「ねぇ、絳攸。手、繋いでもいい……? 」

 絳攸と楸瑛を追い越すようにして歩いていたが、ふとピタリと足を止める。
そうしたかと思うと、彼女はくるりと身体の向きを変えて、後ろを歩いていたうち一人の瞳を真っ直ぐに見据えて言葉を紡ぎ出した。

 彼女が上目遣いに見据えるのは、初夏を鮮やかに彩る藤花と同じ色をたたえる双眸。
切れ長でどこかきつい印象さえ与える、深い英知の輝きに満ちた瞳を瞬かせて、絳攸は視線をの方へゆっくりと向けた。


 そうして、一言――――――――――。


「断る」


 告げられた言葉は、全くもって身も蓋もない拒絶の答えだった。




【手、繋いでもいい?】




「おや珍しい。絳攸がのお願いをむげに断るとはねぇ…」
 隣でその会話を聞いていた楸瑛は、驚き半分からかい半分の入り混じった口調で、隣を歩く青年の方を見遣った。

「どういう意味だ、それは」
 楸瑛に含みのある視線を向けられた絳攸は、険呑な視線をもってそれに応える。

「だって絳攸、添い寝は良くて手を繋ぐのは駄目だなんて、一体どういう理屈だい? 」
 いけしゃーしゃーと言い放たれた楸瑛の言葉に、絳攸は返す言葉がなかった。

 それでも。

「…………ならお前が繋いでやればいいだろう? 」
 なんでお前がそのことを知っている、と言いそうになるのを堪えて、感情全てを無理矢理に鉄壁の理性の下へ押し込む。そうして、棒読みともとれる淡々とした口調でどうにか答えを戻すことに成功した。

「だ、そうだけど、どうする? が私で良いなら構わないけど」
 ひょいと肩をすくめると、楸瑛は視線を絳攸からへと移した。

「是非お願いします! 」
 屈託のない笑顔で反応してくる少女の愛らしさに、表情を穏やかに緩めると。
楸瑛は眉一つ動かさずに拒否した絳攸とは正反対の笑顔でもって、の願いを聞き入れ、彼女の方へと恭しく手を差し伸べる。
 はというと、許可をもらえて嬉しいという感情を全面に押しだしながら、早速差し出された楸瑛の手を握りしめた。


 そして……………。


「…………ず、随分と手が冷たいんだね、…」
 数拍の沈黙の後、楸瑛が紡ぎ出した言葉にはどことなく覇気がなかった。

それもそのはず。
繋いで触れ合うのの手は、まるで氷のように冷たかったのだ。

「なぜ俺が断ったか、その意味がわかっただろう」
 一方、楸瑛を少女の“人身御供”に捧げた絳攸はといえば、完全な人事口調で自分がの頼みを聞き入れなかった理由を遠回しに告げる。

 そんな絳攸の言葉に、そういうことはもっと早く言ってくれ、と楸瑛が心の中で呟いたことは……無論言うまでもない。

「私、冷え症なんで冬になると手が冷たくて冷たくて仕方ないんですよ。
だからこうしてよく絳攸に湯たんぽ代わりになってもらってるんです」

「………なるほど」
 確かに。絳攸が拒否したくなる気持ちは、非常によくわかる。

 大の男がだらしないという意見もあるかも知れないが、正直触れるのも勘弁して欲しいくらいにの両手は冷たいのだ。その冷たさは、まるで氷か、あるいは雪山から流れてくる清水を彷彿とさせるほど。
 いつもの調子で軽く承諾してしまった事に、楸瑛は珍しくも深く深く後悔していた。

 だがそんな楸瑛の様子などまるで歯牙にかけることなく、は実に無邪気な笑みを浮かべる。

「そういうわけなんで、今回は藍将軍が湯たんぽになって下さるんですよね。
ありがとうございます〜!! 」

「え…」
 思いがけないの言葉に、一瞬絶句する楸瑛。
そして彼女はそんな楸瑛の隙を逃すまいとばかりに、有言実行に移った。

 持ち前の運動神経を生かし軽やかに地面を蹴ると、は自分よりも頭二つ分半も高い楸瑛の首元にしっかりと両手両腕を巻き付けてしがみつく。
冷気を帯びた両手を温かい他人の首元で温める……この行為はすなわち、楸瑛で“人間ゆたんぽ”を実戦したことも同様である。

 だが、しがみつかれた楸瑛の方はたまったものではない。
彼の現在の状況を例えるならば、冬場に氷嚢(氷も水も満タン状態)を自らの首根っこに押しつけたも同然なのだから。


「こ、絳攸…」
 の両手にぐんぐん体温を奪われながら、楸瑛は首だけをぎぎいぃと親友――もとい腐れ縁の同僚へと向けて見る。

「なんだ」
 対する絳攸はと言えば、完全人事・傍観者の位置に徹しているのか。
実に冷たくそっけない視線でもって、相手の視線に応えた。

に温石を持たせようとか、そういう考えは浮かばなかったのかい? 」

 至極ごもっともな楸瑛の言葉に、絳攸は深い溜息をついた。
それだけで楸瑛は事情を察して、自らの迂闊さを嘆くに至ったワケなのだが。

「温石は重いし、触り心地が悪いから嫌なんだと」
 肩をすくめ、絳攸の口から呆れの色濃い色で紡がれたのは、思わず脱力したくなるような内容であったから。

(……絳攸も主上も黎深殿もを甘やかし過ぎるからなぁ………)

 少女を猫っかわいがりしている面々の顔を脳裏に浮かべ、楸瑛は深く長い溜息を漏らす。

「………言っておくが、お前も同罪だからな」
 だが、すかさず絳攸に自身もまたを甘やかしている面々の一人であることを指摘されてしまったから。

 もはや楸瑛は、乾いた笑みを浮かべるほかなかったのである。





*後書き*
・久々に、虎姫のお話です。
彼女を出すと、ほぼ必然的に双花菖蒲が出てきますね(笑)。
ただ今回は絳攸夢ではなく、日常夢に近いですねぇ…。しかも楸瑛が哀れだし。
温石というのは、暖めた石のこと。
日本では平安時代に使われていたみたいですが、
彩雲国に温石って存在するのだろうか……。

(07.05.05up)


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