それはあまりに突然で、いきなりのこと。

後ろを歩いていた克也に声をかけられて、当たり前のように振り返れば。
ごく自然に、そのまま。

気づけば、唇を奪われていた。


最初の内は驚くしかできなかったけれど、だんだん自分の置かれた状況が飲み込めてくる。

だけれど、私はそのままなされるがままになっていた。

本当はここで、それなりのリアクションを起こしてもいいところなのだけれど。
相手が克也なだけに、私は抵抗する気が全く起きなかった。



「何か言う事はないのか?」

 唇を解放されたかと思えば、今度は壁に追い詰められる。
 右にも左にも、動きたくても動けない。

 そんな私の様子を幾分高い目線で眺めながら、彼は実に意地悪くそんな事を聞いてくる。
口の端を歪めて、不敵に笑うその表情は、どこか楽しげでもあった。


つくづくこの男は、わけがわからない。
普通なら、こんな状況でそんな笑い方が出来るはずがないのに。


「……………」

私は答えない。答えてやらない。
喉の奥まで出かけている言葉を解き放てば、幸せが目の前にあると知っていて。
それでも意固地になった自分は、けして素直になどなれない。

素直になどなってやって、たまるものか。



心の中でもう一度、自分に確認するように呟いて。
壁際に追い詰められた状態にありながら、私は至近距離と言って差し支えない距離にいる彫りの深い美貌の青年を睨みつけた。
すると彼は、気を悪くするでなく、むしろ楽しそうに切れ長の双眸を細めただけ。
ぬばまたの漆黒をたたえる瞳の色が、こころなしかさらに深くなったように思えるのは気のせいだろうか。


「あくまでもシラを切る、か…。見上げた反骨精神だな、。」
息が頬にかかるほどの至近距離で、彼は実にあっさりと告げてくる。
彼の長い指は私の頬をツツゥ…と撫でていくと、私の顎下まで下っていく。
そして気づけば、クイッと顔を持ち上げられていた。

「人の事を言えた義理? 克也だって、私以上に反骨精神旺盛なくせに。」

「まあ………、そうかもな。」
 すると克也は、私の言葉を珍しく肯定した。
しかもそれだけでなく、今まで浮かべていた不敵な笑みを一瞬消して、ほんのわずかな間だけ確かに微笑んだのだ。


…………………◎×■%&#っっっ!!!!!


皮肉なしの本当に普通の笑顔を浮かべた克也は、悔しいことにお世辞抜きで格好いい。
しかも惚れた弱みも加わって、私の目に映る彼の素敵さは倍増増しである。
一瞬……本当に一瞬だけ、張りつめていた意地が壊れそうになるが、私はそれをなんとか必死で維持した。そうでもして意地をはっていないと、恋という大海原に完全に溺れてしまいそうだから。


「だがいくら俺でも、気に入らない相手にキスしてやるほど心は広くない。
お前だって、嫌いな相手に唇をくれてやることができるか?
出来るわけもない。お前なら、すぐにそれなりの行動を起こすに決まってる。
………。いい加減に観念したらどうだ?
お前がおとなしくされるがままになっていた時点で、気づかない俺だと思うか。」

彼にしてはらしくもなく、熱を帯びた言葉だったように思う。

「……………」

あと数ミリも動けば。私がほんの少し首を傾ければ。
唇同士が触れ合うほどの至近距離。

視線を逸らす事すらできない、強い眼差し。

彼の漆黒の瞳に、私の姿が映っている。
幾度となく、そうなることを望んだ。願ったことか。

克也のもう片方の手が、私の前髪に触れる。
これで両脇を固めていた彼の両腕が完全に外された。
だから逃げようと思えば、逃げられる体制だったはずなのに。


逃げられない。
逃げられなかった。
地面についている足は、完全に根を張って、動かす事もままならない。

克也は「天の眼」を持ってはいない。
瞳を合わせた者を呪縛する力など、けして持っていないはずだ。


なのに………。


あぁ………だめだ。
私の負け。意地になるのも、もう限界だ。


「すっごくシャクに障るケド…………、認める。認めればいいんでしょ!
私はこんな感情を持つ自分自身に心底ムカついてるけど……、それ以上の溢れんばかりにムカつく存在の貴方が、…………悔しいけど、好き………。」

本当は下を向きたかったのだが、克也に押さえられているからそれもできず。極力彼から視線を外して、顔中真っ赤になりながらも、私は最後まで言い終えた。

視線を再び目の前にいる青年の方へと戻せば。相も変わらずの仏頂面かと思いきや、意外や意外にも、彼が浮かべる笑みは穏やかだった。


「上出来だ。」

そう言って不敵な笑みを浮かべてみせるやいなや。
克也は早速、行動を起こしてくれる。



二度目の口づけは、最初以上に深くて、甘かったーーーーーーー。





*後書き…
・WEB拍手初・聖霊狩り克也夢でした。(闇歌夢としても通じるな、これ)
皮肉屋かつ屈折した性格の彼ならば、きっと自分の気持ちを相手に伝えるよりも、さっさと行動を起こしてしまうんだろうなぁ……と脳内妄想を繰り広げた結果です。
意固地な二人って、結構ツボです。
反骨精神バリバリなのは、案外克也でもヒロインでもなく、管理人かも知れない…。


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