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【僕と君、あとはただの背景】


 虎ノ門駅からすぐそばにある文化庁の建物の最上階…もとい屋上にある小さな部署。血を求めて夜な夜な彷徨う妖刀や持ち主を死に至らしめるホープダイヤなど、いわゆる“いわくつきの物品”の回収・保管、ときには破壊すら辞さないという特殊中の特殊任務を専門とする、文化庁麾下の秘密省――特殊文化財課。活動内容ゆえに所属員が全員特殊能力を保持するその部署は“ヤミブン”とも呼ばれ、一般には知られてない闇の文化庁組織だ。

 その組織の本拠地である小さな部屋の扉を、一人の女性がノックする。
一つに編み込まれた色素の薄い長い髪に、颯爽とした立ち姿。一昔前に大和撫子と呼ばれたような、桜花を彷彿とさせる穏和かつ柔和な雰囲気を持つ彼女――櫻井らりさもまた、ここヤミブンの職員であった。
 ノックをし終えると、らりさは慣れた手つきで扉のノブを回す。そうして扉を開け、彼女は脇目もふらず、真っ直ぐに足を進める。その先には、らりさとは正反対の大輪のごとき美貌を誇る一人の女性がゆったりとくつろぐ机があった。

「首尾はどう? 」

「この間の請求書、なんとか全額経費で落としましたよ」
朗らかな笑顔を浮かべたまま、さらりととんでもない報告をしてきた新人職員の言葉に、部屋の中にいた全員が各々作業する手を止める。そうして人畜無害そうな笑顔を浮かべるらりさの方へと、おそるおそる視線を向けた。


「ほんとに全額、落としてきたみたいね…。せいぜい八割方経費でおちれば良い方だと思っていたんだけど………、一体何をしたの? 」
 驚きを隠せないと言わんばかりの声音で呟くエリ子の言葉に、らりさはかすかに表情を変える。

「何をしたなんて人聞きの悪い。ただ私は、請求書に書かれていたそれぞれの使用用途について、それぞれが仕事上必要であったことを含めて詳細を説明してきただけですよ。
そうしたらなぜか、全額落として頂けることになりました」
 心外だと言わんばかりの表情を浮かべた彼女の言葉に、とりあえず嘘の色はない。
嘘の色はないが、なまじ今回は経費で落とせるような費用ばかりでなかった為、皆は複雑な表情を浮かべずにはおれなかったのだ。

「……エリ子さんが腹いせに壊した器物の修復代とか、アリが燃やした林の持ち主への弁償代とか、それもみんな落ちたんですか??? 」

「勿論よ。エリ子さんが壊した器物は『良くない念がこもっていた為、被害が起きる前に早々に破壊すべき物品』であって、有田さんが燃やした林の一部は『怨霊の念によって被害が増幅された結果』ですから。林の持ち主へは、私が直接交渉してきたんですよ。最初は渋ってたんですけど、『もし怨霊を退治していなかったら、林全てが全焼していたでしょうね』と念押ししてきたら、弁償代は無しで良いとのお返事を頂いたんです」

「………櫻井さん、それは言外に『脅迫』したって言いません? 」
 話を聞いていた誠志郎は思わず突っ込みを入れるけれども。
そんな鋭い指摘にも、らりさはまるで応えた様子もない。

「別に脅迫するつもりはなかったのよ。あとで気付いたら、脅迫まがいになってただけで」
 それどころか、ニッコリと微笑みながらあっけらかんと返された言葉に、逆に正論を述べたはずの誠志郎の方が続ける言葉を失った。

「相変わらずいい性格をしてるな、お前の女は」
 呆れているとも、本気で感心しているとも、どちらともつかない口調で。
克也は向かい側の机に座る耕作へと視線を向けた。

 それに対して、当の耕作は苦笑いを浮かべただけだ。

「有田さん、私の名前は『櫻井らりさ』です。勝手に他人の所有格で略さないで頂きたいものですね。それとももうお忘れになりましたか? まだ私よりもお若いのに」
 相も変わらず朗らかな笑みを絶やさぬまま、らりさは言葉を紡ぐ。
穏和な笑みと毒の含まれた言葉と、激しくアンバランスな一種異様な光景を醸し出す彼女に対して、さすがの克也も続ける言葉を無くして沈黙した。

らりさ。アリも反省してることだし、もうそのくらいでいいじゃないか」
 耕作は苦笑いを浮かべながら、後輩に助け船を出してやる。

「…いくら後輩だからといって、耕作さんは有田さんに甘すぎます」
 明らかに克也への助け船として出された耕作の言葉に、らりさは浮かべる表情に怒りのそれを混ぜて、抗議する。

「そうかな? らりさに対して甘いなぁという自覚はあるんだけどね」

 さらりと言い放たれた耕作の言葉に、誠志郎は言われた本人でもないのに妙に気恥ずかしい思いに駆られてわたわたする。彼の不安定な仕草に影響されたお盆――正確には盆の上に乗った飲み物入りのカップーーが、これまた不安定に揺れた。

「なんで坊やが赤くなる必要があるんだ」
 そのまま放っておくとコーヒーを零されそうだったので、克也は誠志郎が両手に持つ盆の上から自分用のマグカップだけを取り上げた。

「…いや、だってさぁ……」
 自ら席を立ってカップを取りに来た相手の行動を心底珍しがりつつも、誠志郎は若干視線を仰ぎながら克也の方へと視線を移す。

「要するに、聞いてる方が恥ずかしい台詞だってことだろ。
それは俺も同感だ。…まったくそういうことをするなら、よそに行ってやれ」
 対する克也は誠志郎の方へ視線を向けるでもなく、珍しくも惚気を吐いた自身の先輩――耕作を呆れたように見遣りながら、言葉だけは誠志郎へキチンと返した。

「見せつけられる独り身の男たちにはつらいわねぇ」
 数年前に結婚退職して、再び嘱託としてヤミブンに返り咲いた女王様には、なんら全くの精神ダメージはないのだろう。誠志郎が煎れてくれたコーヒーに口を付けながら、可愛い部下たちの呟きを耳にしたエリ子は何の気なしに呟いた。


「耕作さんは自覚がない方が、より甘くなるみたいですね」
 一方のらりさは、エリ子の座る机の前から自分の机までの距離間にない耕作の机へと近づいていくと、半ば呆れたような口調で溜息と共に言葉を吐き出した。他人である誠志郎が思わず赤面した言葉をもらったにも関わらず、その表情は実に淡泊なものである。

「そんなことはないよ。でも君がそう思うのなら、そうかもしれないね」

「………本当に自覚無いんですね」

「ごめん、ごめん。だけど心配しなくても、俺の一番はらりさだけだから」

「なっ……」
 まるで予想だにしなかった言葉に、らりさの頬が一気に赤く染まる。
何かを言い返そうにも、衝撃が大きすぎて言葉にならないのか。らりさはパクパクと酸欠になった金魚のように口を開閉させるしかできなかった。

 そんならりさを愛おしげに見つめながら、耕作は彼女の片手を取り、立ち上がる。

「エリ子さん、少し外の風に当たってきますね」

「はいはい、好きなだけどうぞ」
 エリ子の返答は、実に投げやりな物言いだったが。
耕作は気にすることなく、ヤミブンの女王様のお許しを得たところで外へ続く扉の方へと歩き出した。

「ちょ、ちょっと待って下さい! どうして私まで…」
 片手を耕作に握られたままのらりさもまた、半ば引きずられるように足を進める羽目になる。

「外の風に当たった方がいいのは、俺よりも君の方だと思うけど? 」
 部屋の外へ続く扉を開いた耕作は、扉を開け放ったままで後ろのらりさを振り返る。
振り返るその表情は、変わらず穏やかで柔らかなままだ。

「…だ、誰のせいでこうなったと思ってるんですかっ!!! 」
 太陽のようにあたたかな笑顔を向けられて、ほんの一瞬言葉に詰まるーーもとい思わず見惚れてしまったらりさだったが。すぐに正気に戻ると、耳まで真っ赤にして抗議する。


 そんな二人が部屋を出て行った後。
 部屋に残された者たちは、一斉に溜息を吐いた後、口々に呟くのだった。


「…………あの子が入ってから、たまにこうよね」

「たまに、なんて可愛いものじゃないですよ。一週間に一回は必ずじゃないですか」

「でも、溝口さん…本当に嬉しそうですし……」

 文句を言いつつも、なんとはなしに部屋の扉へと視線を向ける三人だが。

「ま、私たち外野がどうこういうことじゃあないわよ。
昔からよく言うでしょ? 『人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえ』って」
エリ子の言葉は妙に納得味を帯びていたものだから、結局それ以上の言葉を続けることをやめてしまったのだった。





*後書き…
・闇聖夢某サイト様に影響されて、書いてみました。初の耕作夢です。
耕作さんってこんなキャラだっけ?と思う方もいらっしゃると思いますが、その辺は軽く流してやって下さい。
素敵お題サイト「comodo様」から頂いてきた、ばかっぷるお題『僕と君、あとはただの背景』よりお届けしました、闇聖・耕作夢ですが。当初はこんな予定無かったのに、気付けば完全ばかっぷる。なんでだ……(汗)。




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