初夢。
それは、年が明けた日に見る、その年最初の夢のこと。
富士山か、なすびか、鷹か。
これらが夢に出てきたら、幸先が良いのだそうだ。


……じゃあ、心の中で願っていた願いが叶った夢を見たら………?


縁起が良いのか、悪いのか。
それはもう、見た人の感じ方次第でしょう。





「…………ん……。」

 小鳥の囀りと爽やかな朝の風。
 それらを肌で感じ取れば、身体は自ずと目が覚める。
 ほんの数年前、山で虎や狼たちと暮らしていたことがあったから。
 おそらく、あの時の癖がまだ身体に染みついているんだろう。

 布団の中にいるままで、軽く伸びをして。
 コロリと俯せに転がると、は上体を起こした。
そうして毎日しているように、ばらばらになっている髪を手櫛で軽く整えていく。

 と。唐突に強い力で何かに引き寄せられる。
完全に無防備だったは、引き寄せられるままに寄せられて。
そのまま布団の中に再び引きずり込まれてしまう。

 わけがわからないまま、それでも何とか抵抗を試みるだが、どうも相手の方が力が強いのか。いくら力を入れてもビクともしない。

 だが、どうしても彼女は布団から抜け出たかった。
 なにせ引きずり込んでくれた相手というのが、丁度の胸に顔を埋めるようにしているものだから、当然と言えば当然であろう。
 しかもその相手が一体誰なのか、皆目見当もつかないときている。

 羞恥と怒りで顔を真っ赤に染めながら、は枕元の辺りへ目線をやるが、あいにくと彼女の愛剣――鳳爪と凰刃の姿は、皆目見当たらなかった。
 おそらくは、彼女を布団の中に引きずり込んだ主が、邪魔にならないところへ放ったのだろう。

(………剣さえ近くにあれば、速攻で叩きのめしてるところなのにぃっっ!!)

 今更そんなことを考えたところで、双剣はの傍にはないのだからどうしようもない。
それでもなお、彼女が無駄な抵抗を試みていると………。


「…………随分と元気だな…。」

 ふと呟かれた相手の声に、妙に聞き覚えがあった。
 いや。聞き覚えがある、ないの問題ではない。
 がその人の声を聞き間違えることなど、けしてありえない。

 なぜなら、その人は彼女の密かな想い人なのだから。

「………こ、絳攸…?」
 語尾の調子を上げて、疑問型を作るまでもなく、その人だと知ってはいたけれど。
どう考えてもありえない状況にあったから、は聞き返していた。

「当たり前だ。お前が、俺以外の男を自分の寝床に引き入れるものか。」

(『俺以外』、のところに妙に力が入ってない………?)

 一瞬、奇妙な違和感に囚われるだが。
事実、彼女が添い寝を許す相手は、絳攸以外にいない。
なので、あまり気にしないで返事を返した。

「そりゃそうだけど。…………でもね、絳攸。
私、昨日の夜に貴方のところへ押しかけた記憶がないのよね。」
 は、冬の寒さが殊のほか苦手である。ゆえに、冬になると『人肌が恋しいから』という理由で、絳攸に無理を言って添い寝させることが度々ある。
 一般常識で考えれば、恋人同士でもない年頃の男女が同じ床につくというのは、いささか問題であるように思えるが、『異性嫌い』という特殊ステータスを持つ絳攸との二人に関しては、あまりこの常識は当てはまらない。

 すると絳攸は、の発言に眉を潜めた。
そしていささか不機嫌そうな声音で、あっさりと告げる。

「押しかけるも何も、夫婦なんだから今更了解も必要ないだろうが。」


ふ・う・ふ?

【夫婦】
1.夫と妻。めおと。 2.適法の婚姻をした男女の身分。
……以上、広辞苑より抜粋。

 間が空くこと、しばし。

え?

え?

え、えぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!!!




 そして、ようやっと彼の言ったことが理解出来たのか、は心の中で大絶叫をあげた。


「いっ、いつの間に…………???」
 別に絳攸と夫婦であることが嫌なわけではない。
いや、むしろこんな展開を望んでいたと言っても過言ではないだろう。

 でもあいにくと、には全く身に覚えがないのだ。

 祝言を挙げた覚えなんて勿論無いし、それ以前に自分の気持ちを相手に打ち明けた記憶もなければ、相手に“愛の告白”をされた記憶すらない。
 そうなれば、考えられるのは俗に言う“政略結婚”というやつだが、絳攸との間ではそれも当てはまらない。もしそうだとしたら、養子とはいえ紅家当主に縁ある絳攸との縁組みにふさわしいのは、同じ紅家か藍家の姫君―――紅家長姫である秀麗か、もしくは藍家のご息女。あるいは、彩雲国の王族に連なる血筋の姫君くらいなものだ。
 いくら現国王劉輝や朝廷三師である霄太師や宋太傅と懇意な仲であろうと、朝廷高官にやたらと顔が利こうとも、は紅家当主に養われている身でしかない。
 ゆえに、絳攸との結婚=政略結婚という公式は成り立たない。
 もっとも、彼女が霄太師の養女になっていたり、あるいは劉輝の養妹になっていたら、話はまた違ってくるだろうが。


 だが、そんなの言葉に、絳攸は盛大に顔をしかめて見せた。
その表情は、何かと彼がよく見せるもので。

(とりあえず、こういうところは変わってないのね……)
 いつもとそう変わったところはなかったから、はほんの少しだけ安心した。


「……まだ頭の中身が寝てるのか、?」
 言うなり、絳攸は自分の身体を起こした。そうして呆気にとられているの身体を抱え上げると、胡座をかいた自分の足の上に乗せてやる。

「それとも……、お前の方から誘ってるのか…?」

 耳元で囁かれた彼の声音は、妙に蠱惑的で。

「◎×△■%〜っ!!!」
 後ろから抱きすくめられた時点で、すでに顔中を真っ赤にしていただが。
 耳に吐息がかかるほど近い位置で囁かれたこの言葉で、耳たぶどころか首筋まで一気に赤くなって完全にゆでだこ状態になってしまった。囁かれた台詞自体にもよるが、色香すら漂う彼の声音に、我知らず魅了されたせいもあるのかもしれない。
 そうしてさらに驚いたのは、彼女の心臓も然り。
心臓の鼓動は、通常の倍近くの速さと大きさで脈打っている。
いつもなら感じられるはずのない心臓の脈打つ音が、頭の中まで響いてくるくらいだ。


 彼女の腰を抱く絳攸の腕に、力がこもる。
 まるで逃がさないとでも、言わんばかりに。
 その様子がまた妙に手慣れているものだから、は更に戸惑う。

 そんな彼女の戸惑いをよそに、絳攸は彼女の長い髪を片手で持ち上げると、露わになった白い首筋に唇を寄せた。その拍子に熱い吐息が素肌にかかれば、の身体は知らぬうちにピクリと反応していた。
 自分でも知覚できない身体の反応に、戸惑いと混乱を覚える
 だが次の瞬間、首筋にえもいわれぬ痛みが走る。

「、っん………」

 口から漏れたのは、自分でも聞いた事のないくらいに甘ったるい響き。
 驚くやら、その声を聞かれた事が恥ずかしいやらで、の頭は一層混乱を極めた。
 だがその思考も、首筋に走る甘美な痛みに流されて、徐々に白濁していく。

 彼の青みがかった銀糸の髪の幾筋かが、の肩越しを流れていく。
 腰を抱く方とは別の手は、はだけた単の襟から中へ滑り込み、覗く鎖骨の上を指の腹で撫でられる。すると、身体の芯が痺れるような不思議な感覚が全身を走り抜けていく。
 息を吐こうとしただけなのに、口からは信じられないくらいに喘ぎ声が漏れた。


「こ、うゆ…う…………」

 がその名を口にすれば、ふと首筋に触れる感触が無くなる。

 そして再び耳元に寄せられた絳攸の唇から、滑り落ちた囁きは。

 ただ一言。


「…


 真実の名は、時に人を縛る呪言となる。
 愛しい人の声で囁かれる己の名は、信じられないくらいに愛おしくて。
 短い短い言霊は、その奥に彼の想いすら伝えてくれる。

 愛してる。

 彼が囁くその裏に隠された、確かな想い。
 口にされぬ想いだからこそ、より強く感じられる想い。

 愛しい人の口から滑り落ちる己の名。
 それは時に、己の全てを縛り、魅縛する言霊となる。
 たった一言呟かれた、確かな言の葉。

 だからこそ、嘘偽り無く耳に届く。

 囁かれれば、もう己の全てを委ねるより他、何も出来る事はない。



**********************



「……あ……れ……?」

目を開ければすぐに目に入るのは、部屋の天井。
妙に寒々しいと感じるのは、そばにぬくもりがないから。

そして枕元には、寝る前に置いた双剣が置かれている。


「………………、ゆ、夢………?」

いるはずの相手が、傍らにいない。
それは、自身が現に帰ってきたということに他ならない。
しかし、頬や耳たぶは熱いくらいに熱を帯びていたし。
心臓の鼓動も相変わらず早くて、どくどく言っている。


「なんで、あんな夢見たんだろ…………。」
思い返してみて、羞恥心で再び顔を染めながら。
は、声に出して呟かずにはいられなかった。

夢は、その人の人となりを表すと言う。
なら自分は一体、なんなのだろう。
しかもよりによって、年明けの初日の初夢がアレである。

………呆れるやら、情けないやら。
なんとも複雑な面持ちで、頭を抱えていると。


唐突に、声をかけられる。


「ようやく起きたか」

 聞き覚えのある声にビックリして振り仰げば、部屋の入り口に一人の青年が立っている。
綺麗に結われた髪は、やや癖のある、特徴的な青みがかった銀色。怪訝そうな面持ちでこちらへ向けられているのは、深い知性の輝きを宿す淡い藤色の瞳。
磨き上げられた宝玉を彷彿とさせる、見る者に硬い印象を与える理知的な美貌の主――のひそかな想い人である人、李絳攸だ。

 いきなり噂のご本人の登場に、は慌てずにはいられなかった。

「あぇ、あ、はい、…………おはようございますです…。」
 夢だったとはいえ、妙に後ろめたい。
 そんな思いが前面に出ていたためだろうか、挨拶がしごろもどろしたものになってしまう。

 あからさまに挙動不審なの様子に、絳攸は眉をひそめた。

「……どうした、? なんだか変だぞ」

「え、いえいえ、そんなことはないでございますですよ、はい!」

(怪しい……)

 挙動不審なままで、テキパキと布団をたたみ始めるの様子を観察していた絳攸は、しばらく何やら考え込んでいたかと思うと、不意に顔を上げた。

。さっき夢がどうとか言っていたが、一体どんな夢を見たんだ? 」

 絳攸が言った言葉を理解した瞬間、の身体が硬直する。

「…え。あ、いや……、その…」
 まさかあの夢の内容を話すわけにもいかず、視線をあちこちに彷徨わせながら、は言葉を濁す。

 そうする以外にどうしろというのか、この状況下を。

? 」
 基本的にをは、嘘をついたり、他人の話をはぐらかしたりすることはない。
それは彼女自身の単純さや無意識下の公明正大な心が関係しているのかも知れないが、他人の伝えたい事を理解しようとする誠実さもそれに一役買っているのだろう。

 他人を思いやれる心、他人を理解しようとする心、他人の誠意に応えようとする誠実さ。
 そのどれもが、絳攸がを気に入っている一因でもあった。
 簡単なようであるものの、とかくその性質を持つ人間は数少ない。
 もっともその誠実さが行き過ぎて、ときたま暴走しそうになるのも事実で。
 見ていて危なっかしいことこの上ないが故に、放っておけないのだ。

 ところが今回のは、明らかに絳攸の問いをはぐらかそうとしている。
逆に言えば、自分には言えない何かを隠そうとしていることに他ならない。

 普通なら無理に聞き出そうとはしないのだが、相手がとなれば話は別だ。
 彼女は、言えばきっと周りが反対すると、宋太傅に剣術を習っている事を誰にも話さないようにしていたという前科がある。

 今回もまた、無茶なことを企んでいるかもしれない。
 の身を案ずるからこそ、絳攸は彼女の隠し事を白日の下にさらそうと、更に問いを重ねていく。
 もっとも…、夢の内容を他人に話さないだけで”無茶な事を企んでいる”とまで思考が飛ぶのも、ある意味妙と言えば妙である。だが残念な事に、絳攸はまるでそのことに気づいていなかった。


「どうあっても人に話せないような、夢を見ていたと…? 」

(全くもって仰る通りでございますです。はい。)

 絳攸の言葉に、は心の中でこっそりと突っ込む。

「うん…まあ、ちょっとね………。
でもどうして、たかが夢のことでそんなにムキになるのよ? 」

「お前が隠し事をしようとする時は、たいていロクでもないことを企んでいる時だからな」

「………一概に嘘だと突っぱねられない自分が悲しい………」

「よくわかってるな。ならさっさと白状したらどうだ? 」

「…………」

「…………」

「…………・(汗)」

「……………、

「……あい…」
 しばし不毛な睨み合いののち、先に折れたのはやましいことのあるの方だった。
 だが折れたところで、あの夢の内容を話せるはずもない。

 そこで。

「ごっごめんなさいっ!!
わざとじゃないし悪気があったわけでもないのっ!!!!!!」
 絳攸がつけいる隙もないように、一気にそこまでまくしたてるやいなや。は布団をガバッと引っ被った。そして丁度天敵から身を守るハリネズミのように、布団の中で丸まってこれ以上の追求を身体全身で頑なに拒否する。


「………そんなに話したくない夢を見ていたのか……」
 たいてい絳攸の頼み事はなんだかんだ言いつつも引き受けるが、ここまで頑なに拒否することはとても珍しい。まるで敵に怯える小動物のような反応を示す彼女に、どうしてこれ以上追求することが出来よう。いや、できまい。

 絳攸は腰を下ろし、少しでも落ち着かせてやろうと、丸まっているの背中(多分)を優しく撫でてやる。

「わかった。もう聞かん。聞かないから、さっさと起きろ」

「……ホントに、聞かない? 」

「ああ」
 迷いなく絳攸が答えれば、布団の塊がモゾモゾと動く。

そうして動き続けることほどなくして、が布団の下から姿を現した。

「……おはよ、絳攸」
 浮かべる笑みは、いつもと幾分も変わらぬ無邪気な笑顔だ。

「何がおはようだ、馬鹿
もうとっくに日は昇ってるんだぞ。さっさと起きて、支度をしろ!!」
 そう言いつつも、絳攸は内心どこかでホッとしている自分がいることに気づく。
 そんな己を自嘲しつつ、さっさとその場に立ち上がった。

「わかってるってばぁ……。
まだ言うことあったのに、言わせてくれてもいいじゃない」

「なんだ? 」
 頬をふくらませるを見下ろす形で、絳攸は問う。

 すると、はごく自然と表情を綻ばせる。


「あけましておめでとう。 それから今年もよろしくね、絳攸」

 一方の絳攸は、極上の笑顔で挨拶したの頭を無造作に乱す。

「ちょっと、何を…! 」
 不満をぶつけようと顔を上げたは、そのまま絶句する。
 彼女の視線の先には、珍しく穏やかな笑顔を浮かべる絳攸の姿があった。

「……何を今更。
それに、俺たちの場合なら”今年”じゃなくて、”この先ずっと”だろうが」

 耳がおかしくなったのかと、本気で思った。
 それとも言葉を理解する脳がおかしくなったのか。
 彼の言っている意味は、私が期待するそれと同じなんだろうかと。
 わかっているくせに、どこかで冷静に考え直す自分がいる。


「……私、ずっと絳攸に迷惑かけて良いの? 」
 怒鳴られること覚悟で、は訊ねてみた。

 すると絳攸は、訝しげに眉をひそめる。
 見慣れたはずのその表情に、なぜか目が惹きつけられてやまない。


「俺はお前と初めて会った時から、ずっと迷惑かけられ続けるつもりでいたからな。」






 あぁ……、神様仏様彩八仙様々。
 本当に私、生きてて良かったと思いました。

 その上に、愚かしくも願っていいですか?

 今朝見たあの夢が、いつか。

 遠いいつか、現になる日が来て欲しいとーーーー。






*後書き…
・お正月夢として書いた話のリメイク版です。
なので、ネタが今更「初夢」ネタでもお許し下さいませ。
実は直す前のものと、最初の方はほとんど変わってません。
あの時は、「こんなものを他人様の前に晒すなんて阿呆か、自分!!」と、バイト先の郵便局で年賀ハガキを区分しつつ、思い出して激しく後悔していたんですけどね。
むしろ書き直して、より一層微エロ度が増したという……(本末転倒とはまさにこのこと)。
なんだか全体的にラブ度高めで、絳攸がかなり偽になってます……(泣き)。
こんな作品ですが、一応フリーにしておきますので、お気に召しましたらお持ち帰りしてやって下さいませ。(でもパクリは勘弁して下さいな)


By:にゃんにゃんし〜   [偽造鹿鳴館]