竹林を抜けると、そこはまさしくゴーストタウンだった。 おそらくはかつて人が住んでいたのであろう木造の家屋たちは、そのほとんどが窓ガラスが割れ、壁には大きな穴が空いていて、人が自由に素通りできるまでに崩壊していた。なかには屋根が完全に陥没してしまっている家すらある。軒下には大きな蜘蛛の巣が巣くい、無数に張り巡らされている家が少なくない。屋根が陥没し、家屋がもう家屋としての役目を放棄する直前まで崩壊している家々の周りには、子供の身長よりも高い丈の雑草が青々と多い茂っていた。 村の主要通道であっただろう道にも、雑草たちは思い思いに丈を伸ばしていた。そのためにまともに通行出来る道というのは、非常に少ない。 獣道に戻りつつある道を踏みしめながら左右を見渡せば、崩壊寸前の店先にだらしなく掛けられた看板や家屋の壁に貼られていたブリキの看板の姿が目に入る。昔はさぞかし美しい色のついた看板であったろうに、長年の風雨にさらされたために、ペンキが剥がれ落ちてしまい、その上赤さびまでが浮いていた。 そんな廃村の真ん中、まだそれほど獣道化の進んでいない道に、おおよそゴーストタウンには似つかわしくないものが無造作に放置されている。 鮮やかな赤で全身を染め抜かれた、一台のスクーターだ。しかもその形からして、主婦の奥様が大量の買い物袋をぶら下げて走るのがよく似合う、所謂奥様バイクである。 一体誰がこんなものに乗るんだ、と心中で密かに呟いていると。 その呟きに答えるかのように、楠木さんがそのスクーターへと近づいていった。 (え、ちょっと、まさかあのスクーターって……) まさか…と事の成り行きをじっと見守っていると、私の予想通りに楠木さんが奥様用スクーターの握り部分へと両手を伸ばし、しっかりと握った。 そうしてスクーターに乗ろうと、彼が片足を上げようとした……ちょうどそのとき。 「あ……」 不意に楠木さんが、声を上げた。 「どうした」 有田克也(こんなやつにさん付けする義理はない)が訊ねるものの、楠木さんの視線はまるで別の方向を彷徨っていた。まるで何かを探しているように、辺りをキョロキョロと見渡す。その動作は事情の分からない私たちからしてみれば、挙動不審な行動としか映らない。 「今、誰かの声が聞こえたような気がして……。 そうしたら、さっき見た青い蝶の翅が見えたような………」 「青い蝶? それって、オオムラサキじゃなくて? 」 「別になんの種類でもいいが、今は冬だぞ。蝶なんているはずがないだろう」 いかにも呆れたと言わんばかりの口調で、有田克也が吐き捨てた。 あ〜、確かに言われてみればそうかもしれない。 真冬には昆虫の多くは、冬眠しているはずだ。 蝶ならきっと、卵の状態で冬越ししている真っ最中じゃなかろうか。 「それでも見たんだよ、二回も!! 」 「はいはい」 ムキになって言い返してくる楠木さんを、有田克也は実に軽くあしらう。 まあ性格的な問題もあるんだろうが、いわゆる亀の甲より年の功というやつだろう。 「その妖怪アンテナが感じたんだよな」 明らかにからかいの意図を含んだその言葉を吐き出す有田克也の姿は、妙に楽しそうだ。 というよりも、何だか意味なく輝いて見えるのは気のせいか? 「だあから、その言い方やめてくんないっっ!!! 」 そうやって反応するから相手が面白がるということがわかっていないのか。 あるいはわかっていても、反論せずにはいられないのか。おそらくは後者だろう。 楠木さんは、まるで全身の毛を逆立てた猫のような剣幕で反論する。 「妖怪アンテナ? 」 全く話しについていけないので、駄目もとで聞いてみる私。 「こいつの前髪のことさ。一般には聖痕――ステイグマーーなんて言い方するけどな。 ハッキリ言って“妖怪アンテナ”の方がわかりやすくて良いだろう? 」 だが予想に反して、きちんと答えが返ってきた。しかも有田克也から。 彼は実に楽しそうに、楠木さんの色違いの前髪をくいくいと引っ張りながら、説明してくれた。 「そこを引っ張るな!!! 痛いんだよ!!! 」 対する楠木さんはと言えば、ものすごく嫌がっている。 なんとか有田克也の手を振りほどこうとするが、相手もさるもので。 惜しいね楠木さん、貴方が猫だったならやつの手をひっかくこともできたのに。 しばらくそうやって楠木さんで遊んでいた有田克也だが、充分に満足いくまでからかいつくしたのか。驚くほどにあっさりと楠木さんの前髪を解放してやった。 「あんたとは……ウマが合わないみたいだ」 解放されるやいなや、すぐにスクーターへと乗り込んだ楠木さんはエンジンを吹かせるその一方で、わずかにこちらへと視線を遣りながら吐き捨てた。 「望むと望まないとにかかわらず、赤い糸に結ばれてるようだがな」 わずかに微笑を浮かべて言葉を紡ぐその姿は、無駄に外見がいいだけに様になる。 楠木さんはそんな有田克也の言葉にも振り返りもせず、ひときわ大きくエンジンを吹かせると、そのまま真っ直ぐに廃村の出口へと続く道を走っていったのだった。 ……って、ちょっと待て。てことはこの先、私はこいつと二人で行動するの?! 遠くなっていく楠木さんの背中をなんとはなしに見送っていた私は、ようやく我に返るのと同時に、なんとも恐ろしい現実に気づいた。 今までは楠木さんがいたおかげで、多少なりとも会話があったけど。ハッキリ言って二人だけになったら、間違いなく無言に無言、沈黙とお友達の世界が待っている。 うわ〜〜〜〜〜、最悪。 心の中で頭を抱えつつ、私はちらりと傍らの青年を見遣った。 するとちょうど彼もまた、こちらへと視線を向けていたようで。見事にばっちりと目線が合ってしまった。 何とも気まずい。かといって慌てて視線を逸らすのもどうよ? そこで仕方なく私は、相手の目を真っ向から睨みつける勢いで覗き込んだ。 こういうときは間違いなく、目線を逸らした方が負けと相場が決まっている。 そして、しばしの間。二人で睨み合い続けて………。 先に視線を逸らしたのは、有田克也の方だった。 視線を逸らしたかと思うと、彼はまるで何かを吹っ切るかのように頭を左右に振った。 そうして右手人差し指と中指でもって、眉間の辺りを強く押さえる。 何よ、その反応は。 どうせ私は十人並みよ、平凡な顔よ。可愛くもないわよ。 でもだからといって、その反応はないんじゃないの? 私は怒りのあまり、知らぬ間に腕組みしてしまいましたよ。 でもね。ハッキリ言うけど、私には怒るだけの“権利”があるわ。 「お前も、どうやらただ者じゃなさそうだな………」 「はへ? 」 自分が思っていたのとは全く別の言葉を投げかけられて、私は思わずすっとんきょうな声を出していた。 「……どのみちお前は、俺たちの仲間にならざるを得ないだろうしな」 「どういうことよ、それ」 「言葉通りの意味だ。 それよりもさっき俺たちが何者か、知りたがっていただろう。教えてやる。 文部省文化庁文化財保護部特殊文化財課、通称・ヤミブン所属のれっきとした国家公務員だ」 この男が、国家公務員? 確かに愛想悪いところは、役所の職員らしいけど。 でもさ。よりにもよって、文化財関係の部署にいらっしゃるとはね。 開いた口が塞がらない。私の心の内は、まさにそんな心境だった。 「こ、国家公務員? しかもその“ヤミブン”って、一体何よ? 」 「特殊すぎて危険な文化財の保護管理、場合に因っては破壊することが仕事だ。 所謂、呪いのホープダイヤとか血を求める妖刀とかその手の類のブツを扱う部署ってわけだ。ちなみに一般にこの部署のことは公開されていない。いわば闇に潜った組織だ。 闇の文化庁、略してヤミブン。わかったか? 」 「……はあ。とどのつまり、やばそうな文化財を集めてる部署ってことですね。 それであんな魔法モドキなことができちゃったりするというわけですか」 私は先ほどからずっと気になっていたことを、思い切ってぶつけてみた。 火種にもならないはずの紙人形とたった一言の呪文だけで、炎を喚び出すあの技。 ハッキリ言って、魔法か呪術か、あるいは妖術としか思えない。 「そういうことだ。何せ危険と隣り合わせな仕事なものでね、ここの職員はそれなりに自分の身を守れるだけの技を身につけた連中だったりするわけさ。 見た目の割には、ものわかりがよくて助かるよ」 つまりそれは、私が見た目がガキだとそう言いたいわけですか。この野郎は。 つくづく人の神経を逆撫でするのが得意な奴だな、おい。 「そこまでわかったなら、ご同行願おうか。 場所は東京・霞ヶ関。ヤミブンの本拠地のある場所だ」 皮肉気に口元を歪めた青年の言葉は、一拍遅れで私の脳まで達した。 そしてそれらの言葉を脳内の情報処理機にかけてーーーー、ようやく理解した。 「わ、私を署まで連行しようっての?! 」 驚きのあまり、喉の奥から飛び出た声は見事に裏返っていた。 だがそんなこと、ハッキリ言って今はどうでもよかった。 「まあ似たようなものだな」 驚きに目を瞠る私とは逆に、妙に相手の方は落ち着いている。 それでも相変わらず、皮肉気な笑みは浮かんだままだが。 私こと、17才。 無駄に美形な公務員によって、東京・霞ヶ関まで連行されることになりました。 って、どうしてそうなるのよぉーーーーーーーっ!!!!! *後書き… ・二ヶ月以上も放置していた闇歌連載、ようやく第四話を更新しました。 待っていて下さった方がいらっしゃったのなら、ごめんなさい。謝ります。 なかなかお話が進まなくて、四苦八苦してたんですよ。いや本当に。 四月の新刊効果か、はたまた単なる自分の気まぐれか。 とにもかくにもようやっと、ヒロインとキャラたちが自己紹介してくれました。 だけど、全然名前呼んでくれないんですよね。誠志郎も克也も。 なのでまたまた、変換部分が少ないです。まあ、序盤ですので仕方ないですよね。 ちなみに。克也のことをヒロインがフルネームで呼んでますが、そのうちに慣れてくると名前で呼び捨てになるかと思います。だって、克也にさん付けって合わないんだもん。 次回はやっと、ヤミブン本拠地です。耕作さんもオサキも万来課長も登場します。 そしてヒロインのことについても、もう少し明かしていけるかと……。 次回更新、いつになるのかしら……(人事みたく言うな)。 |
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