見慣れない格好に、精巧な装飾の施された数々のアクセサリー。
どう見ても、一般的日本人の格好ではないことは見ればわかるし、一目見て彼がどこか私たちとは異なる何かを持っているのか。表すには十分過ぎるほど十分だった。
だけれどもーーーーーーーー。
『ただゴテゴテと金銀装飾を並べればよいものではないというのに、全くもって趣味の悪い。趣味の悪いのは確かですが、この建築様式には正直なところ素直に感嘆の意を示しますよ。私が今まで見てきたどの建物とも違う、建築的な価値は十二分に認められますしね』
いともことなげにあっさりと告げてきた、その言葉に。
目の前に立つ青年への不信感を一挙に吹き飛ばしてしまったのもまた、事実。
【出会いに、息を飲んで】
吹きゆく風は無風。それにも関わらず、澄み切った冬の空気は容赦なく肌を突き貫く。
痛いほどに凍える大気は、嫌みなほどに澄んでいていつも以上に空を高く見せる。雪が降ったわけでもないのに白く凍えた木々の枝は、空気の中に水が混じっていることを証明する実験にはもってこいかもしれない。あまりに冷え込む空気にたまらず、大気中の水分が凝固し、氷となって、木々の枝や草の葉をキラキラと照り輝かせている。
「……今日もまた、一段と冷え込むわねぇ…」
私は片手に持っていた携帯用カイロを入れ替えて、冷え切っていた片手をカイロの熱でじんわりと溶かしながら、誰に言うでもなく呟いた。
吐く息は真っ白い。
どこまでも純白で不透明な二酸化炭素は、私が息吐くその度に、凍える空気と触れ合い、その冷たさに絶望し白くなっていくのか。
進行方向へ導くかのように地面から立ち上がる霜柱を、一歩一歩踏みしめながら、私は背中を丸めたままで目的地へと向かっていく。
向かう先は、陽明門。聞き覚えのある名前だと思う人も多いだろう。
それもそのはず陽明門は、日本有数の世界文化遺産の一つ“日光東照宮”へ入る入り口にそびえ立つ煌びやか且つ豪華絢爛な門の呼び名であるのだから。
関東圏内の小学校や中学校に通った人なら、一度は来て見たことがあるはずだ。多分修学旅行か、遠足か何かで来たことがあるであろうから(絶対にそうとは言い切れないが)。
向かってどんどんと足を進めていけば、ほどなく視界の端に金ピカなものが入ってくる。
金銀財宝、精巧且つ緻密な装飾とをふんだんに施した陽明門は、400年の時を経た今でも変わらず、綺羅綺羅しく派手だ。
対墓泥棒用の仕掛けが数々用意していたにも関わらず、エジプトのピラミッドはその大半が盗掘されてしまっているのだが、どういうわけか対泥棒用の仕掛けが一つもないはずの陽明門は、盗難に遭わなかったらしい。盗難に遭っていたら間違いなく、今現在の門は見るも虚しいボロボロの姿を呈していたはずだ。
やはり昔の人々は信心深かったからだろうか。はたまた天下の将軍様を祀る(家康だって初代将軍なんだから当てはまらないことはないはずだ)お宮だから、とてもじゃないが畏れ多くて盗みなんてできなかったということだろうか。
子供の頃はそんなことをいろいろと考えてみたものだが、実際に門を見るようになってから…それも物の価値がそれなりに見てわかるようになってきてからは、そんなことも考えなくなった。どれほど綺羅綺羅しかろうと、陽明門を飾り立てる金銀細工の全ては『純粋な金銀財宝』ではないのだ。それこそ、エジプト王家の宝が数多く眠るピラミッドとは、比較しようにも及ばないほどの落差がある。
いかに門の飾りを盗んで売りさばいたとしても、さほどの価値にもならないから。
それが今なお陽明門が綺羅綺羅しい飾りで彩られている証拠であろう、と私は睨んでいる。
いかんせん伝統文化財の価値について詳しいわけではないので、確固たる断言は出来ないのではあるが。
「………あれ? 」
寒さを紛らわせる為、いろいろと考えを巡らしながら歩いていた私だが。
何気なく目的地の陽明門へと視線を移し……、足を止めた。
否、足を止めずにはおられなかった。
まだ朝も早い時間だというのに、陽明門の前に人影があったのだ。
いや、朝の早い時間に門の前に人がいること自体はさほど珍しいことでもない。陽明門は、この近くに住んでいる家の人たちーー特に朝早くから元気に散歩するご老人たちーーにとって、いわば散歩コースの一つと化しているからだ。だから普通に人影が見えたとしても、さほど驚くような事態でもない。
……そう、普通に人影が見えただけならば。
だが残念なことに、本日目に入った人影は散歩の常連さんでもないどころか、どう贔屓目に見ても“普通”の様子ではなかったのである。
門の柱にぺたぺたと触ってみたり、門の飾りをしみじみと眺めてみたり。
陽明門のあちらこちらを隅々まで見落とすまいと言わんばかりなその様子は、挙動不審なことこの上もない。
無論、東照宮を初めて目にする人のように見えないこともないのだが、それにしてはえらく熱の入った観察ぶりだ。まるで未発見の遺跡を発見した考古学者――それも考古学に情熱を傾けている人――のように、一つ一つを緻密に細かく観察し、それらの持つ伝統的価値・歴史的価値に大いに驚く様子と言ってもよいだろう。
だがあいにくと、東照宮も陽明門も未知の考古遺跡でもなんでもない。江戸時代…つい四百年ほど前に建てられた故人の墓―――それも今ではバリバリの観光名所である。
そして何よりも怪しいのは、陽明門を熱心に観察するその人の服装がどう見ても考古学者ではなく……、否。考古学者どころか、一般の観光客でもなければ、陽明門に落書きをしに来た常識外れの愉快犯でもなければ、盗っ人でもなさそうである。
一番近いのはおそらく、古代中国服に憧れてコスプレしている歴史マニアか、彩雲国物語のコスプレマニアか。
その人の着ている服は洋服でもなく、かといって着物でもない。日本の服飾史から見て言えば、その人の服は飛鳥・奈良時代頃、朝廷に仕える役人の着ていた服によく似ていた。
飛鳥・奈良時代頃の官人の有り様は、遠く離れた中国(当時ならば唐というべきか)のそれを模倣したものである。ということは、単純に言えば古代中国の官服に似ているというのが一番正しいと思われる。
もしくはえらくぶっとんだ思考ではあるものの。考えられるのは、最近人気の上がってきている某文庫のシリーズ作品『彩雲国物語』の中に登場する人物を装っているか。
この二つの可能性のうち、どちらか一つとして考えられない。
一瞬、引き返そうかと思わなかったかと言えば嘘になる。
嘘になるがーーーーーーーーーー。
それよりも純粋な好奇心の方が勝っていたから、私は踵を返すことなく、足を前に進めた。
「我が国の誇る世界的歴史遺産にして、うちの神社の門に何か御用ですか? 」
勇気を出して、声をかけてみれば。
振り返ってきたのは、TVに出演している芸能人も裸足で逃げ出すほどのいい男だった。
鮮やかな蜜柑色の髪は強い癖毛だが、綺麗に整えられていて。こちらへと向けられる眼差しは、切れ長であるせいかややきつい印象も否めないが、その色彩は滑らかな光沢を放つ柔らかな青磁色だ。それらを取り合わせて、絶妙なバランスで創り上げられた顔かたちは、まさしく美形・美青年と言わずしてなんと言おうか。
そしてもとから持つ美貌を一層引き立てているのは、彼が身に纏う数々の美しい装飾品たちである。金銀宝石、それらの一つ一つが己の存在を強く自己主張しあっているにも関わらず、けして下品な感じを受けないのだ。これだけの数の装飾品を身に付けながら、まるで嫌味もなく、不思議と品の良さを感じさせるとは……全くもって恐れ入るほどの美的センスの持ち主である。
「うちの…というと、この建物は貴女の家の所有物ですか」
紡ぎ出される声音は、男性にしてはいささか高い綺麗なテノール。
いくら声が良くとも、それに比例して顔も良いとは必ずしも限らない。
そんな夢のない現実を知っていた私だけれども、この青年はその定義を見事に覆してくれた。
「ええ……、一応私はここの宮司を務める家系ですので…」
私は不審感を一向に解き放たぬままで、用心しながら答えた。
いくら美形であろうが、美声であろうが、怪しい人物であることに全く変わりはないのだ。
当然と言えば、当然の処置と言えよう。
「そうですか……。まあ、それなら仕方ありませんね。
貴女の格好を見てもわかりますが、あまり美的感覚はよろしくないようですから」
相手は私を上から下までまじまじと吟味するように視線を移し……、おもむろに溜息をつくと、疲れたような声音でぼやくように、それでも私に聞こえるように言い切った。
はい………???
何だか今、すっごく失礼なことを言われたような………。
「全く…ただゴテゴテと金銀宝石を並べて飾ればよいものではないというのに、全くもって趣味の悪い。まあ趣味の悪さが救いようもないくらい悪いのは確かですけど……、この建築様式には正直なところ素直に感嘆の意を示しますよ。
私が今まで見てきたどの建物とも違う、建築的な価値は十二分に認められますしね」
なんのこともなげに、青年は次々に毒を含んだ言葉を吐き捨てるが。
途中で言葉を切ると、彼はふっと陽明門を仰ぎ見る。その視線は門を飾る装飾にではなく、更に奥―――門そのものを構成する木材の部分へと向けられていた。
私は思わずーーーーーーー、息を呑んだ。
陽明門に使われている様式は、入母屋造り。入母屋とは屋根の形の名称で、入母屋造りというのは入母屋形の屋根を持つ建築様式を持つ建物のことを指す。これと同じ造りの建物というと、現存する世界最古の木造建築物・法隆寺金堂辺りが有名どころである。
当然のことながら、陽明門を構築する建築様式は相応に古く、この門は歴史学・建築学的価値を持ち合わせているのだ。
それをまさか、目で見ただけで見破るとは………。
「………あの、貴方は……? 」
「他人に名前を聞くときは、まず自分で名乗るのが礼儀ですよ」
青年は私の方へと一瞥をくれると、あっけらかんとダメ出しをしてきてくれた。
と言っても、今回の場合、明らかに礼儀に反しているのは私の方なのだが。
「失礼しました。私、と申します」
緋袴の裾を払い、改めてきちんと身なりを正した上で、私は挨拶し直す。
と、いかにも興味なさそうにしていた相手は、かすかにこちらへと視線をくれた。
「おや、奇遇ですね。貴女も二文字の姓をお持ちでしたか。
私は欧陽玉。…先に言っておきますが、欧陽が姓で、玉が名ですよ。
間違えてもどこぞの飲んだくれ尚書のように、陽玉とは呼ばないで頂きたいものです」
「はあ………」
よくわからないところを念押ししてくる青年――欧陽さんに、私はとりあえず生返事を返しつつ、相手が中国系の響きの強い名前であることに気づく。
……そして更に、妙に聞き覚えのある役職名が出てきたことに一抹の不安と期待を寄せて、訊ねてみた。
「ところで、欧陽さんは何か“役職”をお持ちだったりするんですか? 」
「ええ、まあ。全くもって不本意ながら、工部侍郎の役職に就いてますが……何か? 」
一体何を聞いてくるんだ、と言わんばかりの表情を見せながらも、彼はきちんと私の問いに答えてくれる。
「………同僚に、李侍郎や景侍郎っていらっしゃったりします??? 」
「いますけれども、お二人をご存じなのですか? 」
ものは試し、と駄目もとで聞いてみると、相手からは見事に答えが返ってきた。
それもいろんな意味で予想外だった方の答えが。
「いや、まあ……その………ちょっと……」
逆に答えにくいことを聞き返されて、私はしどろもどろになりながら言葉を濁す。
そんなことをしながらも、心の中では喜びとも焦りともつかぬ声を挙げていた。
ビンゴ。大穴。まさに大当たり。
どうやら私は、ジャンボ宝くじの一等よりも当たる可能性の低い、特別なクジを引き当ててしまったらしい。…これでしばらくは、私がクジを引いても残念賞しか当たるまい。
まあ、それはともかくとして、だ。
つい最近友人から紹介されて、三巻目までしか読破していない彩雲国ファン暦の短い私だから何とも言えないが。少なくとも“李侍郎”と“景侍郎”という二人を知っているというのならば、どれほど現実味が薄いと罵られようとも、私の予想に間違いはない。
一体どういうメカニズムが働いたのか、はたまた某狸爺の陰謀か、一種の娯楽か。
そんな詳しいことは、私も……多分被害者である欧陽さんも知らないが。
「……この寒い中、立ち話というのもなんですし、よろしければうちへいらっしゃいませんか? そこの門――陽明門のことについて、もっといろいろと詳しく話せる人物がいますけれど……」
「この門について詳しい方がいらっしゃるのですか? それは是非ともお話を伺いたい。
お願いしても宜しいですか、殿」
私の言葉を半ば遮るようにして、欧陽さんが口を挟んでくる。
先ほどまで青磁色の双眸に宿っていた深い知性の輝きはなりを潜め、今そこにあるのは純粋な好奇の光だけだ。
どうやらこの人、歴史的建造物が好きらしい。
……案外とこの人とは話が合いそうだ。
もしもここに来たのが、黄尚書とか紅尚書だったとしたら………絶対話が合わない。
いや。そもそも話が合わないどころか、話すらまともに聞いてもらえないだろう。
「ええ、どうぞどうぞ」
表面上は実ににこやかな笑みを浮かべつつも、内心私は彼の置かれた状況をどうやって説明すべきかと、思考というあらゆる思考を最大限に機能させていた。
工部侍郎・欧陽玉。
彼は間違いなく、『彩雲国物語』の舞台となる彩雲国の住人であり。
これまた間違いなく、彼は『異世界トリップ』してきてしまったらしい。
そして図らずも、私は異世界トリッパーを拾ってしまったようである。
……さあ、これからどうしたものか。
*後書き*
久々の更新になりましたのは、いつか日記の最後で呟いてた、彩雲国・逆トリップ夢。
こういう設定が嫌いな方にはごめんなさい。
そしてトリップしてきた彩雲国キャラは、絳攸でも龍蓮でもなく、玉さんでした。
…すみません、だって好きなんですよ、欧陽侍郎♪
ヒロインは東照宮の巫女というこれまた特殊設定です…はい。
彩雲国物語は読んでいるけど、玉さんの登場する巻までは読んでいない設定で。(微妙)
果てしなく間違いだらけの設定かと思いますが、その辺はドリームですから……ね?
(06.08.20up)
★使用お題・【出会いに、息を飲んで】 お題提供先:belief様
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