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目が合って、堕ちた


「…意外だったぞ」

 本日分の稽古を終えて、互いに剣を引き、腰の鞘にそれを納めた。 私はその後、いつものように剣を指南してくれている壮年の男性に向かって頭を下げる。
  そうしてその場を後にしようとした、その時。 師であるその人は、唐突に口を開いたのだった。

「意外、とは? 」

「わかっていて聞くな。白雷炎のやつが拾ってきた、あの娘のことだ。
自分のことで精一杯のお前が、自ら彼女の世話を進言するとはな。 一体どういう風の吹き回しだ? 」  
 一瞬、自分が咎められているのかとも思ったが、どうもそうではないらしい。
剣の刃を布で拭いながら口にされた言葉は、“好奇心”によるそれに限りなく響きが似ていたから。



 私に王位の話が転がり込んできてから、もう一月にもなる。 長い長い王位継承権争いで、国はすっかりと疲弊してしまった。霄大師の奇跡にも近い采配のおかげで、徐々に回復しつつあるものの。それでも全てが完全に機能回復したとは言い難く、官吏たちは毎日毎日忙殺される立場にあるのだそうだ。

 だが私は、特に何をするでもないままに日々を過ごしてきた。
 なぜならこの位につくのは、本来私ではないのだから。

 どこかで生きている、たった一人の優しい兄上。 王の冠を戴くにふさわしいのは、あの方しかいない。

 私はただ、毎日を無気力のままに過ごしていた。
 いなくなってしまった兄上の帰還だけを、待ちながら。

 そうして過ごす私の前に、彼女は唐突に現れた。
 川岸に流れ着いていたのだという、見たこともない着物を着た一人の娘。
警戒心を露わにし、毛を逆立てて自分を守ろうとする猫のような。
 それでいて闇色を湛える双眸には、何一つ感情の見えない……少女だった。

 何気なくそちらへ目を向けて。
 次の瞬間にはあの闇色の瞳に囚われていたーーーー。


 イタイ。イタイ。イタイ。

 心の傷から流れる紅い涙を、止めることのできないまま。
 心の扉を閉ざして、心が崩壊するのを待つだけ。
 そんな彼女はさながら、壊れかけの操り人形のよう。

 壊れかけた心を直すこともできず、ただそのまま崩れるに任せるしかない。
 可哀想な、独りの女の子。


「……目が合ったとき、感じたんです。あの娘は、私と同じなんだと……」

 王宮に居場所のない自分と同じ、自らの居場所を失った少女。
 まるで野生の獣のような反応を示すのは、完全に“人”を信用していない証拠。
 壊れた人形のように、危うくて今にも崩れそうな雰囲気のある少女。

 まるで私を見ているようだと。そう、思ったのだ。
 深い悲しみと、癒えぬ傷。
 その両方を負った者だけが見ることのできる、無数の傷がついた瞳。

 視線が絡んだそれだけで、わかった。 彼女は、自分と同じ痛みを知る人なのだと。

 あの、感情の閉ざされた闇の瞳を見た、そのときにーーーー





*後書き…
 素敵お題を発見したこともあって、彩雲国・絳攸夢ヒロインでお題挑戦!
全お題を通して「ヒロインが彩雲国に来てまもない頃」の時代のお話にする予定。
今回のは劉輝視点で、彼がヒロインを引き取ろうとした理由?を暴露。
なぜヒロインが劉輝と兄妹同然の関係なのか。どうしてやたらと仲がよろしいのか。
彼女が彩雲国に来て間もない頃の様子(劉輝や藍将軍・絳攸との絡みなど)を書いてみようと思ってます。
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html : A Moveable Feast