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貴方が私を救ってくれた


 雨も降っていないのに。
 雷もなっていないのに。

 ふと目を閉じれば、あの忘れたい日のことが蘇る。



 私よりずっと大きな手。
 いつも私を優しく撫でてくれた、あたたかいお兄ちゃんの手。
 あの手で撫でてもらえるのが大好きで、あの低い声で褒めてもらえるのが大好きで。
 友達と遊ぶのも我慢して、毎日毎日洗濯やお掃除や御飯の支度もした。

 お父さんはほとんど家に帰ってこないし、お母さんはもう帰ってこない。
 お兄ちゃんだけがたった一人の家族だったから。


 なのにーーーーーー。



 停電した部屋の中で、いきなり畳の上に押し倒されて。
 起き上がろうにも上から押さえつけられて、身動きも出来なかった。

 真っ暗な中で、事の事態がまるで飲み込めなかった私。


 そんな中、血を吐くように叫んだお兄ちゃんの言葉が、今でも耳に残ってる。

『俺はずっとお前に触れたかったんだよ?!! 』


 優しいはずの大きな手が、何よりも怖く感じた。
 身体に触れるその手が、気持ち悪くて。嫌でたまらなくて。




「やめてぇぇぇぇぇぇっっっ!!!! 」



 どうして、こんな夢を見るのーーーーーー?




「大丈夫か、?! 」

 切羽詰まったような男の人の声で、私は一気に意識を覚醒させた。
同時に、吐き気がこみ上げてくるような激しい嫌悪感に襲われる。

「や、だっ!! 来ないで! 向こう行って!!! 」
 掴まれた手首を振りほどこうとするが、振り払われても相手はその手を離そうとしない。

 大きな手が、私の手首を掴んでいるーーーー

「やだぁ、離してーーーーっっ!!! 」
 私はじたばたと暴れながら、掴まれていなかった方の手を腰へと伸ばした。腰にはいつも護身用の短剣を差しているのだ。
 無我夢中で手を伸ばし、硬いものを探り当てて。私はそれを口にくわえて刀身を鞘から引き抜き、声にならない叫びとともに短剣を相手の身体へ突き立てる。

 だが。相手に短剣を突き立てるより先、逆に手首を掴みあげられて。
 私のささやかな抵抗は、完全に敗北に終わった。

、落ち着け! 余はそなたの兄君ではない!!! 」
 いきなり頬を平手で叩かれ(といってもそれほど力のこもったものではなかったが)、その痛みで我に返った私はおそるおそる目を開いた。

 すぐそばにいたのは、私と同じ黒目黒髪の日本人…ではなかった。
 癖のある髪は鮮やかな銀、こちらを真っ直ぐに見つめてくる双眸は紫水晶を思わせる見事な紫色。
まるで作られた精巧な人形を彷彿とさせる、文句なしに整った容貌の持ち主だ。

 その人物に見覚えがあった私は、大きく目を見開いた。

「………りゅ、うき………」
 私がようやく視線を合わせた事で、彼はホッと安堵の溜息を漏らした。

「そうだ。また夢で魘されていたのか? 」

「うん………」
 劉輝の問いにこくりと頷いたところで、涙がじわりとにじみ出る。
目元がわずかに傾いたせいで、溜まっていた涙が頬を伝って落ちてくる。


 大雨が降る夜は、いつもこうだ。
 暗い中で響く雨音を耳にする度、記憶の底に封印したはずの記憶が蘇る。
 例え記憶は過去のことで、夢は夢でしかないとわかっていても。
 それでも夢に恐怖を覚えずにはいられない。


「大丈夫だ」

 再び思考の波に溺れて、悪夢の渦に呑み込まれそうになっていた私。
 それを救い出してくれたのは、劉輝の淀みない一言だった。

 そうして、ふわりと、あたたかいものに包まれて。
 気づけば、私は劉輝の腕に抱き込まれていた。

「怖がる必要はない。ここにはお前に危害を加える者は誰もいないから」
顔を上げてみれば、柔らかな表情を浮かべた劉輝の顔がすぐそばにあった。
優しく頭を撫でられて、その心地よさに私は思わず目を細める。

「うん………そうだね」


 あたたかくて、優しいぬくもり。
 あの日以来、なくしてしまった家族のあたかみ。

 本当はもう、生きることを辞めようとしていた私に。
 劉輝が与えてくれた、たった一つのもの。

 身体を包む、自分以外の誰かのあたたかさが、泣きたくなるほど優しくて。
 二度と手放したくないと思いたくなるくらいに、心地よかったから。

 あの時、貴方が私に与えてくれたのは、私が一番欲しかったものだったから。


 だから私は、もう一度生きようと思えたんだよ………?



「……ねえ、劉輝。もっとそっちに寄っても良い? 」
 また同じ悪夢を見るのは嫌だから。このぬくもりを手放すのは、嫌だから。

「当たり前だ。というか、。同じ寝台の中にいてそれは今更な台詞だぞ……」

「いいの、言ってみたかったんだから」

「……くれぐれも、余以外の男にそういうことを言ってはいかんぞ?
余はの兄だからいいが、そうでない男に言うと変に誤解されるからな」

「当たり前のこと言わないでよ。こんなこと言えるの、劉輝だけもん」
 わかっていることを聞いてくるのは、それだけ彼が自分のことを誰かに心配してくれている証だから。私はそれが嬉しくて、劉輝の胸に頬を擦り寄せた。




 貴方がいてくれたから、私はこうして今、生きているの。






*後書き…
・ヒロインが劉輝のことを兄として慕っているのは、もう一度生きようと思わせてくれたから、この理由が結構強いです。まだ黎深や絳攸に出逢っていないこの時点では、彼女にとって唯一の支えが劉輝でした。
なんだか微妙に劉輝夢になってる気がしますが、最後の辺りでヒロインに忠告している劉輝は、もうまるっきし兄様です。私の書く夢は、どうしてこうも兄妹溺愛嗜好が強いのだろうか……。

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