05.曇り空を吹き飛ばして


 白煉様の居城は、彼女の纏うオーラに合わせてのことなのか。鮮やかかつ眩い白銀で覆われた、なんとも美しい白銀の城である。ある程度の力がある者なら、一目でこの城の持ち主がただ者でないことに気づくだろう。万一それに気づけない阿呆がいたとしても、近づけばすぐに白煉の側近たちに追い返されること間違いない。

 それでも私はお構いなしに中へと足を踏み入れた。
城に住まう妖貴たちは、私の姿を見て一様に嫌そうな表情をしてみせたが、もとよりそんな嫉妬まがいの視線に負けるようではとてもここへは入り浸れない。
そのことを重々承知していた私は、周りの視線などもろともせずに。ただ真っ直ぐと城の主がおわす部屋を目指していったのだった。


(屈辱、屈辱、人生最大の屈辱だわーーーーーっ!!!!)


 なんとか目的の場所へと辿り着いた私は、怒りに任せて扉を開け放った。
だが現れた私に驚くこともなく、白銀の炎を身に纏う美しい女人はゆっくりとこちらを振り返った。刃の切っ先のように鋭くも、この世のものとも思えぬほどに美く見目麗しき白銀の君は、私の姿を認めると薄く口元に笑みを浮かべた。愉悦にも似たその笑みは、よい玩具が飛び込んできたわ、と言わんばかりのそれだ。

「随分と心乱れている様子じゃの。何かあったのかえ? 」
 その身に纏うオーラとよく似た、柔らかな乳白色の色彩を宿す絹糸の髪を指でやんわりと払いのけながら、絶世の美女――白銀の妖主・白煉が問うてくる。

「何か、ありまくりましたよぉっっ! 聞いて下さいっ、白煉様っ!! 」
 私は背の翼をすぼめると、マシンガンの勢いでまくしたてる。尊敬と憧憬の対象である彼女に対して、失礼極まりない行為だとは思わないでもなかったが、それよりも怒りの方が先に出ていてそれどころではなかったのだ。

 そして。いつもなら「見苦しい! 」と一喝してくれそうなところーーついでに高熱の白焔あたりをおまけに付けてくれそうなものだーーなのだが、本日は機嫌が良かったのか。
白煉様は依然として愉悦の笑みを浮かべたままで、私の方へと視線を向けていた。

「そなたがそこまで感情を露わにするとは、よほどのことでもあったか。
丁度良い。妾も退屈しておったところじゃ。話すがよいぞえ」
 なんとも艶麗な微笑みを浮かべた彼女の指が、私の頬をゆっくりとなぞる。
口にする言葉は促すそれだが、その銀の瞳に浮かぶ光は有無を言わせぬ命令を私に突きつけてくる。

「……それじゃあ、お言葉に甘えて……」
 周りに待機している妖貴たちの嫉妬にも似た激しい怒りをぶつけられつつも、敢えて私は目の前にいる美しすぎる妖主以外の気配全てを完全に無視して、話し始める。

 そう。あまりにも屈辱かつ人生最大の汚点とも言うべき、忌まわしい事件を。




 浮城で捕縛師として働いて生計を立てている私は、本日城長からの伝言を受けて、とある国のとある街へと赴いた。
たいていの場合、各々が所属する職種を束ねる長――私の場合は、捕縛師の長――である人を通じて耳に入れられるのだが、城長直々に依頼される仕事というのは、得てして厄介な事件が多い。もっとも私の場合は、捕縛の仕方が非常に特殊な部類に入る為、集団行動ではなく個人行動を余儀なくされることも多いので、意外にも城長直々に仕事を依頼されることも多かったりする。今回もその例に漏れず、さほど切羽詰まった事件というわけでもなく、仕事内容は単なる大繁殖した妖鬼退治であった。

 そして、私は頼まれた仕事をきちんとこなした。
 そのついでに、ちょっとばかし妖鬼の命を自分の背に生えた黒い翼――実は、こうして時折魂を喰らわせてやらないと、最悪の場合自分の魂が喰われてしまうのだーーに命のお裾分けをしながら、どうにかこうにか依頼を完遂させた…のだが。


「今日相手取ってきた妖鬼の群れの中になんだか両生類みたいなは虫類みたいな格好の妖鬼がいたんですけど、こともあろうにあいつ、私に向かって“貴様も我らと同じくらい醜くいくせに、なぜそれほどの力を持っている?!”とか言いやがったんですよ!!!!
これが妖主とか妖貴辺りに言われたのなら、素直に認めますけどね!?
よりにもよって妖鬼ですよ? 妖鬼!!!
しかも人間型すらとれないような、超下級の雑魚雑魚クラスの妖鬼に言われるだなんて、人生最大の屈辱もいいところですーーーーーっっっ!!!! 」
 話しているうちにあの時感じたものと全く同じむかつきが舞い戻ってきて、私は段々と口調が荒く、声量が大きくなるのもお構いなしに、話したいこと全てを話しきった。

「……なるほど。それはまた、随分となめられたものだのぉ……」
 すらりとした繊細な指でもって自身のシャープな顎を撫でながら、白煉は何やら感慨めいたような表情を浮かべて相槌を打つ。
ここまで私が激昂してもまるで機嫌を損ねる様子がないとは……、よほど機嫌が良いのだろうか。はたまた私ならこの程度の無礼はいつものことと、見逃してくれているのか。

 どちらとも正直、判別しがたい。

「でしょう?! なんでよりにもよって、妖鬼なんかに………!!!!
あぁ、もう、思い出しただけでも腸が煮えくりかえるっっっ!!!! 」
 私はといえば、敢えて忘れようとしていた出来事を話していくうちに、段々段々とその当時――妖鬼と対峙していた時――のことを克明に思い出してくるものだから。
私は白煉様に愚痴をこぼしながらも、さらなる怒りに駆られてどんどん感情がヒートアップしていくのを頭のどこかで冷静に観察していた。


「騒がしいと思えば、やっぱりか。随分とご立腹みたいだけど? 」

 大理石を隙間なく敷き詰めた、白煉様の居城でも一際大きな部屋の中。
前触れもなく、私でも白煉様でもない第三者の声が響き渡る。

「やっぱり、って何よ! それじゃあまるで私がいつも五月蠅いみたいじゃない!! 」
 怒り心頭・怒髪天を衝いている状態で茶々を入れられて、何も言わずにいられるはずもなく。その言葉をぶつけてきた相手が誰かを重々知りながら、私は反射的に言い返していた。

「自覚無いのかよ…。まあ、らしいといっちゃらしいけどさぁ……」

 ふわり、と空間が裂ける。

音もなく裂けた空間の中からは、白煉と同じ乳白色の柔らかな髪と鮮やかな紫紺の瞳持つ美貌の青年が姿を現す。顔立ちそのものは白煉とよく似てはいるが、纏う雰囲気はけして酷似してはいない。どこか飄々とした印象すら受けるその様子は、むしろもう片方の親に似ているといってもいいかもしれない。

本人にそれを言おうものなら、心の底から嫌そうな顔をすること請け合いだが。

「邪羅」
 正真正銘血の繋がった自身の息子の姿を目にして、途端に白煉は表情を変えた。
大方彼女も彼の姿を見て、その後ろに紫紺の妖主の面影を見たからだろう。

「なんだよその顔。いかにも嫌そうな顔しちゃってさ。心配しなくたって、ちゃんと母ちゃんからもらった課題は終わらせてきてるんだから、そう目くじら立てるなよなぁ……」
 魔性らしく親子の情など全く感じさせない白煉の態度に、邪羅はそれをまるで気にすることもなく素で完全に受けて入れている。そのくせ浮かべる表情は、拗ねた子供のようなそれである。
妖主二人が両親という、魔性の中でも存在そのものが稀少である彼は、相も変わらず人間臭い仕草と絶世の美貌とでなんともアンバランスな雰囲気を纏っている。そのくせ美貌とは裏腹に無邪気な子供を彷彿とさせるところは、なんとも不可思議かつ、いかにも彼らしい。

「久方ぶり、邪羅。随分と白煉様にスパルタ受けてるみたいだけど、意外と元気そうね」
 まさか会えるとは思っていなかった青年の姿を目の当たりにして、私を支配していた怒りの感情は徐々にではあるが沈静しつつあった。

「そりゃあ、この程度でへばってたらここぞとばかりに母ちゃんにいじめ抜かれること請け合いだし? 何より、強くならなきゃ姉ちゃんの役に立てないしさぁ」
 あっけらかんと言い放つその様子は、私の知っている邪羅と寸分変わりのないものであった。

「まあ、そりゃあそうだろうね…。今、結構たいへんみたいだし」

「ったく、つくづく姉ちゃんって一度懐に入れた相手には弱いからな。
あんなくそ生意気な奴の為に、冤罪かぶって逃げ続けるなんてさ…。
ほんと、姉ちゃんってば貧乏くじ引きまくりもいいとこだよ」
 乱華に一度殺されかけたという過去も災いして、どうにもラスの弟に好感を抱けない邪羅は、口の端を盛大に歪めてブツブツと零す。

「仕方ないじゃない、ラスだもの。
いくら今まで散々殺されかけてても、乱華はラスにとってたった一人の肉親でしょう。
だから、彼女がそうするのも無理はないと思うし、ある意味当たり前の感情だと思う」

 言い切った私の言葉に、邪羅は目をパチクリと瞬かせた。

「………そういうもんか」

「そういうもんよ」
 聞き返されて、私はきっぱりと言い放つ。

「人間の情というやつかえ。
そんなものにすがりついたところで、どうなるわけでもないというに」
 半ば呆れたような口調で言い放ったのは、白煉様だ。

「どうにもならなくても、そう簡単に捨てられるものでもないですよ」

「おぬしもかえ? 」

 いきなり話を自分の方へと振られて、私は一瞬動揺するが。

「………私の場合、すでに一度死んだ身です。
今更家族を恋しいと思ったところで、二度と会えないとわかってますから」
 なんとか平静を装う仮面を装着し、かろうじて彼女の言葉に対して冷静に返答する。

ところが。

「答えになっておらぬ」
 敢えてはぐらかそうとしたというのに、白煉様はそれを許さない。
彼女の銀の双眸が真っ直ぐに私の瞳を射る。


 無理矢理に押し殺していた心の中を、こじ開けられるーーーー

 そう、感じられたのは、きっと錯覚ではないはずだ………。



 幼い私の頭を撫でる、父の大きな手。

 じゃれてしがみついた、優しい香りのする母の身体。

 子供たちのあらぬ中傷に傷ついて、私にすがりついてきた弟の小さな身体。

 けして裕福ではなかったけれど、貧乏でもなく。
 平凡な家庭の中で、人並みの幸せと隣り合わせに暮らしていた自分がいた。

 今ではもう二度と手に入らない、家族のぬくもり。
 失ってしまったそれらは、もう二度と手には戻らない。



「……捨てられないでしょうね、きっと」
 こじ開けられた扉から溢れ出す感情をこらえきれずに、私は顎を引いた。
俯き加減になったことで、前髪が目元を覆い被ってくる。黒い髪の間に隠れた目元からは、堪えきれずに熱いものがにじみ出てきた。

 それでも言葉だけはなんとか、普通を装って吐き出した。

「人間の感情とはかくも難儀じゃの、邪羅」
 白煉様は苦虫を噛みつぶしたように呟くと、私ではなく、敢えて邪羅に話を振る。
それが彼女なりの精一杯の配慮なのだとわかって、また無性に泣けてきた。

「そうか? これはこれで俺は結構好きだけど」
 さらりと流す邪羅の声は、随分と近くで聞こえた。
不思議と思うよりも先に、誰かの手で頭をくしゃくしゃと乱暴に撫でられる。

白煉様ではない。彼女はけしてこんな風に髪を乱したりしない。
毛並みの良い獣の毛に触れているようで心地よい、と私の髪を梳きながら褒めてくれた。
 そんな彼女が、こんな風に乱暴な手つきで私の髪を扱うことはまずなかった。

 なら、この手の主はーーーーーー。


 ほんわかと、心の隅が熱を帯びる。

 幼い頃に父が撫でてくれたのとはまた別の、未知なる感情が私を縛る。

 木の実を囓った時のように、甘酸っぱい。
 けして不快ではない、穏やかで激しい感情の波。

 動悸がどんどんと速くなっていくのが、手に取るようにわかった。

 それと同時に、センチメンタルになっていた感情はするするとしぼんでいく。
 我ながら、現金なものだと思うけれど。恋する乙女の感情とはこんなものだ。



「……白煉様、これ」
 気を取り直して、私はとある人(魔性)から預かっていた物を差し出した。

「なんじゃ、それは」

「とある筋の方からの預かりものです」
 けしてここで本名、というか彼の人を類推出来るような単語は口にしない。

「預かりもの、とな……? 」
 怪訝そうな色を浮かべつつも、白煉様は私の手から紙切れを受け取る。
折りたたんであった紙切れを広げると、彼女は銀の瞳を紙切れへと移した。

 すると、その一瞬後。

 瞬きする間もなく、一気に辺りの空気が張りつめるーーーーー。


「……あやつめ、性懲りもなく……………!!!! 」
 紙切れに目を通した途端、白焔の妖主の様子が一変した。
白銀の瞳に一瞬で浮かんだ憎悪の光は、たちまちに彼女の全身を包み込み、瞬時にあらゆるものを焼き尽くす白光の焔へと姿を変える。
 ぼんやりとした光源のみで照らされていた部屋の中が、たちまち目もくらまんばかり白光に包まれる。眩い光はたちまちに圧倒的な熱量を帯びて、辺りのものへと手当たり次第に舌を伸ばす。

 白煉の放った光はたちまちに私の立っていた場所をも包み込む。
私の統率するのは冥府の力、すなわち漆黒の闇を操る力だ。

闇を打ち払うのは、眩いばかりの光。
 ゆえに白煉様の放つ光は、私にとって最も忌むべき力に他ならない。


 ギリギリのところで逃げようと、思っていたのだ。確かに。

 だが、彼女の放つ圧倒的で眩いばかりの光に半ば魅入られて。
 逃げ出すタイミングを完全に逸してしまった。


 圧倒的な、神々しいとさえ称せるまばゆい白光が視界を埋め尽くす。

 魅入られたかのように光を見つめていて、

 ふと、その腕を誰かに引かれたような感覚を覚えたーーーーーー。









「あっぶねぇ……ギリギリセーフってとこかな」
 微睡みすら覚えていた虚ろな意識の中に、聞き覚えのある声が響いて。
私はいつの間にか伏せていたまぶたをゆっくりとこじ開けた。

「邪羅……? 」

「ったく、母ちゃんの焔が苦手だってわかってて、どうしてさっさと逃げないんだよ。
あと一瞬でも遅れてたら、お前の身体、骨も残さずに溶けてたぞ? 」
 さらりととんでもなく物騒なことを言ってくれた青年はといえば、安堵の表情を浮かべたままで、こちらの瞳を真っ直ぐに覗き込んでくれる。

 まだ意識が朦朧としている中で、ひそかに想いを寄せる相手にこんなことをされてしまっては、とてもじゃないが平静ではいられない。まして相手は極上も極上の美形である。
ゆえに私の脳みそが一気に沸騰してしまったとしても、思考回路がショートしてしまったとしても、無理はないと思われる。

「………あ、うん」
 かろうじて当たり障りのない言葉を口に出した私は、ぼんやりと惚けたように相手の顔をまじまじと眺めていた。

「全く姉ちゃんといい、あの小娘といい、といい、なんでこう揃いも揃って危なっかしいんだろうなぁ……もう」

「そんなに私、危なっかしい? 」
 周りに心配を掛けることでは右に出る者のいないラエスリールと、彩糸のこととなると周りの見えなくなる節のある勝ち気なリーヴシェラン。なるほど彼女たちは周りから見れば、結構危なっかしいことこの上ないだろう。

 だけど、私はあの二人ほど無茶はしてないんだけどね……。

「しかもまるっきり自覚無し。姉ちゃんと良い勝負だよ、それ」
 すると邪羅はこれみよがしに大きな溜息を吐き出したかと思えば、柔らかな乳白色の髪を無造作にがしがしと掻きむしる。

「そうかなぁ……」
 優しくて綺麗で、そのくせやたらと周りに心配ばかりをかけている友人――ラエスリールのことを思い出しつつ、私は小首を傾げずにはおれなかった。あそこまで私は他人に心配をかけまくっている覚えはないのだが……。

 まるで心当たりのないと言わんばかりの私に、邪羅はそれはもう呆れたような疲れたような溜息を吐き出してくれた。

「姉ちゃんとは別の意味で、の戦い方も危なっかしいってこと、自覚しろよな」
 口を挟むような隙すら与えずに、彼は見事にビシリと言い切ってくれた。
さすがにここまできっぱりと言い切られると、そんなことはないと反論するに出来ず、私は喉の奥で唸ることしかできなかった。

 そして更に。

「だいたいさ、の戦い方ってどう見たって一対一前提の戦い方じゃんか。
そのくせ大勢を相手にする時だって、平気でいつも通りの戦い方するだろ?
確かにあの神器の破壊力がものすごいのは認めるし、そこらの妖鬼程度じゃあ、まずには叶わないだろうけどさ。隙がありすぎるんだよ、あまりにも。
だから大勢の妖鬼相手になると、いつも傷だらけになって帰ってくるんだぞ。
姉ちゃんとはタイプが違うけど、間違いなくも猪突猛進型だって」

 反論しようにもあまりに心当たりが多すぎて、私は言い返せなかった。
確かに今までの戦いを振り返ってみると………ちょっとばかし傷が多いかなとは思うけど。

「……見てないようでよく見てるのね」

「そりゃあ、ねぇ………」
 私が感心したように呟けば、邪羅はそう言って言葉を濁した。

(あんだけ恐ろしいほどの魔力を撒き散らしてれば、誰でも気づくって………)

「ふぅーん………」

 らしくもなくはぐらかす邪羅のことが気にならないと言えば嘘になるが、私は敢えてそれ以上突っ込んで聞こうとは思わなかった。

「………それにさ、もしも危なくなったら俺を呼べって言っても、絶対には呼ばなそうだしなぁ」

「へ? 」

 私の聞き違い、よね………???

「だーかーらー、は護り手いないだろ?
で、万一危なくなっても、助けを呼べる相手っていないじゃんか。
それだと余りにも心臓に悪いし、危なくなった時には俺を呼んでくれて構わないからさ」


 聞き違いじゃなかった。


 沸き上がる甘酸っぱい想い。
 普段はひた隠しにしている感情を、思わず露わにしたところで誰が私を責められよう。


「……………そうは言っても。今、白煉様について特訓中でしょ?
そんな時に呼んだり出来るはずないじゃない。邪魔しちゃ悪いし」

「ほら。そういうところが姉ちゃんそっくりだって言うんだよ」

「あ……」
 指摘されて初めて、気づく。

なかなか自分のことを呼ばないラスに闇主が業を煮やしてた時、ラスが彼に言った言葉。
私の口にしたそれは、ラスの口にした言葉と限りなく似通った意味を帯びていた。

 驚き呆然とする私に、邪羅は珍しくも外見相応の苦笑いを浮かべてみせる。

「本当にやばくなったらでいいんだって。
例えば出血がひどくて動けない時とか、絶体絶命の大ピンチになった時とかさ……」

 信じられない。
 まさか私が、彼の名を呼ぶ権利をもらえるなんて。

 ラスやリーヴィならともかく、この私が?

 心内を占めるのは、純粋な驚きと高揚感。
 驚くと共に、脈動する心臓の鼓動はより一層大きく、深く脈を打つ。

 身体の芯から熱くなる。
 動悸は段々と激しく、強くなっていく。


「私が、邪羅を呼んでいいの? 」

 呼ぶというその行為は、単純なようでけして単純なものではない。
遠くにいる相手を呼ぶには、それ相応に相手との信頼関係があってこそ。

 まして魔性の名は、その存在の本質にも関わる真名でもある。
それゆえに、彼らの真名を口にすることを許されるというのは、それ相応に相手(魔性)から気に入られていないと、まずまず出来ない行為なのだ。


 と言いつつ、私もしょっちゅう邪羅って呼んでるけどさ。

「………あのなぁ……。
いいのも何も、もともと俺の方から言い出したんだぜ?
嫌なら最初っから言い出したりしないっての」
 いかにも彼らしい茶目っ気たっぷりの笑みを浮かべると、邪羅は私の額を人差し指で軽くこづいてくれた。その言葉の裏に嘘の色は見えない。もとより彼は、嘘をつくのがけして上手くないから、嘘をついていればすぐにわかるのだ。


 どうしよう。嬉しい。

 嬉しくて、泣きたいのか笑いたいのか。
それすらわからない。

 私はきっと赤くなっているであろう顔を隠したくて、あさっての方へと首をひねる。

首を捻った先に視線を向ければ、ついさっきまでは鬱々とした霧雨が降っていたはずなのに。気づけば、重々しい曇天の隙間からちょうど太陽の光が差し込んでいた。

 重々しい色彩のぶ厚い雲をおしのけて、降りてくるその光は。
 いつの間にか怒りが吹っ飛んで、恋する乙女になっていた私の心そのもの。

 まさしく、女の心は秋の空。
 かくも変わりやすく、移ろいやすいものなのか。


「それじゃあ、本当にやばくなった時には遠慮無く呼ばせてもらうわ」

「そうしてくれ。頼むから」

 私が意を決して紡いだ言葉は、まるで相手の機嫌を半ば伺うような口調になってしまったけれど。邪羅は特にそれを気にすることもなく、実に爽やかな笑顔を浮かべて答えてくれたのだった。








「ところでさ、さっきが母ちゃんに渡した紙切れって……」

「紫紺の妖主から預かった、白煉様への伝言」

「つくづく懲りない親父………」

 息子の邪羅にまでこう言われるんだから、紫紺の妖主・藍絲様って相当報われない人(魔性)なのかもしれない。



post script

 お題沿いと銘打ちつつ、お題沿いじゃない話その2。
 実は白煉様とも仲のよろしいヒロインさん。
 ま、人間じゃないですから‥(言い訳)。

 今回は割と夢らしく書けたんじゃないでしょうか?
 勝手に自画自賛してますが、実際はどうでしょう‥。

 それから。言い訳をば。
 白煉様の「煉」の字が小説表記と違います。
 小説表記の字は旧字体でして…どうしてもソフトで出てこなかったので、この字で妥協しました。
 一応意味的には間違ってないし…許して下さい。


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