一は再び事務机上のノートへと視線を遣った。

 が………。

「あのな……。ヤミブンじゃどうなのか知らないけど、出張先で名前の痕跡を残すのは、基本的に御法度なんだよ。だから僕は名前を書くつもりはない。
書きたいなら、お前一人で名前を書け」
 馬鹿言うなと言わんばかりの表情を浮かべると、柊一はさっさと中へと入ってしまう。

「誰も書きたいなんて言ってないじゃないの………」
 と言いつつも、基本的に根が正直な私はこのまま無視していくのも躊躇われて、ノートの一番最後のページを開いた。
 そして備え付けの鉛筆を手に持ち、名前を書き込もうとしたのだが………。

「………あらら」
 名前を書き込もうとしたノートの紙面上に見覚えのある名前を見つけて、私は知らぬうちに口元を緩めていた。

「彼の野暮用って、ココに寄る事だったワケね」

 なんとはなしにこみ上げてきた笑いを、声に出さないようにしていると。
 先に行っていたはずの柊一が、いつの間にか戻ってきていた。

「何してるんだ、。名前書くのに時間書けるな、サッサと来い! 」

「はいはいはいはい」
 投げやりな返答を返すと、柊一はかすかに目元を吊り上げた。

「返事は一回でいい! 」

「………うるさいなぁ、もぉ……」

「おごるって話、なかったことにしようか」

 ピクリ。

 その言葉に敏感に反応した私は、さささっと名前を書き終えると、 柊一に向かってビシリと人差し指を突き出した。

「男に二言無し! なにがなんでもきっちりとおごってもらうからね!!! 」

「人を指差すなよな……」

「い・い・か・ら! さっさと見て、早くお昼御飯にしようよ♪ 」
 疲れたように溜息をつく柊一の腕を取ると、今度は逆に私が柊一を引っ張る形になる。
彼は苦笑いを浮かべながら、私に引っ張られるがままになっている。

「本当に現金だな、お前は……」
 呟く柊一の表情は、呆れを含んだものではなく、妙に穏やかなものだった。
そんな表情をすると、年下のはずの彼の顔は不思議と大人びて見える。


(柊一に、楠木さんが安内市に来てる事を教えたらどんな反応するかね……。)

 普通にしていればミステリアスな美少年で通じる柊一だが、そこに楠木さんが絡んでくると、彼は恐ろしく子供らしい年相応の一面を……いや下手をすればそれ以上に子供っぽい一面を見せてくれるのだ。
 教えてやりたい衝動に駆られるものの、当の楠木さんはおそらくそれを望んではいないだろうから、私はその衝動を必死で抑えつけた。

 そして、資料館の中へ入る直前、私はチラリと視線をよそへと向けた。
視線を向けた先は、私が名前を記入したページを開いたままの一冊のノートだ。
私が「」と記入した上の欄―――、そこにはけして綺麗とは言えないが、読めなくもない筆跡で一つの名前が明記されていた。


――――楠木誠志郎、と。






*後書き…
・前回が誠志郎祭なら、今回は柊一祭りですな……。
と言うわけで、今回は予告通りに柊一盛りだくさんでお送り致しました!!!
相も変わらずオリジナル要素の色濃いお話ではありますが、原作に沿ったお話とかもさりげなく入れ込んでますから、一応原作沿い………と銘打っても良いですよね?
なんだか微妙にクレームが来そうで怖いのですが、一応「柊一⇒ヒロイン」の図を小説内に盛り込んでみました。
ごめんね、柊一。完全片想い設定だけど、頑張っておくれ!
書いてる人間の趣味丸出し設定な聖霊連載ですが、あたたかい目で見守って頂けると嬉しい……です。はい。




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