いまやすっかり恒例行事となってしまった、秀麗宅でのお食事会。
そして今日もまた、いつものようにお客様を出迎えた秀麗だったが…。

 顔ぶれがいつもと少し違っていた。
何がどう変わっていたのかというと、本来ならこんな城下町へ滅多に足を運ぶことのない、やんごとなき身分の御方が秀麗に向かって嬉しそうに手を振っていたことだ。


「なんであんたまでここにいるのよ?」

「秀麗に会いに来たに決まっているだろう。」

「…だーかーらー、なんで一国の王様がわざわざ一市民の私に会いに、こうしてノコノコと城下まで出てくるのよ。あんた、王様なんだから、ちゃんと護衛を連れてきなさいよね。」

「もちろん、連れてきたぞ。ほらあそこにいるではないか。」

「…あー、そうね。そういえば、そうだったわ。」
 よく自分の家に夕食を食べに来る面々の方を指し示されて、一瞬奇妙な感覚に囚われるが、その感覚はすぐに消え失せる。
 考えてみれば、楸瑛は羽林軍の左将軍であり、は国一番の猛将宋太傅に弟子入りしている彩雲国きっての双剣の使い手。共に護衛役としては申し分ない力量の者たちだ。
それに楸瑛はもともと王づきの武官――とどのつまり彼の護衛役でもある。
 よく家に来るのですっかり失念していたが、秀麗はようやく思い出していた。




「いつもながら、面白いねあの二人。見ていて本当に飽きないよ。」
 劉輝と秀麗の様子を少し離れた場所から見ていた楸瑛は、卓の上に頬杖をついて、呆れたような面白がっているような、複雑な面持ちで口を開いた。

「藍将軍、劉輝は一生懸命頑張ってるんだから、そうやって茶化さないの。」
 言葉を発した彼の真向かいに右隣に座っていたは、ムッと頬をふくらませる。

「頑張っている……のは、知ってるけどねぇ………。」

「ほとんど犬が飼い主になついているのと変わらんな。」
 の右隣に座る青年――絳攸は、先ほど秀麗が入れてくれたお茶を一口飲むと、向こうにいる自分の主に心底呆れたような視線を向けた。
もっともいつものことなので、楸瑛もも何も言わない。
 それどころか、は珍しく自分と彼の意見があったことで瞳をわずかに輝かせる。

「…あら珍しい。絳攸もそう思う?
ああやって秀麗ちゃんに懐いている劉輝って、わんころみたいで可愛いよね。」

 確かに、秀麗が何を言ってもニコニコと笑みを絶やさぬまま、ずっと彼女のそばを離れない劉輝の姿は、まるで飼い主に構ってもらって嬉しがる大型犬を彷彿とさせる。

「うちの弟もあれの半分くらいでも可愛げがあればよかったんだけど。」
 そう呟く楸瑛の口調は、珍しく切実な響きを帯びていた。
彼の弟とは顔見知りであったは、楸瑛の心情を大まかながら理解する。
 あんなやつが身内にいたら、誰でもそう思いたくなるわよね、と胸中で呟きつつ。



「…………そうだ。ちょっと待っててね。」
 ふと、魔が差したとでもいうべきか。
ともあれ面白いことを思いついたは、訝しげな表情でこちらを見てくる二人に対して、にんまりと笑い顔で答える。

 そうして彼女は、人間サイズの大型犬にまとわりつかれて困っている秀麗のもとへ歩み寄ると、彼女の耳に何やら耳打ちをしてみせた。


「へえ………、それは面白そうね。」

「でしょ。是非一度やって見せてよ。」

「いいわ。他ならぬの頼みだしね。」

 そうして、少女二人は何やら企んでいるような表情を浮かべてコロコロと笑う。
一見すれば可愛らしい、和やかな情景ではあるが、相手があの面子ではどんなことを考えているのかわかったものではない。
当事者からすれば、非常に困った状況であるのは間違いないのだが…。
 悲しいかな。
 秀麗に会えたことだけで浮かれまくっている劉輝は、まるで二人の企みに気づいていない。
そして彼に仕える側近二人も、馬鹿馬鹿しいと思う反面、彼女たちの企みが気になることもあって、主にそのことを告げようともしない。


「劉輝。」
 秀麗がその名を呼ぶ。

ただそれだけで、劉輝は嬉しそうに表情を綻ばせる。
それは本当に、嬉しそうに。
綺麗に優しく笑うのだ。

その笑顔一つを見れば、誰でも彼の心情に気づくのに。
なぜだろうか、自分のことになると天才的に鈍い秀麗は、まるでその想いに気づかない。
否、気づかないふりをしているのだけなのだろうが。

「なんだ?」
 訊ねる劉輝に答えはせず、秀麗はただ微笑む。


そうして彼女は、劉輝の前に手のひらを上にして右手を差し出すと。
たった一言。


「お手。」


ぱふっ。


 そして、劉輝は。
秀麗やの思惑通り、あっさりと。
秀麗の手の上に、ポムと自分の右手を差し出したのだった。




「っっっっ可愛いっ!!!!かわいすぎるーっっ!!」
 劉輝の一連の行動は、完全に大型犬の仕草そのもので。
動物好きなのツボをピンポイントに突いていたのだろう。
 彼女はキラキラと目を輝かせ、何もわかっていない様子でこちらを見ている劉輝の首もとに勢いよく飛びついた。

「……ホント、犬そのものね……今のは。」
 一方の秀麗は、劉輝の行動に呆れつつも、それを微笑ましいと思わずにはおれなくて。
不思議そうに首を傾げた拍子にハラリと落ちてきた劉輝の髪を、左手で軽く払ってやった。
彼を見つめる秀麗の瞳は優しいが、どちらかといえば子供に対するそれに近い。


「秀麗…、…。余は何か悪いことをしたか?
ただ秀麗の言う通りにしただけだが………。」

それでも二人の少女からは、答えが返ってこない。

そこで劉輝は、少し離れた位置にいる側近たちに視線を移した。

 すると。
笑いをこらいきれなかったのか、楸瑛にしては珍しく彼は声を出して笑っていた。
 さらにその隣では、絳攸は卓に顔を伏せている。
呆れて声も出ないのかと思いきや、彼の肩はわずかに小刻みに動いている。
とどのつまり、絳攸もまた、声を殺して笑っていたのだ。

側近たちの普段見せない行動に、劉輝は躊躇う。
「楸瑛、絳攸。余は何か間違ったことでもしたのか?」

「いえ……、べ、別にそういうわけでは……………!」
 笑いを必死でこらえながら、なんとか声を絞り出したのは楸瑛の方。
絳攸はと言えば、声すら出せない状態らしい。





「おや、どうしたんですか皆さん?」
 場が笑いの渦に湧き、その渦に乗り損ねた劉輝が困っていると。
そこへ救いを差し伸べるかのように、穏やかな声音が降ってきた。

 顔を上げれば、そこには穏やかな笑みを浮かべた青年の姿がある。
柔らかな物腰と整った美しい容貌、月光を集めたような色彩を宿す長い髪は無造作に束ねられている。誰も知らない秘境にたたずむ湖を彷彿とさせる青の色彩を宿す双眸は、柔和で落ち着いていて、その奥には聡明で強い光が見え隠れしていた。

「静蘭……。」
 名を呟く劉輝と酷似した姿形、まるで血が繋がっているようなほどに似通った顔立ちの青年は、秀麗のそばに腰を下ろした。

「ただいま帰りました、お嬢様。」

「おかえりなさい、静蘭。ずいぶんと早かったのね。」

 まるで夫婦のような会話をする二人だが、劉輝は別段口を挟むこともしない。
口を挟めなかったといってもいいが、こと静蘭に関してのみ、劉輝はそれほどあからさまに嫉妬心を露わにすることはないのだ。

「ずいぶんと楽しそうでしたが、一体何をなさっておいでで?」

「あー、それはえっと………。」
 主上贔屓な節のある静蘭に、果たして先ほどしたことを話してもよいものか。
微妙に迷う秀麗だが、聡明な彼に下手な嘘は通用しない。

「余はただ秀麗の言う通りにしただけなのだ。
なのになぜか、みんなは笑っている。静蘭はその理由がわかるか?」

「わかるかと言われましても、詳しく話して頂かないとわかりませんね。」

 そこで劉輝は、先ほどのことを一部始終話して聞かせた。
最初のうちは笑って聞いていた静蘭だが、徐々に話が進んでいくにつれ、その笑みの後ろに何やら不穏な空気が漂い始めていた。

「…………なるほど。」

全てを話し終えた劉輝の頭をそっと撫でて。
静蘭は途端に表情を変える。
その視線は、真っ直ぐに首謀者であるへと向けられていた。

「………あうぅ………。」

「いけませんね、さん。
そうやって人をからかって遊ぶのは、けして褒められたことではありませんよ。」
 口調こそ穏やかだが、の方を向いている静蘭の瞳は笑っていない。
むしろ……、完全に据わりきっていた。
美人が怒ると怖いとはよく言うが、静蘭にもそれはぴったり当てはまるらしい。
バックに真っ黒なオーラを纏いつつ、こちらを真っ直ぐに見据えてくる彼の姿に、は言いしれようもない恐怖感を抱いた。

「今日は仕方ないですけど、次からは二度とこんな真似しないで下さいね。
今度同じことをしたのを見かけたら、……その時は容赦しませんから。」


「………は、はひ………。」
は静蘭の言葉にコクコクと頷いた。


「わかって頂けたようで嬉しいです。」
 そう言って穏やかに微笑む静蘭。
笑みの中には、裏要素は微塵も見当たらない。


 その日、静蘭の顔をまともに見られなかったは、屋敷へ帰るまでずっと絳攸の背の後ろに隠れて出てくることができなかった。
 そうして、そんな彼女の様子を見ていた楸瑛と絳攸が、改めて静蘭の恐ろしさを考えさせられたことは勿論……………、言うまでもないことである。




*後書き…
・彩雲国夢初、WEB拍手御礼夢でした。
今回は秀麗と静蘭のお二方もご登場してますが、相変わらず若手三人組が出てますね。
でも珍しく絳攸の出番が少なかったのは、なぜだろう…。
静蘭はね、本当に書くのが難しいですね。人気は高いんですけど……。
今度こそ、鳳珠様と黎深様のお二方を書きたいな………(言いつつ未だ書いてないし)。