「のわっ!!」

 まるで生き物のように素早く飛んできた髪の触手を、私は持ち前の反射神経でもってなんとか回避する。

 ふっ。自慢じゃないけど、私は小学校の頃「ドッジボールの神様」と呼ばれた女。
(どんな攻撃でもひらりひらりと避けるから、つけられたあだ名なんだけど)
そんなへなちょこ攻撃なんて、止まって見えるわっっっ!!!


『おのれ……、ちょこまかと……』


 髪のカツラを操っているのであろう女が、忌々しげに呟いた。
かと思うと、カツラの触手攻撃の速度がぐんっと上がる。

 しかぁ〜し!!
 ドッジボールの神様、はその程度の攻撃じゃ倒せなくってよ!!!


 確実にピンポイントで狙ってくる髪の攻撃を、私はひらりひらりとかわしてみせる。
小さい頃から外で遊びまくって鍛えた、この反射神経!!!
まだまだ衰えてないわね。昔取った杵柄は、未だ健在よ。

 しつこくしつこく攻撃してくるカツラの触手を避けながら、私はなんとか御堂の外に出ることに成功する。
 地肌を見せた険しい崖のすぐそばに建てられた御堂。
それが今まで私のいた場所だった。
茅葺きの屋根の上には雑草が繁茂し、建物を構成する木々は白いカビに覆われて朽ち果てている。おそらくは御堂の名前が書いてあるはずの額は、付近に見当たらない。風に飛ばされてしまってから、もうだいぶ経つのだろう。外から見ても、中から見ても、もう使い物にならないくらいにさびれてしまった御堂。反対側には鬱蒼と茂る竹林がそびえ立ってち、竹林と崖との間、わずかな細い空間に建てられたものだったらしい。

 これじゃあ、人の気配がしないのも無理ないか………。

 ふとそんなことを考えて、私は気づく。
妙に視界が狭くて、奇妙な違和感を感じることに。


 だが、そんなことを気にしている暇はない。
未だ髪の触手攻撃は続いているのだ。

 勢いよく伸ばされた触手が私を狙って飛んでくる。
ギリギリまで引きつけておいて、私はその場から横に飛んでその攻撃をかわした。
私の動きについてこられなかった触手は、勢い余って竹林に突っ込んでいく。


「ふふ、私の動きに追いつけるかしら。」

 今のところ全戦全勝、髪の触手を避け回っている私は、余裕しゃくしゃくな態度で言い放った。
一度言ってみたかったんだよね、こういう台詞。


 だが、余裕があったのもそこまでだった。


スパンッ。


 勢い余ったおかげで、竹林の中の数本の竹が髪の触手に巻き付いた。
かと思えば、次の瞬間には景気の良い音を立てて、数本の竹が宙に舞う。
根元付近に巻き付いた髪が、硬い竹の幹を一瞬で切り裂いたのだ。


 この期に及んで、ようやく私は自分が相手にしているものがなんだかを知った。
下手すれば、私の身体もああなっていたのだと思うと、ゾクリと寒気がする。
 あれはもう単なるカツラではない。
妖怪、化け物、魑魅魍魎。いわゆるそんな類のブツだ。


 やばい。ヤバイよ、自分。
 あんなものに目、つけられてどうするかな。


「どうしろってんですか、この状況〜〜〜〜〜っっっ!!!」


 逃げられる間は、それでもいい。
だが、このペースでいけば、まちがいなく私の方が先に力尽きる。
そんなことになれば、私の身体は速攻でなます切りにされることだろう。

 わけのわからないところへ連れてこられて、お面に脅かされて。
その上、謎の女に目をつけられて、妖怪カツラ野郎になます切りにされるなんて……。

そんな、

そんな、


「そんな死に方、誰が認めるもんですかぁぁーっっ!!!!」


 叫んだ瞬間、身体の力が抜ける。
いや、違う。何かが身体の中から、ふくれあがってくる…?


 視界が、染まった。
蒼穹よりも、深海よりもなお深く、鮮やかな青一色に。


 その光に囚われた髪のカツラが、不意にピクリと身体を震わせる。
ダメージを受けている様子はない。様子はないが………。
 もしあのカツラに顔があれば、きっと苦悶の表情を浮かべているに違いない。
伸ばそうとしていた髪の触手は、まるで石になったかのようにピタリと止まっていた。
あれが先ほど私にしていたことを考えてみれば、あの触手を止めたのはやつの意志ではあるまい。


そして。


「後ろへ飛べ!!」
 お面の声でも、女の声でもない声が響く。
深みのある、バリトンヴォイス。響くその声音は、間違いなく男の人のものだ。

 ええぃっ!この際、妖怪でなければなんでもいいわっ!!!

 半ば自暴自棄になっていた私は、その声に従って力いっぱい地面を蹴った。
蹴ったその瞬間、足にかかる負担がやけに少ない。
妙に身体が軽いな、という疑問を抱きつつも、私はその場から後ろに離れた。

フワリ。

 一瞬だけ、身体が浮かび上がったような感覚に襲われる。
 だがそれは本当に一瞬のことで、すぐに身体は重力に従って下へと落ちていく。
その違和感は、さほどたいしたことではなかったのかもしれないが、少なくとも空中にいた私のバランスを崩すには十分なものだった。

「げ。」

 思いっきりバランスを崩した私の身体は、頭から地面に向かって落下する。
確実に頭を打ち付ける!!!、と思いきや。
誰かの腕に庇われて、なんとか頭から地面に突撃する事態だけは避けられた。

 一体誰が?と見上げてみれば、目の前を白いものが横切っていく。
それに気を取られて視線をずらしてみると、動きを止めた髪のカツラの上にふわりと白いお札のようなものが落ちていくところだった。

 そして、丁度お札が髪のカツラに接したその瞬間。

「……カン!!」


 私を抱きとめたその人が、言霊を解き放った。

 たった一言の言葉……のはず、なのだが。
不思議と力を感じさせる言葉だった。

 それは言葉を解き放った声が、気迫に満ちていたからだろうか。

 大気を震わせ、吹きゆく風すらも止めて。
その言の葉は、辺り一帯に凛と響き渡った。


 それとほぼ同時に、白いお札が火を放つ。
火種もなしに唐突に燃え上がった紅蓮の炎は、髪のカツラを瞬く間に焼き尽くす。
 身動き一つ取れぬまま、それでも身体をなんとか動かそうとしながら、髪のカツラは炎に焼かれていった。
 もしもカツラが声を出せたのなら、きっと断末魔の声を上げていたことだろう。

 ようやく炎がおさまった頃には、カツラは黒い塵になっていた。
ものも数秒と経っていないのに、妖怪めいたカツラをここまで黒焦げにする炎。
一体どれほどの火力があったのだろう。




「だ、大丈夫ですか?」
 声をかけられて、ようやく我に返る。
声のした方を振り返れば、私よりも一つか二つ年上だと思われる男の子が立っていた。
髪を染めたがる連中が多いご時世だというのに、彼の髪は大きな瞳と同じ黒曜石の色彩を宿している。童顔めいた顔立ちではあるものの、それなりに整った容貌の持ち主で、どちらかといえば可愛い感じの男の子だ。 
 だが平均的な容姿でありながら、人は彼とすれ違ったら思わず振り返らずにはいられないだろう。黒髪であるはずなのに、前髪の一房だけは鮮やかな檸檬色に染まっている。おそらくは染めたのではなく、地毛。彼の髪を染める色彩は、人工で染められた色ではありえない、自然な透明感のある檸檬色だったから。


「はい、この通り。助けて下さってありがとうございました。」

「いや…、助けたのは僕じゃなくて、そっちの……」
 彼はなぜか途中で言葉を濁した。
その上、言葉を濁しただけではなく、私の方を見る目が妙におかしい。

 しかし、彼の言うことにも一理ある。
私を抱き留めてくれたのも、あの妖怪カツラを倒してくれたのも、すぐそばにいるこちらの人なのだから。

「あ、そうでしたね。助けて頂いて、本当にありがとうございま………」
 礼儀正しく頭を下げながら、私は御礼の言葉を口にする。
そこで少しばかり好奇心が芽生えて、言葉の途中で上を仰ぎ見た。
私を助けてくれた人が一体どんな人なのか、確かめておきたかったからだ。

 だが。

 私の命の恩人とも言うべき人の顔を仰ぎ見た瞬間、言葉に詰まってしまう。

 驚いた。いやはや、驚きましたよ。
今まで十数年間生きてきたけど、これほどの美形にお目にかかったのは初めてだ。

 東洋人らしからぬ彫りの深い容貌。切れ長の瞳は、黒曜石よりもなお暗い闇の色を宿し、くせのあるウェーブがかった髪もまたぬばまたの漆黒。ちらりと流し目をくれたそれだけで、大半の女性があっさりと落ちること間違いなし。日本の俳優やモデルはいざ知らず、海外で人気を博すイケメン俳優ですら、彼の前では色褪せて見えることだろう。
 とどのつまり、それほどにまで文句なしに整った美貌の持ち主だったのだ。

 いや〜、案外と言ってみるものだね。
本当に美形さんが助けてくれちゃいましたよ。


「礼はいい。それより、君のつけているそのお面を渡してくれないか。」
 美形なお兄さんが口を開く。
顔が良いだけでなく、声まで素敵ですわね〜…。
天は二物を与えずとは言うけど、ことこの人に関してはあてはまらないかも。

 彼の言葉に私は快い返事をしようと口を開き…………


て、ちょっと待て。


「……………つけてる、お面???」

美形お兄さんの奇妙な言葉に、私は呆然としながら呟いたのだった。






*後書き…
・ようやっと、キャラが出て参りました〜。微妙にちょこっとだけど。
ちなみにここに出ているキャラは、私のえり好みというわけではありません。
原作で出てきているキャラを忠実に出しただけです。嘘じゃないです。
原作沿いといいつつ、微妙にオリジナル混じりになっちゃいましたな…。
次は多分、もっとオリジナルになりそうな予感が……。駄目じゃん。



 
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