朝賀に出席する為、藍州から貴陽に来ていた藍家当主たちに呼ばれて。
は藍邸の中でも特に大きな部屋――藍家当主が滞在する為に作られた部屋へと足を向けた。
 彼女が中へ入ると、兄たちは妹に椅子に座るように促した。大きな卓机を挟んでま正面に位置する場所には、美貌と呼ぶにふさわしい秀麗な美顔が三つ並んでいる。
いくら眼福に値する美貌とはいえ、同じ顔が三つも並んでいる様子は端から見れば異様な光景である事は言うまでもない。だが生まれてこの方ずっと彼らの顔を見てきたにしてみれば、もうすっかりと慣れきってしまっていちいち驚くようなこともない。


。これから私たちが君に何を言いたいか、わかるか? 」
 彼女のま正面に位置する席についていた男が最初に口を開く。容姿に違わぬ腰に響く美声ではあるが、妹であるにしてみればさほど気にするようなものでもない。

「わかりますとも。龍蓮の縁談話の事でしょう? 」
 不敵とも言える余裕綽々の笑みを浮かべて、は三人の兄たちの目を見据えて言い切った。

 州牧茶州入りの際に、紅家が秀麗の安全保障と引き替えに提示した『七夜夜光塗料の製造法及びその派生権利の獲得』。そのことで世間は、秀麗の存在が現紅家当主と実質的に紅家を動かす要人の二人を動かすに十二分なものであることを理解した。
 そうして、今回の朝賀に出席した秀麗自身の姿。かつてとは比べものにならぬほどに成長を遂げ、内面・外面ともに磨き上げられた彼女の姿は、その場にいた官吏たちの目に焼き付いた。

 この二つの点をさしおいて、彼女が花嫁候補の筆頭に上がる事はまず言うまでもない。

「私もちゃっかり朝賀に参加していましたが、同性の私の目から見ても秀麗姫は確かに大きく成長し、美しくなられました。紅家直系長姫という家柄も相まって、彼女の価値は大幅に値上がりしたようですからね。今や公主にも匹敵する高価物件ですよ」
 いつもの通り、饒舌な調子で話すだが。彼女の事をよく知る相手――現藍家当主たちは、その言葉の中に含まれたわずかな棘にきちんと気がついていた。

「お前が今年の国試に受験して状元及第すれば、今の紅秀麗と同じ状況に陥るのは明白だ。
それでもなお、お前は国試を受験するつもりか」

「もとよりそのつもりです」

「だが、お前は結婚するつもりなど毛頭ないのだろう? 」

「ええ」

「………諦めの悪いことだな」

「兄上たちとて、それは重々ご承知の上でしょうに」

 さらりと受け答えをする異母妹の姿をまじまじと眺め、彼らは互いに顔を見合わせると呆れたような疲れたような複雑な溜息を漏らした。

「紅秀麗が龍蓮に嫁ぐ可能性は、十二分にあることも。承知の上か」

 兄の一人が口にしたその言葉に、は咄嗟に答えを返す事が出来なかった。
頭で十分に理解していたはずの状況であったにも関わらず、兄の声でその事実を告げられたことにより、それがより一層現実味を増して彼女の目の前に立ちはだかったからだ。



 一瞬、目の前が真っ暗になったような錯覚にすら陥った。

 可能性を想定しただけの事実であるはずなのに。
 平静を装う様子とは裏腹に、心の中はよろめいて浮き足立っている。

 波一つ立っていない心の泉に、石を幾つも投げ込まれたような。
 不安という名の波が幾重にも折り重なって、平常心が崩れそうにすらなる。



「……無論。私の観察眼を侮っておられるのですか、兄上方は」
 無理矢理引き絞るように吐き出されたの言葉は、ひどく震えていた。

その理由を十二分に理解していた兄たちは、その端正な顔にわずかな影を落とす。
もっともそれはほんの一瞬の事で、彼らはすぐにその色を隠してみせた。

「とんでもない。そなたの観察眼の鋭さは、身を以て知っているからな」
「ただ一応確認をしておいただけのこと」

 口々にそう言う二人の兄に、は半ば呆れたような視線を向ける。

「なら、わざわざ確認するようなことを言う必要もないでしょうに」
 溜息混じりの言葉を漏らしたは、もう一人の兄の方へと視線を向けた。
何か言いたい事があるのならさっさと言え、と向けられた紺壁の双眸は暗に語っている。

 妹に目の力でもってせっつかれ、仕方なしに彼は口を開く。

「……それでも、諦めるつもりはないのだろう? 」

「愚問ですね。諦めるつもりがあるのなら、さっさと鳳珠か黎深あたりと結婚してますよ」
 それはそれは綺麗な笑顔を浮かべながら、あっさりと言い放つだが。

 そんな彼女の言葉に、三人の兄たちは揃って顔を歪ませた。

「邵可様のご親戚になれるのは、まあ嬉しいことではあるのだが…」
「黄鳳珠はともかく、紅黎深のところに嫁ぐ事だけはやめてくれ」
「あれのもとにお前を行かせるくらいなら、楸瑛にでも嫁がせた方がまだマシだ」
 口々に言い出す彼らの言動は、根本的に黎深に対する敵対心をそのまま如実に示したものばかりであった。それでも彼らが楸瑛に愚痴っている時に比べれば、その言葉はいささかおとなしい。
 なんだかんだ言いつつも、が黎深のことを友人として好いていることを知っているからだろう。

 楸瑛や龍蓮に対してはあまり表立ってその優しさを見せる事のない彼らだが、に対しては結構優しい兄の一面を見せてくれる。やはり同性の弟よりも異性の妹の方が可愛さもひとしおなのだろう。


「……兄上たちは本当に黎深がお嫌いなんですね」

「「「当たり前だ」」」

 半ば呆れたように呟くの言葉に対する三つ子たちの言葉は、一拍一文字も違えることなくものも見事に綺麗に重なった。いかに彼らが紅黎深を毛嫌いしているかがよくわかるというものだ。

(…実はそういうところが一番黎深そっくりだと思うんだけどね……)

 間違えて口に出そうものなら、何倍にもなって抗議の言葉が返ってくる事は目に見えていたので、敢えては心の中で呟くまでに留めておいた。


「というか、兄上。私を楸瑛に嫁がせてもいいとお思いなら、いっそ龍蓮に嫁がせてくれませんか? その方が私としてもたいそう嬉しいのですが」
 ついさっき兄が口走った『楸瑛に嫁がせる』の言葉を思い出し、が駄目もとでと訊ねてみると。

 三つ子たちは揃って顔を見合わせたかと思うと、やおら揃って手を打った。

「そういえばそうだな。今まで全く失念していたが」
「本人たちがそれでいいというのなら、私は一向に構わないと思うぞ」
「私もそれで構わないと思うが……、龍蓮でも良いならいっそ私たちの元に……」

「それはきっぱりとお断りします、兄上」
 さりげなくとんでもないことを口走りかけた兄の一人の言葉を、はそれはもう清々しいほどに一刀両断にしてみせる。

「私たちでも楸瑛でもなく、あくまで龍蓮が良いということか」

「もうかれこれ十数年越しの想いですから、今更変わるはずもないでしょう? 」

「あれはお前の異母弟で、半分は血が繋がっている。それでもか? 」

「愚問ですね。それなら散々悩んで悩んで悩み尽くしました。
何度も諦めようと思いました。だけど……やっぱり私、龍蓮が好きなんです。
異母姉弟で血が半分繋がっていようと、その想いだけは変わらない……」
 そう言って微笑むの表情は、明らかに今までのそれとは違っていた。

 ほとんどお目にかかった事のない妹の極上の笑顔に、三つ子たちは揃って顔を見合わせ。これまた揃ってなんとも表現しがたい感情を浮かべた表情を浮かべると、ゆっくりと息を吐いた。

「そうか……」
「なら、これ以上私たちが何を言うまでもない」
「あとはお前たちでなんとかしなさい」

「ありがとうございます、兄上方」
 入ってきた時とはまるで正反対の、晴れ晴れとした笑顔を浮かべると。は兄たちに向かって優雅に一礼してみせると、彼らに背を向けて部屋を出るべく扉の方へと歩き出す。

 が。

 何を思ったのか、彼女は唐突にクルリと兄たちの方を振り返った。


「確かに私が一番好きなのは龍蓮ですけれど。
楸瑛も好きですし、もちろん兄上たちも好きですよ」
 そう言って。いつも大人びた余裕綽々の表情を浮かべているにしては、珍しくも年不相応のあどけない表情を浮かべた。







「姉上」

 兄たちとの対話の後、自室で読みかけの本を読んでいたは、扉が開くのと同時にかけられた声に顔を上げた。視線の先には、普段のようにやたら派手派手しい装束ではなく、藍家直系の人間しか着る事を許されない禁色・藍を基調とした装束に身を包む青年の姿がある。

 自分と入れ違いに兄たちに呼ばれたはずの弟の姿を認めて、は読んでいた本を膝の上に置き、彼の前でしか浮かべない穏やかな笑みを浮かべた。

「あら龍蓮。兄上たちの用事はもう終わったみたいね」

「終わったことは終わった。だが……」
 良い意味でも悪い意味でも歯に衣着せない彼にしては、珍しくも歯切れの悪い物言いには首を傾げる。

「どうしたの? 」

「……姉上は、愚兄たちに何か言わなかったか? 」

「何かって……どういうこと? 」

「愚兄たちの様子がいつもと少し違っていたのだ。
三人が揃いも揃って、妙に嬉しそうな幸福感溢れる表情をしていた。
私に会えたことであんなにも感動したとはとても思えなかったので、もしかしたら姉上なら何か知っているかもしれないと思ったのだが……」

 龍蓮の言葉に、はしばし首を傾げて考え込んでいたが。ふと何かに気づいたのか、やおら顔を上げるとおそるおそる口を開いた。

「……最後に言い残したアレかしらね。『確かに私が一番好きなのは龍蓮ですけれど。楸瑛も好きですし、もちろん兄上たちも好きですよ』って」

「…………それだ」

「なんでその程度の言葉で嬉しがるのかしらね。あの馬鹿兄貴どもは」
 ワケがわからないと言わんばかりに訝しみの表情を露わにするだが、龍蓮には三人の兄たちの気持ちを正確に把握する事が出来た。

 いつもいつも罵倒されるか説教されるかの二者択一でしかない妹から、そんな殊勝な言葉を聞かされたのだ。それを嬉しいと思わない人間の方がむしろ珍しい。


 だが龍蓮は敢えて、それを口にする事はしなかった。

 四人の兄たちと自分と。
の態度のそれが明らかに違っているのは、龍蓮が彼女にとって特別な位置を占めていることの何よりの証拠であったから。

 自分が彼女の特別な存在である事。
 それを目で見える形で認識出来る、兄たちからすれば理不尽この上ない姉の依怙贔屓が嫌いではなかったから。


「姉上」

「何、龍蓮? 」

「姉上が愚兄たちにかけた言葉をかけてもらえたら、私も嬉しいと思う。姉上が私のことを大事にしてくれていることは知っているが、やっぱり言葉にしてもらえると……なんだか嬉しい」

 龍蓮が素直に自分の心のあるがままを述べると、は嬉しそうに微笑む。

「貴方になら何度でも言ってあげるわよ、龍蓮。
私にとって一番大事で、一番愛しいのは貴方だけだもの」
 満面の笑みを浮かべたまま、照れる事なくあっさりと言ってのけると。
は椅子から立ち上がると、傍に立っていた龍蓮に抱きついた。



 たとえ半分血が繋がっていようとも。
 愛しいと思う想いは、止めようがなくて。

 叶わぬ想いであろうとも、恋い焦がれずにはおられないーーーー



 ふわりとすぐそばに迫る彼女の柔らかな黒髪に頬を寄せ。
 香るほのかな芳香に心酔わされながら。

 龍蓮はの華奢な身体を抱き返したのだった。






*後書き…
・かなりお久しぶりですが、お題にあんまし沿ってない彩雲国・藍家ヒロイン夢をお届けします。
なかなか区切りがつかなくて、かなり尻切れトンボ気味。
今回は珍しくも藍家三つ子当主のご登場です。
時間軸・ネタともに、新刊「欠けゆく白銀の砂時計」のネタバレも微妙に含んでおります……。
シリアスにお話を進めるつもりだったのですが、案外とほのぼの系に仕上がりました。
というか、私の書く三つ子当主は異母妹の事を目に入れても痛くないくらいに可愛がっております。
原作に登場した事がないので、彼らの性格やら話し方は全て空想ですがね。
にしても、いろんな意味で突っ込み処満載の一作ですね。
異母姉弟であることなんて、全然障害のうちにもならないじゃないですか。
兄様たちはあっさりと認めてくれちゃいましたもの。良いのか、それで?