龍蓮が湯浴みを終えて自分の部屋に戻ってくると、待ちぼうけを食わされているかと思いきや。はこちらに背を向けて何やら黙々と作業をしている真っ最中のようだった。

「…何をしているのだ、? 」

 部屋に戻ってくるといつも笑顔で自分を出迎えてくれる彼女が、全く自分の帰還に気づいていないことに一抹の寂しさを覚えながら、龍蓮は黙々と作業をするのもとへと近づいていく。そうして彼女の手元を覗き込んで見れば、どうやらは縫い物をしているようだった。
 異なる世界から来た彼女は、活動的な服装を好んでいるようでーーどうやらそちらの世界では活動的な服装が一般的だったらしいーー裾の長い着物は動きにくくて仕方ないらしい。そんな彼女は、度々着物を自分の着やすいようにと裾上げしたり、改良を加えている事が多かったので、繕い物をしている姿を見るのはそう珍しいことでもない。

 龍蓮は彼女の手の動きをよく観察し、にも自分にも危険がない地点に針が動いたのを確認すると、素早く彼女を後ろから抱きしめる。そうして彼女の肩先まで伸びる髪に頬を寄せ、存分にその香りと感触を楽しませてもらう。


「……あら、お帰りなさい。龍蓮」
 さすがに後ろから抱きつかれれば、気づくのは当たり前で。
は針を縫っていた布地の表面に刺しこむと、後ろから自分を抱きしめてくる龍蓮の腕におとなしく身体を預けた。

「今戻った、
 ようやく彼女が自分の名を呼んでくれたことで、龍蓮の機嫌はいささか浮上する。
全くもって現金な話だが、事実彼はに自分の名を呼んでもらえることが至上の幸福と感じているらしいから、ある意味彼の態度は当然と言えば当然のものかもしれない。

「ところで龍蓮。繕いものをしてる時は、いきなりそばに近づいたら危ないって注意しておいたはずだけど。どうして近づいたの? 危ないじゃない」
 湯浴みの直後ということで、いつもなら結われている龍蓮の髪は無造作に背に流されている。
そのため彼の髪は、後ろ抱きにされているの肩先にまで届いていた。
 は手を伸ばすと、自身の肩先に届いた彼の髪を人差し指ですくい取り、指先でくるくると弄んでみたりしている。

「……が、私のことに気づかないのが悪い」
 あっさりとそう告げると、龍蓮はの頬に唇を押し当てる。

「ちょ……、龍蓮!
いつも言ってるけど、そうやっていきなりキスしてくるのは反則だってば! 」
 このように過度のスキンシップを求めてくる事はけして珍しくない龍蓮だが、それでもは相も変わらず慣れる事は出来ずに、つい過度の反応を示してしまう。

「なぜ? 私はが愛しいから、触れたいから触れているだけだぞ」
 あっさりと告げられたその言葉に、は毎度ながら絶句すると共に赤面してしまう。
相手からの抗議が止んだその隙を龍蓮が逃すはずもなく、彼はの身体の向きをわずかに変えさせると、わずかに開いた紅唇に躊躇うことなく唇を重ねた。

 前触れもなく降ってきたキスに一瞬身じろぐだが、それも最初のうちのこと。
幾度となく味わってきたその甘い味に次第に翻弄され、酔いしれて、無意識に龍蓮の背に腕を回す。とそれに応じるように、を抱く腕により一層力がこもる。

 そうして口づけはより一層深く、より濃厚なものになっていくーーーーー。



 ようやく口づけから解放されると、はゆっくりと目を開く。
そうしてすぐに目に入ったのは、ご機嫌そのもので無邪気な笑みを浮かべる龍蓮の姿だ。

「………あのね龍蓮。お願いだから、前触れもなくするのはやめて。心臓に悪い」
 は火照った頬を両手で押さえ、必死に顔の熱を取ろうとしていた。

「わかった。ならばこれからは、する前に“接吻する”と一言断ろう」
 龍蓮はしばらくそんなの様子を眺めていたが、ふと何の気も無しにあっさりとそう言った。

 前触れもなくするなということは、すなわち最初に一言断れば文句はないと言っているも同然である。だがそこまでわかったところで、この台詞をあっさりと吐ける人間はそう多くはないだろう。

「……………いや、それもちょっと………恥ずかしいから……」
 さすがにあっさりとそんな台詞を言われるとは思っても見なかったは、思考回路全体が完全に停止したような錯覚に襲われた。だが龍蓮と一緒にいれば、このような状況に陥る事はさほど珍しい事でもなかったので、なんとか否定の言葉を返す事に成功する。

「む……、げに難しきは乙女の心。それならどうすればいいのだ? 」

「え、えーーーっと………。例えばこう、顎に手をかけるとか……それっぽい仕草で事前にこれから何が起こるかわかるようにしてもらえると……」

「顎に手をかけてわざわざ自分の方を向かせるのは、私の美意識に反する。
まるでその気のない相手を襲っているように感じられるし、そもそもそれをやると楸兄上と同じではないか。まるで愚兄其の四になってみたいで不快だ」
 の言葉に、龍蓮はあからさまに顔をしかめると頑なにその意見を拒否した。

「………楸瑛さんに関わらず、割とそうする男の人は多いように思うけど……」

「不特定多数の男がするのなら、なおのこと不快だ。
私はの生涯の伴侶であり、夫なのだから、それ相応のやり方がある」
 つくづく龍蓮の言葉は突拍子もない上に、時々わけがわからない。

 それでもは、彼のそういうところは嫌いではなかったし、嫌いにもなれないのだ。
あくまで自分の道を貫くその姿勢は、むしろ自分も見習うべき点は多いし、何より今回の言葉は彼がいかに自分のことを想ってくれているのかがよくわかるものであったから。

「しょうがないなぁ、もう……」
 嬉しさでこみ上げてくる笑みを隠せぬままで、は自分の身体の向きを反転させると龍蓮を抱きしめた。

? 」

「私が頑張って慣れるようにする。だから、龍蓮は自分の好きなようにしていいわ」
 龍蓮の長い黒髪を手で梳きながら、はそう告げる。

「でもね、その代わりに………私が貴方のすぐそばで目を閉じたら………」

 キスして。

 だが、その先の言葉を言うよりも前に、の唇は動きを止める。
 否、止めさせられた。


 彼女の望む通りに、深い口づけをおとされて。







 一方、その時ちょうど部屋の外には、に繕ってもらっていた官服の出来具合を訊ねる為に楸瑛が来ていたのだった。だが中ではすっかり二人だけの世界に入っていたものだから、外から声をかけることも出来ず、中に入るに入れなくて。

「……………馬に蹴られるのは御免だからねぇ……」
 溜息一つ吐き出しながら、楸瑛は一言呟くとくるりと踵を返したのだった。







*後書き…
・本当はハロウィン企画用に書き始めたはずが、単なるバカップル話に変化した代物。
トリップ龍蓮夢の最終的結末は、なんともこっぱずかしいバカップルだなんて…。
相手に愛されすぎるほどに愛されて、愛されてる分だけの想いを相手に返す、と。
なんだかもう書いてるこっちが恥ずかしいです……、このバカップルどもめ。
そして同時に、ここまで龍蓮に愛されるヒロインが羨ましいと思ってみたり。
はぁ………。やっぱり龍蓮、好きだーーーー!