『男は馬鹿じゃ。それゆえにいつだって女が助けに行くはめになるのじゃ』
敬愛する祖母の言ったその言葉を無視してまで、ここに在る理由は唯一つ。
かの男に、祖母の言葉を覆す事が出来るだけの器を見たから。
ただそれだけのことーーーーーーー。
【攫いに来た】
それはが面白くもない本を暇つぶしに読んでいた時の事だった。
茶家の本邸―――その奥深くにある一室であるこの部屋は、ほとんど外の雑音が聞こえないような構造になっている。ゆえに、中の音も外へと漏れ聞こえないようになっている。
にも関わらず、前触れもなく唐突に、彼女の幽閉された部屋の外が騒がしくなった。
訝しげに思ったが首を傾げると、ほぼ同時期、外から厳重に鍵をかけられているはずの扉が勢いよく吹っ飛んで宙を舞った。
「なっ、何事じゃ!」
すわ曲者か、と先程まで読んでいた本が床に落ちるのも構わず、は腰を浮かせた。
そんな彼女の前に現れたのは、頬に十時傷のある、驚くほどに陽気な誘拐犯。
「だいぶ待たせちまったけど、やーーーーっと好機が回ってきたからさ。
つーわけで攫いに来たぜ、」
棍を肩に担いで現れたのは、のよく知った人間だった。荒削りながらも、野性的で精悍な顔立ちは男前と呼ぶに値する。均整のとれた体躯に襟元をくつろげた正式な官服(略式)を纏う姿は、やや不釣り合いな感じも否めないが、それでも似合って見えるのは容貌が際立っていることに他ならない。
は乱入してきた相手が知った人物である事に、半分安堵しつつも。
残りの半分で怒りを感じていたから、久方ぶりに会う知人にも容赦はしなかった。
「遅いわ、この馬鹿者がっっ!!! 」
クワッと目を見開くと、は床に落ちた本を侵入者目がけて投げつける。
「おいおいおい、折角助けに来たのにその態度はないんじゃねえの?
まあ、らしいといえばらしいけどさあ。
もうちょっと感動するなり、感激するなりしてくれてもいいと思うんだけどなぁ………」
投げつけられた本を難なく片手で受け止め、侵入者――浪燕青はひょいと肩をすくめた。
「何をほざくか、馬鹿者が! わらわを散々ほったらかしにしておいて、よくもまあそんな口が聞けたもんじゃの、燕青」
対するは机の上にあった羽扇を取り上げ、羽先を燕青に向かって突きつける。
「……ほったらかしってのは嘘じゃないけどさぁ。とりあえず俺の事情を聞いてくれてもいいじゃねぇ?
こっちもいろいろと大変だったんだぜ。
それでも頑張って機会作って、こうして攫いにきたんだし? 」
はぁと大仰に溜息をついて弁解する燕青の姿を見て、は納得がいかないながらも渋々と羽扇をおろした。
「………聞く耳はもってやらぬでもない」
「ありがとさん」
そう言って二カッと笑い、燕青は自分よりも低い位置にあるの頭をグリグリと撫で回す。普段なら『子供扱いするでないわ、無礼者めが!!! 』と羽扇の柄が飛んできてもおかしくないところなのだが、今回に限ってなぜかはおとなしかった。
「俺が去年の夏に貴陽に行ったのは、知ってるよな。
そんとき、ひょんな縁で会ったダチのとこの姫さんが、今の茶州牧なんだけどさ。俺は茶州牧補佐に任命されてから、ずっと姫さんたちの護衛もやってたわけだよ。
んでもって、こっちに来れば来ればで草洵とか朔洵やらがいろいろと余計なコトしてくれてさー。おまけに仕事は溜まりに溜まってるし?
んなわけで、それら全部片づけてこっちに来たって訳」
「………知っておるわ、そのくらいのこと」
「なんだ、そうか………って、どうやって知ったんだよ? 」
不機嫌を露わにするから返ってきた意外な言葉に、燕青は目を丸くする。
「顔だけは無駄に綺羅綺羅しい腹黒従兄が、いちいち近況報告しくさりおったゆえ。
知りたくなくても、嫌でも耳に入ってきたわ」
不機嫌な表を仏頂面に変え、ズバリと容赦なく言ってのける。
「朔洵かぁ……、あいつもつくづくよくわかんねえやつだよなー。
…………って、ちょっと待て。、お前がここに幽閉されてた理由って、確か…」
「仲障大叔父上が何を血迷ったか、わらわを自身の子息と結婚させようとしたのじゃ。
いわゆる一種の嫌がらせじゃな。
候補に腹黒従兄(朔洵)の名が上がっておったが、今回の州牧就任で何やら気が変わったらしいがの。用がないならわらわをここから出せばよいものを、大叔父上め、わらわに手を噛まれるのが嫌で一向に解放してはくれなんだ」
自分のことであるにも関わらず、まるで他人事のように淡々と語る。
だがそれもそのはず、彼女は”幽閉”されていながらも、ちょくちょく邸から脱出しては燕青のところへ戻っていたのだ。ゆえに現在のには、”仕方なく幽閉されてやっている”という感覚でしかないのである。
「お前なら手を噛むどころか、急所蹴り上げることも平気でやりかねないしなー。
俺が仲障じーちゃんと同じ立場でもそうすると思うぞ」
「………燕青。おぬし、わらわを何だと思うておるのじゃ」
完全に据わった目で睨め付けてくる少女に向かって、燕青は諸手を挙げて降伏の意を示す。もとよりこれ以上彼女を怒らせることは、そもそも彼の本意ではない。
「そりゃあ、美人で優しくてちょっと口は悪いけど実は結構純情な俺の嫁さんに決まってるじゃん。でも考えてみると、ほんと、俺には勿体ないほどいい女だよなぁ、って」
「褒めても何も出ぬわ、馬鹿め。それにまだ正式におぬしの妻になったわけではない」
「うわ、ひっでーの。夫婦でやる事全部済ませた仲なのに、そう言うこというか? 」
燕青の言葉に思わず頬を染めるだが、反応はそれだけだった。
いつもなら蹴りの一つも入れてきてもおかしくないというのに、彼女はただ燕青から視線を外しーーーそっぽを向いただけだ。
「……誰も妻になりたくないと言ったわけではないわ、馬鹿者が」
頬を染めながらも、憎まれ口を叩く。
そんな彼女の姿をじっと眺めていた燕青は、何やらしがらみがふっきれたのか。
ゆっくりと口を開いた。
「……悪かった」
「燕青? 」
「だから、悪かったよ。放っておくつもりはなかったんだ。
でも、お前なら一人でも自分の身は守れるからって、ついないがしろになってた。
結局、お前に甘えてたんだな、俺。
謝って済む問題じゃあないってのは、わかってる。だけど言わせてくれ。
……本当にすまなかった、」
燕青はそこまで言い終わると、謝罪の意を込めて頭を垂れる。
「………なんで」
「あ? 」
「なんでわらわは、こんな男を選んでしまったのであろうなぁ……」
祖母が祖父を選んだように。
春姫が克洵を選んだように。
がただ唯一の人と選んだのは、燕青で。
「髭生やせば熊男で試才はかけらもなくて、そのくせ腕っ節だけは無駄に強い脳内筋肉馬鹿で……」
「おいおいおい、…」
容赦なく燕青のことをずらずらずらずらと並べ立てていく――しかもその中身の大半が相手をけなしているような言葉ばかりだーーの姿を眺めながら、それでも彼女の言葉に心当たりがなくもない燕青はバツの悪い表情を浮かべるほかなかった。
「なのにどうして、こんなにも愛おしくてたまらぬのか………」
その言葉に、わずかに目を見開く燕青だが。
はそんな彼の様子など気にする様子もなく、ゆっくりと歩みを進める。
そうして彼女は、燕青の胸に額を押しつけ……寄り添うようにしなだれかかった。
「……安心しろ。寂しかったのは、お前だけじゃない。俺もだ」
滅多に甘えてくる事のないの行動に面食らっていた燕青だが、ふっと表情を和らげると、の華奢な身体を抱きしめる。
彼女の長い黒髪から香る芳香は、今も前と全くかわりなく。
をたらしめる、その香りに。
ようやく、彼女と再会出来たのだという認識が持てた。
嬉しさと喜びとが入り混じった感情の湧き出すなかで、燕青はを抱く腕に加える力を少しだけ強くした。
「改めて言う。攫いに着たぜ、。おとなしく、俺に攫われてくれるだろ? 」
「当たり前じゃ馬鹿者。分かりきった事を聞くでないわ」
*後書き*
・燕青夢を見たいという方が結構多いことを、某サイト様のアンケートで知りまして。
なんとなく使えそうなヒロイン設定があったので、書いてみました、燕青夢。
……なんだか微妙な夢になりましたが、初書きだからね(オイ)。
ヒロインは縹英姫の孫娘で、春姫の双子の姉。無論、特殊能力保持者。
久々に古風な姫様口調書いたけど、やっぱ好きだ。この口調。
(06.02.21up)
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