「なんだかさん、嬉しそうですねぇ〜」
 間延びした、どことなくおっとりした声に振り向けば、標的が秀麗に移ったことで龍蓮から解放されたのだろう。変わらぬ朗らかな笑顔を浮かべた影月の姿があった。

「ええ、とても。だって龍蓮が楽しそうにしているんですもの」
 はふわりと影月に微笑み返す。だがその視線はすぐに彼から離れ、香鈴に頭の羽と髪とをぐいぐいと引かれるままにされる龍蓮の姿がある。
 秀麗の肩に顎を掛けてべったりとひっついている姿は、まるで動物の親子のようだ。

(…なんか、コアラの親子みたい)

 ふとそんな考えが浮かんで、は苦笑を漏らした。




【時が癒すものは】




「どうしたんですか、急に思い出し笑いなんて?」

「ふふっ…、ねえ影月君。秀麗ちゃんと龍蓮と香鈴ちゃんを見てると、まるで動物の親子を見てるみたいだと思わない? 」

「動物さんの親子ですか? 」

 突拍子もないことを言い出したに、影月は疑問を隠せない。

「ええ。秀麗ちゃんが親で、龍蓮と香鈴ちゃんが子供。
きっと兄妹して、お母さんを取り合ってるのね」

 ニコニコと楽しそうな笑顔を浮かべるの表情はいつもよりもずっと穏やかだ。
その表情を見るかぎり、彼女の心情を察することは実に容易い。

さんは本当に龍蓮さんが好きなんですねぇ」

「好きよ、とっても。龍蓮と会ってから、私は今まで知らなかった世界の一面が見えてきたような気さえするの。
龍蓮の言葉じゃないけど、私たちの出会いはまさに“運命”だったのかもしれないわね」
 まるで慈しむような柔らかな視線を龍蓮に向けたままで、自身にとっては惚気でもなんでもない事実を、彼女は臆面もなく淀みなく告げる。

「なんだか聞いてる僕の方が照れちゃいます。龍蓮さんに言ってあげたらきっと喜びますよ」
 龍蓮とが出逢ったときのことを概ね知っている影月は、龍蓮がどれだけを大事に大切にしているかを知っていたし、何よりずっと見てきていたから。
 ここまで臆面もなく言い切っても照れを見せることがないのは、が言っていることは本当に事実でしかないからであろう。そしてその事実は、影月を安堵させてくれる。

 人の気持ちは移り変わるもの。
 刻を止めることが出来ないように。

 人の思いもまた刻が移りゆくように、変わりゆき。
 けして止めることは出来ないもの。

 影月と秀麗の存在が龍蓮と世界を繋ぐ扉なら、は龍蓮を世界に繋ぎ止める楔。
二人の存在が彼にとって不可欠である以上に、の存在は彼にとって失うことの出来ない魂の半身なのだ。

 その彼女が万一心変わりするようなことがあったとしたらーーーーー。

 考えなくとも良い、単なる一個人の仮定から生まれた空想の未来。
 であるにも関わらず、仮定することすら恐ろしくて拒絶したくなってしまうのは、その先に見える仮定の絶望が底知れぬほどに深いものである所以だ。


 影月はふと脳裏を過ぎりかけた思考を、頭を左右に大きく振って無理矢理に打ち消す。

さん」

「影月君?」

「お願いですから、体調にはくれぐれも気を遣って下さいね。
少しでも違和感を感じたりしたら、すぐに言って下さいね。
僕、いつも優しくて笑顔なさんが好きですから」

 あまりに唐突な影月の言葉に、一瞬我を忘れかけるだが。

「ありがとう、影月君。とても嬉しいわ。
でもね、そういう台詞は香鈴ちゃんに言ってあげなきゃ駄目よ。」
 
「え…、違います!そういう意味の好きじゃなくて……」

「大丈夫よ。ちゃんとわかってるから。
影月君は、龍蓮のことを心配して言ってくれてるんでしょう? 」

 邪仙教の一件で、影月は行方知れずになり、秀麗もまた気を失ってしまった。
それが精神的に応えたのか、龍蓮はその件以来二人のそばを離れなくなったのである。

 大切なものをどんなに守りたくても、ときに運命は残酷で。
 守りたい、掴み続けたいものは、指の隙間から零れ落ちていくもの。


『私は、失うのが怖いのだ……』
 秀麗と影月が仕事で紅杜邸にいなかったとき、今にも泣き出しそうな表情の龍蓮がに零した、たった一つの言葉――――。

 それは今も、の耳奥に残って離れない。


「でもね、あんまり貴方が龍蓮のことばかり心配してると、香鈴ちゃんがまた怒るわよ? 」

「…そ、そうなんです。香鈴さん、僕の前で全然笑ってくれなくて…。
たくさん心配もかけちゃいましたし、やっぱり怒ってるんでしょうか……」
影月はどこか切なささえ帯びた視線を香鈴へと向ける。
 常日頃、彼女へと視線を向けながら、ひそかに気にしていたことをぼやくように呟いたあと、彼は落胆にも似た響きの嘆息を漏らした。

「大丈夫。心配する必要なんてないわ。だってあの子、龍蓮が影月君にべっとりしてると、今すぐ引っぺがして自分が代わりたい!って表情してるのよ?
だから、そんなに悲観しないで。
それより香鈴ちゃんと一度ゆっくりとお話してみたらどうかしら? きっと喜ぶわよ、彼女」

「そ、そうでしょうか…」

「嘘だと思うなら、もう一度あの輪の中に入ってみたらどうかしら。
貴方が龍蓮にべったりくっつかれて、香鈴ちゃんが怒ったら、十分脈有りよ?」

「わかりました、やってみます」
 の提案に、決心を固めた影月がその場にすっくと立ち上がる。

「……ねえ、影月君? 」

「はいなんで………」
 くるりとの方へと向きを変えようとした影月は、いきなりあたたかくて柔らかな感触に包まれる。不思議と懐かしささえ覚えるあたかみに、思わず目を閉じそうになる影月だが、すぐに自分が置かれた状況を理解しーーー耳まで真っ赤になった。

「あ、あの、さんっ!? 」
 と影月では影月の方が背が低いので、普通に抱きしめられれば、自然と影月の頭はの胸の辺りにくることになる。

 羞恥心から慌ててと距離を置こうとする影月だったが、囁くように耳元で紡がれた彼女の言葉に、思わず動くことをやめた。


『生きていてくれて、本当にありがとう……』



 今までその言葉をくれたのは、堂主様や西華村の人たち。
 その人たち以外からそんな言葉を思えるとは思っていなかったし、きっと、心のどこかではそれを望んですらいなかったかもしれない。


 だけどーーーーーー。


 心のどこかでは、その言葉を望んでいたのかもしれない。
 再び生きる機会を得てからは、殊に。

 自分がこの世界に存在してもよいのだと、誰かに肯定して欲しくて。
 その誰かが一人一人増えるたび、また一人分の言葉を求めたくなる。

 生きている、からこそ。
 望み、望まれることを求めるのは、至極当然のことで。


 ほら。だから。
 たったその一言だけで、僕はこんなにも満ち足りた気分になれるーーーーー





「まあっ!
いくらご夫婦だからといって、様まで龍蓮様の真似をなさらないで下さいませ!! 」
 そうして二人は、お互いに考えるところがあって思考の海に突入してしまったので、香鈴が憤りを露わにしてやって来るまで、ずっと抱き合ったままの体勢でいたのであった。






*後書き…
・光闇星夜様より頂きました、お相手影月で『茶州編の後で、龍蓮と一緒に来た夢主と、 お互いに龍蓮と香鈴について語る(恋愛というより友情)』という設定の場面リクでした。
なんだかほのぼのだなぁ、と思っていたら……最後が妙に尻切れトンボですね(汗)。
う〜ん、この作品はそのうち書き直すかもしれないです。でも今のところ、これが限界。
影月君と藍家トリップヒロインで、自分の想い人について語る……、って語ってる???
なんともリクに沿っているのか、いないのか。微妙なお話ですみません。
光闇星夜様、リクエストありがとうございました〜。


お題提供先:ふりそそぐことば



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